ど う し て だ ろ う 、 こ ん な に も … 「なあ、伸。なんでお前、当麻の事選んだの?」 いきなりに秀の口から発せられたそれは、あまりと言えばあまりに不躾な質問だった。 ともすれば失礼なと怒る事も出来るその質問にさほど怒りを感じなかったのは、聞いた秀の人徳なのか、聞かれた時の状況のせいなのか… 僕がどうして秀にこんな事を聞かれたのか、それは少し時をさかのぼって説明したいと思う。 唐突な話で恐縮だけど、時間があれば君にも聞いて欲しい。 これは、僕−毛利伸が、僕自身でさえも上手くは説明出来ない自分の気持ちを、やっと整理した話だから… 何度目の春になるのだろう… 戦いの終わった僕等。 鎧の力を忘れて、ただの人間として生きなくてはいけない僕等。 平和で平凡な生活はもちろん僕等が望んだモノだけど、ありきたりの生活の中での僕等はあまりにも無力な子供で… あんなに苦しい思いをして得た全てが、ともすれば無駄だったのかと思いたくなる日々。 そんな中での、唯一の救い。 共に戦った、僕等が確かに何かを得たその証である、仲間達。 お互いにそれぞれの生活があるのを知りながら、なんとかして繋がりを持ちたいと思っていたその頃。 僕らは、何かと理由をつけては彼女の家に集まっていた。 春…… 細長いこの国が、南から順に薄紅色に染まるその出来事は、僕らが集うのに十分な理由で… 「花見しよ〜ぜ!」 誰からともないそんな誘いの言葉に、僕らは柳生邸に集まった。 「久しぶりだな〜皆!」 「元気そうでなによりだ」 「遼、お前髪伸びたんじゃないか?」 「髪もだけど、背も伸びたんだぜ」 「俺も俺も!ますますたくましく鍛えられたこの身体を見ろよ!」 「秀のは鍛えたんじゃなくて、また太ったんじゃないの?」 「し〜ん!、お前はますます憎たらしくなったよな!」 「ありがとう、嬉しいよ」 笑顔、軽口、笑い声。 「相変わらずね、皆。逢えて嬉しいわ」 変わらぬ口調に、自然と口元が緩む。 ついたその夜は、お決まりの宴会。 「つぶれても飲むぜ!」 威勢のいいかけ声で始まるどんちゃん騒ぎ。 異常なまでのハイテンション。 再会の喜び。日頃の不満。将来の不安。 みんな一緒にぶちまけて、大人の真似して、酔ったはずみの勢いにして…。 …ん? 微かな物音で、僕は不意に目を覚ました。 習慣で腕の時計に目を走らせる。 深夜2:26分。 身を起こした僕の気配に、ドアの取っ手に手をかけた姿勢で彼は振り返る。 「すまんな、起こしたか?」 押し殺した声。月明かりでその口元を読んで、僕は首を振った。 「部屋に戻るのかい?」 同じように声を殺して、金の髪の彼−征士に声を掛ける。 「いや、少し酔い冷ましに素振りでもして来ようかと…伸もどうだ?」 「………遠慮しとくよ、気をつけて」 「そうか、では」 さして残念そうでもなくそう言って、部屋を出ていく征士を見送る。 酔い冷ましに素振り………しないよねぇ、普通。 でもあんまりにも彼らしくって、変わらなくって、クスクスと声がもれる。 「う…ん…」 その僕の笑い声に反応したように、思いがけず近くで聞こえた声に驚いて振り返る。 僕が横になっていたソファーと壁の間に入り込むように寝ている、人物。 馬鹿となんとかは紙一重…のなんとかの筈のそいつは、きゅうくつそうなそのスペースで寝返りを打って、満足そうな表情でまた寝息を立てだした。 なぁんでこんな所でそんな風に寝れるんだろう? 手をのばして、よく寝てるそいつ…もちろん我らが智将の髪を軽く引っ張る。 子猫みたいだよね。すぐに狭い所に入り込んで、よく寝て、よく食べて… これで“智”将天空だなんて、サギもいいとこだよ。 また笑いそうになって、慌てて口元を押さえる。 いけないな、まだ僕も酔いが残ってるのかな? そういえば喉が乾いているみたいで、立ち上がってキッチンへ行くことにした。 ひたひたと、冷たい廊下に触れる足。 足音を気にしてスリッパを履かずに来てしまったけれど、やっぱりこの時期、夜は冷える。 花冷えって言うんだよね…そんな事を考えながら歩いていて、キッチンからもれる明かりに気がついた。 リビングは暗くてよく分からなかったけど、そう言えば人数が足りなかったような…。 なんだか嫌な予感で一杯になりながら、明かりの中に身をさらす。 「よぉ、伸!丁度良かった。一人じゃ寂しかったんだ、一緒にやろうぜ!」 「…やっぱり…」 僕は呟きながら、威勢のいい声に思わずげんなり… 声の主は冷蔵庫をあさっていた姿勢で振り返り、いつもの調子で微笑んでいる。 「あのねぇ…今何時だと思ってるんだい、秀?」 わざとらしくため息をつきながら近寄る。 床の上には数本のワイン、冷蔵庫から引っぱり出したままのハムやチーズ… 「まあま、征士じゃないんだから、堅いこと言いっこなしだぜ。ほら見ろよ、ナスティさ〜、こんなところにこんなにワイン隠してるんだよ!」 あ〜あぁ、戸棚の奥から出したらしいワインを指さす顔は、すでにご機嫌の赤ら顔… 「まったく…」 渋い顔で呟くけど、僕もそれ程怒っちゃいない。 どっちかって言うとあんまりにも秀らしすぎて、笑っちゃう感じ。 「ほらほら、突っ立ってないで伸も飲めよ!」 差し出されたグラスを受け取って、なみなみとつがれた白ワイン。 仕方がないよね、ことわるとまたうるさいし。 なんて言い訳しながら一口飲んで、ちょっとこれ! 「秀!ちょっとそのラベル見せてよ!」 幸せそうにハムをかじる秀からボトルをひったくる。ワインの銘柄なんて、僕もそれ程詳しい方じゃないんだけど… 「…やっぱり」 とりあえず分かった情報に、僕は思わず眉根を寄せる。 隠してる筈だよ、ナスティが。 「何がやっぱりなんだよ」 秀は当然気付いてないけど。 「シャブリだよ、これ!どうするのさ!」 「どうって……高い奴なのか?」 ああもう、これだからモノを知らない奴は! なんて、僕もよくは知らないんだけど、とりあえず秀よりは分かる。 「すっごく!」 「ふう〜ん、どうりで上手いと思ったぜ」 なんて感心してるけど、本当に分かってるんだかどうだか。 「ま、気にすんなよ。開けちまったもんはしょうがないだろ?」 ああ、秀のこの性格って、たまに見習いたくなるよね。 頭を抱える僕をしり目に、秀は勢い良くグラスを空ける。 「うん、やっぱ上手い酒はとっといたってしょうがないよな!」 確かに、この秀を今更止めるなんて事無理だろう… ああもう、決めた! 「じゃあ、僕ももっともらおう!」 せめて、少しでも味の分かる人間が飲んだ方が、いいワインも幸せってもんだよね。 「そうこなくっちゃ!、がんがん行こうぜ!」 でもなんかやっぱり、これも詭弁って奴なのかなぁ… なし崩しに始まってしまった二次会。 秀がそれを聞いてきたのは、3本目のボトルを開けた頃だっただろうか… 「え?どういう意味?」 いいかげん僕も出来上がってて、どういう会話の流れでその質問に流れ着いたのか、よく覚えていない。 分かったのは、確かに酔っぱらってる筈の秀が、この質問だけはやけに真面目に聞いてきた事。 「なんでお前、当麻の事選んだの?」 唐突なその質問に、僕は少しうろたえる。 「なんでって…どうしたのさ、いきなり?」 とっさに答えられなくて、質問を返す。 「一緒に暮らし始めたって聞いたからさ。…そうなんだろ?」 「あ…うん」 そうなんだ。 僕は年が明けてから当麻と一緒に暮らし初めて、その後みんなと会うのは今日が初めてなんだよね。 「いや〜、別にその文句つける訳じゃなくてさ、俺もお前と当麻は気ぃ合っていいとおもうんだけどよ〜、ほら伸って昔は遼、りょお〜!って感じだったじゃんか…。俺はまぁ当麻の奴がお前の事見てたの知ってたからあれだけど、伸はなんで気付いたのかな〜と思ってさ〜…」 あんまりきちんと順序たてて喋れない秀の、精一杯の言葉。 僕も秀も大分酔っぱらってはいるけれど、意識をとばす程じゃない。 「でも、言いたくないって言うんなら、無理には聞かないけどよぉ」 秀はいつも傍若無人なように見えて、以外とまわりの事に目をくばっているから…多分僕らの事も、それとなく気にしてくれていたんだと思う。 あんまり日頃そうは見えないけど、やっぱり弟妹が多くいるおかげだろうか? もちろん僕は秀のそんなところがすごく気に入っていて… 「そうだねぇ、じゃあ、酔ったはずみって事で…」 話してみようかなぁなんて、気の迷い。 もちろんはぐらかす事も、言わないでいることも出来るけど。 久しぶりに逢った、大切な仲間に。 こんな事を話してみるのも、いいかも知れない。
一人たたずむ僕。 最初に想うのは、いつも遼。 焦がれてやまない、炎の戦士。 いつだって真剣で、誠実で、強くて。 僕は彼に手を伸ばそうとする。 でも、どうしてだろう?僕は彼に近づく事が出来ない。 ああ…だって、僕は汚れている。 僕の中には戸惑いや迷いがいっぱいで、僕は汚い事も醜い事も沢山知っていて、それと馴れ合うすべも、それに身をゆだねるすべすら知っていて… 僕は君みたいに、真っ直ぐに生きる事は出来ないよ? 君はこんな僕でも、側に置いてくれる? 君はこんな僕にでも、変わらず微笑んでくれる? 僕は迷う。 つたない自分の気持ちにがんじがらめになって身を縛られて、僕は遼に近づく事が出来ない。 焦る僕に、どこからか声が聞こえる。 落ち着け、と。 そして光。 目を細めるほどに鋭い、精錬な光が辺りを照らす。 偽りを許さない、容赦のない光、けれどなんて柔らかな光。 僕は自問する。 僕は僕として、信じるがままにここにいるのか? 光はそんな僕を照らす。 光に照らされて、僕の足下に伸びる影。 影を映す大地。 確かに僕は立っている。 僕がここにいると、そう感じさせてくれる暖かな大地。 この身を支えて広がる大地。 その大地に沿って、風が吹く。 風は僕を取り巻いて、そして過ぎていく。 大丈夫だと、僕をうながす。 風に吹かれて、僕は思う。 大丈夫、僕はここにいる。 僕は僕として、確かにここにいていいのだと。 風に押されて、僕は流れ出す。 一人じゃない。 そして僕は、間違っていない。 僕が僕として、信じる道をただ行けば、僕は僕でいられる。 大好きな遼。 君は僕の理想だから、僕は君を汚すことは出来ない。 そして僕と君は、あまりにも違いすぎる。 僕は君のように、ただ真っ直ぐに生きていく事は出来ない。 けれど僕は僕の思うまま、信じた道を進んでいくから。 大切な仲間達。 皆それぞれに、自分の想う道を生きて。 僕は全てを信じて、全てをのみ込んで、そして僕も進むから。 風は吹く。 何処にでも行けるその風は、僕を包んで、先へ行き、後へ行き。 遙か上空から、すべてを見守り導く風。 大地をぬって、すべてを見守り流れる水。 同じなんだねと、僕は気付く。 僕と彼はまるで違うけれど、何処か似ている。 水は流れる。風は吹く。 僕らは、形を変えて常に進む。 それは僕の中に、いつしか生まれたイメージ。 僕等は呆れるぐらいにまるで違う人間で、だからこそ支え合って生きて行ける。 それに気付かせてくれたのは風。 全てを見下ろす天空… 「でもお前は、一人でいるのが心細いだろう?隠すなよ、俺には分かる。いつでも見下ろしてるんだ。お前は本当は俺達の中で、一番脆い部分を沢山持っている。鋭く凍った氷が、簡単に割れてしまうようにね」 説教くさくそう言って、器用に片目をつむる。 「でも…俺は風だから、何処にでも吹くことが出来る。俺とお前なら、一番近い場所で生きていける」 「それ、当麻が言ったのかよ」 目を白黒させて、秀が呆れた口調で言った。 「そ、気障だろ?」 僕はグラスの中身を飲み干してうなずく。 「気障っちゅーかなんちゅーか……あいつ、以外とろまんちすとだったんだな」 しみじみという言葉に、思わず吹き出した。 「まあそのあまりに気障な言葉に押されて、なりゆきで一緒に住むことになっちゃったんだよ。結局確かに、似たもの同士、なんだと思う。もちろんまるで違う所もあるけど…」 なんとなく照れくさくなって、僕は早口で言葉を繋ぐ。 こんな風に真剣に話す事なんて、めったにないからね。 「ふん、まあその気障なセリフはおいといて、でも、確かにそう思う。伸と当麻は、どっか似てる所があるよな〜うん」 珍しく真面目な顔で、秀はうなずく。それから少し、にやりと笑う顔をつくる。 「こう、どっか人を……馬鹿にしたような所とかな、鎧の色も似てるしな。やっぱたれ目って辺りで性格が歪むのかな〜」 「秀〜!」 真面目な話は終わり。 ふざけちゃおうぜって、秀が言ってるのが分かった。 そしてその理由も… 「どうしたと言うのだ、夜中にそんなに大きな声を出して」 いさめるように、キッチンに入ってくる征士。 「よお!どうしたんだよ征士」 「どうしたもこうしたもあるか。酔い冷ましのトレーニングから戻って来たのだ。それよりもなんだ、こんな夜半に伸まで一緒になって大きな声を出して!」 「ごめんごめん。秀の奴があんまり酷い事を言うからさ…」 征士をいさめながら、僕は秀と目配せをする。 玄関を開ける征士の気配を感じたから、秀はこんな風な笑い話にする事にしたんだ。 こんな時間にキッチンでこんな真面目な話してたなんて、内緒にしとこう。 そんな秀の気配りに感謝。 みんなに説明するのなんて、なんだか照れくさいものね。 「まあまぁ、征士もそう怒らないで、一緒に一杯やろうぜ!」 「私は今酔いを醒まして来たのだ。それよりもこんな時間に大きな声を出して、寝ている者が起きてきたら」 「なんだ?みんないるのか、賑やかだな!」 新たな声に、僕らは思わず動きを止める。 「りょお!」 なんて事!遼まで起きて来てたなんて! 「見ろ、遼まで起きてしまったではないか」 当然のように怒る征士。 「ごめんよ〜遼。秀の奴が酔っぱらって酷い事言うからさ」 ああ、本当に、話題を変えてて良かった。 「伸!全部俺のせいにする気かよ、ずるいぜ!」 「なんだよ、もとはと言えば秀が」 「おいおい、喧嘩しないでくれよ。俺はただ、ちょっと喉が乾いたと思って、それで目が覚めたんだ」 慌てて止めに入る遼が真剣で、やっぱり僕は嬉しくなる。 「そうなの?じゃあちょっと待ってね、すぐに冷たい飲み物でも…」 「あ!、しん!伸!俺ちょっと小腹減ったな〜」 すかさず言う秀に、思わずげんなりして振り返る。 まったくもうこいつは! 「あのねぇ秀、大体君は間食が多すぎるんだから」 「そう言えば、私も身体を動かしたせいか少し何かつまみたい気分だな…」 ………征士まで! 僕は食事ロボットじゃないんだからと、文句を言おうと思った所で遼の声。 「あ、実は俺も、何か少し食べたいかな〜なんて…」 照れたように言う控えめな言葉。 はにかんだその笑顔が、なんて可愛いんだろう! なんて、我ながら現金だとは思うけど… 「あ、そう?じゃあ、うどんか何か作ろうか、遼?」 思わずにっこりと微笑んでしまう僕…どうしても遼には弱いんだよね〜。 「頼むよ、伸。やっぱり伸はいつも優しいよな」 ああ、その微笑みが憎い! 「優しい伸ちゃんは、当然俺と征士の分も作ってくれるよな〜」 ここぞとばかりにニヤニヤ笑いをして秀が言う…うう、遼がいなかったらこんな奴! なあ〜んて、思ってみても仕方がないし。 「しょうがない。どうせ、一人分作るのもみんなの作るのも対して違いはないからね」 結局こうなっちゃうんだから。 「やっりぃ〜!」 みんなをテーブルに座って待たせて、冷蔵庫の前でしばし思案。 遼、秀、征士。ついでだから僕も食べるとして、てことはやっぱり… 「はい、おまたせ!遼、熱いから気をつけてね」 「ありがとう、伸」 「へへ!待ってました!」 「すまないな、伸」 テーブルの上に、5つのどんぶり。 「あれ?伸。一つ多いぞ?」 だってきっと… 「じゃあ俺がもらいっと!」 「俺が食う」 …ほら。 「へ?」 秀が手を伸ばした最後の一つに、素早く箸をつけてる奴。 「当麻ぁ!」 「いつのまに起きてたんだよ!」 ズルルル、ズズ〜、ズルル、ズズ〜。 皆の声を無視して、うどんをすする智将天空。 「おい!当麻ぁ?」 「ダメだよ、聞こえてないから」 僕はため息をついて、自分の席に付いて箸を取った。 「もしかして…」 征士の言葉に、僕はうなずく。 「寝てる時の当麻は、本能しか動いてないからね。匂いにつられてここまで来たけど、頭の中はまだ寝てるのさ」 「はあああぁぁぁぁ」 がっくりとため息をつく3人。 「当麻らしいや」 「変わんないなぁ、本当に」 遼と秀は呆れながらも笑って、黙々とうどんをすする当麻を見る。 「しかしこのうどん、熱くないのか?」 ふふふん、甘い甘い。 もっともな征士の質問に、僕は鼻を鳴らして答えた。 「当麻のは、猫舌用に作ったからね」 …………………………。 「おみそれしました!」 久しぶりに出会った僕等。 ほんの少しだけ浮かれた夜。 どうしてかなんて、本当は分からない。 いつも間にか、隣にいたあいつ。 まるで違う性格なのに、一緒にいると居心地が良い。 いつの間にか、気付いたら… どうしてだろう、こんなにも… そんな自分の戸惑いに、理由をつけるとしたらこうだろうかと、僕が初めて語った夜。 <fin> |