ボスホラス
 ビザンチン帝国1200年、栄華の宴
Feb/2016


ボスホラスを渡る生活フェリー
この狭い海峡は今も洋の東西を別ける、或いは繋ぐ
重要な地勢であり続ける



多様な文化を愛したオスマントルコ帝国のメフメトU世が、あの街が欲しい、と呟いた魅惑の都市。 1453年5月29日、1100年の栄華を誇ったビザンチン帝国(東ローマ帝国)の都コンスタンチノーブルはメフメトU世の元に陥落する。 輝かしい歴史の1幕は下りた。 だが今なおこの街は活気と魅惑に満ち、人々の心を惹きつけてやまない。 古の世界の都として、そして洋の東西を分かつ、軍事、文化の重要戦略拠点として。 この歳にしてようやくこの町を少しゆっくり訪ねる機会を得た。 トルコ航空のリヤド便はイスタンブル・アタチュルク国際空港に降り立った。 今回は身動きが容易なように荷物は最低限に留めている。 機内持ち込可のキャリーバッグ1個に小さめのPLADAのショルダーバッグ1個のみだ。 空港から市内(ホテル)へはトラムを利用。 安価で便利。 宿は歴史地区のアヤソフィア寺院(現在は博物館)の直ぐ南手、金角(Golden Horn)がマルマラ海に面する丘にあるはずだ。 トラムのブルーモスク前で降りると良い。 古来美しい街には7つの丘がある。 ヨルダンのアンマンしかり、ローマ然り。 この街も例に漏れない。 ネットで予約した宿の名は、ずばり ”Seven Hills” 。 小さな観光ホテルである。 地上階と屋上がレストランになっている。 地の利は抜群。 朝食は屋上のレストランでサーブされる。 塩野七生氏が何かの書物で、屋根裏部屋には別の風景がある、と言っていたのを思い起こす。 実に贅沢な眺めを提供してくれる。 眼前にアヤソフィアが迫り、背後にボスホラスを望む。 右手眼下にはマルマラの海が広がる。 




今回の宿、Seven Hills Hotel
アヤソフィアの南面に広がる歴史地区にあり抜群の立地条件である
地上階と屋上が同名のレストランになっている
朝食は屋上のレストランで取る




宿屋の地上階: 宿と同名のSeven Hills レストラン


宿のチェックインには未だ早い。 荷物をカウンターに預け、早朝の街に繰り出す。 一般観光客が押し寄せる前に、ブルーモスクとアヤソフィアを見ておこう。 早朝でも熱心な観光客はいる。 特にドイツと中国からの人々が多いように見受ける。 アヤソフィア博物館内、耳にする(この街での)外国語は○国語が何と多い。 見ると手に手に自撮り棒。 我が同胞はどこに行ったのだろう。 大声を出さず静かに鑑賞しているので目立たないだけだろうか。 だが、○国の観光客にも変化が見られる。 天井からぶら下がる大きなシャンデリア。 若い○国の女性が飛び上がりタッチしようと奇声をあげる。 それを見た同世代の仲間の男性、口に手を当て、"静かに"のサイン。 数年前とは明らかに彼女ら、彼らの態度は少しずつだが変わってきている。  





Million Stones 古代ローマ(東ローマ帝国)の道は全てここが起点になる
所謂ゼロマイル標識





アヤ・ソフィア: ビザンチン帝国時代の傑作
オスマントルコに占領された後も、多文明を愛するスルタンのお陰で破壊されることはなく
モスクに改装され使用し続けられた
現在は博物館として供され、その美しさと荘厳さに一分の陰りもない





アヤ・ソフィア内部
その規模と美しさに圧倒される、





キリスト教的装飾はイスラム式に変えられているが
建物はオリジナルの形を残す



トプカピ宮殿、つい先日多くの独人がテロで犠牲になった地区だ。 フル装備の兵士、警官が其処彼処に睨みを効かす。 それでも独人の旺盛な見聞欲にブレーキは掛からない。 独特の響きがある独語のグルーブ案内が何処からとなく聞こえてくる。 金銀宝飾錦のタペストリーに眩いばかりに輝く1100年の歴史を湛えるこの街も、遂に1453年5月29日、歴史の1幕は下りた。 あれから550年余りの歳月が過ぎだが、今もこの街は人々を惹きつける活気と魅惑に満ちている。






ビザンチンの栄華を誇ったトプカピ宮殿跡
マルマラ湾からボスホラスの入口を見下ろす戦略的最重要ポイントを占める






トプカピ宮殿跡: 金角湾からガラタ地区を望む






トラム: 心強い市民の足、観光客にもすこぶる便利である
イスタンブル国際空港から直接このトラムで、歴史地区にも
商業地区にも行ける






黄昏に映えるガラタ橋: 左手に見えるのはイエニモスク
橋の下には有名な魚レストランが軒を連なる、
旨い魚料理が堪能できる
林蔵は岸辺の屋台で食うサバサンドのほうが好みだが

ところで、橋げたに信号があるのがお分かりだろうか
陸上の車よろしく、ガラタを上り下りするボートの優先性をコントロールする





ガラタ橋とガラタタワー:
ガラタ地区にひときわ目立つガラタタワー
ジェノバの商人が建てた要塞だそうだ、幾たびかの地震にも耐え現存する






ガラタ橋下のレストラン: 林蔵はこのようなかしこまったレストランは好まない




ガラタ橋: 釣りを楽しむ市民


 






イエニ寺院(モスク)前広場の焼き栗屋:
彼も難民の一人だろうか
トルコには100万人を超すシリア、イラクからの難民が行き場がなく滞在している
生きる為に様々なニッチな職に就いていると聴く
 




ガラタ地区: 魚市場前のサバサンド屋台
林蔵はこんな場所が好きだ、御客は殆ど土地の労働者だ

 






ガラタ地区海岸通り:
洒落た店が多く人出で賑わう



この国には200万を超す中東難民が身を寄せているという。 人間社会の未熟さ、愚かさを垣間見る。 ガラタ橋の岸壁で8トルコリラ(約240円)のサバのサンドイッチを夕食代わりに頬張っていた時だ。 小学2~3年くらいの少女が、足の踏み場もないくらい混雑するサバサンドを食らう人の波に分け入ってきた。 身なりはさほど悪くない。 手には、造花の花輪に小さなお菓子を数個入れた小さなカゴを下げている。 そして驚いたのは、(客)に対する話術。 つぶらな瞳と明るい笑顔は絶やさない。 客の身なりと挙動を一瞬に見分け、実に適切な言葉で話しかけ、媚びを売る。 その仕草や行動に決して悲壮感や嫌味は見せない。 プロの域だ。 彼女の受.けている陰惨で厳しい現実の環境とは裏腹に。 彼女の将来に、人々の将来が少しでも明るく楽しいものでありますように祈らずにはいられない。
 
       





サバサンドはボート上で調理される
大量の熱々サバサンドが手早く調理され、陸の屋台に放り上げられる






金角湾南岸ガラタ橋界隈: サバサンドの屋台、大勢の地元民、観光客で賑わう
この雑踏の中でか弱い少女(少学低学年位の)が商魂逞しく
観光客目当てに廉価な造花の髪飾りや飴玉を売りさばいていた





魚市場の猫: 空き缶を利用した簡易椅子を取り合う子猫
魚市場の残り物を待ち望んでいる






ガラタ地区: 海峡から陸地がせりあがる
急な坂が多い






ガラタ地区岸壁:
オープンカフェ前の波打ち際広場で人々が憩う
大小の船舶が頻繁に行き交う海峡は意外と波が荒い




ボスホラスを楽しむに観光船は要らない。 ボスホラスを無数に行き交う生活フェリーでオチデントからオリエントへ渡った。 そこは多くの大型バス、小型バスが様々な行き先に向け出発するバスターミナル。 ターミナルの片隅、ちいさなキオスク兼カフェでシャイ(茶)休憩。 この平和な時間が実に心地いい。 魅惑の古の街に喝采。






フェリー乗り場 Eminonu波止場: 海峡を渡って働く大勢の通勤者が利用する生活フェリー






生活フェリー: ボスホラスを渡るに観光船はい要らない
この生活フェリーで十分楽しめ、気分を味わえる
そして安い





オリエントに側フェリー到着場はバスターミナル
片隅のカフェで一休み
大小、多くのバスが夫々の目的地に向かってここから出発する











林蔵@Istanbul 5/Feb/'16 (Updated on 19/Jan/'18)

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