Jul 30. 高校野球静岡大会・・・静岡商業32年振りの優勝            
今日は高校野球静岡県大会の決勝。静商2-0浜名で、静商(静岡商業)が32年振りの優勝を果たし甲子園行きを決めた。この日は天候が危ぶまれたが13時開始の試合は15時前には無事終了した。2年生の大野投手の投打に渡る活躍で、昨日18点も上げた浜名打線をゼロ封し、自らのバットでダメ押しになる2点目を叩き出した。さすがに静商が出場するとあって内野席だけでは足らず早々に外野席が開放になった。OBの皆さんが経営される店が多い浅間通り商店街は、殆ど開店休業状態で通りは閑古鳥が鳴いていた。独特の投球フォームの大野投手、甲子園で何処まで通用するか判らないが精一杯投げてきて欲しい。ゲーム終了後静岡では雨が降り出し雨の中家路を急いだ。写真はデジタルTVを再撮したもの。地方大会でこれだけスタンドが一杯になるのは静商効果と言えるだろう。

Jul 29. 上足洗から見る安倍川の花火            
この季節になると県内の市町村では花火が良く上がる。東名高速道路を走ると良く目に入る。静岡県は花火好きな土地柄なのだろうか。
今日は静岡市内を流れる安倍川の花火大会だった。浴衣姿の女性が多いなぁと思っていたら誰かが安倍川の花火だと言っていた。そうか安倍川かぁ・・・両替町の八千代で一杯やり21時頃帰宅すると民家の合間に花火が見えた。急いでデジカメを持ち出し自転車で町内を回った。安倍川方面の空が見通せる場所(前が田んぼ)を探し撮影したのが写真。既に21時を回っており残り数発しか上がらなかったが何とかカメラに収めた。凡そ3Km程離れているので音の到着時間も長く又静かで、田んぼの蛙の泣き声の方が大きい位だった。
昔の上足洗周辺は田んぼばかりだったろうから、民家からも良く見えたに違いない。蛙や虫の合唱を聞きながらビール片手に遠方に見える花火を観戦・・・足元には蚊取り線香とうちわ、天井からは蚊帳・・・なんとも懐かしい風景が脳裏に浮かんでくる。
この日は高校野球静岡大会準決勝が草薙球場あり、結果は「静商1-0掛西」、「浜名18-7飛龍」だった。明日の決勝の組み合わせは「静商-浜名」となった。

Jul 24. 本格的にセミが鳴き出した静岡市街            
昨年の日記にはセミの鳴き出しが7月15日(クマゼミ)と記してあった。今年は西日本で大雨が降り梅雨明けもままならない状態で、セミたちはどうしているのだろうかと、通勤途中にある桜の木を見上げる日々が続いていた。先週の土曜22日の朝、車の移動中に東名静岡IC近くで一瞬聞いたのが今年最初のセミであった。やれやれと思っていたが、その後も九州方面では大雨が続き、その余波で当地でもはっきりしない天気が続いた。ところが気温は高いが大して良い天気でもない今日、その桜の木でシャンシャンが元気良く鳴いていた。どうやら待ち切れなくて土の中から這い上がってきたようなだ。それで家路を急いでいた夜21時過ぎ、駿府城跡の内堀を中央体育館方向に曲がった辺りで、羽化前のセミがあちこちで木にへばり付いているのを発見。自転車を止めて携帯電話カメラを持ち出しパチリパチリ。行きかう人の目には「このオヤジなにやってんの?」と映ったのに違いない。しかしそんな事など関係なく、無事地面から這い上がり羽化のスタンバイが完了したのを見届け一安心する。実に些細なことだが、毎年やっ来て梅雨明けを知らせてくれるセミたちに感謝だ。写真はその後羽化しただろうクマゼミの幼虫?サナギ?。

Jul 22. 2ヶ月振りに名古屋へ帰省            
本日ほぼ2ヶ月振りに名古屋に帰った。普段なら早起きして静清バイパスを西走し袋井で東名高速に乗るのだが、今回は出発が7時半頃になってしまい、いきなり静岡から東名高速に乗った。静岡の天気は曇りで霧が多く南アルプス方面は全く見えない。牧の原を越えた辺りから日が差し始め名古屋までは好天だった。梅雨明けを感じさせる天気だったが、九州方面では記録的な豪雨が続いているとラジオが伝えていた。
写真は合宿に参加する3男を送った帰りに立ち寄った長久手の「愛知万博」跡地。パビリオンの殆どは撤去され、当時を思い出させるモノは遠くに見える観覧車とフレーム外だが上手にあるリニモの駅くらい。じっとたたずんでいると、あの騒ぎは何処へ行ったんだ?と祭りの後を感じさせる。高架橋にはたまたまフレームインして来たリニモが見える。 この日は午前中既に30℃近い気温があり、アスファルトの照り返しと雨上がりも手伝ってか大変蒸し暑い一日だった。
多くの方が豪雨の犠牲になられ、今も雨と闘っておられる訳で、自分の空模様を見て喜んでばかりは居られないとポツリ。ところで鳴かないと思っていたセミの声を、初めて静岡IC近くを走行中に聞いた。

Jul 16. 2006 山切川の生き物たち            
実家に近付くと先ず目に入るのが山切川。清水港へ流れ込む庵原川の支流である。河口から2Km程上った尾羽地区で支流となって山切川となり、草ヶ谷・杉山・吉原地区を流れる。昭和40年代まで、この地域は温州ミカンの全国的な生産地だった。ミカン山では多量の農薬散布が行われ、一部は川に流れ出し生き物を追いやった。子供の頃の夏休みの楽しみは、釣竿やタモを携えての川遊び。川底にはドジョウ・ザッコ(ヨシノボリ・ウナギ、泳ぐのはアブラハヤ・ゴン(オイカワ)・アユ、陸に上がるのはズガニ(モクズガニ)・サワガニ・イモリ、空を飛ぶのはヤゴから成長したトンボやホタル。色々と自然から教わった事が、川原の匂いと共に懐かしく思い出される。
・・・お盆で帰省中の今朝、犬の散歩の際川を覗いたら、いるいる。45年前に似た風景が目の前にあった。大規模な農薬散布が行われなくなり、生き物たちは帰っていたのだ。さすがにイモリやホタルにはお目にかかれなかったが、ドジョウ・ザッコ・アブラハヤ・ゴンなどが、さほど広くも無い川で元気良く泳いでいた。写真は伊野沢入り口から上流を覗いた様子で、オンマウスは雄と雌で戯れるゴン。雄のヒレがオレンジ色になり口の周りが白っぽい・・・産卵の時期が近いのか。

Jul 5. 2006 変更検査合格            
実家無線設備の変更検査が本日行われた。結果は指示事項なしの合格だった。この日は西日本から東海にかけて大雨が降り、果たして名古屋から検査官が無事到着するか一抹の不安があった。
午前中に無線設備の動作やTVIの確認を済ませた。また検査官を迎い入れるスペースを確保するために、PC-98*1等のオールドPCとその他部材を別の部屋に移した。そしたらこんなに広かったのかと驚く始末で、元に戻したくないと内心・・・。またTVIチェックで近隣宅に上がるための挨拶に回った。
検査官は予定時刻の16時より早く到着され、用意したお茶など呑む間もなく検査に入った。検査は従免・局免・設備の確認後、全バンドの出力測定と指定バンドのTVI確認が行われた。そして16時半、無線検査簿に「合格」と記入され免許状が手交された。写真は準備中の様子でオンマウスは「合格」と記入された無線検査簿。
転勤族で中々こうした作業が出来ずにいたが、実家近くに異動したことも手伝い何とか夢のHF〜50MHz/1KWと144MHz/500W(EME)を手にする事が出来た。ご支援頂いた皆さん、東海総通の皆さんに感謝します。経過は1kW変更申請のページにまとめまてあります。

Jul 2. 2006 川崎市往復と変更検査準備            
2男の荷物を運ぶ為に朝5時半に家を出て東名高速で川崎に向かった。めったに逢えないと言う事で今回はオフクロも同乗した。
川崎は名古屋に行くより近く1時間半程度で着く。4月の引越し以来であるが部屋の散らかり具合は相変わらずだった。
大家さんへのお土産に清水の「追分羊羹」を下げて行ったが、早過ぎて未だ寝巻きの様子でお会い出来なかった。帰りは保管依頼付のダンボール箱を幾つか持ち帰った・・・「捨てるな!」と念を押されたが長さが2mもあり、帰りの荷物の方が多く苦笑。しかし学校の教材だと言うPentium4(2.4GHz)のDOS/V機は何よりの土産だった・・・しかしHDがシリアルATAで手持ちが無く困った。
10時に清水に戻ったが帰路の途中から雨が降り出した。その後は変更検査のための準備に奔走した。主な作業は雨上がりを待って実施したバターナットの移動、隣接宅にお邪魔してTVIチェック、それにシャック内の整理とその他懸案対策、144MHzシャックPCに無線Lan組み込みetc。蒸し暑いことも手伝い、いっぱい良い汗をかいた。一日があっという間に過ぎていったが、これで何とか変更検査の形が見えてきた。写真は雨上がりのアンテナ群。