山のちスキー時々岩
トップページ 特選山行記録 クライミング日記 家族登山
スキー日記 エリア紹介 リンク

鈴鹿/滝洞谷遡行〜大見晴
(96年11月9日)


滝洞谷?
 鈴鹿北部、滋賀県側の石灰岩地帯に位置する滝洞谷。鈴鹿のあらゆる沢を網羅した『鈴鹿の山と谷』の第2巻に滝洞谷の紹介があるので、引用してみよう。

「カモシカの通過も不可能なほどの悪絶な廊下帯が連続」
「人の侵入を拒否するかのように厳しい雰囲気の漂う谷」
「最新の道具と技術を要求される屈指の悪谷」
「滝はすべて深い洞穴をともなって悪相である」
「まるで墓場のような陰惨な光景」
「石灰岩のスラブは苔と水滴で絶えず濡れて、ワラジのフリクションも拒否する」
「ハーケンを打つにもリスがなく、ボルトも表面が剥離して役立たず、普通の沢登り技術ではとても歯が立ちそうにない」

 ここまで書かれては行かざるを得ない。しかも、この本の著者はゴルジュを突破することができず、途中から引き返しているのだ。鈴鹿の沢を20本以上登り、台高、三河、上ノ廊下、奥美濃と、沢登り技術の研鑽に励み、そろそろ滝洞谷に挑戦してもよい頃であろう。その間、大阪わらじの会による遡行記録が発表され、滝洞谷の全貌は明らかになってしまったが、鈴鹿屈指の険谷であることにかわりない。11月2日の第一回目の挑戦は、現地まで行ったものの雨天のため中止となった。翌週の9日、再び滝洞谷に挑戦した。

96年11月9日の挑戦
 8日夜雨の中一宮駅出発し、多賀町役場の駐車場で仮眠する。朝には雨はあがったので、決行することにする。大君ヶ畑の墓の脇に車をとめ、沢装備を整える。出発は7:40。橋を渡ると道は消え、砂防ダムを右から越えると広い河原になる。水は無い。紅葉で明るい河原を進むと暗いゴルジュの入り口が洞窟の洞口のように現れる。地形図を見る限り、ゴルジュ部分は水平距離2km、標高差200m程度である。この短い部分にいかなる困難が待ち受けているのだろうか。

恐怖!洞窟ゴルジュ
 これほど激しい変化を経験したのは記憶にない。ゴルジュに入ったとたん、視界は狭まり、暗闇に閉ざされた。いきなり凄いゴルジュである。最初の3mチョックストーン滝(以下CS滝)は水は無いものの直登不能。左から巻いて懸垂10m。こうしたハング気味CS滝とツルツルのスラブが滝洞谷の特徴である。続くCS小滝、ナメ小滝は容易に抜けると、気色悪い水のたまった釜を持つ7m滝が現れる(写真)。釜にだけは水が溜まっており、腐敗した落ち葉が沈んで赤茶色を呈している。水に入ると腐敗臭がするので入りたくない。右を見ると真新しいハーケンが連打されているので右から突破することにする。ナッツを使ってビレイ点を作る。ザックは置いて、空身で登る。取り付きはナッツを使ってのシュリンゲ・アブミ。

 ナッツの使用は初めてで、体重を預けるのをためらったが、しっかりきいていれば安心できる。続く残置ハーケンもアブミ、さらにアブミである。スタンスは外傾しており、しかも濡れてツルツルなので非常に厳しい。使い古した渓流シューズでは十分なフリクションを得られず、安定して立つことができない。それでもフリクションに頼らざるを得ない。石灰岩のポケットのホールドがあるが、腕がパンプしそうである。足は滑るのをこらえ、震えてくる。「ちくちょー」と悪態をつきながらも、恐ろしさのために呼吸が荒くなる。落ち口はハング気味で、残置ハーケンにカラビナをかけ、ザイルをインクノットで固定して振り子気味にトラバースして切り抜けた。9:26、滝上に出たときにはすっかりへばってしまった。

 この滝の登攀はこれまで経験した中では一番の恐怖であった。ところが、この後4回ほど同様な恐怖を経験するハメに陥った。なお、残置ハーケン連打はこの滝だけであった。僕が滝を登ってからザックを引き上げる。ツルツルの滝なのでスムーズでに引き上げられる。

 すぐ次に4mCS滝が待ちかまえている。捨て縄の巻き付けてある流木に乗り、ハーケン一枚を中間支点として打ち、滝の右側から回り込むようにして越える。ここは面白いクライミングである。このあたりを大阪わらじの会は「洞窟ゴルジュ」と名付けている。ここを抜けるとゴーロとなるが、両岸は壁になっており、逃げることはできない。小滝が連続し、左を巻いたが泥付きで滑りやすく巻くのもやっかいである。気持ち悪い赤茶色の深い釜を持つ滝も左を巻き、懸垂5mでクリア。

シュリンゲ結び目ナッツ登場!井戸底ゴルジュ
 右からうねった急峻なルンゼを合わせると、真っ暗な「井戸底ゴルジュ」が眼前に迫る。その前で今日最初の休憩をとる。10:30。意外と手間のかかる1mCS滝を越えると、数十mの岩壁で囲まれた滝の直下に。釜に水は無いので敷石の広場のような感じだが、真っ暗である。左はハング気味で、チューブ状に水流の跡が落ちている。チューブの中にはクラックが走っていて、直登可能と判断した。いや、高巻きは不能なので直登以外の方法は無いのである。なお、『鈴鹿の山と谷』の著者は、ここまでしか到達していない。

 チューブの上の光を目指す。ビレイ点としてナッツ代わりにシュリンゲの結び目をクラックに挟む。さて登攀開始(写真)。2mの地点でクラックにナッツをセットする。引っ張ってみる。「うーん、よく効いている。これは安心だ。」ここで下から写真を撮ってもらったが、後で見ると濡れた岩と真っ暗な滝で、沢登りというよりはケイビングの写真であった。さて、ナッツがきいているので安心してフリークライミングを楽しんでいると、下から「外れましたよー」という声が。なんと下を見るとナッツが外れて下に落ちていたのである。オポジションにしなかったので上向きの力で抜けてしまったのだ。楽しいフリークライミングが一転して恐怖のフリークライミングになった。しばらく支点がとれず、あせったが、ようやくクラックが現れた。しかし、スタンスが悪いので両手を使うことはできない。ナッツはオポジションにしないと外れるかもしれないが、セットが複雑で片手では時間がかかる。時間がかかると腕力・脚力がなくなる。仕方なく、シュリンゲの結び目をナッツ代わりにクラックにはめる。これはしっかりはまると意外とよく効く。引っかけたシュリンゲをつかんでA0で体を引き上げる。さらにもう一つシュリンゲを引っかけて中間支点とする。しかしその上はツルツルでクラックもリスもない。チムニーで登るが「こわいよー」。必死に頑張って滝上に出た。「やった!抜けたぞー」。

 滝上はすぐ滝になっていた。ここも高巻きは困難。右側から巻けるかとも思ったが、恐怖の泥付きは避けねばならない。滝の左手のカンテ状に、ハーケンが一枚突き立っている。ここから登ろう。ナッツのアブミで一段登る(写真)。もう一つナッツをクラックにはめこみ、中間支点とする。その次が残置ハーケンであるが、ほとんど埋まっていないので根元でタイオフする。ついでカンテ最上部にハーケンを打ち、中間支点とする。カンテ状から上は例のツルツルのチューブ状スラブである。「どうしよう」「これは困った」「ちくしょー」「こわいよー」と連呼しつつ、ようやく滝上に抜けた。抜けるとビレイポイントを探さねばならないが、見つからない。しかたなく、10m上流の1.5mCS滝まで行って、そこのCSから取ることにした。そのため何度も気色悪い赤茶色の滝釜を太股まで浸かって往復するハメになった。後続の確保は、トップロープ確保と固定ロープを併用する。ハーケン・ナッツの回収を容易にするためである。しかし、アブミに使ったナッツが外れないらしい。ナッツは一個1000円もするので残置するのは惜しい。しかし「そのままでいい。今は時間が惜しい。」ついでにハーケンも一枚残置された。結局、セカンドを引き上げた時には、12:45であった。つまり、この部分の通過だけに2時間も費やしたのである。

進むしか生きる道はない!迷路のゴルジュ
 このころには天気もよくなり、晴れてきた。しかし、滝洞谷の深いゴルジュに陽がさすことはない。見上げると、青空がゴルジュの裂け目から望むことができた。ついでに、送電線下を過ぎていたことも判明した。これなら何とかゴルジュを突破できそうである。最後は「迷路のゴルジュ」だ。

 井戸底ゴルジュからほんのしばらくゴーロで、すぐに数十mの岩壁に取り囲まれた滝場に出る。当然水は無い。下段は垂直だがホールド・スタンス豊富で簡単そうに見える。一方上段はゆるいナメで、フリクションで抜けれそうである。ただし、ナメはうねうねと上っており、滝上は見えない。そして、滝下で「容易」との判断を下し、フリーで僕が登り、上からセカンドを確保することにし、ザックとザイルを背負ったまま登り始めた。しかしこれは大きな失敗であった。下段の6mの部分は確かにホールド多く容易であった。ところがである。上のナメは下から見るよりも傾斜がつよく、かつ濡れてツルツルでフリクションがきかないのである。そして、ナメ部分を数歩登ったところで、進退窮まってしまった。上を見ても手ががりとなるホールドは見あたらない。もちろん下りることはさらに困難だ。ツルツルのため気を抜くと滑り落ちる。確保は無い。孤立無援。ホールド・スタンスともに浅いため、方手と両足のフリクションを使わねば支えられない=両手が使えない。右下1mには小テラスがある。そこにジャンプしようかとも考えたが、背負ったザイルとザックの重さが僕を躊躇させた。さらに、テラスに下りたところで、その上はツルツルの壁で登れそうにない。もう一度上方を眺めると、細いリスが走っている。ハーケンを打ってホールドにするしかない。片手でハンマーを取る。しかし、なかなかホルダーから外れない。次第に手足が疲れてくる。ようやくハンマーを手にした。ピックをリスに引っかけて、レスティングするが、たいして休憩にもならない。さて、ハーケンを打つか、とハンマーをふるう。ここでは両手を使わねばならないのでかなり怖い。しかし、ハーケンは5mmほどしかリスに入らなかった。他の場所もためしたが同様である。「これはもうダメかも・・・」「あきらめて落ちた方が気が楽かもしれない」とも思ったが、確保は無いので落ちたら骨折、悪くすれば死ぬ。怪我をしたらこのゴルジュは脱出不能だ。進むしか生き残る道はない。下から横溝さんの「大丈夫ですか?」という声が聞こえる。あと2m登れば安全地帯なのだが・・・。ここであせってはだめだ。「落ち着け、落ち着け」と心の中でつぶやく。さて、ここで賭にでるか。「ダメかもしれん」と言いつつ、例の5mmはまったハーケンを下に押しつけるようにホールドにして一段登った。「ふぅ」。さらにそのハーケンに右足をかける。「抜けるな、もってくれー!」何とか立ち上がることができた、と思った瞬間、そのハーケンは抜け落ちた!「うぉっ」。ハーケンは「キーン、キーン」と甲高い音を立てて落ちていった。右足は浮いてしまったが、何とか両手と左足のフリクションで滑落を免れた。そうして、その部分はなんとか無事に登ることができたが、寿命の縮まる思いであった。「今、ハーケンが落ちたけど?」「拾いました。」
 ここでもビレイ点がなかなか見つからず、ハーケンと岩角から流動分散で支点をとって横溝さんを確保する。さて、上もチューブ状ツルツル滝である。濡れた落ち葉がつまっていて、かきおとす。ハーケンを2枚使用して抜けるが、ここもフリクションが効かずに苦労させられた。右側から左側に移るところが怖い。ここを抜けたのは14:00。ここからはこれまでよりも若干開けるが、すぐに深い釜を持つ小滝に出会う。大阪わらじの会は左から巻いているが、我々は右から巻くことにした。けっこう怖い高巻きで、ハーケン3枚使用。上部は草付きで支点が取れず、緊張のトラバースだが、何とか立ち木にたどりつき、ハング気味を懸垂下降10mで突破。続く2m滝は左から取り付いて水平にトラバースし、落ち口を越す。核心部はこれで終わった。

ヤブを漕いで大見晴へ!
 右から急峻なルンゼを2,3本合わせると、すっかり沢は開け、水が流れ出すので、今日2回目の休憩をとる。15:00。ゴルジュの突破には実に7時間20分もかかったのである。さて、時間がない。我々は源流まで詰めず、580mコンター付近から右の涸沢に入って稜線に出ることにした。地形図では2mmほど等高線がたわんでいるに過ぎないが、僕にとっては容易な読図である。横溝さんはわからなかったらしい。そのうち伐採された倒木で塞がれたので、左の植林帯に入り、ヤブを漕ぐと稜線に出た。日は傾きかけている。このまま休まず802mの大見晴へ急登する。植林と二次林の境を歩くと、カレンフェルトの山頂に至った16:15。茶野・御池方面の眺めがよい。この季節にしては暑い。防寒着代わりのカッパを脱ぐと、小さい虫がやってきた。最初は気にかけなかったが、よく見ると血を吸っているではないか。パシッ!。

あれが大君が畑の光だ!
 晩秋の日は短い。太陽は西の雲の中に沈んだ。急がねば。下降は悩むことなく真北に一直線。道は無い。ただ急な植林帯を木にしがみつきながら、がむしゃらに下るのである。何とか真っ暗になる前に予定の道に出会った。そのうち真っ暗になったので、ヘッデン行動になった。道と言っても踏み跡程度なので、慎重に下らないと外してしまう。しかしこういう道は慣れっこなので、No Problem である。やがて林道に出、大君が畑の集落の光が見えてきた。

 17:47分、とうとう車にたどり着いた。墓場の横に車を止めたので、墓石にヘッドライトの光が反射し、ひとだまの様にキラキラと輝いて不気味であった。

今になって考えるとこの沢は当時の僕の実力に余る沢でした。みなさんも実力相応のレベルの沢に行きましょう。