おもちゃ
@Dec/'88 Brussel Belgium


ブリュッセルの街並

[世界遺産 La Grand-Palace, Brussels 文化遺産、 1998年登録]  ブリュッセル首都地域は19の行政区から構成されその中にブリュッセル市がある。 これをブリュッセルと言うことも多い。ベルギーはワロニー地域、フランス語共同体、ドイツ語共同体、 フランデレン地域とブリュッセル首都地域という5つの自治単位で構成される。 フランダース地域の中にブリュッセル首都地域は位置する。北緯50度50分37秒、東経4度21分27秒。 市民もフランス語話者とオランダ語話者に分けられ、それによって通う学校なども異なる。 ブリュッセルはフランデレンの首都でもあり。フランデレンの政府と行政機関もおかれている。 フランス語共同体とフランデレンの管掌地域にブリュッセルも含まれ、フランス語、 オランダ語語話者に対する文教、言語政策についてはそれぞれフランス語共同体政府と フランデレン政府が担当する。ブリュッセルは公式にはフランス語とオランダ語の2言語地域だが、 フランス語使用者が大部分を占める。(Wikipediaより)



アムステルダムからベルギーの首都ブリュッセルへは電車で移動することにした。 知人の P氏に逢うためである。 彼とは彼が仕事で日本に来た時、仕事の上でお世話をしたことで知り合った。 誠実なベルギー紳士である。 オランダ北部の小さな村 Burum での仕事を終えた後、夏場、日が暮れるのが遅いヨーロッパの夕方。 アムステルダム、スキッポー空港のコインロッカーに預けてあった大きな旅行用スーツケースを取り出し、アムステルダム駅に向かった。 アムステルダム中央駅は中世風の建物でそのシルエットが素晴らしい。 駅前広場では、老齢の飴売りおじさんが、手回しからくり人形オルガンからノスタルジックな旋律を奏でている。 インターシティー(国際急行列車)に乗る前に、ブリュッセルの友人には電話でブリュッセル駅に着く時間を告げておいた。 夕方8時にはブリュッセルに着くことになっていた。 親切にも駅まで迎えに来てくれるとのことだ。 クリスマスも真近の1988年の暮れ、季節の挨拶やら、あれこれ話すことを考えながら車中の時間を過ごす。 ヨーロッパの鉄道は、駅でのアナウンスが殆ど無い。 よく注意していないと乗り過ごしてしまう。 降りる駅はブリュッセル真中駅(ブリュッセル・ミディ)だ。

時刻から判断してもうそろそろ着く頃である。 止まった駅の名前を見る。 ”Brussel Central(ブリュッセル中央駅)”、仏語では、ミディもセントラルもどちらも中央とか中間を意味する。 ミディ駅とセントラル駅が別の駅などとは露知らず、セントラル駅で降りる。 念の為、駅のホールで路線図を確認すると、ミディとセントラルは全く別の駅でミディ駅はセントラル駅の次の駅だと判った。 しまった。 またどじってしまった。 我ながら苦笑する。 パーマンティェール氏がミディ駅でインターシティ列車から降りる私を待っている筈だ。 急いでタクシーを捕まえ乗り込み、「Brussel Midi, Sil Vous Plais! (ブラッセル ミディ駅、大急ぎで!)」と 運転手をせかす。 そのかいあってか、タクシーは心なしか早く走っている気がした。 Midi駅でタクシーを飛び降り、駅のホールへ向かった。 そこには心配そうな見覚えのある笑顔が待っていた。 彼に詫びを言い、早速彼の車で市内の彼のアパート(マンション)へ行く。 

ブリュッセルの中心部は、超過密で駐車場が極端に不足している。 彼の車も路上駐車だ。 アパートは古い煉瓦造りの5ー6階建。 彼と奥さんはその2階と3階を借りている。 エレベータは無い。 狭い階段を揚がる。 欧米人にしては珍しく、玄関で靴を脱ぐ。  奥さんは東洋医学の治療師の免許を持っており、日本の文化にも大いに感心がある模様。 日本から持って来た杯付きの小瓶の日本酒を土産のしるしにした。 彼からは、カラー刷りの立派なケース入りのブラッセル案内書を頂いた。 よく外国人が人を招待する時、お互いに見ず知らずの人を組み合わせる癖がある。 部屋に入ると、既に先客が居るのに気が付く。 20台後半の英国人夫婦だ。 パーマンティェール氏はかなり上級な英語を喋るが、彼の奥さんは殆ど英語が駄目で仏語なのである。 私の仏語は全く用を達さない。 英国人夫婦は英語が母国語だから砂漠のオアシスの如くありがたい。 しかもかなり仏語が出来るもよう。 私の為、パーマンティエール氏の奥さんの仏語を夫君と共にあれこれ通訳してくれる。

素晴らしい食事を楽しみながら、会話も進む。 私が4年間も大型バイクの免許に挑戦しているが、未だにてこずっていることを話すと、英国人の妻君がすかさず、「殿方は幾つになっても、”おもちゃ”が必要な動物なのね。」と、手厳しい御意見。 「歳を重ねる毎に、殿方の”おもちゃ”は、大きく、高価になって行く、全くしょうが無いんだから。」  言われてみれば、バイク,自動車、ヨット、気球、グライダー、クルーザー、セスナに、ジェット機、等など、 これら「おもちゃ」をこよなく愛しているのは、大方男性であることを認めざるを得ない。 

しかし、衣食足り、生きる営みにほどほどの余裕がでてくれば、これも自然の成行きかと思える。 何事にも行き過ぎは慎まなければならぬが、私のバイクは神様(カミサン)の許容範囲内であろうと想って(願って)いる。 (単なる亭主の吾がままかもしれない。)

意見は様々あろうが、私の場合、ストレスコントロールと脳細胞の刺激に大いに役だっているのである。 (殆ど独り言の言い訳。) バイクに乗った後、車を運転すると余りの容易さと安全性、心地よさに戸惑うほどだ。 バイクに乗るということは、それ程に全神経を使うスポーツなのである。 但しエアロビックス(有酸素)的運動では無い。 そこで私は最近では、有酸素運動と無酸素(?)運動の、両方を取り入れることに努めている。 1時間か2時間バイクで走った後、20km程のランニングをするのである。 これが私の週末の時間の過ごし方の週課となり定着しつつある。 出来得れば定年後も続けて行こうと、秘かに想っている。

書斎の書棚にある、諸外国の友人や御客から頂いた本の数々から、ブリュッセルの本を見る度に、あの英国人婦人の言葉が思い出す。 オモチャも分相応にし、しかも単なるオモチャで終わらせず、必ずやその役目を果たすようにと、諭されるような気がするのである。





筆者のおもちゃ: BMW R1100RS




  18/Dec/1988 林蔵@Brussel Belgium (Updated on 29/Jan/'08)#038

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