JH2CLV's Topics & Memorandam
September 2014

Sep 30 7F71Rのソケット届く
帰宅すると何時もの様にその日に届いた郵便物等に目を通す。大したモノは届いていないなぁと呟きながら無線室へ行くとシャックの机の上に段ボールの小包。もしやと手にすると外国からだ。Zライトを点けてよく見ると待っていたVA3YP/RACOからだ。開けなくても、あの7F71Rのソケットである事は直ぐに分かった。カッターナイフで梱包を解くと、新聞紙に包まれクッション材に収まったソケットが顔を出した。手にすると軽く美しい。惚れ惚れするほどの出来栄えだ。早速7F71Rを差し込む。うーんこの感触も素晴らしい。挿入方向はスムーズに入り、回転方向はしっかりと保持されていて固い。フィンガーストックの馴染みの良い証拠だろう。さてこのソケット、久しく棚上げ状態になっていた7F71R-HPAの製作に火を点けてくれるだろうか。取りあえずはフィラメント点灯してフィンガーストックの電圧降下を見てみたい。いや、既にVCやバンドSWのサーボ駆動を前提として構想が頭の中にある。還暦記念にやってやろうか…!。
写真は梱包を空けソケットを取り出した様子。オンマウスは東芝の7F71Rを差し込んだ様子。このVA3YP/RACOのソケットに関する情報はTest&Dataページでまとめている。

Sep 27-28 週末の諸々・・・御嶽山噴火・・・IC-780のダイアルタッチ改善
27日は休日出勤で、その最中御岳山の噴火を知った。写真は27日11時25分頃に噴火した御嶽山(NHK-TVより)。
右手方向面にある紅葉を撮影していて噴火に遭遇、カメラマンはそのまま左パンしてFixしたショットだ。右目でファインダーを覗いていて、左目に噴火が見えたのだろう。稜線を歩く登山客の向こうに黙々と上がる噴煙、その対比が爆発の凄さを伝える。その後の冷静で的確なカメラワークにも納得。ちょっと職業病か・・・。
さて丸一日経っても多くの方の行方が未だ分からない。無事を祈るばかりである。
オンマウスは28日6時前の工房。前夜旧隣組の寄り合いでお酒を頂戴したが今朝は心地良い目覚めだった。やって来たときから気になっていたIC-780のメインダイアルのタッチを改善した。ノブを外しロータリーエンコーダを取り外してシャフトの前後にCRC5-56を注油した。注油後暫くシャフトを回転させると見事なタッチに復活した。
本来なら分解洗浄がベストだがものぐさにはこの程度で十分。ダイアルの開店がスムーズになるとワッチしていても楽しくなるから不思議だ。写真のロータリーエンコーダは金属カバーを外してある。

Sep 20-21、23 彼岸
今週末は彼岸の対応(お墓の掃除や菩提寺挨拶などなど)と義兄の四十九日法要、そして豊年踊りの楽曲整理で忙しかった。
写真は家の南側の土手を散歩中のHana。辺りは彼岸花が咲き乱れていて格好の撮影場所だが、中々気に入ったポーズを取ってくれない。このあとNoraを連れて歩いたが、この年寄り犬は真っすぐ歩くことが出来ず、彼岸花を押し倒しながらヨタヨタと歩く始末でどうしようもない。写真も決まらず途中で諦めるに至った。
オンマウスは屋敷のポンカン畑の南端にあるお墓。ここに移してもう10年以上経つが、お墓が近いと何かと便利で、多少のズボラがあっても直ぐカバーできるところが良い。写っているのはカミサン。毎年水で汚れを落とすのが慣わしになっている。放っておくと回りの樹木も伸びるのでその伐採も同様である。
ところで豊年踊りのCDは21日までに作成完了。CDラベル印刷を久し振りに試みるがプリンタ・ヘッドの黒が詰まり気味。止む無く濃紺色を中心に印刷し都合3枚の本番用CDを作成。念のため予備を一式と、ファイル再生できるようにPCへもコピーする。ところが23日、リクエスト曲の追加があると依頼人から要請がありもう1枚CD作成する。

Sep 16-19 連日の浜松日帰り出張・・・思い出したように河津の海岸
今週は4日連続で毎日浜松へ通った。天気もよく仕事も捗った。朝晩の東名高速は渋滞もなく快適なドライブだった。
今の仕事に就いてから何回浜松へ通っただろうか・・・10回?20回?いやそんなもんじゃないだろう。写真は浜松市南区鼠野にあるラジオ送信所(JODG/JODC)。昭和42年に大樺送信所より移転してきた。
紅白に塗られた円管柱とトップロードの容量環が印象的だ。これに1.8MHzを乗せたら飛ぶだろうなぁ・・・と思わず呟いてしまう。
オンマウスは9月10日に東伊豆稲取へ赴いた際に立ち寄った河津の海岸。トワエモアの「誰もいない海」を思い出してしまう。・・・今はもう秋、誰もいない海、知らん顔して人が行き過ぎても、私は忘れない海に約束したから・・・。そう言えばこの曲を作詞した山口洋子氏は、最近亡くなられた作詞家の山口洋子氏とは別人とWikipediaに書いてあったが本当だろうか。
昼食を取った後、潮騒を聞きながら海を見つめていると、色んなことが思い出されて面白い。海辺の風景と音って旅情をそそるなぁ・・・これだけ穏やかだと特にそう思えるのかも知れない。

Sep 15 除草剤散布の伊野と寺山・・・草刈の田んぼのミカン畑
3連休だったが、ずっとウィークエンド・ファーマーだった。
今日も除草剤散布。午前中伊野で除草剤散布とカミサンは草むしり。午前の締めくくりは寺山畑総の寿太郎へ防虫材散布と除草剤散布に草むしり。
昼食後、田んぼの北面で草刈機をかける。ヒロミはミカン下の草を手でむしっている。そして老木枝の伐採と枯れ枝の切り落としなどで、気付くと16時半。
帰宅するとオヤジは草取りをしたのか小鎌を手に柿木の下で座っていた。昨日の敬老会で人の話を聞いて元気が出たのだろうか・・・悪いことじゃないけど程ほどが良いなぁ。
写真は田んぼの南面に実っている早生ミカン。白い斑点は病害虫対策で散布した農薬の痕。まだ色はきていないが食べると爽やかだ。このまま色づいて欲しいと願う。ふと昨年の赤サビダニ被害で悔しい思いをしたことが頭に浮かんだ。
オンマウスは先月カミサンと工房に張ったネットに伊野から持ち帰った野生の朝顔が巻きついた様子。これがあると工房の雰囲気が随分変わって見える。  

Sep 14 豊年踊りの音楽編集・・・伊野の雑草凄し
敬老の日は明日15日だが、学区では本日午前中に敬老会が行われた。親父をマイクロバスで見送った。カミサンはその支援のため会場の庵原超学校へ向かった。
その間、豊年祭り(踊り)の音楽整理を行う。MP3やMpeg4で作成したファイルをCDへコピーして音楽CDを作成すると、どうやら元のサイズへ戻して書き込むらしい。ファイル圧縮すればCD1枚に入るかと目論んだがとんでもない思い違いだった。そうでなきゃ昔のCDプレーヤーには掛からないよなぁと後になって納得。
イントロが欠けている曲があり、オープンリールテープからコピーしSoundEngineで編集。欠けた小節をカットアンドペーストした。昔なら6mmテープにハサミを入れるところだが時代は変わったものだ。
写真はその様子。左奥に7F71Rが見えオーナーの気の多さがバレてしまいそうだ。主催者より届いた音楽ファイルはレベルやL/Rバランスの不揃が目に付き、全曲において整音とノーマライズを実施。
午後は伊野で除草剤散布と、昨日残したポンカンの防害虫散布を17時頃まで実施。オンマウスは伊野の1年生の苗木(青島)にまつわり付いた野生の朝顔・・・2-3週間でこうなる。 

Sep 13 農薬散布と草むしり・・・OMからの吉報
2週前に残してしまった田んぼのミカンの農薬散布を実施。7時過ぎから水600リットルに農薬を溶かし、8時から散布を開始。昼食を挟んで再び600リットルを作り、舞台のスルガエレガントと屋敷と伊野の太田ポンカンに散布。
写真は軽トラに積んだ発動機とポンプ、そしてタンク。軽トラの先にホースとノズルが見える。ホースは8の字に巻いたりしているが、この様にリール式も導入している。
オンマウスはJA1VKV田中OMより届いたカナダのVA3YP/Raco製作の7F71Rのソケット。NECの7F71Rの電極を入れ込んで撮影してみた。アルミの削り出しリングにフィンガーストックが収納され、ここまでやるかと思わせるほど良く出来た作りだ。何しろフィンガーストックのつなぎ目が見えない。
Racoはよほど機械工作が好きなんだろうと思える。7F71Rは手持ち品を見るとNECと東芝で微妙に電極の直径が異なる。この違いを見事に吸収してくれ、これなら欲しくなる。早々に田中氏から連絡して頂いた。ちなみに価格は$400らしいが、今や国内では入手困難と思えば決して高くは無いと思う。

Sep 8 十五夜
8日帰宅すると縁側に写真の如きセッティングがなされていた。そうか今日は十五夜かぁ。
忙しさにかまけて、最近は農耕に親しむ割には、季節感を感じる営みに欠けているなぁと感じていた。カミサンはさすがだ。地元唯一の和菓子店(庵昇堂)にお月見団子を作ってもらい、ススキと萩の花をどこからともなく集めてきて形を整えてあった。
ところが帰宅した19時過ぎは曇天で、とてもお月見など望める空模様じゃない。殆ど諦めの状況で24時頃先に床に就いた。カミサンは週末の敬老会に備え、自治会婦人部の作業で夜なべをしていた。
ところが夜が明けてみるとカミサンが夕べは良い月だったぁと一言。バカ言え寝るときゃ何も見えなかったぞと告げると、どうやら彼女が床に就いた真夜中の2時頃には雲がはけ、まん丸のお月さんが顔を出したらしい。
ところで朝起きてみると団子(饅頭)の数が昨晩と違う。何でか・・・これオヤジが朝起きると腹が減っていたらしく、2個もツマミ食いしたらしい。いい年こいてガマン出来ないのだから全く昔の子供と同じだと笑った。写真は9日早朝に撮影したもの。

Sep 6-7 何でもやる週末
今週末も忙しい。6日、日の出と共に富士宮明星山へ出掛ける。予定より30分送れの5時50分に家を出た。6時半に到着し所要を済ませて帰路に就くと7時40分。目標は8時だったが8時25分帰宅。何でこんな時間にと思われる向きもあろうが、暑くなる前に一仕事終えようと言うもの。午後は田んぼのミカン畑で農薬散布が待っていたが、温度計は34℃を示しとてもやる気にならない。暫く静観しているとカミサンがブツブツ。意を決し、陽が西の山に沈む15時過ぎ、水600リットルに農薬を混ぜ込む。15時半頃から散布が始まり暗くなる18時頃までカミサンと実施。畑半分を残してしまうが、日陰の作業はやり易かった。とは言え体中汗だくで、つなぎの作業着は汗を吸いやたらと重い。22時頃雨が降り出し、せっかくの農薬散布がふいになるかもと危惧したが、気温は27℃程あり4時間も経過しているから大丈夫だろうと楽観視。7日は朝から完全放電した車のバッテリ充電。4月にも同様の充電をしたが、それ以降1度しか乗ってないときた。そりゃ当たり前だと言っても機械オンチのカミサンには通じない。半日充電し、隠しコマンドで工場出荷時に戻し何とか復活するが、普通はここまでやらないよなぁ。写真は明星山の道端で拾ったクヌギの実。

Sep 2-4 BBSアクセス数100万回突破・HP開設13年
9月1日晩はBBSのカウンタが99万9900台だった。100万は時間の問題だが、明日の晩以降だろうなぁと呟き床に就いた。ところがだどうだろう、翌2日朝6時にアクセスすると既に100万を突破し20回程カウントしている。何てこったぁ、100万になったカウンタ画像をキャプチャするつもりでいたのに…。折しもBBSがプレート同調ラインの話で盛り上がり、その結果がアクセス数に反映されたものと思われる。 そして4日はHP開設から丸13年の記念日。TopPageカウンタは24万件を超えた。長きにわたる皆様のご支援ご愛顧に感謝する次第である。40の手習として始めた手書きTAGのHTML作成、当初は先のことなど考えもしなかった。単身赴任をしていたことで、日々「無線と実験」に勤しめたことが懐かしい。オーナーは7月で還暦となった。スマホ、携帯、デジタルTVなど既に世の中はSDRで溢れかえっているのに、アマチュア無線界はそれを後追いしている。物理現象に疎いエンジニアがソフト系に流れて大そうな物作りをしている。技術ハンドブックすら出せないアマチュア無線連盟の怪しい常識。多くの人がバランスを欠いた現状に気付かないのか満足しているのか良く分からない。最近可笑しいよなぁと自問自答しながら、この先10年を歩もうと思う。

Aug 30-31 慰霊祭にトラ技9月号を求め・・・その他諸々
8月30〜31日でカミサンは東京・群馬方面へ1泊で旅立った。これ幸いでもないが、90の親父のケアをしながら無線関係と家事に励む。30日は静岡護国神社で恒例の殉国者の慰霊祭が行われ参列。カミサンを清水駅まで送った後、R1で護国神社を目指すが1時間も時間がある。沓谷のENEOSで給油後、上足洗の吉見書店へ赴くと開店の9時50分まで30分もある。ここでフルデジタル無線機特集のトラ技9月号を買う予定でいた。ところが、ようやく開店した店内に入るとそれが無い。店員氏に探して貰ったがダメ。トラ技を買って、おつりで神社の玉串料を作る予定だったのに、と呟いていると懐かしいPC雑誌DOS/Vが視界に。時間もなくトラ技より高かったがつり銭目当てで購入し玉串料を確保。慌てて谷津山の向う側にある護国神社へ走ると10時15分着、開式の15分前だった。護国神社は先の大戦のほか明治以降の戦争で殉職された方が祀られている。慰霊祭参列は我が家の年中行事だ。今年は8月10日以降複数日に案内があったが、諸般の事情で最後の30日になってしまった。写真は護国神社の参列状況、オンマウスは翌31日午前、清水戸田書店でようやくゲットしたトラ技と前日購入のDOS/V誌のツーショット。
JG2CMJが何やら30日に投棄に来ると連絡があった。慰霊祭から戻り親父と昼食を済ませて無線三昧していると16時頃怪しい軽トラで現れた。HONDA/800W発電機は想像がついたが、1.5馬力のエアコンプレッサは想定外だった。これらは旧式のためやたらと重く、うかつに作業し腰をやや痛めてしまった。工房で歓談後17時頃帰路に就かれた。試しに少量のガソリンを注ぎ始動ロープを引くと容易に始動。コンプレッサはAC100Vを供給すると動き出し圧力が上昇。両者とも何かの役に立ちそうだ…Tks JG2CMJ。 31日午後、訪れた義兄がワンコと散歩中、南側の梨畑のネットに絡みついたニホンアナグマを発見。ワンコが吠えるので分かったらしい。興味本位で見に行くと確かにいる。左の前足がネットに絡みガチガチだ。皮膚がえぐれ、そこにハエがたかる状況だ。梨畑の地主殿へ一報すると、害獣なのでそのままにしてあるらしい。野生動物と作物、そして人間との関係は複雑だが誰でも一度は経験する話だ。つい「小鹿物語」を思い出してしまうのだが、動物が可愛いだけでは人の生活が貧窮してしまうことを思い起こした。子供達への格好の教育材料だったが生憎孫たちは居ない。ちと可哀そうな話しだが、生産者は生活がかかり必死なのだ。