「あ、やっと降ってきた」 窓辺に座る白炎にもたれて本を読んでいた伸が呟いたのは、果ての月、12月の半ばの、とある午後のことだった。 その様子が、あたかも雨が降るのを予想していたようだったので、同じ部屋で秀とオセロゲームをしていた遼が振り返る。 「伸、‘やっと’って?」 彼の知る限り、その日は新聞を見ても、テレビの天気予報を見ても、1日中良く晴れた、穏やかな冬の日となる筈だったのである。 「水の匂いがしたからね、降ると思っていたよ」 その遼に笑顔を向けながら、何でもないことのように答える。 伸の水の戦士たる所以である。昔から、雨が降るか否かは、起きて窓をあけると同時にわかってしまうのである。 「へぇ、すごいんだな」 無邪気に感動する遼が可愛くて、何か答えようとした時、ドアが開いて、聞き慣れた声の、見慣れた人物が入ってくる。 「伸、いる?ちょっと頼みたいんだけど。……あら、遼と秀もいるのね」 そのナスティの声に、頷いたのが3人と、‘俺もいる’と、低い声で存在を主張したのが訳1名。先程からソファを占領して寝ていた当麻である。 珍しく、皆が同じ部屋に集まっていた。 何をするでもなく皆が揃ってしまい、遼と秀はオセロをやりだし、ソファを占領して寝始めた当麻を横目で見ながら、伸も何となくこの部屋にいたのである。 (ちなみに、遼と秀のオセロは常に遼が優勢で、理由としては、本を読む傍ら、いちいち伸が口を出していたことがあげられる。秀曰く、「遼ばっかりずるい。伸、俺にも教えてくれよ」で、これに対する遼の答えは、「だーめ。秀は当麻に教えてもらえばいいだろ」であった。更に、「あのどケチが教えてくれる分けないだろっ!」と秀が口を尖らした…等と言うことは、この際どうでも良いことである。これに対して、‘もし当麻が秀側についたのなら、容量のいい伸が、IQ250と張り合うわけないだろう’等と考えるのは、もっとどうでもいい事である。) 話がずれた。(おまけに長くなった。) ナスティは頷いて、話を続ける。 「誰でもいいんだけど、今征士から電話があって、3時にこちらのバス停に着くそうなの。だけどこの雨でしょ。誰か迎えに行ってくれないかしら」 先程から話に出てこなかった征士は、急な用事が出来たとかで、1週間程前から実家に帰っていたのである。 「ああ、じゃあ僕行ってくるよ」 たいして考える間も無しに伸が答える。 何だかんだ言って、こういう時、1番すぐに動くのが伸なのである……が。 「あら、皆、どうしたの?」 遼、秀、当麻の、6つの視線が伸に集中する。 寒い午後であった。 しかしそれでも、彼等のエネルギーはあり余っていたのである。 「で?なんなんだ、これは」 1週間ぶりに、ナスティの家から一番近いバス停(それでも20分はかかる。)に降り立った征士は、あい変わらずの無表情で問う。 「わざわざ来てやったというのに、何だその言い種は」 さも偉そうに当麻が言い、 「本当は、僕一人で来ようと思ったんだけどねぇ」 困ったように、伸が言う。 「いやぁ、土産が多いんじゃないかと思ってさー」 にこやかに秀が笑い、 「皆行くって言ったから……。暇だったし」 遠慮がちに、遼が言った。 4人が4人共暇を持て余していた結果、雨の中4人して征士を迎えにくることになったのである。 「こうして来てやったのだから、少しは喜んだらどうだ」 「私が言いたいのは、何故雨の中皆でわざわざ濡れに来るような事をするのだということだ。遼が風邪でもひいたらどうする」 「俺は別に…」 「貴様には礼の心という物が無いのか。折角来てくれた遼の気持ちを判ってやらんか」 「礼の心の戦士である私に向かってそのような言葉を吐くとは言語道断。そこへ直れ。その不届きな心、私が」 「あ〜あ、もう、2人共!」 ほっておけばいつまでも続きそうな二人の言い合いに、伸が止めにはいる。 「馬鹿な言い合いしてないで早く家に帰ろうよ。雨の中にいつまでも立ってて、それこそ遼が風邪でもひいたらどうしてくれるのさ」 この場合、伸の言葉が最も正しいと言える。 (あれ?) しばらく歩いていくうちに、遼はとあることに気付いた。 「雪だ!」 傘を傾けて、空を見上げる。 先程迄は確かに雨だった空からの使者は、いつのまにか雪に代わり、本格的な冬の到来を告げる。 「寒いと思ったら」 「とうとう降ってきたな」 他の4人も、それぞれ傘を傾けて空を見る。 夏には萌えるような青を、秋にはその紅葉で、皆の目を楽しませてくれた森の木々も、今ではその葉をすっかり落とし、どこか寂びしげな風景をつくっている。 その中を、空からの使者が、舞うように落ちる。 風景写真の一枚のようなその中に、5人の少年たちの活気的な足音と、笑い声が響く。 「あ〜あ、腹減ったー」 「全く、秀はすぐそれだ。もう少し景色を楽しむとかいうことが出来んのか」 「何だとー。当麻、お前人のことが言えるのかぁ!」 2人の言い合いに、くすくす笑いながら伸が言う。 「今日はクリームシチューだよ」 「ラッキー。俺好きなんだー」 「秀は嫌いな物なんか無いだろう」 「何だとぉー」 きりがない二人の言い合いには耳を貸さず、伸は先程からなにか考えている様子の遼の顔をのぞきこむ。 「う〜ん」 「どうしたのさ、遼」 「俺、どっちかって言うと、ナスティより伸の味付けのが好きだな」 「なる程、ナスティにはそう伝えておこう」 「当〜麻ぁ〜」 「食事とは、作ってくれた相手に対して礼の心をもって食する物。心さえあれば誰の味付けであろうと」 「嘘吐き。征士こないだ伸のが煮物の味付けが良いって言ってたくせに」 「い、いや、あれはだなー」 「な〜んでもいーから早く帰ろーぜー。俺食えればそれでいいよー」 少しづつ、だけど確実に、道の上に積っていく雪を、踏み締めて歩いていく。 身を切るような風さえ、心地好く感じられる。 たとえそれが、戦いの中の一瞬の安らぎだとしても…… 吐く息が白くなる。 手のひらにのった雪が、その熱で溶けていくのを楽しみながら。 たとえ今、北風が彼等のまわりを吹抜けても、心だけは温かい。 <fin> |