何故だかわからないけれど、苦しくて、不安な夜があります 誰でも良いから、ここに来て、やさしく抱きしめて下さい。 何も聞かないで、優しく抱き締めてくれればいいんです。 今夜は何故だか、眠れません。 ……遼 眠らなくっちゃ、いけないと思う。 明日になって、寝不足だったりしたら、すぐ皆にばれるから。 何かあったのかと、それだけで心配してくれるような仲間だから。 でも、眠れない。 気分転換に月でも見ようかと思ったけれど。 今夜は曇っていて、月も見れない。 何故に、眠れないのか? わからない。 特に理由なんて、ない筈なのに。 眠らなくてはいけない、義務感にかられて、布団に潜るけれど…… 考える。 考えても、仕方の無いこと。 俺は今、何をすれば良い? 戦いは終わった。 俺は今後、何をしなくてはいけない? 本来なら、勉強。 俺たちはまだ、学生なんだ。 考える。 考えても、無駄なこと。 うまく、いくんだろうか?。これから。 いずれ皆とは、離れ離れになる日が来るのに。 俺は一人で、うまくやっていけるんだろうか?。 不安だよ、苦しいよ。 呪文……心が落ち着く呪文。 呪文……自分にいいきかせる呪文。 だいじょうぶ きっとうまくいく。 大丈夫 きっとどうにかなる。 大丈夫 だって俺は、強いから。 だから、震えてなんかいない、泣いてなんかない。 ……………大丈夫 だって俺は、強いから。 トントンッ。 不意に、ドアを叩く音。 それは、とても控え目な音だったけれど、静寂した夜の空気の中では、やけに大きな音に聞こえて……… 「誰!」 驚いて、声がかすれる。 「僕だよ、遼」 微かに開かれたドアから洩れる、淡い電気の光。見覚えのあるシルエット。 「伸」 とりあえず、安心。そして、少しばかりの戸惑い。 「そっち行くよ、遼」 伸は、しばらく迷ったようにそこに立っていたけれど、やがてドアを閉めて部屋の中に入ってきた。 「………どうか、したのかよ」 俺のベットに腰掛けた伸に、おずおずと聞く。 本当は少し、困ってる。 だって。 「眠れないみたい、だったから」 優しくされると、頼ってしまう。 「何でもないよ」 弱くなりたくなくて、そっぽ向いてしまう。 「遼」 困る。そんなに優しく抱き締められると。 「涙、隠さなくってもいいよ」 すがりつきたくなる。 「泣いてなんか、ない」 俺はもう、ガキじゃないのに。 「大丈夫、僕がついてるから、何も恐くないよ」 ………あ……。 「伸………」 「大丈夫、遼」 優しくされると、すがりつきたくなる。 本当は誰かに、傍にいて欲しかったから。 「大丈夫」 本当は、泣きだしたいくらい、不安だったから。 女々しくは、なりたくなかったけれど。 「うっ………」 涙、止まんない。 ……伸 「なぁ伸、お前、遼の事好きなのかよ?」 いきなり秀が聞いてきたのは、夜食を催促されて、作った後のコーヒータイムだった。 「・・・・・・好きだよ。でも、何で?」 鈍そうに見えて実は結構聡い秀にはもうばれてると思うから、嘘は言わない。 「いや、別に……」 しばらく困ったように考えた後、秀はカップに口をつけてから、おずおずと言葉を続ける。 「んじゃ、さぁ、その、遼の事、その、抱きたい、とか思わねぇ?」 ちょっと意外な秀の言葉に、息をつめて聞き返す。 「………どうして、いきなりそんなこと聞くのさ」 「う〜ん、何となく。その、伸と遼の事見てると、凄く不思議だから」 「不思議?」 「うん。だってさぁ、なんかすっげーわかりあってるみたいなのに、その、恋人同士とかの、あーゆーかんけーとも違うだろ?だから〜」 考えながら言葉を紡ぐ秀の瞳は、ものすごく、真剣。 それなら僕も、真剣に答えなくっちゃいけないと思う。 「ねぇ、秀は、人を好きになったこと、ある?」 「ある!」 「どんな娘?どんなふうに?」 「隣のクラスの、すっごく可愛い娘。もの凄く頭良くって何でもできんだけど、何だか頼り無くって、でも、声もかけらんない娘」 くすっ…秀らしいね。 「じゃあ、その娘に、どんな事したいと思う?声かけたい?手つなぎたい?キスしてみたい?それ以上のこと、したいと思う?」 「声?手つなぐ?キス?………」 呟きながら、段々赤くなっていくのが、いかにも秀らしい。 それから照れたように、怒鳴る。 「そんなこと、出来る訳ないだろっ!!」 くすくすくすくす。 「……笑うなよ」 照れたように言う秀に、お代わりのコーヒーをついでやりながら。 「あのね、人を好きになったら、いろんな想い方があるんだよ。ただ単に見ているだけで良いとか、手だけ出したら、それでおしまい、とか。僕の遼に対する想いは、常に遼の傍にいて、少しでもその苦しみを取り除いてあげたいっていうのなんだ。もうこれ以上、辛い思いはさせたくないからね。守ってあげたい、ただ切実に、そう思うよ」 「ふうん」 何故か感心したように頷く秀に、おもわず微笑みかける。 それから、もう温くなってしまったコーヒーを口に含んで。 「だから、遼を抱きたいとか、そんなことは、僕は思わないよ。だってそんなことをすれば、きっと、遼を傷つけてしまうから。そんなことは、僕は出来ない」 遼は僕にとって、特別で、余りに大切過ぎるから。 今のとこ、遼にそんなこと出来ません。 「うーん、そういうもんなのか?」 「うん、そういうもんだよ」 なおも唸っている秀に、笑いかけながら。 「秀も何時か、本気で人を好きになったらわかるよ」 そう言って、僕は話を終えたのだけれど。 だって、ねぇ秀。 今、僕の腕の中で震えている遼は、まだ、こんなにも幼いのに。 そして僕だって、まだまだ子供なのに。 何を急ぐ必要がある? 僕等はまだ、これから一緒に大人になっていく子供なのに。 ……遼 「なぁ、伸」 ひとしきり泣きじゃくると俺も落ち着いたみたいで、伸と二人、壁にもたれて、ベットの上で話をしていた。 「何、遼?」 「泣いてた理由、聞かないのか?」 「………聞かないよ。言葉で言うことじゃ、ないでしょ。」 「うん……」 こんな時、伸はもの凄くわかってくれる。 必要以上に、言葉はいらない。 もたれる肩、かしてくれればいい。 見つめあわなくっても、まっすぐ前向いて、話、聞いてくれるだけでいい。 「俺は、情けないな、凄く。一人でいると、もの凄く不安になる。もう、ガキじゃないのに。情けないな、俺は」 月明かりは、雲に隠れて、届かない。 暗い部屋。静かな夜。 「僕達はまだ、子供だよ。親の元を離れても、一人じゃ何も出来ない。大人は、勝手だから。時として僕等を子供扱し、時として完璧な大人であることを求めるから。僕等は、子供でいればいい。僕等はまだ、子供のままでいい」 伸の話を聞くのは、もの凄く心地いい。 いつだって、俺が一番欲しかった言葉をくれるから。 「伸」 「何?」 「ずっと、傍にいろよ。ずっと、離れるなよ、俺から」 だって一人じゃ、生きていけない。 「……うん。大丈夫。僕はいつも、ずっと遼の傍にいるよ」 大丈夫 何度も何度も、伸はそう繰り返す。 大丈夫 この言葉は、自分で言うより、誰かに言って欲しかった。 大丈夫 ただそうやって、繰り返していて欲しかった。 だいじょうぶ。俺は弱いけれど、きっとそのうち、強くなれる。 そんな夜には、横に来て、ただ、繰り返してくれればいいんです。 抱き締めて、優しくささやいてくれれば、いいんです。 <fin> |