ウインザー城
@Jul/'98 London, UK


ウインザー城: 女王殿下御居城の際にはポールに旗が掲げられる



Windsor Catle、ロンドンから電車で小1時間の処にこのエリザベス女王殿下の居城がある。 英国滞在中の休日を利用して訪ねることにした。 メルボルンンからやって来たエンジニアーのB氏、東京本社の営業から応援に来ている語学天才のK嬢の3人連れである。 B氏はイタリア系のオージー(オーストラリア人)である。 女性の扱いは他民族に比べ群を抜いて洗練されている。 ましてや日本人等比にならない。 大いに見習うべきだが適わぬ望みの最たるものであろう。



女王殿下の居城といえども流石に観光地である。 英国国鉄パデイングトン駅から出た列車は終着駅 Windsor & Eaton Central駅に滑り込む。 駅舎を出ると、ウインザー城に因んだ土産物屋が軒を連ね、テイー・ハウスが点在する。 これでは余りの騒々しさに女王殿下も住み難いのではないかと要らぬ心配をしてしまう。 小高い丘の上に建つ広大な敷地を持つお城は均整の取れた優美で巨大な姿を田園風景の中に鮮やかに浮かび上がせる。

高い城壁に開いた門をくぐり、内部に足を踏み入れると広い石畳の中庭が広がる。 寡ってこの広場で敵と戦う軍隊がものものしくひしめいていたのであろう。 人類の歴史は、戦いの歴史と言っても過言ではなかろう。 そして、つい近年迄、或いは現在もその癖を拭いきれないでいるのである。 そんな世界の中で他人に押し付けられたとは言え、平和憲法を持つ、戦争と軍隊の放棄を明言した憲法も持つ国は実に特異である。 欧米の外交理論の底流には力のバランス理論が脈々と流れる。 力、軍事力が絶対基礎として外交の後ろ立てであるのだ。 力、軍事力を(理論的に)持たない日本は、そんな諸外国を相手に対等に話の場に立てないのは、当然過ぎる自明の理である。 だがこの条件を持って欧米諸外国と対等に話の場に付くことができれば、これは凄いことであるに違いない。 人類始まって以来の大変革に違いない。 時代の求めとそれに応じる力量のある人物が出てきた時に、この人類の一大変革起こると、密かに期待をして居るのだが。




ウインザー城中庭にて



お城の展示物に武器類が多いのはいずこも変わらぬ定石である。 慈愛と残忍の矛盾する心が同居する人間の不思議な心の構造を思う。 軍事技術が平和産業に転化され人々の生活が豊かに便利になることも少なくない。 生命の基本は戦いでろうか。 行きぬく為に全知全能を以って戦う。 そこから研ぎ澄まされた芸術が、技術が、武器が生まれる。 戦いは生命の発展の源であるに違いない。 だが自然界の戦いには自ずと摂理がある。 無闇な戦いはしないのである。 

ところが人間はどうであろう。 神も全能ではなかったのだろうか。 21世紀の超近代世界でも、地球上のそちこちで野蛮極まりない戦いが後を絶たない。 しかも21世紀の人類は自らを葬るに十分なハードとソフトも持ってしまった。 人類の多様性を標榜する筆者も、後を絶たぬテロリストの台頭にはどう対処すべきかと問われると、容赦無く厳しい態度に出ると言わざるを得ない。 これは詰まるところ、残忍きわまる事象と何ら変わるところがない。 しかもテロリストの発生は単にテロリストに厳しい態度で望めばテロリストが居なくなる訳でもない。 豊かで平等と感じる社会基盤が無ければならない。 完全な理想郷はありえないだろうが、少しでも近ずくことできる筈である。 そんな意味で国際ボランテイア活動を目指すようになった今の私があるのだろうと想う。 




王族、貴族の子弟が学ぶイートン校



イートンの街は、城下町のようにウインザー城のすぐ近くにこじんまりと佇む。 英国の王族や貴族の子弟達が修学する、有名な全寮制の超エリート校イートンカレッジは、この小さな街にある。 空を遮る高い建物はなく、古い低層の木造、或いは煉瓦造りの家並が中世の雰囲気をそのまま残している。 落ち着いた、少し郷愁に満ちた空気が漂う。 古いが手入れの行き届いた家並を見るとはなしに眺めながら、そぞろ歩くのが好きだ。 イギリスの空気をまといながら、土地に同化する自分を感じる。 空想と現実の入り混じった世界に浸り、まどろみの夢見心地を味わうことができるのである。







JUL/'98 林蔵@London UK (Updated on 17/Jun/'08)#165

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