夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜]W〜報告、そして出会い〜


15話へ

ある夏の朝。朝霧家。達哉の部屋。
「起きて」
「うーん」
「起きなさい、達哉」
あれ?『お兄ちゃん』じゃない。『達哉君』でもない。じゃあ誰だ?ミア?
でもミアなら『達哉さん』だよな。俺を呼び捨てするっていうと菜月?でも菜月ならもっと激しく起こすぞ?
「麻衣から聞いてたけど、本当に寝起きが悪いですね」
何か変と思った達哉はちらりと目を開けてみる。そこにはなんとフィーナ。
「って、フィーナ!」
「このスフィア王国皇女が起こしてあげているのに、達哉と来たら・・・」
達哉が飛び起きてみると、なんか部屋の隅っこで暗くなっている。
「あ、えと、えと・・・」
「昨晩麻衣と拳と拳で話し合って、ようやく『朝起こせる権利』を獲得したのに・・・」
話し合い方はともかく、床になんか字を書いてバックにくらーいオーラを背負っている。
「フィーナ」
「達哉、ようやく起きたのですね」
「あはは」
よもやフィーナが起こしに来るとは思わなかった。
「時間がありませんよ、早速朝食へ」
ちなみに既に制服に着替えている。
「そっか、俺はフィーナと付き合ってるんだ」
だから起こして貰えるようになったのだろう。相手を起こすのは恋人の権利らしい。
「早くしなさい、置いていきますよ?」
「あ、待って待って!」
大慌てで着替えて玄関を飛び出す。達哉の新たなる生活が始まった。

「あー、なんで夏休みなのに学校なんだぁ〜!」
翠が半月目になって騒いでるが、『登校日』というものがあるのが学院なのだ。
「『学生生活を忘れないため』といってもねぇ」
夏休み気分のまま登校で一日つぶされるのは困ったもの。
「ぜいぜい・・・」
「おはようございます」
達哉とフィーナが現れた。
「あ、フィーナ。どう?達哉の起こし役は?」
「かなりの重労働ですね」
「麻衣ちゃんも苦労してたらしいから、新任のフィーナの苦労は並大抵じゃないわよね〜」
「苦労の多い仕事ですが、これからも毎朝の任務に励もうと思います」
人を起こすというのは実に大変なものなのだ、多分。
「フィーナ君、がんばりたまえ!」
翠がフィーナの肩を叩く。
「ふふっ、では早速、菜月達の期待に応えるべく、起こし方の練習に励ませてもらいますね」
起こし方の練習?それってどんな練習なんだ?と達哉は思う。
「でも、こうやってフィーナと朝霧君が付き合うってことになったけど」
その点が夏休み前と違う。
「周りはというと、ごく当たり前のことが起きましたって感じなのよねぇ。ちょっとつまんない」
真琴が言うように、クラスの周囲連中はというとこの状況をごくごく自然に受け入れてしまっている。
「やはり私が周囲に溶け込めたということなのでしょうか」
「こうなるまでには色んなことがあったよなぁ」
達哉が天井を見上げる。出会いから学院、トラットリア、海水浴、そして決闘と。
「その影にはこの私の影ながらの支援があったわけだけど?」
影どころか、真琴の場合思いっきり前に出ているような気がしないでもない。
「でも、真琴ってどうして達哉とフィーナの味方してるの?」
菜月が真琴に聞く。
「いい?2人は姫君と一般人のカップルよ?古今東西からあるお約束の組み合わせじゃない」
まあ、確かにいくらでも『身分違いの恋』の例はあるが。
「2人の行く先には障害がいっぱい。でもそんな障害乗り越えて突き進もうってんだから、
 燃 え る わ ね 」
「真琴って・・・」
物凄いというか、他の面子が何も突っ込めない。
「もちろん、朝霧達哉とフィーナちゃんが結婚する頃には、この私を崇めることになるけど」
「ど、どういう意味?」
「その頃には地球の中心に私が立っているってことよ、をほほほ」
自信溢れる確信。ここまで来ると誰もついていけない。
「まあせいぜいお二人さんは月面から私を崇めることね」
なんというか、凶悪な自信。
「それは素晴らしい事ですね、お互い月と地球の未来のためにがんばりましょう」
「・・・そ、そうね」
さすがにこうまで真正面からフィーナに返されると真琴にしても返す手が無い。
「それでは、未来のスフィア国王と地球連邦大統領の握手を」
翠が2人を近づける。
「をほほ」
「ふふっ」
フィーナと真琴の握手。両者なぜか笑っている。
「み、翠。フィーナはともかく、真琴が本当に地球の支配者になったらどうするのよ!」
「そのときはっ、遠山さんは菜月を道連れに満弦ヶ崎湾に身を投げます♪」
自殺の名所に認定された満弦ヶ崎湾。満弦ヶ崎観光の明日はどっちだ。

「そういえば琉美那先生がいないけど?」
「先生は首都に行ったって、先生、連邦の・・・」
「外務省月局長ですね、教師と兼任と聞いて驚きました」
すかさず達哉をフォロー、このあたりについてはさすがフィーナといったところだろう。
「でも、地球連邦首都ならスフィア皇女としては一度は見てみたいものですね」
フィーナが好奇心を含んだ表情で希望を出す。
「あんなとこ行かなくていいわよ、見てると吐き気がするし」
真琴が強く否定。
「全然芸術的じゃないしね。あそこ」
翠も音楽家の素養を持つだけあって建築物にはうるさい。
「芸術的でないとは?」
「うーん、たとえが難しいけど、簡単に言うと成金趣味の街?」

地球連邦首都。
満弦ヶ崎から列車で2時間。無駄に豪華で巨大な駅を出る。
街を歩く。ひたすらに高いビル群。雑然とした看板達。その中央部に目的の建物はある。
「相変わらず成金趣味にしか見えんな」
全面に大理石を貼ったビル。途中の部分から二つに分かれた独特の構造をしている。が、どう見てもセンスが悪い。
そしてこれも豪華な正面玄関。エントランスにはなぜかメイド服を着た受付嬢。もちろんこれはここの主の趣味。
「地球連邦外務省月局長。琉美那・フィッツジェラルド」
「はい、ご主人様がお待ちしておられます、向かいのエレベーターをどうぞ」
何が部下に『ご主人様』だ。呆れて物も言いたくなくなる。
ガラス張りのエレベーターを上がる。やたらに金ばかりかかっているビルから見える風景。
無造作に立ち並ぶビル、風景と全く合わない『有名設計家』が立てた建物。
「ここの主が鳥谷だったら、すぐにぶっ壊して新しい街に造りかえるだろうな」
真琴の事を思い出し、苦笑する。
「入ります」
無駄に空調の整った廊下。下は無意味に絨毯張り。
そして一番奥にここの主の部屋がある。
「琉美那・フィッツジェラルドです」
「おお、良く来た」
高級革張り椅子にふんぞり返る男。父の地盤を受けて若くして政治家への道を歩み、次の大統領とまで言われている男。
「なあ、そろそろ君も教師兼任を辞めてワシの専属秘書にならんか?」
「結構です」
お前のような奴の専属などお断りだ。
「本題に入りましょう」
こういう時はさっさと伝達事項を伝えて、さっさと帰るに限る。
「ということです、我々としては如何にすべきでしようか」
「何もしなくていい、琉美那君」
「と、申しますと?」
一応は敬語。いかに嫌な相手とはいえ上司なのだから。
「地球の二級市民と月の王女との組み合わせ」
「それがどうしましたか?」
相変わらずだ、こいつは首都近辺以外に住んでいる人間は全て「二級市民」と呼ぶ。
「考えてみたまえ、月人どもは我ら地球人の遥か下の身分になるということだ。愉快ではないか」
言われてみれば確かに。しかし今更身分とか言ってどうなる?
「ワシとしては、2人の行く末を見守ってやりたい。君から見た2人の関係はどうかね?」
「このまま行けば、多分2人は結婚すると思いますが」
見守るといっても、さっきの言葉からしてこいつは信用できない。
「そうなればこちらには婚礼特需がもたらされる、二級市民の手に堕ちた次期女王を頂くスフィアの立場は弱くなる。いいことづくめではないか」
確かにそうだ。琉美那は人間の良心からしか2人を見ていなかったが、邪心から見ればこういう考え方もある。
「そしてワシは『世紀のロマンスを完成させ、地球と月の平和をもたらした大統領』として歴史にその名を刻む」
そこで彼の高笑い。こんな奴にはもうついていけない。
「では、地球連邦外務大臣殿」
そして琉美那は臭い物に蓋をするかのように扉を閉めた。
「大統領は無力。そしてヤツはあの体たらく。スフィアはともかく地球がこれでは」
失望を浮かべつつ、成金ビルを後にする。ここならスフィアに頼んで攻撃して貰っても構わない。琉美那はふとそう思った。
「ワタシの祖先は真面目に平和のために働いたのに、後継者は堕ちたものだな・・・」
同じ外務大臣でも天と地以上の差がある。今いるのは大統領すら傀儡扱いする利権と権力の亡者だ。
「月にはフィーナ姫がいる、しかし地球にはフィーナ姫はいない・・・」
見上げると昼の空に白い月が浮かんでいた。

「琉美那先生もそうですが、スフィアに戻ったカレンはどうしているかしら?」
「月の都市ってどうなの?」
「私は地球の都市を満弦ヶ崎しか見ていませんが、それに比べると活気がありません」

月。スフィア王国。
往還船から下りると人工照明で強引に作られた空。そして数百年間も循環し続ける空気。
久々に戻ってみても変わり映えしない世界。それが月。
電気駆動の車に乗って王宮へ。運転手はいない無人車。機械的で面白味がない。
王宮。外見は石造りで物凄い立派だが、内面はやはり機械的。
その王宮を進み、謁見の間へ急ぐ。
「カレン・クラヴィウス。ただいま戻りました」
「よくぞ戻ってきた」
王座に座る恰幅の良い初老の男。これがライオネス・ファム・アーシュライト現国王。

「予想外でした、まさかフィーナ様が負けるとは」
「よもやフィーナが手を抜いたということはないだろうな」
「それはありません、フィーナ様の性格は陛下が一番ご存知でしょうし、試合を見る限り真剣そのものでしたから」
「我が娘は素人に負けるような腕ではないはずだが・・・」
「達哉君は多分素人でしょう。誰かが勝つことだけを教え込んだと思われます」
誰なのか、さすがに地球に行ってないライオネス国王にはわからないし、カレンすら判らない。
「私としても、フィーナ様の腕前を持ってすれば絶対に勝てない、そう確信していたのですが」
「まんまと朝霧達哉に一本取られて、今こうやって私に報告をするハメになったと」
「面目ありません、フィーナ様には指導を厳禁させ、達哉君が絶対勝てないような状況に持ち込んだはずでしたが・・・」
「それで、これからどうする?カレンよ」
「約束した以上、私はフィーナ様と達哉君のご交際を陛下に進言致します」
「律儀だな」
苦笑するライオネス国王。
「私は卑怯な人間にはなりたくはありませんし、フィーナ様の信頼を裏切る真似はしたくありません」
実に義理堅い。
「ところでカレンよ、私は老けたか?」
ここでライオネス国王が話を変える。
「そ、それは・・・」
年齢的にはライオネス国王はセフィリア前女王とは一桁しか離れていない。
しかし、セフィリア前女王が40歳近くなっても十代の容姿を保っていたのに比較すると
・・・ライオネス国王はこれでも40代なのか?とカレンですら疑問を抱かざるを得ない。
「答えに窮しなくともよい、お前は嘘を付けない女だ」
実際、今の陛下は70代と言っても誰も驚かない。それだけ老けている。
「セフィリアと違って、私は真面目なだけが取り得の借り物の王。セフィリアの代わりはとてもできぬ」
王は前女王と何から何まで比較され、心身をすり減らしてここまで老けてしまった。
「朝霧達哉と言ったな、その少年」
「は」
「フィーナも母親に負けず劣らず有能で美しい。未来ある彼には私と同じ道を歩ませたくはない」
日々心身をすり減らすライオネス国王。達哉も自分と同じ立場にはさせたくない。そう国王は言っている。
「陛下・・・」
いえ、陛下も充分過ぎるお方です。とはカレンには言えなかった。比較対称が余りにも高すぎる。
「だが、それでも朝霧達哉が我が娘を娶ろうというのなら」
「言うのなら?」
「ユルゲンはおるか?」
謁見の間の端っこにいたメイドにある人を呼ばせる。

「お待たせしました。陛下。スフィア王国親衛隊長、ユルゲン・フォン・クリューゲル。参上仕りました」
金髪の背の高い男。見た目からして高貴な印象を伺わせる。
「うむ、お前に私から直々に任務を下す。
カレンと共に地球に行き、フィーナ姫の警護と朝霧達哉の調査を命じる」
「はっ」
「手段はお前に任せる。もしお前の目から見て朝霧達哉が不満なら」
「不満なら?」
カレンの表情が一瞬で曇る。その次のライオネス国王の言葉を想像し、みるみる険しくなる表情。
「実力を持って排除して構わん」
「陛下!」
「カレンよ、朝霧達哉は地球の一般市民だ。その彼が我が娘と関係を持つことを地球連邦はどう思う?」
「どう思うと言われましても・・・」
頭から「地球連邦」がすっかり抜け落ちていたことにカレンは気づいた
「『月の皇女は地球の一般市民と同等』でしょうか?おそらく地球連邦の首脳共はほくそえむでしょう」
ユルゲンが鋭く問いに答える。フィーナと達哉が結ばれることはすなわち月の(地球に対する)地位の低下に繋がるのだ。
「しかし我が娘は母に似て頑固だ。おそらく頑として朝霧達哉とは別れまい」
ライオネス国王の発言の後半は苦笑になっている。
「だから朝霧達哉を、我が娘にふさわしい実力と地位まで引き上げる。万一それが駄目なら」
カレンは自分自身に感じていた。冷や汗というものを。
「朝霧達哉を排除し、お前が我が娘を娶れ。我が娘、フィーナ・ファム・アーシュライトの許婚よ」
ユルゲン・フォン・クリューゲル。フィーナの許婚。
「・・・それでは、行って参ります」
ユルゲンは婚約者という言葉に何か不満を持つような表情をしたが、すぐに一礼し、そのまま謁見室を出て行った。
「陛下!」
ライオネス国王の決断に絶叫で抗議する。しかし。
「何をもたもたしておる。ユルゲンは有能だがまだ若い。お前が支えずどうするのだ」
ライオネスの強い調子に押され、慌ててカレンも謁見室から出て行く。
「ユルゲン!」
慌てて追いつく。
「僕は、僕のやり方で動きます。それでは」
ユルゲンはカレンに一礼すると、そのまま連絡港へ去っていってしまった。

「者ども、HRを始めるぞ」
琉美那先生が教壇に立ち、出席簿を開く。
「質問です」
「何だ?」
「琉美那先生は3−1の担任だと思います!」
「兼任だ。ここの担任が急病でワタシに回ってきた」
担任は兼任できるようなものではないという突っ込みを入れる者すらいない。なぜならこのクラスには達哉達がいないからだ。
クラス名は2−1。麻衣のいるクラスと言う方が良い。
「まず、HRに入る前に紹介したい奴がいる」
「転校生ですか?」
「お約束だが、そういうことだ」
しょうがないなぁといった顔で答える琉美那先生。
「もしかしてもしかしたらフィーナ先輩みたいな美人ですね!」
「違う、男だ」
言い切ったこの瞬間、クラスが一斉に沈黙する。何を期待していたのだろう。
「入れ」
「きゃーっ!」
沈黙の男子に代わって女性軍の絶叫が響く。
「始めまして皆様。ユルゲン・フォン・クリューゲルです」
そしてきちっとした礼。
「月から地球について学ぶため、留学を希望し、この度、希望が叶いました
不慣れな点もあるでしょうが、何卒宜しくお願いします」
彼が挨拶している間も女性軍の歓声と男性軍の嫉妬の声は止まらない。
「ええい、お前ら煩い!カテリナは絶叫するための学院ではないぞ?」
同じ月人留学生の時の別クラスでの反応といい、カテリナ学院生はよく叫ぶ。
「席は・・・おい、朝霧の妹」
琉美那先生が教室を見回し、麻衣へと視線を向けた。
「え?」
「お前の横が空いてるな、すまんが面倒を見てやってくれ。兄同様大変だろうが」
「ええっ?」
麻衣がおろおろする時間もなく、ユルゲンがすっと麻衣の隣の席に座り、そして。
「・・・お久しぶりですね、麻衣ちゃん」


ぺーじとっぷへ



〜]X〜許婚〜
とても昔。まだお兄ちゃんをお兄ちゃんと認めきれなかった頃。
私は、一人の男の子に出会った。金髪の男の子。でもその子は、いつも泣いていた。
「なかないの、おとこのこでしょう?」
「おとうさんも、おかあさんも、いつもぼくのことをそういうんだ」
そう言っていつも川原で泣いていた。だから私は慰めてあげた。
「きょうもおねえちゃんにしかられたの、お前のような泣き虫は月にいらないって」
「もしかして、つきのひとなの?」
「うん、ちきゅうには夏の間だけ。おねえちゃんも一緒に来ているの」
彼は、月人。そして彼は、会うたびに「お姉ちゃん」のことを自慢していた。
そして夏が終わり、彼は月に戻ることになった
「また、あえるよね」
「うん、でもつぎにあうときは、なきむしじゃだめだよ」
「なきむしをなおして、おねえちゃんにかてるようになったら、またあおうね」
そう約束した泣き虫の男の子。

リピートされる昔の記憶、麻衣の記憶が繋がった。
「ユルゲン君なのね」
確かに金髪碧眼。でも桁外れに成長していることが伺える。少なくとも達哉よりは高い。
「ええ、こうして同じ学院に通えるとは夢のようです」
「じゃあ、もしかして」
「ええ、もう僕は泣き虫じゃないですよ」
ユルゲンが笑う。あの時、最後に見せた希望の笑顔そのままに。

「ニュースニュース!」
その日の昼休み。翠が教室に駆け込んで来る。
「あれ・・・?」
いつもの面子がいない。空振り。
「そこのクラスメイトC!」
「はい!」
とりあえず一番手近にいたクラスメイトC(声:神村ひな)を呼ぶ。迫力に押されてつい反応するところが名無しキャラの悲しさだ。
「フィーナさん達は?」
「屋上ですが・・・」
「おのれ!このあたしをないがしろにするとはふえぇ輩だ、遠山さんダッシュ!」
超加速をかけて屋上へ向かう翠。その速さは残像が残るほど。

そして屋上。
「翠、遅かったわね」
待っていたのは菜月。屋上の端っこで弁当を食べている。
「朝霧君とフィーナさんは?」
「あ・そ・こ」
菜月が指差す。その先ではベンチで仲良くお弁当中の2人。
「今日はお弁当を作って来たの」
「そ、そうか」
フィーナのお弁当を目の前にしている。だからなんかぎこちない達哉。
「学院でウェイトレスしているミアの負担を減らしてあげないと」
対するフィーナも何かズレていて、どう見てもミエミエな言い訳をしている。
「あ、開けていい?」
さっそく開けてみる。豪華だ。影で並々ならぬ努力をして作ったんだろうな。そうこのお弁当が語っている。
「た、達哉」
フィーナの攻撃。箸でお約束アイテムな卵焼きを挟む。
「く、口開けて?」
「あ、あーん」
傍から見ると全力でこっ恥ずかしい光景。フィーナにしてもいつもの凛々しさが感じられない。
「・・・目の毒ね」
「・・・遠山さんは寒いです」
アツアツな2人をよそに菜月と翠が隅っこでふたりさびしく弁当中。
「真琴。今なら許す。好きにおちょくってやって!」
何だかヤケ気味の菜月が近くでカロリーメイトをかじってる真琴に指令を出す。
当の真琴はというと、菜月の指令を知ってか知らずか、言われるよりも早く2人に近づいていく。

「バカップル」
「達哉、美味しい?」
「うん、昨日よりも美味しくなってるね」
「ミアに教えて貰って、努力したかいがありました」
「そ、そうなんだ」
「でもミアに教わるとは、私もまだまだ修行が足りませんね」
「・・・そこのバカップル」
『バカップル』程度の言葉ではいかな真琴とはいえ二人の世界には入れない。ならばとばかりに達哉の耳に向けて
「押し倒せっ、フィーナちゃんは抱き心地抜群よ♪しかもまっさらバージン♪」
「ぶはっ!」
真琴が耳打ちするセリフのあまりの強烈さに吹いた。
「す、すごいというか無茶苦茶というか・・・」
「さすがは満弦ヶ崎の破壊大帝、お強い!」
ちなみに破壊大帝と言っても変形は出来ない。あしからず
「ななな何を言ってます、真琴さん?」
「え?達哉、何を言われたの?」
言える訳がない。そもそも言った後の反応が想像できない。
「ととと、とりあえずお弁当を食べよう、なぁ?」
しかし真琴の攻撃はまだ終わってはいない。
「ちなみに私もまっさらよ、押し倒してみる?」
「ぐぶわっ!」
さらに吹いた。というかそもそも真琴を押し倒せる人間などどこの世界にいる。
「真琴」
吹きまくる達哉の横から真琴を睨むフィーナの目。怖い。
「邪魔をしないでくれます?」
フィーナの目。物凄く怖い。
「を、をほほほほ」
「鳥谷選手、迫力に押されてますね。どうでしょうか?解説の鷹見沢さん」
「さすがの破壊大帝も総司令官相手では苦戦は必至・・・って何言わせるのよ!」
相手は総司令官ではなくて、月のお姫様なのだがそのあたり気にしてはいけないらしい。
「でもやっぱねぇ、悪は正義の前に潰えるのが基本じゃない?」
菜月と翠は勝手に中継しているが、当の達哉は状況打破に向けて行動開始。
「真琴、とりあえずこれでも食って下がっててくれ!」
達哉がハンバーグを真琴の口目掛けて放り込む。その瞬間。
「真琴?」
いつもの傲慢を地で行く顔が、みるみる真っ青に染まっていく。
「ごふっ!」
真っ青な顔のまま、真琴が屋上から走り去る。
この状況にはさっきまで怖い目をしていたフィーナですら真琴の急変に驚きを隠せない。
「・・・真琴は大丈夫なのでしょうか?」
「もしかして、真琴って『嫌いな人がいないNo1料理』のハンバーグが食べれない?」
「達哉、人には好き嫌いがあるのです、無闇に食べさせては駄目ですよ」
母親が子供を諭すような言い方で達哉に忠告する。
「そういや、真琴っていっつもカロリーメイトしか食べてないような気がするけど」
「トラットリアでもエスプレッソ以外注文したことないわよ、一度サラダを薦めたけど」
「けどと言いますと?」
「少し食べただけでお父さん呼びつけて『食えない』って、それ以来食べ物は一切注文してないの」
よく考えると真琴はずいぶんと謎の多い人間だ。達哉たちはその一端しか知らない。
「あれ、何をあたし言おうとしたのかなぁ・・・」
達哉とフィーナの弁当から始まって、真琴の騒動とか出てきたので、翠は重要なことを忘れている。
「どうせ大したことない話なんでしょ?それなら後でいいじゃない」
菜月がとりあえずといった顔で答えるが、とりあえずどころではない方々を忘れている。
「それよりも、私たちを見物したり、刺客を送り込むのはどういうことかしら?」
「あー、見てないで一緒に食べたいなら言えばいいのに」
達哉を従えたフィーナが笑いながら2人を睨んでいる。2人にとって話題よりも何よりも、月のお姫様の機嫌を直すのが先だ。

放課後。再び麻衣のクラス。
「麻衣ちゃんは何かクラブ活動でも?」
「吹奏楽部だよ、フルートをやっているの」
「では僕も吹奏楽部に入部させて貰うことにします」
「え、いいけど・・・」
入部したいという人を追い返せるほど麻衣は悪人ではない。
「それで、うちに入部したいわけ?」
「僕で良ければ、ですが。遠山先輩」
麻衣の紹介で部室にやってきたユルゲンだが、いきなりの関門が待っていた。
「うーん、まずは君のパートは?」
周囲の女子軍の視線が凄いが、翠は冷静にユルゲンを裁く。
「これです」
と、カバンを開けると中からクラリネットによく似た管楽器。
しかし口の部分がところがまったく違う。
「オーボー」←翠
「オーボエ」←麻衣
翠と麻衣でちょっと違う発音だが、分かりやすい「オーボエ」で統一。
「そうです、僕は月でもこれを奏でていました」
ただし翠のクラリネットとは違い、銀色。
「月では木が貴重ですから、僕のオーボエも金属製です。慣れると金属もいいものですよ」
「じゃ、まずはユルゲン君の得意な曲でも演奏してもらいましょうか」
周囲や麻衣を制するように、翠がまずはお手並み拝見を要求する。
「では」
クラリネットともフルートとも違う甘く、柔らかい音調。
ダブルリードを震わせてバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を奏でるユルゲン。
「息の継ぎ方、吹き方とも申し分なし、ぶっちゃけユルゲン君もしかしてプロ?」
「僕の腕前で入れる程スフィア管弦楽団は甘くはありませんよ」
甘くないとは言うが、吹奏楽部全員を黙らせて聞き惚れさせる実力はプロ並みだろう。
「うちの部じゃ勿体ないぐらいの腕だけど、いいの?」
「ええ、構いません」
「そんじゃ、入部決定!」
周囲の部員は拍手歓声。性質上女性ばかりの吹奏楽部としては、彼のような存在は物凄く大きい。
「それで質問ですが、顧問は誰でしょう?」
「ワタシだ、転校生君」
後ろの方でバスーン(ファゴット)を抱えているのが顧問の人。
「琉美那先生、出番多すぎません?」
「カテリナも人材不足でな、判ってやってくれ」
担任+顧問(+局長)というのはさやかに匹敵する忙しさのはずだが、本人は至って余裕の表情をしている。
「早速だが、地区大会が近い。新入りも含めて練習に精を出して欲しい」
「了解っ」
「パートは遠山と朝霧、それからいきなりで悪いがユルゲン君。君がやれ」
彼を見上げながらいきなりユルゲンにパートを要求する琉美那先生。かなり長身でグラマラスな先生が見上げるのだから彼がいかに長身かわかるだろう。
「僕がですか?」
「不服か?」
相手は断れないと踏んでの琉美那先生の質問。
「光栄です、先輩達と一緒に演奏させてもらえますし」
「それはありがたい。三年生はこの大会が最後だから、しっかり教えて貰えよ」
琉美那がユルゲンの肩をポンと叩き、ファゴットからピアノに向かう。
「あ、先生、あんまり力入れないでね」
「力・・・?」
「琉美那先生、前に一度ピアノ弾いたつもりが真っ二つにへし折ったことあるから・・・」
「修理が滅茶苦茶大変だったのよねぇ・・・」
力の単位が何か違う。というか指でピアノが折れるってどういう力なのか、聡明なユルゲンにすら判らない。
「さ、さすが姉・・・もとい、カレン様と互角に渡り合えるだけはありますね」
ユルゲンはなんとか真面目に回答しているが、ちょっと顔から汗を噴き出している。
「カレンさん?じゃあお姉ちゃんも知ってるの?」
「ええ、知ってます。穂積さやか館長代理ですね。月ではカレン様と良く一緒におられました」
「ふうん、じゃあお兄ちゃんとも仲良くなれると思うよ」
にこにこな麻衣。兄はともかく妹とは仲良くなれそうだ。
「ちっちっち、その前にこの遠山翠を忘れてもらっては困りますねぇ、ユルゲン君?」
びしっと割り込んでくる翠。吹奏楽部には菜月や真琴はいないのでここは正に遠山パラダイス。
「確か、遠山先輩は朝霧先輩のクラスメイトでしたね」
「朝霧君のことで聞きたいことがあったら、この遠山さんがアドバイスしてあげるからね」
何か怪しいアドバイスになりそうな雰囲気なのだが、いかんせんユルゲンには免疫はなかった。
「ありがとうございます」
「うむ、大船に乗ったつもりでいたまえ」
琉美那先生を真似てポーズをとる翠。彼女にしてみれば使い勝手のよい後輩が増えたという気持ちなのだろう。

夜。
「こんばんわ。」
朝霧家に来客。女性の声。
「お帰り、カレン」
彼女の声を聞いたのだろう。ミアではなくフィーナが出迎える。
月から帰ってきて初めての朝霧家。報告とか成果とか聞きたいことはたくさんあるから出てくるのはミアではなくフィーナ。
「フィーナ様、只今戻りました」
相変わらずきちっとした挨拶。何を報告するかは表情からは窺い知れない。
「おかえりなさい、カレン様」
出番を取られたが、本職の出迎え人もやってくる。
「こんばんわ、フィーナ様」
「貴方は・・・」
カレンの後ろからここには場違いの人が朝霧家の玄関に現れ、出迎え側に緊張が走る。
「あ、ユルゲン君」
「こんにちわ、麻衣ちゃん」
しかし、その緊張は朝霧家で唯一彼を知る人間の一言で幾分緩和された。
「麻衣さん、この方と知り合いですか?」
「えっと、今日からうちのクラスに来た留学生。すごくオーボエが上手いんだよ」
「いえ、僕程度の腕前なんて褒められる程の物ではありませんよ」
相変わらずの謙遜振り。長身で高貴で高飛車そうな一見をしているが、内面はそうでもないことは麻衣が今日一日で学んでいる。
「それではまずは、リビングへ」
2人を案内するミア。達哉とフィーナが並んで座り、反対側にはユルゲンとカレンが座る。
「さやかは?」
「姉さんは遅くなるって」
肝心な時にいない。それが重要な人の運命だろう。
「仕方がありません、私たちだけで話を進めましょう」

「まずは、フィーナ様と達哉くんのご交際ですが、陛下は条件付きで承諾されました」
承諾。しかし条件付き。喜んでいいのか悪いのか難しいところだ。
「条件とは?」
「私の隣にいる、ユルゲンがその事について陛下から命令を受けています」
カレンは隣席する金髪の人物に話を渡す。
「始めまして、朝霧先輩」
すくっと立ち上がって、丁寧な挨拶。
「先輩?」
「ええ、麻衣ちゃんのクラスに昨日から編入されました。だから朝霧先輩です」
確かに達哉より一つ下のクラスだから、『朝霧先輩』にはなる。
「それで、俺に何か?」
「フィーナ様と朝霧先輩がお付き合いされる事については、陛下やカレン様は認められました。
ですが、まだ貴族や『静寂の月光』を説得しなければなりません」
静寂の月光というと、フィーナとミアが礼拝しているぐらいだからかなりの勢力なのだろう。
「彼らの中では『地球人と付き合うなど』という意見を持つものがほとんどです」
「ほとんど?」
「月居住区や礼拝堂での達哉くんに対する月人たちの態度をどう思います?」
カレンさんの言葉で達哉は思い出す。礼拝堂にいるエステルさんの地球嫌いはかなりのものだった。
そうすると貴族とかはああいう地球嫌いが集まっているんだろうな、頭の中でそう直感的に思う。そして不安もよぎる。
「でも、お互いを知れば態度も変わると思います」
達哉は常日頃そう思っている。だから素直に言葉になる。
「朝霧先輩は、千人以上もいる彼らを一人一人説得するつもりですか?」
「それはさすがに・・・」
そんなことしてたら時間がいくらあっても足りない
「では、どうするのですか?ユルゲン?」
さっきからフィーナのユルゲンに対する態度が硬い。隣から見ても達哉にはそう感じる。
「朝霧先輩には、フィーナ様と堂々と付き合える力を身につけてもらいたいと思います。
そうしなければ・・・」
力。それは一体何だ?達哉の中で焦りが更に増大する。
「そうしなければ?」
ユルゲンが一呼吸置く。何か物凄い重大な告知の前のように。
「許婚である僕、ユルゲン・フォン・クリューゲルがフィーナ様を月に連れ帰ります」
「 許 婚 」
達哉の体と心をこの言葉が物凄い力で貫通する。衝撃だった。そして何を馬鹿なことを、という表情が構成されていく。
「そうです、今のところは、公式では、ですが」
ユルゲンが言葉を選びつつ達哉に説明する。
「一応はそうですけどね」
隣のフィーナが重くなっている。達哉に知られたくなかった事実を知られたから。
「誰が決めたんだよ!」
重い雰囲気のフィーナに釣られてついつい達哉も強い調子になる。
「セフィリア様です」
カレンが答えた。セフィリアが決めた許婚。達哉でないのは当たり前と言えば当たり前だろう。
「フィーナ様が一人娘である以上、早期に相手を決めておく必要がありました」
ユルゲン。しかし自慢げな声でなく、あくまで淡々と事実を述べる。
「でも、それじゃフィーナは!」
「落ち着いて下さい、朝霧先輩。そんなことでは僕から許婚の地位は奪えませんよ」
挑戦する意志はないという言い方。しかし達哉の前に自分が立ちはだかるという言い方。
「朝霧先輩が僕をフィーナ様の許婚として認めたくないのはわかります」
「認めるって問題以前じゃないか!」
「そしてフィーナ様もまた認めたくないから、朝霧先輩に僕の事を今まで説明しなかったのですね」
「ええ、そうです、それがたとえ母様が決めたことでも」
「そんな、嘘だろ?」
自分だけが話から取り残されていることに焦りを深める達哉。
「この話は達哉くんがフィーナ様に出会う以前、すでに幼少の時から決まっていました」
カレンが補足する。許婚を早期に決めておくこと、それはつまり本人が幼い時になってしまう。いかに王家のためとはいえ。
「俺は認めない」
いつの間にか両手をきつく握り締めていた。疎外感と、先客がいたことと、自分の努力が報われないという要因が両手にこもっている。
「今のままでは、どこの時代にもある『身分違いの恋』『国違いの恋』の悲劇を繰り返すたけです」
「だから俺にどうしろと言うんだ!」
「落ち着いて、私は達哉と離れたりはしないわ」
感情が先走る達哉に対して、フィーナの方はまだ冷静に事実を受け止めている。
「僕は朝霧先輩からフィーナ様を奪おうとかいう考えは「今の所」持っていません」
『今の所』というのがひっかかる。
「ですが、僕はあくまでスフィアのためを思って行動します。朝霧先輩がスフィアの未来に災いをもたらすようでしたら・・・」
「俺が災いなんてもたらす訳ないじゃないか!」
「僕は、力づくでもフィーナ様を連れ帰ります。それがスフィアと、僕を推薦してくれた陛下と、僕の変わらない意志です」
「何を好き放題勝手なこと言ってるんだよ」
しかし、達哉の言葉をあえてユルゲンは無視した。そんな感情に任せた発言など聞く耳持ちませんと言わんばかりに。
「それでは、また明日学院で会いましょう」
「それでは、フィーナ様、達哉くん」
きちっと立ち上がり、礼をして、そしてカレンと共に帰っていく。
「待てよ!」
もちろんこのセリフも無視。振り返りもしなかった。
「達哉、あまり感情に走っては駄目です」
いたたまれなくなったフィーナが達哉を止める。
「お兄ちゃん・・・」
「何で麻衣はあんなのと親しくしてるんだよ」
達哉の感情の矛先が今はいなくなったユルゲンから、麻衣に向いている。
「ユルゲン君は悪い人じゃない、お兄ちゃんに頑張って欲しいんだよ」
「カレン様がユルゲン様を認めていらっしゃるからこそ、朝霧家に招きいれたのだと思います」
ミアも加わる。ユルゲンという人物は学院でも、月でも評判はいい。それがかえって達哉の気を焦らせてしまう。
「達哉、熱くなっては駄目。今日のようではカレンが報われないわ」
そしてカレンの立場も考えているフィーナ。
「達哉くん、頭を冷やしなさい」
「姉さん」
2人と入れ違いだったのだろう。さやかが戻ってきていた。
「明日も学院でしょ?だったらその、ユルゲン君と話せる機会もあると思うわ」
「とにかく、今日は休んで、落ち着いてからこれからを考えましょう」
このまま落ち着けるのだろうか?達哉の心はまだ晴れない。どうしてもユルゲンの存在がフィーナに釘となって刺さっていくような気がしてならないから。







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