昔……僕がまだ子供だった頃。 日曜の午後は、何時も不安だった。 暮れかかっていく夕陽を見ながら、これで今日もまた終わりなのだと。 また、なにもしないで、一日が終わっていくのだと。 僕は何をすればいい? 僕は何処へ行けばいい? 僕は、何のためにここにいる? このまま、何もしずに毎日が過ぎていくのか。 このまま、何もできずに年老いていくのか。 暗くなっていく空の青さと赤さに、ただ、問いかけてみたくなった。 答えは返ってこないと、どんなに判ってはいても……… 「伸!」 呼ばれた声に振り返って、声の主に笑いかける。 「遼」 「探したんだぞ。何やってんだ、こんな暗い部屋で」 言われて初めて、部屋の暗さに気付くけど。 「待って、遼。灯かり付けないで」 言って、手招きで遼を、窓際に来させる。 「どうしたんだ?何かあるのか?」 不思議そうに問いかける遼の声が、窓の外を見て、感嘆の声に変わる。 「へぇ・・・凄いな、空が」 「綺麗だろ?」 「うん、凄く」 薄暗い部屋のなか、沈んでいく夕陽を見ていた。あの頃と同じように。 だけど、あの頃とは違う。 僕はもう、不安がってなんかいない。 「凄いな。ここからでも、こんな綺麗な夕陽が見れるんだ」 夕焼け色に顔を染めて、遼が静に言う。 よどみのない、朱色のグラデーション。 空の色と混じった、薄いピンクの紫色。 無心にそれを見つめる黒いつややかな髪に、そっと、触れてみる。 「伸………」 振り返る頬に、唇を寄せる。 これが、今の僕の総て。 これだけが、今の僕の存在理由。 「ごめんね、いきなり」 少しだけあかくなる遼に、ゆっくりとほほ笑みかける。 「…別に、いいけど……」 遼はなぜかそんな僕の顔を見て、小首をかしげた。 「お前、また何か、考えてただろ」 真っすぐに見つめてくる、強い瞳。 「何か・・・って?」 あまりにも真っすぐ過ぎて、強すぎて、とまどってしまう。 「伸が、そうやってぼーっとしてる時は、いつも何か考えてる。なのに、いつも何も話してくれない」 遼 ……… 「俺にはいつも、何でも話してくれって言うくせに、自分は話さないの。ずるいぞ」 少し、すねたような顔を、驚いて見つめる。 いつから、こんな事を考えていたんだろう。 ついこの間まで、戦いに戸惑っている子供だったのに。 「遼、別に僕は」 「伸!」 「はい……」 「そこ、座れよ」 言われるまま、ベットに腰掛ける。 途端、抱きしめられる、温かな感覚。 「俺のこと、もっと頼れよな。お前、一人じゃないんだぜ。」 ……いつもの僕の台詞を、取られてしまった。 でも。 「平気だよ、遼」 何だかうれしくって、笑いながら遼を隣に座らせる。 「何だよ、笑うなよ」 だって遼、いつでも僕が、君を守っていた筈なのにね。 強くなったね、いつの間にか、こんなにも。 「いつまで笑ってんだよ。すねるぞ、こら」 笑い続ける僕に、そっぽを向いてしまった遼の顔を引き戻す。 「ごめんね、おこんないでよ。でも、遼、今は本当に、何でもないんだよ。ただ、昔を思い出していただけだから」 「本当に?」 「うん。もう、区切りのついた想いだから、大丈夫だよ」 疑るような顔に、心からうなづく。 本当に、もう、大丈夫。 なにが必要な事で、なにが大切な想いなのか、僕にはもう、判ってる。 「じゃあ、いつかなにかまた悩むことがあったら、その時は、俺にも話してくれよな」 「うん、必ず」 君がいるから、もう、大丈夫。 「ところで遼は、僕になにか用があったんじゃなかったの?」 ふと思い出して問いかけてみる。 「しまった!忘れてた」 「どうかしたの?」 「ナスティがさ、今ちょっと忙しくて手が離せないから、夕飯のしたく伸に頼むって」 「遼〜。そういうこと、もっと早くに言ってくれなくちゃ。遅れるとうるさいのが役二名いるからさ」 慌てて立ち上がって、歩き出しながら言う。 「ごめ〜ん」 「いいよ。そのかわり、遼も手伝ってね」 「もちろん」 嬉しそうにうなずく遼に、ゆっくりと、微笑みかけた。 日曜の午後は、いつもより時間が、ゆっくりと流れるような気がして。 出掛けることも、何をすることも無く日が暮れていくのが、なんだか怖かった。 考えなくても良いことを、必要以上に考えてしまうようで。 小さな自分を、更に小さく感じてしまうから。 でも、もう大丈夫。 僕は何をするべきなのか、もう、ちゃんと判ってる。 ………何もしないで日が暮れた日曜は、いつも不安だったんだ。 それはもう、昔の話。 <fin> |