旧市街の中心ローマンシアター遺跡(今も使える)
夜明け前、その日一番のお祈りを告げるアザーンが方々のモスクから流れ、7つの丘にこだまする。 私は今、アンマンのホテルに居るのである。 時差とアザーンの声でうっすら目が醒めた。 1971年来、3度目のアンマンだ。
今回は JICA のシニアー・ボランテイア(SV)としてやってきた。 家族の方々も含めた15名のSV一大デリゲーションである。 パリでの乗り継ぎでは、航空会社のオーバー・ブッキングがあり、危うく翌日のフライトに乗せられるところだった。 強引な交渉の結果、ようやく15名と737kgの荷物は無事予定の飛行機に乗り込むことができた。 パリを出ると、AF582機はスイス・アルプス、北イタリア、ベニス、地中海の上空を順調に飛行した。 この辺りはスイスに滞在中レンタカーで走り回ったところだ。 その土地土地で巡り会った多くの人々や土地の思い出が蘇えってくる。 機は予定通り、アンマン国際空港に到着。 これから2年間過ごす土地に着いたのである。 前回の訪問から24年目と言うこともあり、ひとしおならぬ感動がこみ上げてくる。
空港では調整員の方が、大型観光バスを貸し切り、出迎えに来てくれている。 15名と737kgの荷物は大型観光バスにかろうじて乗ることができた。 何しろ2年間の生活物資と、各自それぞれの専門分野の資料をしこたま荷物に詰め込んでいるのである。
3度目の土地とは言え、前回の訪問は1971年と1980年の事で、24年間のギャップは大きく、殆ど始めての土地と変わらない。 街は大きく発展し、その新興都市部には昔の面影は微塵も見られない。 広い通り、瀟洒なブテイック、MAC や KFC、 トップ・ファッションに身を包んだ若い女性、東京やロンドンと何ら変わらない風景に安心と失望を感じる。
旧市街の一角にあるレストラン
アパートに入居する迄は、自炊の出来るホテル・スイートに泊まることになっている。 あらかじめ事務所で我々全員分の部屋を Red Rose Hotel
に取ってくれてあった。 リビング、キッチン付の長期滞在型のホテルである。 1階はレストラン・バーになっていて、夜の11時頃から生バンドが入り騒がしくなる。 この騒がしさが半端ではない。 深夜2時頃迄音響ボリューム一杯にアラビア風音楽が鳴り続くのである。 これではいくらホテルの防音がしっかりしているとは言え(実際には当ホテルの防音効果は極めて低いと思われる)
直ぐ階上の部屋は、たまったものではない。 睡眠不足で体調の不調を訴える者がでる程である。 しかし如何せん費用削減の折、上等のホテルは望むべくもないのである。
当面の投宿先: Red Rose Hotel Suite,1階はデスコバー・レストラン
アラブの住居(ホテルも含め)の西洋式と違う点は1点、トイレにある。 トイレット・ペーパーの使い方である。 御存知かも知れないが、アラブでは用を達した後紙を使わない。 水(湯)でお尻を洗浄するのである。 西洋のビデに似ている。 ミニ・シャワーのようなホースが傍に備え付けられており、そのミニ・シャワーを使うと言う訳だ。 大変清潔と言える。 その際左手を使うので左手は不浄として握手や飲食等には決して使わないことになっているのだ。
信号も横断歩道もないダウンタウン
到着の翌日、たまたま休日になった。 ダウン・タウンに行ってみた。 投宿中の Red Rose Hotel からは、10km程度東に位置する。 ザハラン通りを真っ直ぐ行けば辿り着く。 ザハラン通りはジャバラ・アンマン(アンマンの丘)の峰を走る幹線道路で、政府機関や大使館や公邸が軒を連ねるハイ・クラスな地域である。 ダウン・タウンはこのアンマンの丘と向かいの丘ジャバラ・フセイン(フセインの丘)に挟まれ谷下にある。 2つの丘は急峻な勾配で谷下から聳える。 アンマン旧市街は、ダウン・タウンへ7つの丘が競り寄せる坂の多い複雑な地形をしている。 アンマンが7つの丘の街と言われる由縁である。 ここは庶民でごった返す、あらゆる生活物資で溢れる、狭くて古い街だ。 あまり衛生的とは思えない街が24年前と少しも変わらず残っていた。 まるでタイム・スリップしたようだ。 こんな街の風景が、私には妙にしっくりするのである。
4月とは言え、日中は太陽が容赦なく照りつけ、乾燥した大地はたちまち温度を上げる。 喉が渇いた。 ホテルからミネラル・ウオーターのボトルをリュックに入れて歩いたが、街角のジュース・スタンドでレモネード(ここではレモネードでなければならない)を飲んだ。 旨い。 しかも安いのである。 1杯50フィルス(約7円)。 週末は東洋の齢を重ねた親父が、土地の人々と良い時間を過ごせそうな予感がする。
ローマンシアター跡の円柱
Apr/'04 林蔵 @Amman Jordan (Updated on 21/Jun/'08)#169
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