カイツブリ

 
「チッ!また判断ミスだ」 カイツブリとの撮影時の戦いに私は大きく負け越している。
とにかく嫌になるほど潜ってくれる。シャッターを切ろうとするともう姿がないということがままあるのだ。
そうなると先回りして水面に上がったところを狙うのが得策だと思うのだが、カイツブリはこちらの予想
を外すのを楽しむかのように意外な場所からいつも姿を現すのである。
そうした時は彼の方もこちらがカメラを向けているのを意識している場合が多いから、予想より遥かに
離れたところからヒョッコリ出てくるのである。その時のこちらの敗北感は予想以上に大きいのである。
逆に水面に出てきた彼の先回りをして見事にファインダーに入れた時など、思わず小躍りする気持ち
になる。(本当に躍るとシャッターが押せないので我慢はするが)
これからもカイツブリとの戦いは果てしなく続くのだ。好敵手である。
ところでカイツブリの夏羽はどうしてあんなに目が怖く見えるのだろうか。冬羽ではそんなにも感じない
というのに。あの目には何か恐竜的な怖さを感じているのは私だけだろうか。
その一方でヒナの可愛さといったら。つぶらな黒い瞳と縞々模様がとてもチャーミングである。それな
のに成長するとどのヒナも間違いなくあの怖い目に変わってしまうのである。たまには成長を拒否して
つぶらな黒い瞳であるカイツブリの夏羽を見てみたいものである。

 

カワセミ
 
私が野鳥撮影を始めたきっかけの野鳥である。最初にフィルムに収めた時の喜びはそれこそ天にも
昇るほどの喜びであった。
が、今は余り興味が湧かない。皆さん、冷静にカワセミを観察してください。2頭身ともいえる恐るべき
頭でっかちと申し訳程度の短いオレンジの足。じっとしていると重さで倒れそうに見えるでかいクチバシ。
どれをとっても何であんなに人気があるのか。それはあのどぎつい色に騙されているということである。
私にはかつてのバブル絶頂期の不動産成金を思わせるあのコバルトブルーの背中がやるせない。
もう少し慎みのある色合いに出来ないものかと、カワセミに出会う度に毒づいてしまう。
しかし彼らに何の罪はないのだ。今は地味鳥好みになって拒否反応を起こしてはいるが、かつては憧れ
の鳥であったことは確かである。実はこの鳥が好きになれない大きな原因はカワセミ専門に撮影されて
いる方たちの恐るべきセンスが主因かも知れない。山田池公園でやらせもここまでかという杭が不自然
に立てられ、おまけにその杭に秋は柿の実(枝ごと)、初春は梅の花を勝手に持ってきてくくりつけるとい
う恐るべき荒業にでている。またアップで撮りたいが為にブラインドを張って餌付けをして撮影。ここまで
はいい。餌付けしたのが真っ赤な金魚。金魚くわえたカワセミのアップ写真に満足するとは恐るべし!
また野鳥を知っている方には一目でわかる、やらせ丸出しのカワセミの写真が各種写真コンテストで賞
を取っているのを見ると、写真て何だ?と思ってしまう私はかなり変なのだろうか。
最後にカワセミは私によく近付いて来てくれる。こちらが興味ないことを判っているのだろう。
もちろん来る鳥は拒まず主義の私は間違いなくシャッターを押すのである。
あのカワセミの色を出さないように写真を撮るにはどうすればいいのかを一心不乱に考えながら。

 


 

キアシシギ NEW!!

 

私のキアシシギの思い出は全て甲子園浜にあります。シギの中でも最もありふれた種類で見つけたと
してもそれほど騒がれるシギではありません。稀にメリケンキアシシギが入りますが、その時には注目
されるでしょうが。でもシギの中でも私は大好きな種類です。というのも撮影しやすいというのが理由の
第一です。阪神・淡路大震災の前の甲子園浜の干潟は本当に素晴らしいものでした。大潮になるとそ
れこそ小学校の運動場以上の規模で水がひいて、私達カメラマンもシギ・チの近くに寄って気軽に撮影
出来ました。その大潮の引く前の海岸線によくやって来てくれたのがキアシシギでした。人間に対して
はかなり無頓着で近くまでよく寄ってきてくれて被写体になってくれました。なかでも印象的だったのは
私の写真集にも掲載したキアシシギでした。あの日もテトラポットの前にカメラを設置して一生懸命シギ
・チがやって来るのをひたすら待っていました。そんな時に現れた1羽のキアシシギ。結局30枚以上も
撮影しましたでしょうか。こちらを全く気にせず5mの距離で羽繕いやアクビなんかをしてくれて楽しませ
てくれました。またキアシシギはカニが滅法好きなので、今の甲子園浜では少数でやって来てはカニを
ついばみます。最後に可哀相だった話があります。別の日同じように彼らを撮影していると低空飛行で
近付く影が。何とハヤブサだったのです。私の撮影していたキアシシギを見事に捕えて飛び去っていき
ました。私からの距離僅か数メートルでした。自然の厳しさと無常を感じた一瞬でした。

 

 


 

キジバト  

 

もう、ドバトPart2と名前を変えていい位に街角に進出し、人間を恐れる個体もあまり見たことがない。
人間の世界に順応し、生活の場を定着させた野鳥である。被写体としてのキジバトは大好きなのです
が、アップで撮影すると結構目が怖いのです。だからキジバトもどちらかとういうと引き気味に撮影す
ることにしています。
キジバトは街中でも営巣しますが、他の野鳥に比べると極めていい加減な巣作りをしています。冬に
なりますと街路樹の葉っぱが落ちて、中にあった巣が発見することが多々あります。キジバトの巣を
見る度に大雑把な巣の作り方にはあきれてしまいます。よくもあんな巣で子育てが出来るものだと妙に
感心してしまうのです。カラスと同じく街路樹で育てることが多いのですが、あまり人間が近付いてきて
も警戒や威嚇することはないように感じます。野鳥を知らない方には無関心さを既に獲得出来ますし、
野鳥を知っている方でも子育てのシーンを見ることは難しいでしょう。しかし、彼らはドバトのように
マンションに集まって忌み嫌われることだけは避けているようです。どちらかというとスズメに近い人間
との接し方を身に付けたと言えるでしょう。地味好みの私にとっては、いつまでたっても満足の出来る
写真が撮れない、近くて遠い野鳥なんです。キジバトで皆さんに参ったと言わせる作品を撮ってみたい
といつもファインダーにキジバトを入れながら思っています。

 


 

キレンジャク    

 

この鳥の貪欲さがあまり好きではない。とにかく食べるものがあれば集団で鬼のように食い散らかして
いくのである。表面上はとても綺麗で魅力が多い。またチーリ、チーリとかぼそく鳴く声もなかなか哀愁
があっていい。私がこの鳥を初めて見たのは仕事中で、京都の街中の1本の柿の木に群がっている
百数十羽であった。まるで柿の木にレンジャクという実がひっついているようであった。入れ替り立ち
替り鳴きながら舞う姿に映画の「鳥」を思い出した。二回目も仕事中でその時は夕方に数羽でチーリと
寂しく鳴いていた。三回目がとにかく凄かった。私の探鳥地の一つである森林植物園に出向く途中で
250羽ぴったしのキレンジャクと出会うことができた。(数えました。(^.^))彼らは電線に止まっていたの
だが、目的は中学校のグラウンド横にたくさんあるネズミモチの実であった。以前にも書いたが1羽の
ヒヨドリが降りようとするレンジャク軍団に1羽で抵抗していた。が、その努力も空しくレンジャク軍団は
一斉に飛び降りて、正に貪欲にネズミモチの実を食い散らかしていった。時間でいうと1分程度の早業
であり、ヒヨドリも呆然としていたことであろう。その時の電線にとまるこの鳥の写真だけは残っている。
4回目が家のすぐ近くでピラカンサを狙いに30羽ほどが集まっていた。そして5回目が死体との出会い
であった。通勤中に死にたてほやほやのキレンジャクを拾った。近くで見ると本当に素晴らしかった。
自然が造りたもうた傑作であると感じた。その遺体は羽根集めが趣味の方にそのままプレゼントした。
(とても喜んでもらった、何せそのままが手に入った訳であるのだから。)それ以来キレンジャクを見た事
がない。先日もヒレンジャクばかりだったし、また貪欲な彼らの姿を見られればと思っている。これまでの
接点から判るように、ヒレンジャクよりはキレンジャクが好みである。次の出会いが今から楽しみである。

 


 

ケリ  

 

最近、通勤時に電車からケリを観察することが出来る。田んぼに水がひかれて、ケリにとっても喜ばし
い状況なのであろう。それ以上にケリ好きな私は毎日会えることを喜んでいる。
ケリはとても不思議な鳥だと私は思っている。第一にくちばしと足がどうして黄色いのかということであ
る。しかしあれだけ鮮烈な黄色なのに畑の畦にたたずんでいると、不思議に全く目立たないのである。
第二にあれだけ地面では目立たないようにしているにもかかわらず、どうして飛べばあんなに目立つ
白黒になっているかということである。繁殖で異性に対するディスプレイに使用するのか、外敵に対す
る威嚇を意味するのか。なるほど、ケリの繁殖時の攻撃性は素晴らしいものがある。相手がカラスで
あろうと猛禽であろうと、人間であろうと突っかかってくる。私はあの強気なケリの姿が大好きである。
第三にどうしてあんなに目が赤いのか。ケリの目の赤さは半端じゃない赤さである。何かあの色には
決定的な意味でもあるのだろうか。
第四にどうしてチドリの仲間なのだろうか。私にはどうもチドリという匂いをケリからは全く嗅ぎ取ること
が出来ないのだ。やはりケリは独立した科を作ってもらうべきだと思う。
とにかく観察する度に不思議度を増していく野鳥である。是非一度腹を割って話しをしたい野鳥の一つ
である。だが、そんな会話が万が一出来る機会があってもケリは何も言わずにいきなり頭突きをくらわ
してきそうでちょっと怖い。

 

 


 

コアジサシ    

 

私はアジサシ類には全く興味がない。夏鳥の写真としてよく掲載されているのを見かけるが、正直どこが
いいのかがわからないのである。辛うじてコアジサシだけは嫌いではない。その程度である。
コアジサシは大阪の都市公園にも時々やってきてくれるのが、バードウオッチャ−としてはありがたい。
何せ6月にもなると都市公園では観察出来る野鳥の数が限られてしまう。
私のメインフィールドの山田池公園にも時々やって来てくれる。飛ぶ姿は美しいと思う。が、私は全く興味
がないのでレンズを向けることはない。
ただボーッと眺めているだけである。
申し訳ないがこの図鑑は私的すぎる為に、興味が無い野鳥については本当につれない文章となってしまう。
コアジサシの写真はこの12年の撮影歴のなかで5枚しか残っていないのである。本当に好き嫌いの極端
さには我ながらあきれてしまう。それなら何故コアジサシを取り上げたか。それはこれを書いているのが
夏であるから。それだけの理由である。コアジサシの子育て中に近づいて撮影される方が結構おられる
ようである。フン攻撃が激しいと聞くが、ご苦労なことである。
どなたか私にコアジサシへの興味を持たせるにはどうすればいいか、是非レクチャー頂けませんでしょうか。
そうでもないと、今後死ぬまでコアジサシ相手にシャッターを押さない気がする。それも怖い。

 


 

ゴイサギ    

 

ゴイサギは野鳥の中で唯一の位を持っている、高貴なお方である。なるほどあの成鳥の美しさは地味
だけれども、美しさを感じさせてもらっている。特に今の時期には冠羽が頭より垂れ下がっており、何か
烏帽子を被っている雰囲気さえ感じさせる。私はサギ類の中で一番好きであり、もっといい写真を撮り
たいという欲望を湧き立たせる野鳥である。先日、近くの安威川でボ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッとして
いますと、小さな滝になっている場所へとコサギがやってきました。コサギは昔映画で見たジャッキー・
チェンの「酔拳」のようによたりながらも、確実に小魚を高い確率でつかまえていました。そこに高貴な
ゴイサギの見事な成鳥がフワリとやってきました。ゴイサギはコサギとの距離を考えながらじっくりと
餌を狙っています。しかし、ゴイサギはほとんど動きをみせないのです。ピタッととまって、近くに小魚が
やってくるのを待っています。が、私の前では採餌に成功することはありませんでした。その上、コサギ
に追い立てられて飛んでいってしまいました。あれだけの体を維持する為には、一日の大半を餌探し
に当てる必要があるのです。写真集で使ったゴイサギの写真はとても気に入った写真でした。本当は
縦位置の方が雰囲気があったので、選択を少し間違えたという気もあります。ゴイサギの写真といえば
滝のような流れで餌を捉えるワンパターンの写真がとても多いですね。写真的には完成されているの
でしょうが、私にとってゴイサギは「静」をとてつもなく感じさせる野鳥です。だからもっともっと究極的な
る写真を撮影を目指して行くつもりです。また時々、夜に鳴きながら上空を飛んでくれるのがとても
嬉しい野鳥です。私に位をつけるなら499位になるのでしょうか。
 

 

 


 

コサメビタキ  

 

先日この秋初めてのご対面はおごそかに終了致しました。とにかくこの鳥が好きで好きでたまらない
私であった。
ヒタキ類の中でも飛びっきり地味な種類であるけれど、あの愛くるしいクリクリ眼で見つめられると
こちらはお手上げ状態となる。(参りました、私はあなたの奴隷です・・・なんちって)
初めて会った時は、私の約1メートルくらいの木にとまってくれた。見つめ合う瞳と瞳。もう言葉なんて
必要ないといった衝撃的な瞬間であった。その後コサメビタキはこちらを見て少し首をかしげながら
違う方向へと飛立っていった。恐らく虫をフライキャッチする為に飛立ったのであろうが、私にはこち
らへの丁重なるご挨拶に来てくれたように思えた。(野鳥好きによく見られる、一方的な悪趣味である
思い込みである。)
それから毎年、特に秋に多くで渡ってきてくれるコサメビタキに会う事が私に秋を認めさせる必須
条件となった。だから、コサメビタキに会えない年があったとしたら私には夏の次が冬になってしまう
のである。お蔭さまで、いまだ会わない秋を経験したことはなく、今年も初期にお会いすることが出来
ようやく秋がやってきたのである。
しかし、何とかは盲目という訳ではないが未だにこの鳥でガッツポーズを取れるような写真を手に入
れられないでいる。恐らくコサメビタキと面向うと、緊張してシャッターぶれを起こしているかもしれない。

 


 

コジュケイ    

 

ちょっとこい、ちょっとこいといつも淀川で鳴いています。が、私が彼らを見たのも撮影したのもたった一
度きりです。十年前くらいでしょうか、場所は神戸市立森林植物園でした。その日は撮影する被写体も
全くいなくて、「ああ、今日はだめやな」とつぶやいた時でした。ちょっと隠れた林の中で2羽のコジュケイ
がウロウロしていました。私がカメラを持っていっても最初は全く気付かにようで、一生懸命に餌取りを
していました。4,5枚だけでしょうか。シャッター音を聞いた彼らは走るように去っていきました。私の
写真集に載っているコジュケイが唯一のまともな写真といえるかもしれません。しかし、今年はキジに
結構会えましたし、写真も撮影出来ましたので今度はコジュケイか密かに期待しております。
さてコジュケイは何故野鳥と呼ばれるのでしょうか。最初から日本にいたわけではなく、中国あたりから
狩猟用として放されたわけです。ですから、そこから繁殖したコジュケイを日本の固有の野鳥と認定する
ことには、個人的に拒否反応があります。コジュケイがOKならばドバトもいいじゃないかと思うのは私だ
けでしょうか。この秋口にもう一度森林植物園へいってコジュケイ狙うのもいいなとは思っております。
(ただ、あそこは遠くて写真が撮影出来る確率が低いのでどうしようかな。特に交通費がネックです。)

 


 

コチドリ    

 

私の写真が初めて雑誌(野鳥の会/野鳥誌)に掲載された記念すべき野鳥モデルである。
コチドリは十数年前の甲子園浜では簡単に、それもコチドリの方から寄って来てくれたのである。とにかく
潮の引き始めに干潟にカメラを持って椅子に坐ってじっとしていると必ず最初にチョコチョコやって来る。
私のコチドリのイメージは「チョコチョコ」である。ちなみにシロチドリは「ダーッ」である。(これはチドリを何
げに見ている方には判ってもらえると思う。)
その「チョコチョコ」は好奇心が強いのかよく近寄ってはあのクリクリッとした目でこちらを見つめるのです。
しかし、真正面から歩いてきたコチドリの顔はとても凶暴そうなので思わずシャッターを押し、結果とても
面白い写真が撮れて投稿した次第です。初めて雑誌に自分の写真が掲載されて時の喜びは忘れられま
せん。さてこのコチドリは目の周りが黄色ですが、よく観察していますと目を閉じる際黄色いリングも楕円
の形になります。とても柔かいイメージがありますが、どうして目の周りが赤でもなく緑でもなく群青色でも
なく、黄色なんでしょうか。それを考えると夜も眠れません・・・などとは言いませんが明確な理由が聞きた
いものです。しかし幼鳥・若鳥の際には黄色いアイリングはありません。成鳥に近づくに従って黄色くなり
ます。ということは若くなくなると人間の目に集まるシワと同じなんでしょうか。ともかくコチドリが近づいて
来ていきなりこちらに黄色いウインクを投げつけて来たら、間違いなく卒倒してしまうかもしれないと思う
私でありました。

 

INDEXページへ  左をクリックしてください。