人間は、あらゆる生物の中で、唯一言語を理解する能力を持っており、かつ、人間の〜云々かんぬん〜。
 結論 故に人間とは、あらゆる生物の中で最も利口な生き物であり、言葉とは、人間にとって欠くことのできない物である。


      質問……それなら、「言葉じゃなくて」という言葉は、何なんでしょう?。 

             これだけ言葉にたよっている人間なのに、何故、一番大切な時に、
             言葉を否定するのでしょうか?。
             わからないんです。それがわからなくて、悩んでるんです。
             教えて下さい、言葉じゃなくて、何なのですか?。












━━━━ KOTOBA… 












 月が、綺麗だ。
 何の前触れもなしに、いきなりそう思ってしまった。
 午前2時。何でこんな時間に目が覚めたんだか。
 よっこらしょっと。隣で寝てる人間(恐れ多くも、腕枕なんてやってもらってるんだぞ、この無表情男に)を起こさないように、上半身だけ起こして、月をみる。

 ……不可解な夢を、見てしまった。

 いきなり思い出す、先程の夢。
 教えて下さい、なんて、ガラじゃないよな。
 智将天空、IQ250、天才少年の名が泣いてしまう。

 ぼんやり大きな、十五夜お月様。
 白くて、淡くて、冷たい月明かり。

 月の光は、征士の瞳を思い出させる。
 何も与えない、冷たい光。
 あの瞳で、最初に俺を誘ったのは、どれ程前のことだったか。
 あれから、幾度の夜を共に過ごしたか。
 ‘愛してる’なんて、わかんねぇよ、口で言われても。

「どうした、当麻。眠れんのか?」

 背後から掛けられる声に振り向く。
 今のいままで寝ていたのが信じられないほど、冴えた瞳。

「いーや、月見てただけだ……悪い、起こしたな」

「それは構わんが」

 ぼそりと呟いて、窓の外を見上げる。
 閉めようとしたところで情事に入ってしまった都合、開けっ放しのカーテン。隙間から洩れる、ぼんやりとした月明かり。

「美しいものだな」

 何の臆面も無くこんな事を言い出す、その物言いにだって、既に慣れてしまった。
 その横顔と、微かな光をもたらす白い月。
 比べてしまうのは、失礼だろうか?

「風邪をひくぞ、当麻」

 いきなり現実に戻る、その切り替えの速さとて、既に知れた仲。

「ああ、そうだな」

 低く呟いて、俺のために開けられた場所に戻る。
 その温かさと、心地好さに、ついつい馴れ合ってしまうけど。
 腕枕なんて、男とのこんな関係なんて、大人しく甘受するような俺じゃ無かった筈なのに。
 別に、今更抵抗しようなんて、おもっちゃいない。
 減るもんじゃないし、構わないと思ってる。
 だったら、なんなんだろうね、この不可解な思いは。

 ……自分の気持ちが読めないなんて、俺ももう終わりかな。

 少々物騒なことを考えながら眠る、いつもと違う、いつもの夜。








 ……以心伝心って、あると思うか?

 突然もらされた質問に、向かいに座る人物…柔らかい茶色の髪と水色の瞳を持つ信の心の戦士、毛利伸は、少しだけ驚いたような顔をしてこちらを見返す。

「随分、非現実的な考えだね、リアリストの当麻にしちゃ珍しい。どうしたのさ、一体」

 確かにそれは、俺が言うには不似合いな言葉だったかも知れない。

 起きてきたのは、実に2時過ぎだった。
 当然の事ながら、皆は昼ご飯さえも既に食べ終わり、それぞれ思い思いの午後を過ごしている。

「全く、信じられないよね、何でこんな時間まで寝てられるんだい、脳味噌腐っちゃうよ」

 散々文句言いつつも、俺のための食事がつぎづぎと目の前の食卓に並べられる。
 その伸の手際の良さに感動しつつ、

「いただきます」

「ちょっと、当麻、聞いてるの?」

 はいはいはい、わかってますって、俺がわるうございました。
 あ、このベーコンエッグ、うまい。

「まったくもぉ……。言っとっけど僕、今やっと昼食の片付け終わって、これからちょっと休憩しようってとこだったんだよ。それを当麻なんかのために……」

「お代わり」

「………」

 そりゃ俺だって、今日はちょっと遅すぎたと思ってるけどさ。この漬けもんがうまくって。朝はやっぱり味噌汁だよな。

「ほら、当麻」

 Thanks。肉じゃがも悪くない。

「全く………やっぱり征士に、あっちの方は少し控えるように、言っとかなきゃね。その度にこんな遅く起きられちゃ、こっちがたまんないよ全く…」

 ちょっと待った〜!

「何の話だよ、それは!」

「……味噌汁こぼれてる」

 あああ、勿体ない。




「いただきました」

「…はい、御粗末さまでした」

「で、何の話だよ、さっきのは」

 これはいい遊び相手を見つけた、とでも言いたげに、面白がってる相手の顔を見返す。

「してるんでしょ、そーゆう事」

 おい!

「今更隠すことでもないでしょ。僕別に、他人の情事に口出す程野暮じゃないし〜。でもその度にこっちがこんなに迷惑するんだから、ちょっと気を付けてくれなきゃね」

 んな事嬉しそうな顔で言うなよぉ〜。

「何で気付いたんだよ」

 言ってないぞ、俺は。征士が言うわけないし、人に悟られるような行動した覚えもな……。

「普通気付くよ。一緒に暮らしてるんだよ。それにね、当麻」

 ぐいっ。こころもち顔を近付けて、嬉しそうな水色の瞳。

「シーツ洗ってんの、誰だと思う?」

 !?
 ・・・・・柳生邸内の洗濯は、大抵こいつかナスティの担当になっていて……。

「くすくす。コーヒー飲むよね、当麻」

 にっこり笑う、この瞳には、勝てないと思う。 

「はい、砂糖とミルク、たっぷりね」

 トンッ。小気味良い音を立てて、目の前に置かれたコーヒーカップと、自分のカップを持って向かいの席に座る伸を、交互に見据える。

 ……伸の入れるコーヒーは、とてもうまい。

 何だか、すっかり脱力してたんだけど、ふと、とあることに気付く。向かいに座る伸の、えらくやさしげな視線の先。
 漆黒の髪の、仁の心の戦士……遼。
 その遼に向けられる眼差しだけでも、伸が、遼に友情以外の特別な感情を持っていることは、誰の目にも明らか。
 なのに、あの二人は、そんな関係じゃないんだ。
 さっきの伸の言葉じゃ無いけど、一緒に暮らしてるんだ、何かあれば、直ぐに気付く位の自信はある。

 ふと、遼が誰かの視線に気付いたように、顔を上げて、キョロキョロと辺りを見回す。
 当然、直ぐに伸の視線にぶつかり・・・。

 伸の、たまらなく慈愛に満ちた、柔らかな微笑み。
 それを見た遼の、安心したような、無邪気な微笑み。

 ………何だ、今の?

 それはほんの一瞬で、直ぐに遼は、秀とのオセロに夢中になってしまった訳だけど……。
 一瞬、二人の間に、誰にも入り込めない何かを感じた。

 二人とも、何を言った訳でもないのに。
 言葉なんかじゃなくて、何かもっと違う…。

 ………言葉じゃなくて…

 ああ、またこの言葉じゃないか。
 昨日の夢といい、何だってんだ、一体。
 言葉じゃなくて?、以心伝心、そんなもんでもあるって言うのかよ。

 以心伝心…無言の内に、気持ちが相手に通じること。

 そんな物が、本当にあるのなら。
 俺は、こんな不可解な思いを抱かなくてすんだんだろうか?。
 本当は、原因はわかってるんだ。

 征士……あいつの気持ちが、読めない。

 あんな事言って、あんな事して、本気なのか、冗談なのか。

「…麻、当麻!」

 あっ? 幾分苛だった伸の声に、正気に戻る。

「どうしたのさ、ぼーっとして」

 心持ち首をかしげた、不思議顔。

「うん……なあ、伸」

「何?」

 何でいきなりこいつにこんな事聞いたんだか、自分でも説明はつかないけれど。

「以心伝心って、あると思うか?」

 伸は、何だか以外そうな顔をした。
 リアリストの当麻にしちゃ珍しい、どうしたのさ?なんて聞かれたって、そんなこと俺の方が教えて欲しい。

「智将天空殿が、僕ごときに答えを求めるなんて、なにかあったわけ?」

 尋ねる顔がにやけてる。
 真面目に聞いてんだぞ、こっちは。

  直ぐにからかいのネタにしようとするその言葉には構わずに、そのまま真剣な眼差しで、伸の顔を見つめる。
  しばらくすると、伸は軽くため息をついて、

「しょうがないなぁ……」

 小さな声で呟くと、真面目な顔で話だした。

「それは、僕にだって分からないよ。でも、」

「でも?」

 軽く息を吸い込んで、冴えた海の色の瞳。

「でも、一番大切な、そして、一番真剣な思いなら、言葉に出さなくても伝わる物だと、信じていたいと思うよ。僕は、そう思っているよ」

 ………この伸と、遼の恋なら、理想かも知れない。
 漠然と、そう思ってしまった。







「ちょっと、辺りを散歩してくる」

 言い残して出てきたけれど、呆れる位の和かな天気に、ちょっと溜め息。
 伸と遼が理想なら、俺と征士は、世の中で一番不毛な恋だと思う。

 ‘愛してる’なんて、あれは、情事の時だけの戯言。

 それ以外に、何の意味も持たない。
 しばらく歩いたところにある、俺のお気に入りの場所。
 木々の間をぬって僅かに差し込む光と、長めの芝生の心地好さに、埋もれる様にして座り込む。

 以心伝心。とか、そんなこと、考えたことも無かった。
 例えば人間に、言葉を喋ると言う機能が発達していなかったとしたら……。
 俺たちは、いまでもそんな物に頼って生活していたのだろうか?。

 大体、下手に言葉なんて物があるから、面倒なんだと思う。
 あれは、物凄く便利な物だから。便利すぎて、人はそれに頼りすぎてしまうから。
 だから、言葉にしなきゃ伝わらない、なんて、さっきの伸の言葉とは正反対の言葉だって出来てくるんだ。

 でも、しょうがないよな。
 人間なんて、利口なふりしてるだけの、馬鹿な生き物なんだから。
 本当に凄いのは、いつだって、人間以外の、別の生き物なんだから。


 言葉に出さなくても、思いが伝わる…これは理想。

 言ってくれなきゃわかんない…これも正論。

 更にもう一つ。

 言葉だけじゃ、わかんない…これだって正しい。


 仕方がないよな。人間なんて、本当は利口でも、何でもないんだから。
 空も飛べない、水の中を思うように進むこともできない、他の生物にくらいつく牙も無ければ、寒さをしのぐ毛皮さえも無い。
 知能しか、残ってなかったんだ、人間には。
 それでも、なけなしの最後の方法でここまで進化したんだから、人間だって、そうそうばかにしたもんじゃ無いんだろうけど。

 ………何だか、話があらぬ方向へずれている。


 そう自覚したとたん、今一番聞きたくない奴の声を聞いてしまった。

「何をしているのだ、当麻」

「考え事」

 頭の上から降ってきた声に、おもいっきり、毒のある声で答える。
 お前がいると、考えが進まない。

「伸に言われたぞ、色々とな」

 そいつぁめでたい、おめでとう。

「こら、当麻」

 俺の前に膝まづいて、覗き込んでくる、薄紫の瞳。

「何を考えているのだ?」

「教えない」

 お前相手だと、通る理論も通らなくなる。

「当麻」

 顎を掴まれて、紫の瞳とぶつかる、俺の視線。

「私は、お前を好きだと言って、お前はそれを受け入れた。これ以上何を考えることがある?」

 山程あるぞ。

 重ねられる唇に、目を閉じるけど。

 最低、これで終わったら、とんでもない後都合主義。
 出来損ないの三流小説のネタにもなりゃしない。

 だけど………。


 人間なんて、馬鹿な生き物だから。


 言葉じゃ無くて何なのかなんて、わかんない。

 言葉にしてくれなきゃ、わかんない。

 言葉だけじゃ、わかんない。


 いつだって、わかんない事だらけなんだけど。

 それでも、俺の中でわかってる事が、二つだけあって。
 触れるだけのキスの後、淡い紫を見つめながら、言う。

「征士、俺、お前のこと好きじゃ無い」

 無表情、と言われるこの顔の、それでも微妙な変化を見分けることが出来るようにまでなってしまった。不服そうな顔。
 半分面白がりながら、次の言葉を続ける。

「だけど、お前のこと嫌いじゃない」

 珍しく、少し驚いたような顔が面白い。
 今は、これでいい。
 取り合えずこれで、こいつに抱かれるだけの理由にはなると、勝手に納得しておこう。

「それでも、私はお前を愛しているぞ」

 直ぐにいつもの自信を取り戻した、紫の瞳を持つ、俺の相方が言った。

 言葉じゃなくて、何なのですか?

 結局分かっていないけど。
 人に聞くことじゃないと思うし、また、ゆっくり考えてゆけばいい。
 それにきっと、それは、言葉にした途端に、その意味を無くしてしまうと思うから。

「勝手にいってれば?」

 答えながら立ち上がって、空を見上げる。
 青い空は、昨日よりもいっそう遠くにあった。








<fin>    




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