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奥美濃・野伏〜銚子ヶ峰スキー縦走



97.2.22夜〜2.25 奥美濃・野伏〜銚子ヶ峰スキー縦走

野伏ヶ岳〜薙刀山〜日岸山〜願教寺山〜銚子ヶ峰〜神鳩ノ宮避難小屋
石徹白西部スキー大縦走!


2/22
 江南市役所 21:00集合=白鳥道の駅

2/23
 =石徹白白山中居神社7:50−10:10和田山牧場西端10:35−13:00野伏ヶ岳13:20−(滑降)−14:25和田山牧場西端15:03ー16:16推高谷左岸台地

2/24
 発6:50−8:23薙刀山8:33−(滑降)−8:411470m地点8:51−9:33日岸山9:47−(滑降)−10:011360m地点10:33−12:121670mピーク12:35−(滑降)−12:56笠羽谷源頭13:12−14:55銚子ヶ峰15:12−(滑降)−15:50神鳩ノ宮避難小屋

2/25
 発7:26−(滑降)−9:28林道9:38−(滑降)−11:05石徹白


 奥美濃の山スキーのメッカ、石徹白周辺の山々にスキーで踏み込んだのは、まだ単独行時代の95年4月のことであった。それから野伏、薙刀、大日、毘沙門と周辺の山々を単発で登り、そして滑った。96年4月には、石徹白から朝日添川を大日岳に登り、天狗岳、芦倉山、丸山と経由して神鳩ノ宮避難小屋と、石徹白を巡る山稜の東半分をスキー縦走した。予定では西半もそのまま縦走してしまうはずだったが、初日の神鳩ノ宮避難小屋まで一日の行程が13時間もかかり、たいへん疲労していたのと、朝起きたら雪であったのもあって、東半分の縦走だけで下山した。

 さて、沢シーズンも終わり、再びスキーシーズンが到来した。H君というニューフェイスを山スキーグループに迎え、2月22日夜、野伏ヶ岳へと国道156号を北上する。メンバーは谷・H・Oの3人だが、僕以外は野伏onlyの日帰りなので、車は2台である。途中でチェーンをつけて白鳥道の駅で仮眠。2/23 朝5時、石徹白へ向けて出発。しかし雪のためかいきなり大渋滞になり、ウイングヒルまで続いた。さて、積雪2〜3mの石徹白・白山中居神社に到着。いつも車を止めるトイレ前は除雪されていなかったので、集会所前に車をとめる。すると、「そこは除雪の邪魔になる」と言われた。どうしようか、と思っていたら、「これから除雪してあげるから、しばらく待って」という。なんと、我々2台の車のために除雪車を出し、40分近くかけて先の方まで除雪してくれたのである。親切な人だなぁ。
 しかし出発は遅れた。野伏までの道はもう3年連続3回目で、カーブもほとんど覚えてしまった。積雪は新雪が50cm〜1m、しかし空は快晴で、無風のポカポカ陽気だ。トレースもある。和田山牧場の一角に出ると、野伏が独特の三角錐の美しい姿を現す。北方には端正な別山がいつもの真っ白な姿で石徹白の山々を見守っている。和田山牧場の西端まで行って、僕はシュラフ等の泊まり装備をデポし、ダイレクト尾根へと向かう。ダイレクト尾根を数人が登っているのが見える。ダイレクト尾根を登ること2時間半、野伏山頂に至る。いよいよ滑降だ。しばらく尾根上を来たコースを滑り、やがて右側、白銀の野伏平斜面に飛び込む。朝の新雪は、この暖かさでかなり腐って、重い湿雪にかわっていた。それでも、ゲレンデ練習の成果か、かなりテレマーク・ターンを決めることができた。H君は山スキー2回目とは思えない滑りである。急斜面でも逃げない姿勢が山スキーの上達の近道だ。しかし下部の緩い斜面では、雪に板が突き刺さって何回か転んでしまった。

野伏平の滑降

 標高差600mの滑降はあっという間に終わり、装備デポ地点に戻ってしまった。ここで二人とはお別れである。あと2日間、誰にも会うことは無いであろうと思うと、非常に寂しい。林道へと下る二人を見送ってから、明日の行程を縮めるため、薙刀方面へと一人スキーを向けた。野伏北東尾根を回り込み、推高谷側面を上流側に水平にトラバースする。振り返ると、別れた2人が小さく見えた。推高谷はすでに日がかげり、冷たい風が吹き下ろしている。雪で埋もれた谷をわたり、左岸上の台地で今日の行動は打ち切りとした。
 泊まりはツェルトである。ツェルトで泊まるのはこれで3回目だ。スコップで雪面を掘り下げ、灌木、板、ストックを利用してツェルトを固定する。夕暮れ時にこの作業を一人でやっていると、とてもわびしい気分になる。明日の天気が快晴確実ということだけが、気休めになる。こうした暗い気分と裏腹に、名古屋の騒々しいFM放送がよく聞こえるのであった。


薙刀南面

 2/24 朝、目が覚め、ツェルトの中でゴソゴソ動き出すと、ツェルト内で凍り付いた水分がザーザーと顔にかかってくる。火をつけると、それが解けてポタポタと落ちてくる始末である。ツエルトもこれさえなければ快適なのだが・・・。ゴアのツェルトがほしい。ツェルトから外に出ると、素晴らしい青空が広がっていた。さあ、気を取り直して出発だ。まずは薙刀への400mの登りへと向かう。南面の斜面は、きのうの晴天で解けた雪の表面が凍りつき、クラストしている。スキーを強く踏むと、雪面が割れる。いわゆるブレーカブル・クラストというスキー滑降には最悪の雪質である。しかし、僕はそこのことをちゃんと考えて、北に向かって縦走するのである。つまり、滑降は雪質の安定している北斜面になるのだ。へへ。急斜面を登るとブナの巨木の点在する薙刀平に出る。黙々と登り、稜線にいったん出てから山頂に着いた。山頂から北方を眺める。そこはまだ未知の世界だ。休む間もおしく、シールをはずす。地形図上で滑降ルートを確認する。稜線東側の小ルンゼだ。滑り出しは風で雪がとばされ、笹が露出していて横滑りと斜滑降でかわす。目当ての小ルンゼに入った。この斜面を待っていたのだ。この斜面を見下ろした瞬間の胸の高鳴りは、山スキーヤーにしか味わうことができない特権だ。雪質は粉雪、一回、二回、三回とテレマークターンが決まる。荷物が20kg近くあるので、ステップターンだ。薙刀山頂から標高差200mの滑降は7分間のできごとだった。


 日岸山への登り返しは200mだが、自分のシュプールを振り返りながら登るのは楽しい。きのうの寂しさはどこかに吹き飛び、「やっぱりスキーは縦走に限る」。雪庇を乗越えてたどり着いた日岸山山頂からは願教寺山が目に入った。ここでも早々にシールを外す。日岸山と願教寺山の間には「よも太郎山」という不思議な名の山があるが、スキー縦走の場合、よも太郎には登らず、東側の沢を滑るのだ。標高差320mの滑降である。さて滑降、上部はここも笹まじりのアイスバーンだ。小尾根を斜滑降でトラバースし、クラストした急斜面をキックターンをまじえて慎重にクリアすると、再び感動の斜面を味わった。

日岸山北面の大斜面にシュプールを刻む

 降り立った沢筋の地点の眺めは、周囲すべてが真っ白で、とても奥美濃とは思えない世界だ。このころにはもうかなり暖かくなり、南面の雪は腐りかけている。これから願教寺山への300mの登りだ。願教寺山からは南に向かって2本の顕著な尾根があり、その西側の尾根を登るといったん稜線に出た。しかしスキーヤーたるもの、稜線通しに歩くことはしない。ここから東に沢の源頭部をトラバース気味に斜上し、願教寺山の東側の稜線へと出た。このトラバースした沢だが、もし滑ったら素晴らしい所だ。残念。稜線に出た地点から見る願教寺山は、ピラミダルでかっこいい。北斜面はすごいシュカブラの海である。ここで願教寺山の写真をとった。しかし、いつのまにかカメラが「パノラマモード」になっていて、現像した写真を見ると、ピラミダルな山の山腹だけが写り、山頂部はカットされていて、さえないものだった。
 さて、ここから稜線は向きを変え、東へと向かう。1670mピークから、再び笠羽谷へ向けて滑降だ。いったん1615mピークへの登り返しがあるが、裏にステップのついたテレマークスキーなので、問題なく乗り切る。滑るのは稜線の南側だ。この時刻にはすっかり腐り、思い通りには回せない。板が雪に突き刺さって、何回か大げさに転倒した。荷物が重いと、起きあがるのがたいへんだ。笠羽谷源頭、1460m付近で再びシールを装着。銚子ヶ峰への今日最後の350mの登りだ。350mの登りは普通は1時間だが、シールに腐った雪がつき、ダンゴになって滑らない。くそー!、といっても、板を外すとボコボコに潜るので、シールに頼らざるを得ない。雪を落としながら歩くのでたいへん疲れる。銚子ヶ峰北の鞍部に出た時は、稜線の方が歩きやすかったと思った。しかし稜線上はシュカブラで滑れないしなぁ。
 銚子ヶ峰は今回の最高地点である。北方には別山が大きい。南方を振り返ると、今日の行程のすべてが見渡せた。そして、和田山牧場から、薙刀、日岸、願教寺、そしてここ銚子ヶ峰へと、一本のシュプールが延々と続いているのを見たときの充実感・満足感は、例えようのないものであった。あとは避難小屋への260mの滑降だけだが、ここは稜線上になる。南面のせいか、シュカブラはないが、表面だけクラストした雪質は快適ではない。ターン成功率8割くらい。つまり4回成功して、1回転ぶ。これは疲れる。成功率95%にならないと。母御石から東への急斜面は横滑りでクリア。アイスバーンがガツガツと足に響く。懐かしい避難小屋が見えてきた。これで、石徹白周辺の山の環状縦走が完成したと思うと、自然に笑みがこぼれる。
 避難小屋には昨年通り、裏の窓から入る。中には、登山者ノートがある。読んでみると、最後の記入日は96年11月24日になっている。とすると、僕は97年最初のこの小屋の宿泊者かな。夕方になっても暖かい。小屋の外で夕日を眺めつつ、雪を溶かして水を作った。なんてのどかな夕暮れだろうか。

 2/25 翌朝も快晴だった。ここからもう下るのだが、尾根を下るか、それとも母御石谷を滑るか、迷う。沢筋の場合、下まで雪があるか心配だ。しかし尾根筋の場合、ブレーカブル・クラストした雪と、ヤブがある。結局後者の尾根コースをたどったが、失敗だった。ヤブが濃く、ターン不能の雪質の尾根を550m下るのに、2時間を要した。あー疲れた。石徹白川添いの林道は非常に長い。しかし、午前中の日の当たらない林道はカチカチのクラストバーンで、傾斜が緩くともたいへんよく滑った。尾根の下りではやっかいものの表面だけクラストした雪も、林道では快適であった。部分的に東側からのデブリで林道が斜面になっていて、下は石徹白川が轟々と流れる箇所をトラバースする箇所があり、非常にこわかった。もし一人でなかったら、板を外して確保していたかもしれないな。