薬師寺展
@May/'08 国立博物館, 東京
国宝月光、日光菩薩象: 薬師寺展のパンフレットより
680年天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して当時の飛鳥の地に建立した寺だと言う。 その後、710年平城京への遷都に合わせ現在の奈良の地に移されたらしい。 現在では同じく奈良の大寺興福寺と共に法相宗の大本山であると言う。 本尊は薬師如来像とその両脇に立つ日光菩薩と月光菩薩である。 巷の噂ではこの三尊はミケランジェロやダ・ビンチに劣らぬ科学的芸術的に優れた傑作であると言う。 私個人的には、来世の幸せをもたらしてくれる大日如来や弥勒菩薩より現世の悩みや病を治すご利益がある薬師如来がより身近に感じられて親しみを感ずる。
金堂: 人々の写経による浄銭により1976年大改修され本来の2層裳階姿を呈する(Wikipediaより)
連休の初日、国宝の日光菩薩、月光菩薩が上野の国立博物館に来ていると聞き、インターネットでゲットしたE-チケットを手に出かけた。 拙宅からは、上野へは比較的行き易い。 某私鉄の地下鉄と相互乗り入れしている直通電車に乗れば乗換え無しで、秋葉原の岩本町迄行けるのである。 岩本町から上野迄は少し歩くことになるがこれ位の距離は私にとって何と言うことはない。 むしろ物足りない感さえある。
薬師寺の伽藍配置図 (薬師寺HPより)
伽藍配置は独特の様式から「薬師寺式伽藍と呼ばれる」
又、東塔は建設当時から1300年間火災を免れ、風雨に耐えた当寺唯一のオリジナルだ
アメ横を抜け、上野公園に足を踏み入れる。 5月は何処も新緑が萌えるように美しいが上野公園内は大木が多く殊更美しく感じる。 広い歩道脇には白い花を付けたシャガが樹陰に群生している。 そう言えばシャガは前の我が家のかえでの木の下にも毎年根を伸ばし白い花を咲かせていた。 そして現在の住まいの前の林の載り面にも群生している。 国立博物館手前の西洋庭園前広場では、今日も催事の準備が始まっている。 鉄パイプを手際よく組み立てて催事用テントが次々を建てられてゆく。 最近このような現場に若い女性が混じって鉄パイプを扱っているのを見る。 雇用均等法の表れだろうか。 西洋庭園を過ぎ、国立博物館の前迄来ると、一風変わった集団を見かける。 ケヤキの大木の下の適度な広場、新聞紙等を敷ききちんと列をつくり整然と並んでいる。 身なりはけっして良いとは言えないが、持ち物もきちんとこぎれいに纏めて持ち見苦ししさは全くない。 その傍の公園の水場で大きな鍋が用意され、ジャガイモがバケツに何杯も洗われるのが今かと待っている様子。 我輩の鈍い頭が、やっと事態を理解する。 ここでは、フリースープが振舞われ、フリー・マーケット(無料で提供される衣料品)が開催されるのだ。 それにしても彼らの秩序の取れた行動、公衆を汚さない態度には敬意を表したい。
薬師三尊: 金堂ににおわします薬師三尊像 (薬師寺HPより)
家で印刷したE-チケットを入場ゲートで見せ博物館へ入る。 薬師寺展は平成館で開催されている。 前回来た大徳川展程の人出はない。 直ぐに建物内に入ることができた。 展示物の数は大徳川展に比べると格段に少ないが、今回の目玉は何と言っても日光、月光両菩薩である。 真近に見ると流石に大きい。 私には専門知識がないのでわからないが、これ程に大きな仏像でありながら一体で鋳造する技術は大変なことらしい。 しかも全体の均整が見事に取れ、細部に至るまで作りこまれているのはその技術の高さと芸術性の深みを、1600年の歳月を経た現在の我々にも余すことなく伝わってくる。 上半身、臍迄出すのは、インドグプタ朝の仏像の影響らしい。
現在は、興福寺と共に法相宗の大本山であるが、法相宗とはどんな宗派なのだろう。 以下は、薬師寺のHPからの抜粋である。 この宗の特徴は阿頼耶識[あらやしき]、末那識[まなしき]という深層意識を心の奥にあるということを認めているところにあります。その阿頼耶識を根本識[こんぽんじき]とし、一切法は阿頼耶識に蔵する種子[しゅうじ]より転変せらる(唯識所変[ゆいしきしょへん])としています。つまり私達の認めている世界は総て自分が作り出したものであるということで、十人の人間がいれば十の世界がある(人人唯識[にんにんゆいしき])ということです。みんな共通の世界に住んでいると思っていますし、同じものを見ていると思っています。しかしそれは別々のものである。例えば、『手を打てば はいと答える 鳥逃げる 鯉は集まる 猿沢の池』という歌があります。旅行客が猿沢の池(奈良にある池)の旅館で手を打ったなら、旅館の人はお客が呼んでいると思い、鳥は鉄砲で撃たれたと思い、池の鯉は餌がもらえると思って集まってくる、ひとつの音でもこのように受け取り方が違ってくる。一人一人別々の世界があるということです。
それを主張するのですから複雑難解です。しかしそれをいとも巧みに論理の筋道を立てて、最も学的秩序を保った説明がなされているところに、この宗の教理の特徴があります。
薬師寺東塔: 730年の建設以来現在に至る貴重な白鳳時代の建造物 (Wikipediaより
薬師寺の由来には、孫悟空で馴染み深い三蔵法師に遡ると言う。 薬師経の代表的な経典は、玄奘訳「薬師瑠璃光如来本願功徳経(薬師経)」と義浄訳の「薬師瑠璃光七佛本願功徳経(七仏薬師経)」だそうだ。 これらは三蔵法師が天竺で仕入れた膨大な経典の一部だ。 そして遣唐使に随行した僧侶達がその写本を日本に持ち帰ったものだろう。 科学技術が発展しこれらの知識は瞬く間に伝達でき知ることはできるが、人の心や感情、性向は古の昔から変わることがないのではないかとさえ思う。 故に昔に学ぶことは限りなく奥も深いのではないだろうか。
林蔵@上野 1/May/'08 (Updated on 6/May/'08)#303