JH2CLV's Topics & Memorandam
September 2009

Sep 29. 2009  思い出したように「うどん」と闘う・・・先輩の訃報
昨年何かのお返しに頂戴した手延べうどんが手元にあった。夏の暑いときに冷やしうどんにでもと思いそのまま1年以上も放置してあった。一昨日の日曜日、夕食で食べるものがなくなりこの手延べうどんに目が行った。そして貼られたタッグを見ると賞味期限が2009-9とあった。こりゃグッドタイミングと手を叩きうどんとの闘いが始った。ちなみにそのうどんの製造元は岡山の麺匠鴨川水車とありこの業界では老舗らしい。そう言えば昔、仕事で岡山に行った時、うどんが名物と案内され、昼食にうどんを頂いた事がある。闘い・・・即ち箱に入った10束を今週中に食べ切る!。日曜2束、月曜1束、水曜3束・・・さてこの後はどう展開するのだろうか。 写真は茹で上げ水で冷やしたしうどんにカツオのフリカケをかけ、イカの天ぷらを乗せた朝食。カツオだしツユに浸けながら食べるのだが、これが中々の美味!。
オンマウスは試作中の1球2ICラジオ。これでJOFGを鳴らし、7時43分から始まるビジネス展望(内橋克人氏)に耳を傾ける。山で拾ってきたヤマナシが窓際で熟し、ビワに似た香りをプーンと漂わせる。その横で割り箸でうどんを摘みツユに浸けてツルツルツル。一風変わった朝食シーンだが、楽しく愉快で単身赴任にはこれで十分だ。
昨日の午後、会社のOBであるT氏の訃報が届いた。大正13年生まれの84歳だから、うちの親父と同年だ。就職した1973年から転勤するまでの6年間、大変お世話になった。自分の子供ほどの少年を見てどう思われたか分からないが、何時もにこやかにご指導頂いたことが今でも忘れられない。姉から借りたパープルのトレーナーを着ているのを見て「似合うなぁ!」と声を掛けてくれたエピソードがある。実は、着る物が無くて姉のを失敬して着ていた時の話だ、懐かしい。昔の写真を見ながらあの頃に思いを馳せる・・・。数年前、住み慣れた家からご子息のもとに引っ越されたと年賀状に記してあった。うちの親父もそうだが、80歳を超えると身の回りのことの煩雑さは、我々が考える以上だったに違いない。1979年に転勤してから、毎年の年賀状のみが近況を知る便りとなってしまった。あれから30年、当時の職場の先輩で同年代の方が次々に亡くなられて行く。残された先輩方の近況が気になってくる。今朝6時に起床すると、今日が告別式だった事に気付き、慌ててPCを立ち上げ弔電を打った。ご冥福をお祈り致します。

Sep 26. 2009  平家岳に登る・・・秋の表情
昨日、同僚に「平家岳へ登る!」と宣言。天気は回復方向。22時床に就き日の出と同時に出発を目論む。明るくならないと思い時計を見ると既に5時半。実は曇天に加え濃霧。朝食は途中で取る事にして6時に家を出る。R158を東走し九頭竜湖を目指す。コンビニで握飯5個と御茶を購入。走りながら握飯2個をパクツク。九頭竜湖には7時25分頃着。箱ヶ瀬橋を対岸に渡り右折。暫く走り面谷橋を越え川沿いを上る。大正の頃栄えた鉱山跡や墓石が眼に入り複雑な心境。ドン詰りまで行くと7時45分。岐阜の男5人連れに声を掛けると同目的。7時50分登山開始。晴れ模様が途中から霧で一時は視界が50m程度に。尾根に出て左折。J-Powerの送電鉄塔沿いに歩くと平家岳が右手に見える筈だが霧でダメ。最初の鉄塔がNo.28、そこから数え5番目の鉄塔を過ぎると送電線は登山道から左へ外れる。ピーク(井岸山/1400m)に出ると右手に平家岳。最後の下りと登りをやり過ごし10時25分登頂。所要時間は約2時間半。平家岳山頂(1441.5m)では天気が回復し360℃の眺望を楽しむ。写真は北方向の眺望で途中並走した送電鉄塔が見える。オンマウスは山頂三角点。実は道すがら拾い集めポケットに忍ばせたNutsを持ち帰る。秋の表情に心和む。
写真はそのNuts・・・聞こえは良いが実はドングリ類で右のヤマナシはれっきとした果物。クリは面谷川沿いの道路で拾った。ヤマグリだが地域によってはシバグリとも呼ぶ。ヤマナシは登山口の看板を過ぎた辺りの山側に茂っていた。最初はマメナシかと思ったが実が大きい。実の殆どが草むらに落ちる格好だが、幸いにも幾つかが道端に落ち発見に至った。イガグリは当然ズボンのポケットは無理なので車のドアポケットにしまう。ヤマナシは下山時に発見したが、見上げると未だ一杯の実っていた。2006年4月、カミサンから名古屋市守山区にマメナシ公園がある事を知らされ、白い花を見に行った事を思い出した。他は登山中に拾い集めた・・・中央上がトチ、後はクヌギとかシラカシかと思うが、自信が無いのでここでの断定は止めておく。ちょっと悪い癖で知らぬ間にポケットの中がドングリの嵐になる。ところでこうしたドングリの芽って何処から出るか知らない人が結構いる。地べたに放って置くと頭が割れて新芽が出てくる。昔、名古屋在住時に神社の祭りで子供達が「棒の手」を奉納するので両親を呼んだら、参道のクヌギを一生懸命拾っていた姿を思い出している。田舎のクヌギと違うなぁとか言って。植物にはこういう楽しさがあって面白い。

Sep 24. 2009  135KHzバンド変更申請発送
懸案だった135KHzバンドの変更申請を行った。実家の固定局で135KHz/100Wの設備を第3装置として増設する事にした。送信装置はオンマウスで見えるサムウエイ社TX2200A。アンテナは実家タワーから引き下ろす中間部負荷型の垂直アンテナ。それに圧倒的低Zへ送信機出力50Ωを変換するためのステップダウントランスとLC整合部。これらを添付図面として、変更申請書・事項書・工事設計書に沿えた。一方総通では直接受理はしない模様なので、TSS(株)に保障認定をお願いするための保障願書を用意し、保障料\3000を送金した旨を照明する資料を同封。送金はネットバンキングで行ったため、当該銀行の確認画面をハードコピーして添付した。 大体がアバウトな性格のため、チェックはしても誤りや不足が有ったら連絡してくるだろう位の大らかさ。でも135KHzって初めてで心配だったからTSS担当者へ電話を入れると、事項書のバンドの順番はフォーマットだから変更してはいけないらしく、空きスペースに追加するように指示された。せっかく周波数順に書き変えたのにと内心・・・でも総通さんの指示じゃないらしい。添付図面は送信機系統図と空中線系統図を1枚にまとめた。さぁこれで無事総通さんまで届くだろうか。楽しみだ。

Sep 21-23. 2009  帰省…BBQに同窓会etc
先週末は多忙だった。ようやく一区切りがついた22日、朝6時半に福井を発ち清水へ向かう。案の定、既に高速道路のSAやPAは車でいっぱい。北陸道は無事クリアするが、名神・東名高速の小牧・豊田JC・牧之原辺りが相変わらずの渋滞。このため帰省に約6時間を要す。車が停止している状況を撮影しカミサンへ携帯メールすると、通信料が勿体ないと後からお叱り。実家ではこの日、雨がパラつく中BBQが行われた。12時半に帰ると家族・親戚が集まり既に絶好調の様相。子供達が小さかった頃は、毎年のキャンプで恒例だった。持ち寄った道具を眺めていると、そこかしこに当時の記憶が蘇り楽しい。早速に座り込み真昼間から肉と野菜に舌鼓を打ち、ビール片手にアルコール変調度を上げる。実はその夜、5年振りに小中学校の同窓会が行われた。懐かしい顔、顔、顔。55にもなると子育てより親の介護や面倒見に話題が集まる。何処も同じだなぁと…。1次会は21時で終了したものの、その後有志による2次会と3次会が続き、解散は夜中の2時。オジサン・オバサンパワーを街に響かせたが、さすがにヘロヘロ。写真は一息ついたBBQの様子。みんな満足そう!。オンマウスは同窓会記念撮影中のスナップ。幹事殿にはご「苦労様!」。
実家にARRLから会費継続案内が届いた。奇しくも20日、JARLのそれ\7200の案内が届いたかりなのだが、この時期になるといつも両者の比較をしてしまう。ARRL年会費は$62で毎月エアメールのQSTが届く。QSTと言えば世界で最も歴史と権威のある無線情報誌。一方JARLの機関誌JARL-Newsは薄っぺらな隔月発行の冊子。QSLビューロー付きとは言え、JARLのサービスはかなりひいき目に見ても完敗に思えるのだが如何だろうか。
更にARRLは、QSTの姉妹誌QEXを$31の追加で年4回発行する。QEXの内容は非常に洗練された実践技術情報である。また毎年発行されるご存知ARRL HANDBOOK。こうした継続的な出版物の発行で、広く無線技術の普及に努めている。記念イベントでしかHAND BOOKを発行出来ないJARLとは大違いで、ちょっと真似の出来ない状況だ。それで例年通り、今年もQSTとQEXを1年分クレジットカードでお願いすることにした。 写真はARRLから届いた会費継続案内。同封された継続申し込み用紙のチェックボックスにチェックを入れ、カード情報を記入して返信用封筒で送り返す。オンマウスは彼岸花が咲き乱れる実家南側の沢の土手を散歩中のHana。
前夜の同窓会やカラオケBOXでの騒ぎが未だ鮮明な22日朝、新盆に行けなかった親戚を親父と回る。また親父の養蜂作業に同行すると、巣箱の蓋を開けた衝撃で蜂が怒り顔を目がけて飛来。危ない!と思う間もなく唇をやられた。刺されるのは何年ぶりだろう。1時間後には下唇が膨れ上がりお岩さん状態。その後施設に入っている親父の友人を見舞うために清水区折戸を回るなどして忙しくこの日が終わる。実は若い看護士さんを前に、唇を咬み込んで膨れを隠すのに必死だった。翌23日は昼食後帰路に就くが、午前中カミサンと買い物に出るついでに立ち寄ったポンカン畑で急遽摘果作業が始った。凡そ2時間、数年前なら信じられないサイズまで落とす。小玉で量を残すと収穫作業が膨大になり手間ばかり掛かり値が上がらないから。トータルコストを考えるとこれが現実的なのだ。1年間世話して来て農業って一体何なんだ、これが本当の姿なのかと疑問が沸いてくる。でもそれしか方法が無いジレンマ。まぁ堅い話もあるが、世間話をしながら家族のコミュニケーションを図るのも楽しい。12時40分清水を発ち、渋滞の中5時間を要して福井へ帰還。写真は4cm以下は無条件に落とす摘果の様子。オンマウスは渋滞の東名美合PA付近。

Sep 19. 2009  「親子ラジオ製作教室」が教えてくれるもの
同僚達が企画し福井市内で行われた「親子ラジオ製作教室」を支援。殆どの参加者が半田付けは初めて。練習用基板で半田ごてと半田の取り扱いについて学んだあと製作に取り掛かる。その目的は一体何?などと野暮な事を聞く人が必ずいる。そうした人への対応が実は一番厄介。要するに理屈じゃない。先ずはモノ作り、手を煩わす事、鳴った瞬間の感動を親子で共有、少しでも理科・工作に興味を持って欲しい・・・と言うよりラジオ工作が色々な事を教えてくれるから。さて作り始めたものの一発で鳴らす親子は殆どいない。そこで同僚の自称エンジニア達が首を突込み様子を伺う。イモ・天プラ半田をはじめ、ICピンの半田ブリッジ、半田屑のブリッジ、半田の未浸透など様々なトラブル。キットとは言え100ヵ所もの半田ポイント。順番に半田付け状況を確認。一つ一つの作業を確実に積み重ねる事の大切さを学ぶ。それでもダメで悩んでいるとアンテナに金属を触れるとノイズ・・・って事は局発断?・・・見ると局発コイルで半田の浸透が悪い。再半田すると感度が上がり、ゆっくり同調VCを回すと鳴った!。皆でニコッとして拍手喝采。ラジオ作りを始めて45年、何時になってもこの感動は不変。\100均ラジオでは味わえない世界だ。

Sep 13. 2009  諸作業に取り組む週末
今週末は福井に留まり体調を整える。昨日は朝から久しぶりの雨。水が頼りの農作物には朗報だったに違いない。実家のミカン畑も少しだが潤ったようだ。もし晴れたら大野の平家岳も良いなぁと目論んだがボツ。終日雨の一日だった。今朝も少し雨が残り、昨日からぬかるんだ状況では山登はやっぱりダメ。それならと依頼されたClear-Com/MS-232の修理や実験中の単球2ICラジオの作業に取り組む。MS-232は一昨日の晩、依頼主から引き取り様子を見ていたが、緊急発注したスピーカーが今朝届き完全復旧。良く出来た長寿製品だが、スピーカーアンプで設計ミスと思われる定格オーバーを見つけてしまい悩ましい。故障の原因は装置そのものにもあるが、一部は使い方の問題とも思われ、商品開発の難しさを感じる。さて単球2ICラジオだが、立体仮配線だったものを実用を意識しベークライトの蛇の目基板に移し変えた。この出力を455KHz親受信機をつなぐと心地良くローカル放送が聞こえる。さらに修復したMS-232のライン入力につなげ、今日から始まった大相撲秋場所を鳴らす。かん高い独特のトーンで実況中継が流れ心浮かれる。写真はオンボードになった単球2ICラジオ。オンマウスはMS-232のスピーカーアンプLM384N周辺。

Sep 9. 2009  休暇・・・健康第一の単身赴任
相変わらずの残暑で昼は気温が上がる。ところがこの時期、日没後は急に気温が下がり色々な現象を発生させる。日本海では日中温まった空気が急に冷やされ数時間経つと異常な電波伝搬が始る。家では、暑いからと窓を開けて寝ると、未明に気温が下がり思わぬ体調不良を招く。実は昨日、午後までは絶好調だったのに16時頃急に寒さを感じウィンドブレーカーを着た。まだ半袖姿が普通であるから職場の仲間から変な目線を集めたのは当然である。そして17時過ぎになると一寸可笑しい。早めの対応が必要と感じ18時には職場を離脱し帰宅した。フラフラになる様な事はなく食欲も十分ある。早めに夕食を取り横になるが体温は既に37℃。平熱が低いのでこの体温だと変に感じる。そして深夜には38℃程度になったが今朝は36℃台に戻った。新型インフルエンザで世の中が神経質になっている事もあり、本日は大事を取り休みを貰う事にした。定期的に体温を測ったが、人の体温って一寸した作業で大きく変わるんだと認識を新たに。写真は先日持ち帰ったお裾分けの梨。カミサンの実家、隣畑のO氏、隣のM氏から届いた。今日はこの梨のおかげで十分な水分補給が出来た。感謝すると共にやっぱり単身赴任は健康が第一だと呟く。

Sep 5-6. 2009  帰省…天井裏にもぐる…日照り対策
5日1時半に帰省し2時床に就く。さすがにゆっくり起きたがそれでも7時半起床。朝食を済ませ野良仕事が始まった。静岡方面は何時雨が降ったか忘れる程の日照り続き。ポンカンの葉が反り返り、一部色も黄色くなり危ない状況。先週から水撒きが行なわれていた。この日は水500リットルを3回に分けて運び地面と葉を湿らせた。程々の雨の恵みを天に期待している。さて、先日の地震後居間の明かりが点かなくなっていたが、ようやく原因を突き止めた。正常なACコンセントとの関係をテスターで診るとホット側が浮いている。無負荷だとAC50V程度示すが静電容量による漏洩と思われ負荷をつなぐと0V。天井裏に這い上がり調べると、ON状態でハメ殺しにしてある壁SWがどうも接触不良。ところが、原因は特定出来たものの、天井裏から天袋に出るときに腹が土壁の骨である竹の突起に引っかかり動けない。もがくと竹で腹に傷が付き、また天井裏のホコリがモロ口に進入し咳き込む。大声でカミサンにヘルプ。剪定鋏で突起を切断して貰いようやく脱出。本箱裏に隠れる壁SWを数回ON/OFFすると復旧。SWは完璧に忘れており随分と遠回りをしたが地震との因果関係は不明。腹は傷だらけで大変な一日だった。写真は天井裏の配線状況。
6日は午後福井に戻るのだが、午前中再び水撒き作業。この日は7時半から作業を始め、水を4回(2トン)をポンカン畑に撒いた。山陰で日の出前という事もあり、作業を始めると足元で秋の訪れ「スズムシ」の鳴き声が響く。遠くでは夏の終わり「ツクツクボウシ」が行く夏を惜しんでいる。日が昇り地面が明るくなると「スズムシ」達はスイッチを切った様に一斉に静かになり面白い。何れにせよ日照りであってももう秋の兆しだ。動物は移動して日陰にこもる事も出来るが植物はそれが出来ない。ましては人が植えたミカン等の果樹は雑草とは違い元から弱い。でもそのミカンだって自然のサイクルに貢献し多種多様の昆虫が集まってくる。水撒きをしながらそんな事を頭に思い描いた。昨日から既に3トン以上の水を撒き何とか果樹の健康を保っている。葉の表情にカミサンが一喜一憂している。大変な労力だと思う。雨はそれを短時間に解決してくれる。まさに天の恵みだ。雨よ何時になったらやって来るのか・・・。昼食を済ませカミサンが用意してくれた食材を積み13時過ぎ福井へ発つ。写真は軽トラに積んだ500リットルタンクと発動機&ポンプ。オンマウスは、思い付いたように訪ねたDOCOMO福井で、電池無料交換を果したFOMA携帯P900iV。

Sep 2. 2009  久々の読書・・・「テレビ人生一筋・技術者の65年」(久野吉夫著)
情報メディア学会誌9月号の故人を偲ぶコーナーで元松下電器の久野吉夫氏の紹介を読んだ。全く存じ上げなかったのだが、その中で著書テレビ人生一筋の案内があった。スーパーラジオなど夢だった再生ラジオ時代に松下電器へ入られ、黎明期からテレビと共に歩まれた65年をまとめた内容。我々はテレビ放送開始後の話は良くする。しかし、暗中模索・手探り・規格競争の時代を議論する事は余り無い。衛星やデジタル更にIP時代に突入した現在、ソフトで世の中が回りハードを忘れさせる時代になった。ハードを作った人がいてソフトが繁栄する構図を逆に見る人達が増えてきた。こうした動きに「タマゴとニワトリ」ではないが、時代の順序や一番大切な物は何かを考えさせてくれる図書。久野氏は既に没されているが、こうした先輩諸氏のご尽力によりテレビ技術が成長し、多くの産業や事業が生まれ、我々はその恩恵に預かっている事実を忘れてはいけない。久野氏はこの本の執筆に当っては殆ど資料を紐解かずに書かれたと聞く。資料や情報整理に追われ、頭には何も残らない「見出しだけの薄っぺらな」現代人の姿が目に浮かんで来る。時代とはいえ一抹の寂しさを覚えるが如何だろうか。写真は読み始めた「テレビ人生一筋」。