「暇だ」 「あ、ナスティ、洗濯物ほしてあるから、外、気をつけといて」 「つまんない」 「秀ー!汚れた服で中入らないでよ。直ぐ着替えて」 「退屈だ」 「征士ごめん。この部屋これから掃除するんだ。新聞読むんなら、他の部屋行ってくれない?」 「暇だ」 「ナスティ、焦げ臭いよ!何か火にかけてない?」 「つまんない」 「当麻!なんだってこんなとこで寝てるの!邪魔なんだってば!」 「退屈だ」 「征士、その部屋もまだ掃除してないから・・・」 「ひまだ!つまんない!退屈だ!!!」 「………遼、お願いだからさ、用も無いのに人の後つけてまわるの、やめてくれない?」 「だって伸、暇だ」 「そんな事言われたってね 」 困ったような顔する伸に、おもいっきりすねた顔つくってみる てきぱきと家事をするこの人物に、なんだかやたら我侭言いたくなった、夏の午後。 「くすくす…ねえ、伸、後は私がやっておくから、貴方は向こうで遼と遊んでたら?」 笑いながらナスティが言って、しぶしぶ伸が頷く。 「頼むよ、ナスティ。全く、もう」 怒ってない怒ってる声で文句言われて、軽くつつかれた頭が、何だかやたら嬉しかった。
「じゃあ、遼、何したい?」 「何でも良い。伸と一緒なら」 「んな事言われたってね・・・」 嬉しそうな困った顔、思わず見つめる。 「じゃ、伸の行きたいとこ行こ」 「う〜ん」 「何処行きたい、伸?」 「・・・・・・海」 「海!行きたい、今から?」 「今からじゃ無理だよ。もう遅いし」 「なら、明日!」 「うん、そうだね。じゃあ、朝早くに起きて、海行こっか。お弁当作るよ」 「皆で?」 「・・・二人だけじゃ、嫌?」 「いい!」 本当はなんでも良くて、ただお前を困らせてみたかっただけなんだけど。 いいや、海、行きたい。 朝早くから、みんなに内緒で、電車に乗って。 考えただけで、わくわくする。 「伸、海だ!見えた!!」 「うん、そうだね、海だ!」 電車の窓から見える海は、何度見ても、ドキドキする。 何か良いことありそうで、叫びたくなる。 「遼、ほらそっち。魚行ったよ!」 「えっ、何処?。わかんない!」 「ほら、その小っちゃいの」 「見えた!捕まえる。わっ、あっ」 「危ない!」 二人して水浸しになって、バカみたく笑った。 ‘メジャーなとこじゃないから、広くはないけど、人はあんまりいないよ’そう言って、伸が連れて行ってくれた海は、それてでも十分に広くて、綺麗だった。 波の音に包まれて、海に潜って、岩の上でお弁当食べた。 伸の作ったサンドイッチは美味しくて、砂浜で棒倒しやって、岩場で魚取って遊んだ。 「伸、何見てるんだ?」 遊び疲れた夕潜れ。 砂浜に座ってじっとしてる伸に、声かけてみる。 「夕陽。沈んでくんだ。綺麗だよ」 振り向きもせずに答える伸の横に座って、同じように、海を見てみる。 ゆっくりと、海の向こうに沈んで行く夕陽は、確かにもの凄く綺麗だった。 「こんな夕陽をね、父さんと一緒に、よく眺めたよ」 「伸・・・」 「僕に泳ぎを教えてくれたのは、父さんだったから。日暮れまで泳いで、疲れた体で父さんにもたれかかって、沈んでいく夕陽を見てた」 静かに、言葉をつづる伸にもたれて、話を聞く。 頭、重いかな。いいよな。だってお前、気付いたら俺よりずっと、背、高くなってた。 波の音が、繰り返し、繰り返し、単調なリズムを刻む。 「そんな時は、決まって、母さんと姉さんが迎えに来るんだ。夕飯できてるよって。父さんは姉さんを肩車して、僕は母さんと、手をつないで帰った」 ざーん、ざざーん。 ざーん、ざざざーん。 「ごめんね。つまんないね、こんな話」 言いながら、俺を見て笑う。 青い瞳を、じっと見つめ返す。 何だって、こんな綺麗な青があるんだろう。 海の色と、同じ色。 海の青より、綺麗なあお。 「いいよ。もっと、伸の話聞きたい。伸のお父さんの話聞きたい」 この青い瞳を、つくった人。 きっと誰よりも、海を愛した人。 「父さんの思い出は、もうそんなに覚えてないよ。僕がまだ小さな頃に、死んでしまったから・・・」 ためらいがちに、何かを思いだすように、言葉を捜す。 「でも、一度だけ、入っちゃいけないって言われてた夜の 波の荒い時期の夜の海に、入ったことがあったんだ。勿論、父さんの後についてね。そしたら、信じられないくらい辺りが暗くて、何も見えなくて、波が荒くて、そのまま渦に巻き込まれそうになった。その時初めて、父さんが僕の腕を掴んだんだ。それ迄はどんなに溺れそうになっても、そんなことはしなかったのに。父さんの腕は力強くて、僕は気付いてら、岩の上にいた。掴まれた腕には、その後もしばらく跡が残っていたよ」 ざーん、ざざーん。 ざーん、ざざざーん。 「いい人だったんだ、伸のお父さん」 「うん。もう、いないけれどね」 「伸」 少しだけ、さみしそうに震えてる背中に(正しくは今にも震えだしそうな背に)抱きついてみる。 伸の背は俺より高いけど、痩せてるから、俺だってこんなふうに、お前を抱き締めることができる。 「伸、さみしい?」 まわした腕に、伸の温もりが伝わってくる。 「さみしくないよ、遼がいるもの」 繰り返し、繰り返し、打ち寄せては打ち返す、波の音が辺りに響く。 波はいつまで、このリズムを繰り返すんだろう。 飽きることなく、絶えることなく。 ざーん、ざざーん。 ざーん、ざざざーん。 今、この世から総ての生き物が消えたとしても。 波はこのまま、このリズムを繰り返すのだろうか。 目を閉じて、そのまま伸の肩に頬を寄せる。 「波の音しか、聞こえない」 二人だけ、この広い海の真ん中に、とり残されたみたいだ。 何も言わない。他には、何も聞こえない。 ただ、波の音だけが、一定のリズムを刻む。 潮の香りと、波の音に包まれて。 このまま時が止まってしまっても、かまわないのに。 「遼」 呆れる位優しい声で言われて、目を開けたら。 驚いた。伸の顔が、もの凄く近くにある。 「じっとしてて」 少しだけ、ほんの少しだけ、唇が触れあう。 「・・・伸」 「怒らなかったね、今日は」 そんな嬉しそうな顔で言うなよ。 「………バカ!」 言い捨てて、立ち上がる。 せっかく、いい気分だったのに。 「少し歩こうか」 答える変わりに、先に進んだ。 「なあ、この海の向こうって、何があるんだ?」 「さぁ。太平洋だからね。アメリカとか」 「夢の島とか、あったら面白いのにな」 「竜宮城とか?」 「そう!乙姫様とかいてさ」 「屍解仙みたいな」 「………想像してみろよ」 しばらく歩いてたら、何処からか帽子が飛んできて足元に落ちた。 拾おうとしてかがんだら、呆れる位、聞き慣れた声。 「わるいなぁ。それ、俺のなんだ」 「秀!」 「抜け駆けしようたって、そうはいかないぜ」 「当麻!」 「私もいるぞ。ナスティもな」 「征士!」 「・・・せっかくいいムードだったのに」 舌打ちと共に、悔しそうに伸が呟いた。 「何でここにいるのが判ったんだよ」 「智将天空に隠し事なんてできないのさ」 「二人がここにいると教えてくれたのは、ナスティだった筈だがな」 「この近くに、友人の別荘があるのよ。好きに使っていいって言ったから、皆で遊んでいきましょ」 「そーそー、腹も減ったしさ」 「同感」 「お前らは〜。何だってこんな綺麗な所に来て、そんなことしか考えられない訳?」 「無理な注文だな。この二人は花より団子の見本だ」 「ほら、遼、花火買ってきたのよ」 「花火!凄く久し振りだ。やりたい!」 「それに引き替え、遼はなんて無邪気でいい子なんだろう」 「伸!どさくさにまぎれて抱きつくんじゃない!」 それ迄の静けさをぶちやぶるかのように、辺りを笑いが包む。 二人だけの海も楽しかったけど、皆で騒ぐ海も悪くない。 伸は残念そうだったけど、俺はちゃんと、ご機嫌取りの言葉も考えたんだ。 「また今度、二人で海に来ような」 <fin> |