JH2CLV's Topics & Memorandam / November 2008

Nov 30. 2008  住所録を文豪ワープロからWindows機へ移植
1987年頃より拡大してきた文豪ミニ7の住所録。PC-9801RXを購入しても文豪が主役だった。その後PC-9821Ap2でWindows95を初めて動かしてもずっと文豪だった。SCSIカードを組み込み外部HDDを擁し、住所録として使うには十分であった。ところが昨年、プリンタリボンが紙に張り付き、その対策で時間を取られ、あげくは部分印刷出来ないソフトで散々だった。また折しもPC2CSV.EXE(文豪住所録→CSV変換)との再開があり、住所録のEXCEL化に拍車が掛かった。更にWARDの「はがき宛名印刷」機能でEXCELデータの関連付けが可能である事も分かり一気に「脱文豪!」の機運が高まった。そして本日、文豪ミニ7RXで恐らく最後のデータ修正を終えCSVファイルに変換。そしてWindows機のEXCELでCSVファイルを読み込みEXCELデータシートに変換した。これにより、WARDの「はがき宛名印刷」でオンマウスの如き宛名書きが可能になった。そして差し込印刷により連続印刷も実現するに至った。その概要をTest&Dataコーナーにまめてみた。専用ソフトが無いと印刷が出来ないと思われている向きには吉報と思うが如何だろうか。写真はMS-DOSツールを起動中の文豪ミニ7RX。これで活躍の場が激減するか・・・印刷は来月中旬決行。

Nov 22-24. 2008  帰省・・・農薬散布に梅ヶ島〜安倍峠
11月21日高速深夜5割引で帰省。22日は朝からミカン畑で農薬散布。無意識に人を子供扱いする親父は相変わらず。人の顔が違うようにやり方も様々で良い筈だが、思った通りでないと後ろから声が飛ぶ。知らぬ顔してマイペースを決め込むが、余りに煩いと反応してしまいペースが乱される。84歳になっても朝から車を走らせ、農薬を水1500リットルに調薬するのだから、まぁ健康で何よりなのだが…。悪気は無いんだけど状況を見ない小言には閉口する。そんなこんなで午前中に終了しポンプやホースの水洗い。ここでもお節介な指示が飛び困惑。こりゃ永遠に変わらんわと苦笑。それで23日は解放日となり、誕生日のカミサンと梅ヶ島と安倍峠へドライブ。梅ヶ島は30年前、同僚と自転車で訪ね安倍峠へ登山した事がある。その後静岡県青年の船の班仲間とも・・・。いずれも梅ヶ島温泉入口の湯の華に泊まった。次男がママチャリで往復し周囲を驚かせた事も。昔は道が細く車のすれ違いが大変だったが今はその苦労も無い。それより、徒歩でしか行けなかった安倍峠へ車で登られる事が信じられない。写真は峠手前の尾根を八紘嶺方向に登るカミサンとHana。登山道には残雪とぶ厚い霜柱。オンマウスはその途中背後に見えた富士山。

Nov 19. 2008  福井市は初雪・・・(写真はNov 20)
昨夜から随分寒いと思っていたら今朝は初雪だった。昨年より1日遅く例年より12日程早いらしい。暖房器具と呼べるモノの準備も無く、今は寝る前に風呂に浸かり、直ぐ布団に滑り込むのが最大の暖房。或いはペットボトルの湯たんぽも…。昨朝は7時頃に強烈な雷がありJR北陸線が止まったり送電障害が発生したりで関係筋は大変だった模様。今朝も未明に雷があり目が覚める程だった。おかげで昨夜からHF帯はノイズが強くSメーターが振れ放しだった。とても無線どころじゃなく、危ないのでアンテナを無線機から切り離している。毎朝10MHzでEuやAfが聞こえていた先週までが嘘のようだ。こうなると雷の無い東海筋が羨ましくなってくる。そんなことを思いながら窓を開けると外は一部に白い雪が見えるものの、積雪とまでは行っていなかった。ただミゾレ混じりの雨が降り冷たい。それに起床した6時20分頃より2時間過ぎた8時過ぎの方が気温が下がっている。この雨が再び雪になり積るかも知れないと呟きながら出勤。傘と長靴が手放せなくなり、タイヤも冬用に替えなければ・・・それに暖房の準備も。電気代とガス代の出費もかさむ・・・。単身赴任の冬ってのはみじめなモノである。写真は翌20日朝6時20分、予想通り積雪の福井市内。

Nov 15. 2008  福井嶺南方面を訪ねる・・・待望久しい名田庄も
敦賀市の松ヶ崎に急用が発生。9時過ぎに車でR8を南下、約1時間で現場に到着し所用を済ませる。ここ数日快晴で空も海も安定の毎日だった。この日は崩れる方向だったが青空は残り海面はベタナギだった。その後敦賀半島の白木・美浜方面へ向かい所用完了。そのまま引き返すのは勿体無いので足を伸ばし久須夜ヶ岳名田庄を訪ねた。R27を西走し三方からR162へ。海岸沿いを走りエンゼルラインで一機に久須夜ヶ岳へ。山頂駐車場付近は紅葉真盛りだった。その後小浜市街を通り南川沿いにR162を名田庄へ。実は名田庄には思い入れがある。シンガーソングライターの高石ともや氏が1970年代にこの地を生活の拠点とした事、そのバンド名がザ・ナターシャー・セブンだった事、1979年8月11日相模湖ピクニックコンサートで一緒にキャンプした事、彼らの曲が好きでコピーした事。そして同僚の生まれ故郷である事などあって一度訪ねてみたかったのだ。ナターシャーセブンの「107ソングブック」に「・・・奥名田小」と唄う校歌がある。高石一家は廃校になった小学校で生活されたが、その後どうなったのかずっと疑問だった・・・(今回は疑問解けず!)。写真は久須夜ヶ岳の紅葉とR162県境手前の橋から臨む名田庄看板越し紅葉の山々。

Nov 9. 2008  気が付くとキーボードの文字が・・・オニオンスープに挑戦
食事や諸作業をするワークスペースにキーボード(BTC/5201)が鎮座している。東京勤務時代に秋葉で\1000程で買ったものだが、キータッチが好きで10年近く愛用している。代わりになるキーボードと出会わないからだ。飲食時の雫や綿埃がかかり随分と見苦しくなったので久し振りに洗浄。サンハヤトのハヤトールを全面にスプレーし汚れを溶かしそれを拭取る。キーの下に紛れ込んだ綿埃はツマヨウジやメンボウなどですくい上げた。ダメな場合はキートップを外し作業した。以前から文字が消え出しているキーには気付いていたが新ためて見ると結構ある。それで洗浄の記念に撮影したのが左の写真。アルファベットはブラインドタッチなので全く苦にならなかった。S・D・K・I・M・Nの文字は全く判別できない。消えたキーを良く見ると表面が削れて歪んでいる物もある。これだけ使って貰えるキーボードは「幸せ者だぞ」と励ます。 オンマウスは直径10cmの大玉ねぎの処分に困り、オニオンスープの調理を始めた様子。煮込むまでは良かったが味付けの材料が無くカミサンに電話でヘルプ…ダシも無いの?と呆れていた。醤油とコショウに塩と砂糖しかない。夕刻コンソメスープの素とベーコンを買って来て何とか形に・・・これで血液サラサラになるかなぁ。

Nov 8. 2008  「大気の海」「そうか、もう君はいないのか」完読・・・液晶ディスプレイの修理に挑戦
10月9日に紹介した標記図書2冊をようやく読み終えた。「大気・・・」は科学史的に見ていたが新しい発見が随所にあり勉強になった。我々が気付かない大気や地磁気の役割や重要性を再認識。地球環境が叫ばれる今、実にタイムリーな必読書だ。ひとつ疑問は、マルコーニの頁で「1万ボルトの電流・・・」と記している行。サイエンス・ノンフィクションを謳うにはチト疑問。物好きにも原典からなのか翻訳によるものなのかを出版社に打診中。それにしても時間が掛り性格が出ている。「そうか・・・」は故城山三郎氏が亡くなる直前に奥様との出会いからを書かれたもの。2時間程で読み切る。夫婦や家族の様子が淡々と記されている。自分達の場合と対比したりして楽しんで読み進と最後は誰もが迎える別れ。笑いと涙で展開し何とも言えない感覚を味わえる。奥さん没後のお世話をされた娘さんの後書きもグッドで涙を誘う。読み終ると封筒に入れカミサン宛の住所を書いていた。
オンマウスは、修理するより新品購入が安いと言われ捨てられた液晶ディスプレイ。電源投入時約1秒間だけ映像が出てNG。復活できないものかと分解して中を点検すると、バックライト電源(AC)が同じタイミングで断になるところまで確認した。さてどうするか・・・。

Nov 3-4. 2008  6mmテープ音源のデジタイズとCD化
前回の帰省時に始めた6mmテープ音源のデジタイズを1日と2日の深夜に実施。大した作業じゃないが、やりだすと性格がもろに出てくる。特にレベル設定。歪まない程度にデジタイズ出来ればOKと最初は気楽に考えていても、ギリギリまで収録レベルを上げたくなる。それをコンテンツ毎にやりだすから、元々数時間にも及ぶ量なのに更に時間が掛かるハメに・・・。そんなこんなで就寝は両日共深夜1時。しかし30余年前の録音は当時を思い出す格好の材料だ。中には若くして故人となられた先輩の演奏もあり、聴きながら涙する場面も・・・。未だステレオミキサーが一般的でない時代、ディスクリートで自作した事が昨日の事の様だ。多くの音声技術を学べた時代だった。そして今でも続く人間関係も・・・。デジタイズしたファイルはUSBメモリで足りる筈も無く有りたけのMOとCDに封じこめ3日福井へ持ち帰った。再びSoundEngineFreeで整音を行いNeroExpressで目的別のCDを2種類焼いた。CDは4日各地の友人へ発送。焼込みソフトがレベルを平均化する設定に気付かず、レベルオーバーのCDを何枚も作ってしまったがこれはオマケとして添付。さてどんな返事が届くか楽しみである。写真は実家でのデジタイズ風景。オンマウスは作成したCD。

Nov 1-2. 2008  帰省と所用と・・・通勤割引を使う
所用で帰省する。1日は豊田経由で帰り2日は川崎を往復。最近は深夜割引(40%)の時間帯に移動していたが、所用は13時のため通勤割引(50%)が成立する9時前に福井ICに入る。深夜割引だと暗闇走行だが、この時間は陽が昇り様子が違う。北陸道の杉津PAを過ぎると右手に敦賀半島が見える。空は青くピークの西方が岳が目を引く。そう言えば国見岳からこの山を結ぶラインの南側はシャドウになり無線の飛びが悪い…などとマニアックな事が思い浮かぶ。それにしても空が青い。通勤割引は100Km未満なので一旦米原ICで降りUターンし再び高速に入る。豊田へは名古屋ICで降りグリーンロードと走り慣れたR155で向う。途中EMPTYランプが点灯。カード頼みでENEOSを探すが見つからず結局目的地近くで現金給油。所用後15時過ぎに今度は豊田ICから静岡を目指す。ここでは17時以降の通勤割引きを成立させるために、浜松西ICで出入りし100Km未満の清水ICを17時過ぎに出る。幾らかの減額になるが距離や時間を考えていると頭が痛くなる。2日は未明にカミサンと家を出て、団体バスで懐かしい川崎へ。所用を済ませ単身赴任時代に生活した多摩区東生田の小田急や府中街道付近を散策。写真は快晴の豊田と川崎の小田急。