ジブラルタル @Apr/'94 Al Hesiras Spain
海外でイースターホリデーに、出くわすことが多い。 所謂キリストがゴルゴタの丘で処刑され埋葬された3日後、奇跡がおこり復活した事を祝うキリスト教の復活祭である。 今年もスペインの首都マドリッド滞在中に迎えることになった。 特にカトリックの国では、この期間全国民が教えに忠実に営業活動を止めることになり、我々の仕事も中断せざるをえなくなる。 長期出張者にとって、まことに好都合な遠出のチャンスでもある。
午前6時、リュックにクッキーと缶ティーに地図、カメラ、ラジオ,アーミーナイフを詰め、手には2リットルのミネセルウォータを持ってマドリッドの宿舎、アパートメント・ホテルを出る。 エージェントの指示に従い27番のバスに乗る。 バスはマドリッドの目抜き通りカスティーリャ通りを,まっすぐ南に下る。 約10分で終点の国鉄アトーチャ駅に着く。
ヨーロッパ特有の終着駅と一目でわかる大きなドームが、夜が明けかけたうす闇に浮かんでいる。 ドームを左に見ながら5分ばかりゆるやかな大通りを下る。 マドリッドに数ヶ所ある長距離バスセンターの1つに辿り着く。 ここは,主にマドリッドから南西方向の街へ向かう長距離バスの発着場である。 8時30分発マラガ経由,アルヘシラス行きのバスを探す。 どれも外見・内部ともに立派なベンツの大型バスだ。 お目当てのバスを見つけ、10分前に乗り込む。 ほぼ満席。 みんな大きな荷物を荷物コンパートメントに詰め込み、長距離異動スタイルで乗り込んでくる。 私も小さなリュックを荷物コンパートメントに乗せようとしたら、運転手が ”ドンデバ?(何処まで?)” と聞いてきた。 ”アルヘシラス” と答えると、無言で荷物コンパートメントの隅を指さす。 小さなリュックをそこに置きバスに乗り込んだ。 朝食を取っていない人が多いらしい。 バスに乗り込んでから,
ボカディージョ(小型フランスパンにハムや卵焼きを夾んだもの)にかぶりついている光景が前後ろに見える。
夕食がてら夜の港から海岸通りを歩いた。 さすがモロッコ航路の港街だ、アラビア語の看板がやたらと目立つ。 マドリッドよりは気温が7ー8度暖かいだろうか。 夕刻でも20度近くあろうか。 アルヘシラス湾には対岸ジブラルタルの灯が浮かんでいる。 港町だからさぞ旨い海産物レストランがあるものと想いきや、全く見あたらない。 仕方なく無難な中華にする。 明日は朝一番のフェリーで地中海を渡り、対岸モロッコ側にあるスペイン領セウタに行ってみよう。
夏時間なので、朝7時はまだ暗い。 受付のアハムッド君はロビーのソファーで寝ている。 そっとホテルを抜け出て、港に行く。 まだ夜が明けきらない港の向こうには真っ黒いジブラルタルが東の白んだ空を遮っている。 セウタからの帰りは取り敢えずopenにして往復の乗船券を買う。 さすが地中海を横断するフェリーだ。 大きい。 1万トンはあるだろうか。 今日はイースターの3日目にあたる。 乗客はそんなに多くはない。 フェリーは紺碧の地中海へ滑り出た。 海から観るジブラルタルも又格別だ。 東岸は400mの絶壁、西岸は45度の傾斜を持つ3角形を呈している。 船上では、かなり強い一定方向の風を感じるが海は靜かだ。 1時間半の地中海横断の航海を存分に楽しんでいるうちに、フェリーは対岸のセウタに着いた。
更に気温は上がる。 25度は完全に越えているだろう。 街全体が夏のリゾート感覚だ。 僅か100m幅程の付け根から地中海に突き出た丸い半島とモロッコ側2km位がスペイン領セウタだ。 こんな狭い街にも車が溢れている。 タクシーも多い。 殆ど少し古いベンツのタクシーだ。 アラブを感じる。 言葉・文化・生活、全ての面でスペイン・アラブ・フランスの要素が入り込んでいる。 早速キオスクで絵はがきと切手を買う。 ”ブェノスディアス”, 西語だ。そうだ,ここはスペインなのだ。 絵はがきと切手をもらい,お金を払う。 ”メルゥシィ”,おやフランス語に変わった。
別れ際には,”マッサラーム”,こんどはアラビア語だ。 同じキオスクのおやじとのやりとりである。 かように3つの文化は融合し、日常化している。
1時間余りのジブラルタル散策を終え,再びアルヘシラスへ戻った。 ただ1つ残念なのは,ジブラルタルのインターコンチでコーヒーを飲めなかったことだ。 小さな半島とは言え,徒歩で片道30分は,さすがにインターコンチ迄は辿り着けなかった。 急いだ理由は,午後にはこれ又徒歩でジブラルタル海峡を眼下に見おろす,シークレット岬まで行く予定だったからだ。 地図で見ると片道約10km。 手には2リットルのミネラルウォータを持ち,リュックにはマドリッドから持ってきたクッキーを入れ,郊外の別荘地帯をどんどん南下した。 殆ど真夏の太陽が照りつける。 帽子を持ってくれば良かった。 約3時間でシークレット岬に到着。 海峡が一番狭くなっている場所だ。 対岸のセウタ,あのカスバの町があるモロッコのタンジールが真向かいにみえる。 イメージよりは遥かに広い海峡だ。 先端にある白い土塀にすだれ屋根のレストハウスで,コーヒーを一杯頂き疲れを癒す。 この辺りも,いわゆるコスタ・デル・ソルの続きで,別荘地の売出がめだつ。 開発はまだまばらだ。 レストハウスの近くに外塀のみ出来上がっている別荘地がある。 建物はまだ影も形もないが,所有主の家族が全員ペットの犬も連れてやってきており,
あたかも家があるが如く,ビーチパラソルにサンチェアーを広げて休暇を楽しんでいる風であった。
アルヘシラスには7時に戻った。 マドリッド行きのバスは9時だ。 まだ時間はある。 人でごった返すバスターミナルで,セルフサービスのスナックを買い、雑踏に混じって夕食代わりに小腹を満たす。 昼は(スペインの昼食は2時から4時),リュックのクッキーと水しか取っていないので,これでも旨い。 バスの出発時刻1時間前。 そろそろバスの方へ行ってみよう。 うわっ、凄い人だ。 イースター最後の日。 誰もが明日からの日常の生活に向けて、移動しようとしている。 マドリッド行きのみならず、バルセロナ,バレンシア,セビリア等、ほとんどのスペイン中の主要都市に向かってバスは発車しようとしている。 何れの路線も大幅な臨時増発である。 ちなみに、我々マドリッド行きは、通常1台が9台増発。 大型バス10台連ねてのコンボイである。 10台中、8台は他社のバスだ。 それぞれ融通しあっているらしい。 各バスに運転手が2名乗り込み、夜の高速道路を10台のバスコンボイが駆け抜ける。 壮観である。 相当の人達が同時に移動するが、日本のような渋滞は全くない。 3時間余り走り、サービスエリアで食事(スペインの夕食は遅い)休憩に20分間のストップ。 バス10台、800人が20分で食事を取る。 普段スペイン人の食事は2時間かかる。 どうなることか、これは見物だ。 サービスエリア側も例年の事で慣れているらしい。 調理済みのメニューがカウンターに所狭しと並べられている。 コーヒーもすでにカップに注がれて、これ又何十と並んでいる。 料金もかなり均一化されており、レジも早い。 すこぶる効率的だ。 スペインも捨てたものではない。 食べる方も早い。 普段とは全く違う時間が流れる。 見事に20分で800人もの集団が食事を終え、バスに戻っている。 次の午前3時の休憩は、トイレ・足伸ばし休憩であった。 誰もが疲れきったようす。
朝6時きっかりにマドリッドのバスセンターに辿り着いた。 旅の終わりである。 このまま事務所に行こうかとも考えたが、やはり一旦ホテルに帰った。 シャワーを浴び、スーツに着替え、長距離夜間バスの疲れで節々が痛む身体をかばいながら普段の月曜の朝の如くさっそうと出勤したのであった。
2/Apr/1994 林蔵@Gibraltar Spain (Updated on 20/Feb/'08)#061 |
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