ミス・サイゴン
@Oct/'98 London, UK


ミュージカル “ミス サイゴン”のパンフより


流石に演劇の街ロンドン。 ピカデリーから東方に歩くと、名だたるシアターがそこかしこに点在する。 之ほど数が多いと嫌が上にも競争原理が自ずと働く。 研ぎ澄まされた才能を備え、厳しい稽古を積んだ者のみがスポット・ライトを浴びることになるのである。 従ってどの劇場で上演される劇も超一流と言うわけだ。 しかも入場料が安いのに驚き、また気を良くする。 まるで宮殿のような本場のシアターで、話題の劇を3-4千円で見ることができる。 物価の高いロンドンでこの値段、おもわず一人ほくそえまざるを得ない。

ロンドン出張の滞在が長くなったある土曜日、チケットを街のチケット・センターで買った。 17.5ポンド(3,000円程度)で難なく手に入る。 その週、Royal Drury Lane Theaterで上演される ”ミス・サイゴン” のチケットだ。 かみさんには大変申し訳なく思うが、なんと贅沢なことであろう。 これは、まさに出張冥利と言えよう。 



舞台は広い


10月17日(土)、今は週末の決まり事になった朝のハイド・パーク2周ジョギングを済ます。 ノッテイン・ヒルのアパートに戻り、バスタブの無いバス・ルームでシャワーを浴びる。 今日のミュージカル、 ”ミス・サイゴン” は、コベント・ガーデンの傍にある Royal Drury Lane Theater で上演される。 19:30からの上演だ。 普段着で出掛けた。 ハイド・パークを抜け、ピカデリーからコベント・ガーデン迄歩く。 コベント・ガーデンは、若い女性に人気の観光スポット。 昔のマーケット跡を利用した広場だが、センスの良い装飾品やキャラクターズ・グッズ店、テラス・ブラッセリー(レストラン)が程よく折り混ざり軒を連ねる。 開演迄まだ時間がたっぷりある。 コベント・ガーデンをゆっくり歩いた。 広場では大道芸人が何組も、技をそしておしゃべりを披露している。 どこも黒山の人だかりだ。 Royal Drury Lane Theater は本格的な劇場である。 重厚な石造りの建物は、横から見ると建物がとても長いのに気付く。 観客席は入り口から半分もない、後のスペースは舞台と舞台裏だ。 ミュージカルは多くの大道具を使う。 それらの大道具を手際良く、演劇のストーリーによどみ無くセッテイングするには、多くの工夫とスペースが必要であるに違いない。 



道具は本物


石造彫刻の装飾が施された正面から入ると、既に大勢の英国の紳士淑女達が着飾っておしゃべりに余念がない。 華やいだ社交界の雰囲気が漂う。 シアターの内部は素晴らしい調度品で古き格調高い劇場の雰囲気を醸し出す。 演劇の為に造られた劇場は、全てが演劇の為に造られている。 このシアターに入るだけでも17.5ポンド払う価値があると思う程だ。 席は2階席の前から2番目中央部である。 やや舞台を上から見下ろす感じになるが違和感は全くない。 2階席の最前列(両脇)は照明係りの仕事場になっている。 2人組で、一人は真剣な眼差しで台本を眺めながら、他方に指示する。 彼らは、毎夜何年も続く同じ劇でありながら毎日が真剣勝負なのだ。 素晴らしいプレイにも、凡作のプレイにも彼らは彼らのタレントを惜しみなく注ぎこんでいるに違いない。 普段は誰からも見られない存在だが、彼ら無くしてどんなプレイも成り立たない。 改めて職に貴賎無しの真髄に触れたような気がした。 

感動で心が静まらぬ内に劇が始まった。 ミュージカルのせりふは短く、はっきり発音するから比較的判りやすい。 歌が途中に入ったり、見てるだけでもそれは楽しく、ストーリーに引き込まれる。 実物大のヘリコプターが大音響と伴に現われたのには驚いた。 やはり観客席以上に奥行きのある舞台裏が必要なのがうなずける。 靴の音や衣ずれの音が劇を盛りたてる。 こんな劇場の魅力に完全に引き込まれている自分を発見し、およそ日常からかけ離れた、まるで別世界へ吸い込まれて行くのに身を任せた。 



サイゴンの歓楽街はリトルアメリカ






Oct/'98 林蔵 @London UK (Updated on 16/Jun/'08)#164

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