夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜
〜]]V〜朝霧麻琴〜
24話へ
「これは?」
2人が入ってすぐに机の端から古い新聞がぱらりと落ち、まるで読んでくださいとばかりに2人の足元に着地する。
「『奇跡の少女、八百年ぶりの復活!』」
手に取ると一面にはカプセルをバックに写る少女の写真と記事。
「これって一体?」
「約八百年間眠っていた女の子だって」
「今生きてたらこの子はだいたい俺たちと同じぐらいかなぁ」
日付から即席に計算してみるとそんな感じだ。
「どんな女の子になってるんだろう?」
「さあ、どんな子でしょうね?」
隅にはおけませんねという表情。これはヤバい。とりあえずこの古新聞は仕舞っておいて、まずは部屋の探索だ。
・・・しかし、本があまりにも多い。一つ一つ見ていたららちが空かない。さてどうするか。
「こういう時はやはり、日記を探すのが一番ではないでしょうか?」
フィーナが提案する。本人の記録を見れば何かわかるかも知れない。
「でも、親父の日記なんて・・・」
「達哉、テーブルの上に『朝霧千春日記帳』というのが」
思いっきりテーブルの真ん中にデンと置いてあった。さっそく開いてみる。表紙の次のページにデカデカと文字。
「『この日記帳は、朝霧千春のものではありません』」
すげえぜ親父、あんまりにもベタベタで涙が出そうだ。
「それじゃ、誰の日記帳なのかしら・・・」
フィーナ、頼むからこんなところで真に受けないでくれ。
「『十二月二十八日』」
日記の最初はこの日から始まっていた。何か大きな出来事があったんだろうか。
『コスプレ大会で念願のグランプリを獲得。この勇姿を我が息子達哉にも見せてやりたかった。そうだ、次の大会には達哉も連れて行こう。幼い時からの教育が肝心だ』
「達哉の父様って?」
「忘れてたよ、親父はコスプレが趣味だったんだ・・・・」
「それでは、あの棚に並ぶたくさんのトロフィーは?」
「フィーナ、人には知ってはならないことがあるんだよ、わかるね!」
目が据わった達哉がフィーナの両肩を掴んで前後にガクガク振る。
「あ、ははは」
何事か理解したのだろう、フィーナも乾いた笑いを浮かべている。
「さて、戻ろう」
『一月三十日、新作の冒険グッズを入手、徹夜して行列に加わったかいがあった、今、私は感動に打ち震えている!』
・・・無視だ、無視・・・
「徹夜してまで行列なんて、地球には物が溢れていると思ってましたが、違うのですね」
だから親父、月のお姫様を泥沼に導かせないで下さい、お願いします。
『二月十日、かねてから調査していた遺跡から冷凍睡眠カプセルを発見。
中には六歳くらいの少女。しかも生きている、奇跡としか言いようがない』
「この子が、あの新聞の少女だったのですね」
「ふふっ、やっぱり気になりますか?」
「気にならないとは言えないけど、とにかく先を読もう」
『二月十二日、少女が入っていたカプセルの目的を調査。恒星間飛行用のカプセルらしい。
記録解析によると過去の人間は月どころか、太陽系をも飛び出し、アルセ・マジョリス星系まで到達していたらしい』
「凄い・・・太陽系の外なんて」
「ロストテクノロジーとはそこまで物凄かったのですね」
ただ驚くことしかできない二人。今現在、月にあるのは宇宙船が三隻。しかもこれとてロステクの生き残りでしかない。二人は過去の文明に圧倒されるしかない。
『二月十四日、あの子に会ってみた。無表情。そして何一つしゃべらない。
話を聞いてみると一日中研究室の隅っこにずっと座ったまま、食べ物は栄養剤以外受け付けないそうだ』
「この子は一体?」
「浦島太郎みたいな感じだと思う。何せ八百年だからなぁ」
本人にとっては一眠りでも、周囲が数百年も変わればショックは図り知れない。しかも眠っていたのは子供なんだから。
『二月十七日、月からの使節団が研究室を見学されるため、朝から掃除に励む。使節団の団長は月にあるスフィア王国の女王様だ』
「母様」
『午後、セフィリア女王に対面。何とお美しい方なのだろう。美しいだけではない、私のような一研究者にも気さくに話されてくれた。興奮の余り何を答えたのか覚えてはいない、
朝霧千春、一生の不覚』
「まさか親父と対面してたなんて」
「これも運命なのかしら」
運命というのは実に不思議な縁をもたらすんだな、そう達哉は思った。
『二月二十日。あの子に再び対面した、相変わらず研究室の隅っこに座ったままだ
この子には、父親も、母親も、家族もない。八百年前に全て失ったのだろう。
何か私に出来ることはないのか・・・』
『二月二十一日、あの子(実験体1号という酷い名前を付けられている)にお絵かきセットをプレゼントした。何もないよりはいいだろう』
「・・・絵?」
達哉はなぜかはわからないが、妙なデジャブを感じた。
『二月二十七日、我が竹馬の友、北原博士夫妻が娘と一緒に研究所にやってきた
あの子に色々話しかけている博士の娘の名は、「麻衣」というそうだ、あの子と仲良くなって欲しいものだ』
「え?ちょっと待って下さい。麻衣ってあの?」
日記そっちのけで達哉に質問するフィーナ。
「・・・そうだ、俺と麻衣は実の兄妹じゃない」
「どうしてそうなったんですか?」
「多分、この後の親父の日記に書いてあると思う」
まさかこんなところで俺と麻衣との関係がバレるとは、いろんな意味で俺に迷惑かけてくれるよな、親父
『午後、研究をちょっと休んで麻衣ちゃんを見てみた。麻衣ちゃんは実にいい子だ。達哉のような我が侭な男の子なんていらないから、麻衣ちゃんみたいな女の子が欲しかった』
「親父・・・」
俺は子供の頃からいらない子にされかけてたのかよ、がっかりしそうだ
『三月一日、北原夫妻にロケット研究のためと資料を渡す。夫妻が研究しているロケットが完成すれば月にも簡単に行けるようになるだろう』
『三月五日、嫌な男がやってきた。一応金は出してくれるから文句は言えないが、傲慢そのもの、これで母さんの兄でなければ殴り倒してもいいのだが』
「どこの世界にも嫌な人はいるものですね」
この男の記事はこれ一日しかなかった。よほど嫌いなのだろう。
『三月二十日日、セフィリア様が北原夫妻の研究所を訪問なさったそうだ、何でこっちに来ないのか夜中まで悶々とする』
この日の日記にはフィーナも達哉もつい笑ってしまった。
『三月二十一日、黙祷』
「・・・え?」
このページには黙祷の絵だけ書かれ、そこから一週間以上も日記がない。
『三月三十一日、ようやく日記を書く気になれた。
あいつが、北原が逝ってしまった。残ったのは今ここにいる麻衣ちゃんだけ』
「もしかして・・・」
「ああ、麻衣の実の両親は事故で亡くなられたんだ」
『葬式の後、家で母さんと相談した。今のままでは身寄りの無い麻衣ちゃんは孤児院に行くしかない。しかしそれでは我が親友に申し訳が立たない。
今、私の机の上には養子縁組の届出書が二通ある。
達哉よ、忙しい私に代わって麻衣ちゃんを頼む。お前はこれからは1人っ子じゃなくて「お兄ちゃん」なんだからな』
「こうやって麻衣と兄妹になったんですね」
「ああ、頼まれてるよ、親父」
苦笑気味だが、今なら自信を持って答えられる。
「でも、麻衣ちゃんだけなら届出書は一通でいいのではないかしら?」
当たり前だが、1人を養子にするなら届出は一通でよい。
『四月五日、あの子の絵を見てみた。何て絵だ』
記事の最後に一枚の写真が貼ってある。幸い保存状態がよかったのかはっきり色までわかる。
「うわ・・・」
「確かに腕前は凄いけど・・・これは・・・」
凄まじく上手く、写実的で、精微な・・・廃墟の絵だった。灰色の使い方が素人目から見てもすばらしいことはわかる。だが
「・・・この絵は、死んでるわ」
あるのは廃墟と骸骨、灰色の空、まさに「死」の絵だった。六歳ぐらいの女の子が描く絵じゃない。
『この子は何を見て、そして何を感じたのだろう。この子を救わねばならない、それが目覚めさせてしまった私の責任だから』
「もしかして、二通目の養子縁組の届出書は・・・」
「この子のためだと思う。親父は麻衣だけでなく、この子にも責任を感じてたんだ」
そして次の日記は2人の予想通りだった。
『四月七日。麻衣と一緒に、この子を引き取ることにした、両親を失った麻衣も、最初から両親の存在すら判らないこの子も境遇は同じ。なら2人一緒でいい』
「やっばり」
驚いた。家族をほっぽり出して消えるような無責任な親父が、こんなに責任感ある人間だったとは。
『そうなるとちゃんとした名前をつけてあげなければ、はてさてどういう名前がいいか。
そうだ、いつも苦労ばかりかけている母さん(琴子)から「琴」をもらおう。
それからこの子と姉妹になる麻衣と名前をそろえておいた方が達哉も覚えやすいだろう。
・・・真琴、いや、麻琴。この子は今日から朝霧麻琴だ』
ここまで読んで達哉は一瞬嘘だと思った。しかしこの日の日記の喜びに満ちた書き方を見ればそれが本当だということがわかる。
『君は今日から麻琴だ、いい名前だろう?』
『まこと・・・』
初めてこの子が笑った。悲しみしか知らなかったこの子が』
『うん』
「何てこった・・・」
思わず天を仰ぐ達哉。
「真琴さんですよね、この子。まさか達哉の妹だったなんてね」
絵の話とか、食べ物とかを含めて、どう考えても真琴以外に候補がいない。
『隅にはおけませんね』と言わんばかりの表情で、フィーナに背中をポンポン叩かれる。なんというか、恥ずかしいのかこそばゆいのかわからないフクザツな気分だ。
「でも、何で今は苗字も名前も違うんだろう?」
「日記にはまだ続きがあるわね」
ミアの作ってくれたサンドイッチでインターバルを取り、再び2人は千春の日記を読み始めた。
『四月十日。突然で申し訳ない。月に行くことになった。セフィリア様の直々のお呼びだ。
女王様は研究の資金提供もしてくれるそうだ。このお金があれば達哉や麻衣、それから麻琴にもにいいものを買ってやれる。
進歩した月の医療技術があれば調子のすぐれない母さんもきっと治してもらえる。
月行きの宇宙船の関係で慌しく、達哉や麻衣に麻琴のことは伝えられないが、この日記をここに置いておけばきっと読んでくれるだろう。
それじゃあ、行って来る。朝霧千春』
ここで日記は終わっていた。
「親父は、月に行ったんだ」
ばたんと日記を閉じる達哉。しかしそこから何も言えなくなった。すぐ近くに親父のメッセージが残っていたのに俺は何をしていたんだ?
「すぐに見つかる場所に日記を残して、達哉に事情を判ってもらおうとしていたのね」
「でも俺は読まなかった。こんなに近くに答えがあったのに」
情けない。情けなさ過ぎる。自分の情けなさに泣きたくなった。
「泣いている場合ではありません」
しかし、今の達哉の隣にはフィーナがいる。
「達哉、真琴の所に行きましょう、そしてもう一つの答えを聞きましょう。」
ああ、真琴の正体がわかった以上、彼女だって話してくれる。行こう。
「達哉くん」「お兄ちゃん」
部屋の外ではさやかと麻衣がいた。2人に対して達哉はこう言い残す。
「俺たちの、もう1人の家族に会ってくる。」
「来たわね」
その人は美術室の真ん中に座っていた。周囲には延々と描かれた桜の絵が転がっている。
「貴方が、八百年前から時間を越えた『奇跡の少女』」
「教えてくれ。真琴、いや、俺の親父が助けて、名前までくれた『朝霧麻琴』」
そして新聞を手渡す
「そうよ、これが私。昔はひどい顔してたものね」
「俺の親父の日記に色々と書いてあったよ」
「まったくあのオヤジ、ロクなもの書き遺してくれないんだから」
「教えて下さい。貴女は一体どうして八百年もの間眠り続けたのかを」
深々とフィーナが頼み込む。それは今までで一番深く、気持ちを込めた礼で。
「いいわ、でもね。私が言うことを聞いても逃げたりしないこと、特にフィーナちゃん」
話す前に麻琴は敢えてフィーナに忠告する。
「ええ、貴女がどんな事を話そうとも、逃げたりはしません」
〜]]W〜真実〜
真琴は、ゆっくりと、思い出すように話はじめた。
「私は・・・オイディプス戦争を生き抜いた人間、というよりも、生かされた人間」
生かされた?どういう意味だろう?
「月からの攻撃があった日、私はシェルターに駆け込んだというか、誰かに放り込まれたの、そして次に気づいた時には」
物凄く暗く、絶望そのものの真琴。初めて見た。こんな面も持っているんだ。
「何があったかよくわからなかった、でも外に出て判ったわ
街は全滅していた。滅茶苦茶に崩れた建物、延々と折り重なった死体。動くものなんてなかったわ。
私は誰かいないか歩いたの。でもね
「どこまで行っても、誰もいなかった」
「どこまで見上げても、太陽はなかった」
「どこまで叫んでも、誰も答えてくれなかった」
「・・・・」
達哉もフィーナも、何も言えなかった。想像するだけで絶望する情景。
ひたすらに歩いたわ、必ず誰かいる、神がいたなら私を見捨てたりはしない。
でもね、神どころか、人も動物もいなかった。あるのは廃墟、屍骸、荒野、灰色の空から降る雪だけ、溶けない雪だけ」
「溶けない雪?」
「多分、崩壊した建物からのチリとか灰が舞い上がってたのでしょう」
フィーナが沈痛な表情で解説を入れる。
「じゃ、親父の日記に載ってた真琴の絵って、現実?」
日記からこっそり写真を外しておいた達哉は、真琴にそれを見せる。
「ええ、それが私が描いた最初の絵よ、ひどいものでしょ?」
いや、ひどいも何もプロ級の腕前じゃないか。ひどいのは題材だ、フィーナが「この絵は死んでるわ」と評価したのも無理はない。
「あのオヤジ、ホントにロクなもの遺してくれなかったのね」
ため息をつく真琴。今なら彼女が一切神を信じなかったり、エステルさんに突っかかってくる理由もよくわかる。
「あの絵のような世界にいたからこそ、真琴はモーリッツやエステルに自信を持って反論できたのですね」
「神の信者さんのフィーナちゃんには悪いけど、あの時の地球は
・・・神すら死んでいた・・・」
この絵には「色」というものがない。「色」を生み出す生きる者がいない。「色」を司る神がいない。
「どこまでも歩いて、そして、疲れて、最後に願ったの
「今度生まれ変わったら、青い空の下で、みんながいる世界がいいな」って」
「でも次起きたら、いつのまにかカプセルに入ってて。誰かに起こされた後だった」
「じゃ、起こしてくれたのは」
「達哉のオヤジよ、後は」
「千春さんにお絵かきセットを貰って」
「描いてあげたわ、私が見た風景ってのを、さすがの冒険家オヤジも引いてたみたいだけどね」
「それがあの絵・・・」
「ロクなオヤジじゃなかったけど、目覚めた私を「まともな人間」として取り扱ってくれた初めての人だったわ」
「まともな人間?」
「あのオヤジ以外は私を実験体としてしか扱わなかったのよ」
確かオヤジの日記に「実験体1号」と呼ばれてるとあったが、本当だったんだ。
「生き物がいない酷い世界から逃げられたと思ったら、今度は色んな連中に弄繰り回される世界・・・」
「ひでえ」
「だから、泣かなったし、笑わなかった。そんなことしても無駄だから。
でもね、あなたのオヤジと、連れてきた女の子だけは違った」
「麻衣か」
そういえば親父の日記に麻衣の話が出ていたことを思い出した。麻衣が真琴に話しかけていたことも。
「気持ちなんていらないと思ってた私に一生懸命話しかけて、最後は一緒に泣いてくれた」
麻衣って昔から世話を焼く子だったんだな、ちょっと微笑ましくなった。
「あの子、あんまり泣くものだから、私も一緒に泣くしかなくて、なんかそのうち泣いてるんだか笑ってるんだかよくわからない気持ちが芽生えてたのよ」
泣きすぎると笑うってのはこういう事なのかな?想像すると光景がはっきり見えてしまう。
しかし、なんというか、不思議な運命を感じる。昔、親父や麻衣が面倒見てくれた彼女が今、こうして俺の前にいることを。
「オヤジの方はお絵かきセットの後も色々世話してくれて、とうとう私に「俺がお前のパパになってやる」と言い出したの」
「それで、麻琴という名前を貰ったのね」
「ええ、初めてかしら、私って人間が喜んだのは」
親父の日記そのまま。俺が知ってる親父と、真琴が知ってる親父。同じ人間でも相手によってこんなにも違うものなのか。
「真琴、一つ質問していいかしら?」
「逃げなかったから、答えてあげるわ」
「貴女が持つその輝石って、一体?」
そういえば美術室に来た時から真琴は紫の輝石を胸に掛けていた。
「これ?地球連邦首都の中央管制棟から貰った・・・というか押し付けられたの」
「中央管制棟?」
「平たく言えば、物見の塔の管理システムね。私を冷凍睡眠させてたのもここ」
「管理?」
「あの塔をちゃんと動かすにはそれはそれはもう複雑な計算が必要で、そのための巨大メカが必要。そんなところね」
なるほど、輝石は管理者としての証なんだ。そのあたりフィーナやリースと似たようなものか。
「俺からも一つだけ聞かせて欲しい」
俺はフィーナと違って輝石とかはよくわからないが、別の疑問を聞く資格はあるだろう。
「何かしら?」
「何で、『朝霧麻琴』じゃなくて『鳥谷真琴』なんだ?」
日記には確かに「麻琴」とあるが、今いる彼女は「真琴」と名乗っている。苗字も違う。
「あなたのオヤジ、本当は私を連れて月に行くつもりだったの」
えっと思った。オヤジ、そんなことまでする気だったのか。
「でも覚えてるのは、あなたのオヤジと駆けつけてきた男との物凄い口論。
その男が物凄い形相であなたのオヤジから私を引き離した事
それから「貴様は地球を奴隷にする気か!」という叫び声だけね」
「一体何があったのでしょうか?」
「月に行かせたくなかったってことかなぁ?」
それにしてはいささか強引すぎるし、奴隷とかありえなさすぎる。
「その男はあなたのオヤジがしていた私との養子縁組を金で解消して」
「『家族なんて、金で買えるわよ?』」
「よく覚えてるわねそのセリフ」
真琴が驚く表情に変わったが、よく覚えてるよ、家族を大切にしようという常に思ってる俺にとってはあまりにも衝撃的だったから。
「物凄い執念ですね、一体いくら払ったのかはわかりませんが」
「600000000円」
「・・・・・ろ、ろくおくえん!」
達哉だけでなく、フィーナまで吹っ飛んだ。いくら何でも六歳そこらの女の子にそれは無茶苦茶な金額だ。というか芸能人の慰謝料じゃないんだから。
「職員を全部買収してまで解消したわ、本当に必死だったのね」
なんというか、その男のあまりの無茶と傲慢ぶりにただ絶句するしかない。
「それからは、その男の養子にされた挙句満弦ヶ埼から離されて、ヨーロッパで育って、ここに戻されたわけだけど、そのあたりはもういいわよ、疲れた」
さすがの真琴もここまで言うと。口ごもってしまった。いつも見ている傲慢で女王様な彼女とは裏腹なあまりにも過酷な過去。
フィーナのようなお姫様ではない、ただの普通の人の俺に、何か彼女に対してできることはないだろうか・・・
誰か俺にアドバイスを。麻衣、姉さん、菜月、翠、ミア、エステル、リース、カレンさん、琉美那先生・・・
ダメだ、女どもでは今の俺には役に立たない!ええい男は、誰か男はいないのか!
「達哉、どうしたの?」
『達哉君、達哉君』
はっ、この俺の魂に直接訴えかけてくる声は!
『いいかい?どんな高飛車な子でも、外に連れ出して引きずり回せば必ず隙ができるもんだよ、そこを一気に突け!』
なぜか脳内にサムズアップする仁さんの姿が。了解しました、我が魂の兄貴!
「・・・?」
「ふぅ・・・」
フィーナはなんか違うものを見るかのような目だが、真琴はやはりため息モードのまま。
今なら行ける!
「なあ、俺から提案があるんだけどな、次の休みの日に・・・」
「あらあら、フィーナちゃんとお出かけしたいのね、仲がよくてお姉さん嬉しいわよ」
「あ、あんまり茶化さないで下さい・・・」
「だから、そうじゃないって」
「あらあら、家でラブラブ?妹に姉にメイドがいる中で見せ付けるなんて大胆ね」
言うのがとてつもなく恥ずかしい。しかしここは男・朝霧達哉の腕の見せ所。仁さん、力を貸してくれ!
「真琴、俺とデートしよう」
いきなり手を差出し、仁さん直伝のカッコつけで真琴に迫る。目をキラリと光らせるこの様は仁さんが見ても合格を出してくれるだろう。
「ぶはっ!」
このセリフに驚いたのはフィーナではなく、椅子ごと後ろにぶっ倒れた真琴だった・・・
「ななな、何考えてるのよこのスットコドッコイ!」
「おかしいですね、いつもは傲慢なセリフで跳ね返すのに、真琴さんらしくないですよ」
「それで、受けてくれるのかい?」
今だ、押せ押せという仁さんの声が心に響いてくる。敵に立ち直る暇を与えるな。
「わかった、ここは全員の意見を尊重しよう。俺の提案に賛成の人?」
自分とフィーナが手を上げた。
「二対一の多数決によって、はい決定」
「数の暴力・・・」
「明日の十時に中央通りですね」
ありがとうフィーナ。こういう時に頼りになるのはツーカーなパートナー。
「それじゃ、明日楽しみにしてるから」
達哉はこのセリフを遺し、そのままフィーナと連れ立って美術室を出て行く。
「って、これで去るのかあんたらは!」
・・・静かになってしまった。
「・・・はあ、この私がハメられるなんて」
次の休みの日、朝。
「本当に来ると思いますか?」
「半々かなぁ」
後は本人次第。達哉の行動と提案が彼女にどう影響を与えたかはしばらくすればわかる。
「でもこれだと、俺達ただの監視員だよなぁ」
「ふふっ、こういうのも面白いものですね」
いつもは人に見られてばかりのフィーナが、今回ばかりは来る人を監視する側。ものすごく楽しそうだ。
「そろそろ時間か・・・」
時計を見るとちょうど、10時へと切り替わる寸前。
「・・・来てやったわよ」
ぴったり10時。本当にやってきましたよ仁さん!(ただし2人の真後ろに)
「お待ちしていましたよ」
「ああ、よく来てくれた」
「監視員ご苦労様。でもね、私はそんな低次元のネタに・・・」
「よし、行こう」
「ほらほら、置いていきますよ?」
頭がいい相手には、向こうが突っ込む前に先手を打って引っ張りまわせ。これも仁さんから習ったデートのテクニックだ。
深窓のお嬢様ファッションのフィーナが横に付く。ここまでは夏休み前にフィーナと連れ立った時と同じ。振り返る人々の視線が心地よい。
しかし今度は反対側にお嬢様・・・じゃなくて、黒っぽいアダルトな服を着た真琴がいる。
そしてこちらにもフィーナに負けず劣らず視線が飛んでくる。正に両手に華。男の浪漫、男の夢。
なんていい気分なんだ。この気分にずっと浸っていたい。
「どこに行きましょうか?」
「画材も揃ってるし、私は別にどこでも」
「では、定番ですが服を買いませんか?」
「構わないわよ」
いつもと違ってフィーナが真琴を積極的にエスコートしている。実にいい光景だと思う。
俺の出番は2人のガードぐらいかな?と思っていたらファッションの店についてしまった。
「・・・ヒマだ」
ヒマだ。女の着替えは時間がかかる。そのあたりは女ばかりの家に住んでるからよーくわかる。
だから家だとTVを見たりして時間を潰すが、さすがにここでそれをすることはできない。
「とはいえまさかこっちから聞くわけにもいかないし」
自分から着替え中の女性に声をかけるなんて不謹慎だ。とはいえヒマものはしょうがない。こんな時男というものは損だ。
「近づくだけならいいか」
カーテンをめくるとかいう愚かな行為をせねば、近寄ってもいいはず。
「お客様、足元にお気をつけて下さい」
店員が注意してくれたが、そんな低レベルな罠にひっかかるほど俺はバカじゃない。
「あ゛」
・・・すみません、とてもレベルが低かったです。俺。
「へー」
しかも倒れる時にカーテンを持ってしまって、そのまま勢いで引きちぎるお約束ぶり。
やっちまった。さっき「愚かな行為」と自分に言い聞かせたはずなのに。それから3分も経たずしてこれか。俺としたことが実に愚かな真似をしたものだ。
「ツンデレ司祭がデリカシーがないって言ってだけど、私にもそれがわかったわ。
地球だろうが月だろうが、男(強調)にはデリカシーの欠片もないってね」
ま、まあ確かに着替えを見てしまったのはこちらが悪い、しかしこれは事故だ。
しかしそれ以上にこの人はなんて格好なのだろうか、黒、しかもレース付き、とどめにガーターベルト付き。
「まあ、落ち着き給え。下着程度人に見られて当然じゃないかね?お洒落とは見られてナンボだよ、ねえ真琴君?」
「霊界がどんな所か、教えてあげるわ」
次の瞬間、世界が物凄いスピードでバックした。
「・・・あれ、俺こんなところで何やってたんだ?」
「真琴、五枚も壁に穴空けるなんて、もう少し手加減なさるべきでしょう」
「ごめんごめん、ついつい力入っちゃって」
真琴がフィーナに手をあわせて謝ってますが、俺の心配はしないんですかお2人さん?
「四万円になります」
女性の服って高い。そこらのユニク○のバーゲンで済ませられる男とは段違いだ。
「よし、俺が大枚はたいて買うから気にするな」
しかしここは男の懐の深さを見せ付けるべきだ。
「達哉、今月もうお金ないんでしょう?」
「いざとなったら姉さんかマスターから前借するさ」
「それはダメです、お金はきちんと使わないと」
そう言うと達哉と真琴を下がらせ、フィーナはなにやらカードを取り出す。クレジット?
「これで」
「・・・!了解しました」
店員が一瞬驚いたが、すぐに了解したようで深々と礼。
「ありがとうございました」
あれ?ものすごく恐縮になってないか、あの店員さん?
「あんまり使いたくはないんですけどね・・・」
なんかものすごく分の悪そうな顔でフィーナが戻ってきた。
「?」
「やっぱりそういうことね。お姫様」
達哉には何が起こったかさっぱり判らなかったが、真琴には理解できたようだ、何か悔しい。
「あんまり使いたくはなかったのですが・・・」
「後で達哉からたっぷりと搾り取ればいいじゃない、緊急時には仕方ないわよ」
あのー、何気にひどいこと言ってませんか真琴さん?
物見の塔。
「結局、最後はここになるのか・・・」
「この塔は結局何だったんでしょう?」
真琴の事情を聞いたが、いまだにさっぱり判らない。何も言わず、何もせず、ただそこに建っているだけ。
「真琴が言ってた、中央管制練と何か関係があるのでしょうか?」
その直後、何も言わず、真琴が2人の前に立つ。背後には物見の塔が彼女を護るかのように建っている。
「・・・確か、幼女の中の人が「兵器は危険」って言ってたわよね?」
「フィアッカ様のことですね」
「そういえば、リース、じゃなくてフィアッカは「兵器を破壊するのが使命」と言ってたなぁ・・・えっ?」
瞬間、2人には真琴の答えが読めた。
夕日が灯火がゆっくりと真琴を照らし、彼女の影を延ばしていく。延ばした先にあるものは物見の塔。水晶のような塔にはっきりと真琴の影が映りこんでいた。
「その兵器はね、この私よ」
達哉もフィーナも驚かなかった。なぜなら自慢げでも笑い声付きでもなく、真琴は悲しそうに答えたから。
「正確には、塔の起動装置を持つ管理者だけど、どっちにしろ私がいなければあなた達の言う「兵器」は一ミリ秒だって動かせやない」
「まさか、そのために」
「そうね、管理者が倒されたり操られないために」
「圧倒的な能力を文字通り、押し付けられた・・・」
「笑っちゃうわよね、あの世に逝くつもりで寝たつもりだったのに」
いつもの傲慢そうな笑いの表情だが、無理やりに作ってる痛々しさが2人にはよくわかる。
「八百年という時と」
「ありえない程の能力と責任を背負わされた・・・」
2人の前にいる女の子は街に出れば普通の女の子と変わらない(美人だが)
しかし、その正体は八百年前の地獄を唯一生き延び、文字通り地球の未来を背負わされた女の子。
その子はくるりと振り向くと、2人に向けて両手を突き出した。
「どう、フィーナちゃん?無理しなくてもいいわよ?カレンちゃんとか、幼女の中の人に私を突き出してもいいのよ?
あなたのママ、私(兵器)を探し損ねてクビになったんでしょ?今ならママの無念を晴らせるわよ」
真琴は地球人の達哉ではなく、月人のフィーナに問う。彼女の目前には母親が失脚する原因となり、そして今血眼になって探している存在が確かにいる。
しかし、フィーナはそんな存在に対して、全く敵意を表さなかった。
「残念ですが、真琴の話を聞けば聞くほど、私にあったその意思は失せていきました、今はむしろ」
「むしろ?」
「貴女の力になりたい、貴女にもっと近づきたい。その気持ちで一杯です」
半ば自虐的な真琴の提案に対して、意外にもフィーナは優しく微笑んで拒否した。
「私はスフィアの王位継承者として重い宿命を背負っています。
今までは、私だけがそんな宿命を背負っているのだと思ってました。
この宿命を呪ったことも一度や二度、いえ、常に呪っていたかも知れません」
「お姫様、しかも1人っ娘。たまったものじゃないわよね」
「ですが、貴女という地球を背負わされた存在を知って安心しました。
こんな重いものを背負っているのは私だけではない、それどころか世の中にはもっと重いものを背負わされた人がいたんだと」
「月はお姫様だけど・・・」
そこまで言って達哉は2人の会話に入るのをやめた。同じ輝石を持っていても月のお姫様としてみんなに慕われる存在のフィーナが光なら、兵器としての存在である彼女は間違いなく影だ。
「貴女に出会えて本当に良かった。出会わなければ私、そして達哉も月と地球の本当の姿を知ることは出来なかったでしょう」
「で、でも私は別に」
驚いた。いや、さすが月のお姫様だ。相手が母親失脚の原因でもこれだけ余裕のある受け応えができるなんて。
「貴女に、感謝します」
手。
「うん・・・ありがと」
2人が握手。そして抱き合う。うわあと思ったけどこれって女同士の友情だよね?
「俺も、加わっていいかな?俺って別に何も背負ってないただの一般人だけど・・・」
「普通の人でも、世界は動かせるのですよ」
「あなた、誰をオトシたと思ってるのよ」
2人が笑い、それぞれの手を差し出す。
「ありがとう、フィーナ、麻琴」
夕日に輝く。物見の塔を両手でそれぞれの手と握手。
「ここにいたか」
三人とは別の声。女性の声だが、低く、そして重く、プレッシャーをかける声。
「フィアッカ!」
リースと肉体を共有しているが、今度は雰囲気だけでわかる。達哉よりもずっと小柄だけど圧倒される感覚は本当に巨大だ。
「何しに来たわけ?幼女の中の人?」
今回は最初から麻琴がフィーナと達哉を守るようにフィアッカと対峙する。
前に出合った時、俺たちは何も知らなかった。しかし今は全てを知る人がいる。昔を知る人がいる。なんて心強いんだ。
「目的を達成するためだ」
「目的?」
「フィアッカ様、その目的と、貴女が知っていることを話してはもらえないでしょうか?」
「俺も、何も知らずに「はいすみません」をしたくはない」
「知ることは罪になることもある」
フィアッカが却下しようとする。しかし前に出合った時の俺と、今の俺は違う。
「知らないことはもっと罪だと、俺は思っています」
達哉が前に出る。相手がどんな人だろうが俺は男だ。怖がってはダメなんだ。
「そして、本当のことを知らなければ何も変わらない、何も進まない」
「・・・言うようになったな、タツヤ」
なんなとなくフィアッカが苦笑いしているように見えた。俺だって成長しているんだ。伊達にフィーナの彼氏をやってるわけじゃない。
「ならまず、一つ教えてやろう。この美しい円形の満弦ヶ埼のこの湾は、かつての戦争によってできたクレーターだ」
フィアッカがそう告げる。しかし今のこちらにはその程度何という人がいる。
「ええ、知ってるわよ」
当然だという顔で麻琴が答えた。当たり前だ。彼女は八百年分の知識を叩き込まれている。多分戦争の知識も嫌というほど知っているのだろう。
「月人は中央管制棟に直撃喰らわせて吹っ飛ばす気だったんでしょ?甘かったわね」
「どういう意味だ、なぜそんな単語をお前が知っている」
「このクレーターの下の中央管制棟はね、マスドライバーの全力全開射撃の直撃にも耐えられるのよ」
親指を湾の方に向けて下に突き出す。この湾は直径約5キロ。それを作り出すエネルギーも凄いが、それに耐えられる中央管制棟とは一体何なんだ。恐ろしいを飛び越えて呆れ果てる。
「まさか!」
さすがのフィアッカもこれには驚くしかない。
「ま、さすがに致命傷に近かったけどね。でも私に冷凍睡眠させるだけの能力は残っていたわ」
「冷凍睡眠?何を言ってるんだ?」
「気づくのが遅いわよ、幼女の中の人?あなたの目的、言ってみなさい」
「かつての戦争を引き起こした兵器が再び使われないために、同じ過ちを犯さないために、それを破壊するのが私の目的だ」
「やっぱりか・・・」
もう達哉でもわかる。遺跡に近づくなとと言ったり、それを拒否すると実力行使に訴えたりするのも、全ては兵器のためなんだ。
「なるほどね。そしてその兵器は、あの塔」
今度は指を塔の方に向け・・・
「ほぉ、」
『さすがだな』とフィアッカが言う前に、麻琴が次の一手を繰り出した
「・・・じゃなくて、このわ・た・し・♪なんだけど、八百年前の亡霊ことフィアッカ・マルグリットちゃん?」
・・・ると思いきや、麻琴は自分を指差した。
「な、何だと!」
「そうです、ここにいる朝霧麻琴こそ、我々が探していた「兵器」なのです」
すでに麻琴の過去を聞かされていたフィーナがダメを押す。
「フィーナ姫よ、お前いつの間にこんな傲慢な地球人の嘘を信じるようになったのだ」
「戦争のこと、兵器のこと、全部麻琴から聞いたよ」
「そして彼女はオイディプス戦争唯一の生き残りです」
「八百年も前の人間が生き残れるなどと、お前たち世迷言も大概にしろ!」
当たり前の反応が返ってきたが、それは想定内。
「なら、アルセ・マジョリス第三次移民計画用、改・シンフォニア級恒星間宇宙船用ハイバネーションシステム、覚えてるかしら?」
紫の輝石を夕日に反射させ、麻琴が傍目にはチンプンカンプンな固有名詞をすらすらと紡ぎ出す。
「あ、あれを地球は起動させてたのか!」
さすがのフィアッカもこの固有名詞には強烈な衝撃を受けたようで、後ずさりしている。
「さあどうするかしら?別にあなたと戦ってもいいけど?」
「・・・今は機会ではない。だが次に会った時には必ず兵器を破壊する、たとえ兵器がお前であってもな」
「フィアッカ様!」
衝撃がよっぽど堪えたのか、彼女はそのまま消えてしまった。
「ったく、幼女の分際で頭硬いわねぇ・・・」
麻琴が呆れている。
「だよなぁ、兵器にこだわりすぎだよ、破壊だけじゃダメだと思うし」
「ですが、彼女もまた輝石の持ち主という運命を背負っています」
「リースの時はいい子なんだけどなぁ」
紅の輝石を持つ彼女とももっと仲良くなれないのだろうか。麻琴とは(苦労したけど)仲良くなれたのに・・・
あとがき:
もうここまでくるとオーガストの設定に正面決戦ですよね、これ(:^-^)
まあ地球のことなんてMCでもまともに扱ってはくれなさそうですから、うちで補完するということで(笑)
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