Glacier Express
@Jul/'85 St. Moritz, Swiss


氷河特急の終点: サン・モリッツ:
ケーブルカーの車内から撮影



スイス、エンガデン地方。 イタリア北部と国境を接する Grisons州の山深い風光明媚な地方として名高い高級保養都市ダボスやサン・モリッツはこの地方にある。 そしてスイス南部には、もう一つの観光地名所マッター・ホルン、モンテ・ローザ、そしてその登山口の街ツエルマットが有名だ。 Gracer Express(氷河特急)と名の付く列車は、この2つの街、 サンモリッツとツエルマットを結ぶ FO(Furka-Oberalp)鉄道のサービスだ。



雪深いアルプスの谷間を優雅に走る FO鉄道の”氷河特急”


特急とは名ばかりの、時速30kmの列車である。 しかし走る線路は、氷河特急の名に恥じない。 先ず、始発駅が Zermatt である。 ヨーロッパ・アルプスに憧れる人なら知らない人は居まい。 マッター・ホルン、モンテ・ローザへの登山口で栄えた、谷間の宝石のような美しい小さな街だ。 環境保護の為、随分以前から車の乗り入れは規制されている。 自家用車は一つ手前の駅 Tasche にある広大な駐車場に停めて、人々は列車で街に入る。 タクシーは馬車である。 土産物屋も民家も雪深い村の山小屋風で、風景にしっくり溶けあっている。 抱いていたイメージが壊れることはない。 Zermatt からは登山列車が出ていて、一気に富士山よりも高い3,800mの地点、ゴルナグラード迄登ることができる。 ゴルナグラードでは、眼前にそびえるマッターホルンを右手に、雄大に広がるモンテローザを左手に眺めながら、 食事や飲み物が楽しめる。 街の通りや家並も丁寧に手入れされており、家々のベランダは花で溢れ、 何度訪ねてもその都度美しさと、その美しさを保つ努力に感動する。 




Zermatのタクシー: 馬車



白銀の世界に赤の”氷河特急”が映える     夏場の風景にも赤い列車は雄大な背景に溶け込む   



氷河特急の終着駅はサンモリッツだ。 この地に別荘を持とう等と大それた考えを抱く者は、この記事の読者にはいないだろう(失礼)が、 アルペン・スキーの好きな方には憧れの地。 或いは新聞で世界の要人が集まる国際会議が頻繁に開かれる場所としてその名を知っている方が多いのではないだろうか。 エンガデンの美しい山々に囲まれた St. Moritz湖の湖畔に開けた保養街だ。 古くは中世の王族、貴族が競って別荘をこの地に建てている。 氷河特急が通過する路線は、深い谷間の絶景を縫って敷かれており、特急列車は極めてのろのろと走る。 九時間の長旅である。 レストラン・カーも完備されており、出されるコップには特別な工夫が施されている。 急勾配を登り下りするので、グラスはその最大勾配に合わせて、傾いた造りになっている。 車掌の切符切りマシーンもかなりレトロ調だ。 赤い、重そうな昔のレジのような箱をお腹の前に下げている。 コスチュームも派手で、Gracer Express の車体に似合っている。



氷河特急のプレート



車掌もレトロできまっている


宿のある Susten からは、途中の駅 Brig、或いは駐車場のある Tasche から乗ったほうが便利だが、せっかくの経験である、始発の Zermatt から乗ることにした。 独特の赤い車体の列車は、Zermatt を定刻8時に出発した。 Tasche、Visp、Brig迄は、普段の休日に食事等に足を延ばす町村。 見なれた車窓の風景が流れる。 Brigを過ぎると、いよいよ旅の感動が湧きあがってくる。 フルカ峠はトンネルで超える。 長いトンネルを抜けると、そこにはアルプスの少女ハイジーの世界が広がる。 冬場は白一色の雪景色に覆われるアンデルマットの7月は、あくまで緑。 緑の絨毯に様々な野花が咲き乱れている。 背景は険しいアルプスの山々。 アンデルマットを過ぎると、景色は豹変する。 山が迫り、谷はいよいよ狭くなる。

 


氷河特急の車両の前で


エンガデン地方、サンモリッツ湖周辺に静かに佇む”St.Moritz”の街



9時間の鉄道の旅を終え、列車はサン・モリッツ駅に到着した。 標高1,856mの高原保養地である。 予約を入れてあったホテルへ向かう。  Hotel Corbatsche、3星のエコノミークラスだ。 我々の小旅行には丁度良い宿である。 当時のロシアの大統領ゴルバチョフみたいな名のホテルは、サンモリッツの中心Bad(風呂)地区にある。  客室100程の豪華ではないが小綺麗なホテルだ。 Bad(風呂)地区と言う地名から想像がつくように、ここは温泉地である。 と言っても日本の温泉街とは大分趣が異なる。 温泉は温水プールなのだ。 また、ホテルに温泉を引きこんである訳でもない。 スポーツ施設、あるいは、リハビリセンターに温泉湯が使われているのだ。 従って温泉街の宿(ホテル)に泊まっても、温泉に入れる訳ではない。  



レストラン・カーで優雅に食後のデザートを頂く


翌日は、Bad からロープ・ウエーで、サン・モリッツ湖とサンモリッツの街を一望に見下ろす展望台 Signal へ昇った。  美しいエンガデンの山々に囲まれたサン・モリッツ湖と街が夏の太陽に抱かれ輝いて見える。 スイスはほんとに何処に行っても期待通り、抱いたイメージ通りの感動を与えてくれる。 午後は Muragl山の頂上2,456mにある展望レストラン Muottas Muragl へ行った。 800mの標高差をケーブル・カーで一気に昇る。 素晴らしい景観が眼前に広がる。 目の高さにエンガデンの山々。 サン・モリッツの街が宝石のように谷間に輝く。 黄昏時の満ち足りた時間をゆったり味わい楽しんだ。



座席の窓際にあるテーブルの表示: 氷河特急の軌道の高低グラフが描かれている


Muottas Muraglへ急な勾配を登るケーブルカー、背後には雄大なエンガデンの山々が眺望できる


今回はたまたま夏場に訪れることになったが、Gracer Express の旅は、本当は冬場の方が良いに違いない。 雪に埋もれたサン・モリッツの街は、更にその輝きを増しているに違いない。 9時間の列車の旅も、また様々な夏とは違った感動に満ちているのを想像するだけで楽しい。



途中: イタリアの山々、手前はアルプス・リフト



FO(Furka-Oberalp)鉄道のエンブレム





5/Jul/'85 林蔵@Leuk Switzerland (Updated on 20/May/'13) #085

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