夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜]]T〜調査〜


22話へ
「遺跡に行ってみたいの」
全ては学校帰りにフィーナが言ったその言葉から始まった。
満弦ヶ崎にはショッピングモールとか、遊園地とか、水族館とか、そういうデート向きの施設は一通りそろっている。
しかし月のお姫様は達哉とのお出かけに普通の人は誰も行かない遺跡を選択してきた。
「瓦礫ぐらいしかないけど、いいか?」
一応彼女には説明はしておく、遺跡を見て機嫌を損ねてもらったら大変だ。
「お兄ちゃん、デート?」
「ご精が出ますなぁ」
どこで聞きつけたのか、にこにこしながら麻衣、そして翠がやってくる。
「そ、そんな訳はないぞ」
あわてて修正、しかし達哉の相方はまんざらでもなく
「ふふふ、麻衣のお兄様をお借りしますね」
「お兄ちゃんの賃貸料はタダだよ♪」
「それはとても助かります。月といえども予算は無限ではありませんから」
このあたり女の余裕だ。男には出来ない。
・・・というか我が妹よ、俺を無料奉仕品扱いしないでくれ、兄の威厳というものが崩れるから。
「二人ともお盛んなようで何より、せいぜいがんばりたまへ!」
バンバンと背中を叩く翠。相変らずだ。

 遺跡、といっても世界遺産のような物凄いものではなく、あるのは半分草に埋もれた瓦礫だけ。どう説明してもつまんない場所なので、もちろん人などいないし、整備もされてないので草も生え放題。
 フィーナと一緒に来てるからまだやる気は出るが、一人だと退屈で死にそうになるような場所といえばいかにつまらないかわかるだろう。
「ここに、何があったのかしら?」
「俺にはわからないな」
戦争以前に造られたもので、使用目的は不明。
「地球側の発掘とかはどうだったの?」
「親父も調べてたけど、石垣が現代には存在してない物質で出来てるとか、年齢測定で約八百年前だっていうぐらいだってさ」
遺跡というと親父、しかしあまりいいイメージが浮かばない。
「達哉の父様も遺跡に興味が?」
「・・・ああ、考古学者だったから」
だからフィーナへの答えも何か力が入らない。家族をほったらかしにして勝手にどこかに消えた親父のことを話す気持ちが沸かない。たとえ相手がフィーナだとしても。
 そんな気持ちを抱く達哉だから、フィーナに聞いてみた。
「どうして、遺跡に興味があるんだ?」
しばらく口をつぐみ、石垣に手を触れ、フィーナが答えた
「母様が訪れた場所なのよ、ここは」
フィーナの表情からするとそれは嘘ではない。しかしただの瓦礫野原をなぜ月の女王様が?
「母様は、多忙なスケジュールの合間を縫って、遺跡を巡られた」
「何でまた?」
「分からないわ、でも、母様がされたことだから、必ず、月にとってプラスになる目的があったはず」
そう言われるとますます謎だ。教科書を読んでも凄い人だとわかるセフィリアさんがこんな遺跡を調べる理由が。
「そろそろ戻りましょう」
こんな野原だ、夜になると真っ暗。しかも道はない。
別に時間が限られている訳でもないのだから、装備をちゃんと整えてから出直した方がいいだろう。
「戻ろう」
フィーナの手を引く。
「・・・?」
「どうしたの?」
「いや、何でも・・・」
何かいたような気がする。でもこんなところに誰が?

夜。
「達哉は満弦ヶ崎の地図を持っているかしら?」
「持ってるよ、今探してくる」
さっそく地図を本棚から引き出し、フィーナの部屋へ。まあ何の変哲もないただの地図帳だが。
「何に使うんだ?」
「遺跡の記録よ、役に立つこともあるかもしれないわ」
そういって達哉の横に座ると地図を開き、遺跡の部分をめくる。
「こうすればどこを巡ったかわかります」
「今日行ったところはここだね」
フィーナが達哉の言った場所に印をつける。
「他に知っている遺跡はあるかしら?」
親父と一緒に巡った記憶を引っ張り出す。いい記憶ではない。無理やりに連れていかれた記憶と、その後に続く家族の記憶ばかり出て来る。
しかしそれでもフィーナの役には立ちたい。その気持ちが遺跡を指し示す。
「ええと、ここと・・・ここ」
「分かったわ、順に回ってみましょう」
フィーナはしらみつぶしに遺跡を巡るつもりだ。母様が行ったから自分も行く。その意思がはっきりみてとれる。

次の日、ちょうど日曜日。遺跡探索には絶好の日和だ。
台所に下りて見るとなにやら料理談義が
「これでいいかしら?」
「姫さま、ずいぶんと上手くなられましたね」
「まだまだ本職には到底及ばないわ」
何か作っている会話が響く。
「あ、お兄ちゃんは見ちゃダメ。キッチンは女の戦場だから一般人は侵入禁止」
見ようとしてもガード役の麻衣がきっちり達哉を阻止している。仕方ないからさやかと一緒に朝食。
「達哉君がフィーナ様と一緒に遺跡探索なんて、千春さんがいたら喜んでくれたでしょうね」
「あ、ああ」
遺跡というと親父の名前。さやかの言いたいことはわかるがどうしても達哉は喜ぶことができない。
「行きましょうか」
お弁当も完成したらしく、さっそく出陣。
「達哉くんが何かしそうになったら、遠慮なくご相談下さい」
「お兄ちゃんのことなら任せて」
何姑モードに入ってますか我が姉様と妹様・・・

「うーん、何もないなぁ・・・」
「めぼしいものは・・・見当たらないわね」
 昨日よりも広く、細かく遺跡をめぐってみる。石垣を見てみたが、姫路城の石垣より出来が悪いぐらいしかわからない。
しばらく歩き回っても別に何が起こるわけでも、何が見つかるわけでもない。
「休みましょうか」
野原にシートを広げ、お弁当を取り出す。
 シートの周囲を良く見ると周りの雑草にはちいさな白い花。まばらに生えている木々には地味だけどそれなりに綺麗な花。
何もない野原かと思ったが、じっくり見れば見所というものは発見できる。
「今日は、おにぎりにしてみたわ」
ミアと共に朝早くから作っていたお弁当の正体が明かされる。
鶏天入り、角煮入り、野沢菜巻き、チーズフライ入り、中華巻きとさまざまな種類がお弁当箱に所狭しと詰め込んである。
「どうかしら?」
おにぎりなので上品な食べ方はできない。でも開けた場所で、フィーナと自然を共にして食べるおにぎりはまた格別だ。
「うん、とっても美味しいよ」
「嬉しいけど、まだまだミアやマスターの域には到底及ばないわ」
ミアはともかく、マスター左門に追いつかれたらトラットリアは廃業だ。
「ふああ・・・」

目が覚めた。柔らかい感触を後頭部に感じる。
「あれ、いつの間に」
「ふふっ、達哉の寝顔も可愛いものですね」
目をしっかり開けると、そこにはフィーナの顔が。つまりこの体勢は膝枕。
「そ、そうかなぁ」
女の子ならともかく、男の俺でも「可愛い」のか?女の気持ちはやっぱりわからない。
「膝枕は始めてかしら?」
いや、一度・・・といいそうになって止めた。相手があの真琴だと聞いたら何言われるかわからない。だから
「姉さんや、麻衣にもやってもらったことはないよ、さびしい男だから」
と、言いつくろってみた。
「達哉が寂しいというのなら、いつでも私が暖めてあげるわ」
下から見上げたフィーナが微笑む。このままフィーナの膝枕でのんびりしていたい。でもやる事がある。その意思が達哉を起き上がらせた。
「でもこれじゃ、何しに行ったのかと姉さんや麻衣に笑われるなぁ」
「達哉とこうしているだけでもいいのですが、確かにそれでは来た意味がありませんね」
遺跡にピクニックに行きました、まる。ではダメだ。
「・・・フィーナは、どうしてこんなに遺跡に執着するんだ?」
いい機会だ、聞いてみよう。
「達哉は、どのように母様が亡くなったか」
いきなりその言葉。
「・・・急逝したとしか」
地球ではそう報じられただけだった。確かに色々とうわさは立ったが。
「母様は、亡くなる一年ほど前に地球へ行ってたの
母様は、地球から帰ってきてすぐ・・・失脚させられたの」
「でも、失脚だったら月のお札のセフィリアさんは・・・」
失脚というと、銅像が倒されたり、肖像画が燃やされたりするイメージがある。
でも今も失脚したはずの人はお札になったままだし、銅像とかもある。
「表向きには。そうしないと国が大混乱になるから」
「大混乱?」
「貴族たちが、母様が地球で売国行為を行ったと非難したの。だけど、そんなことが公に出たら」
国の象徴がそんなことをしたら、内部分裂を起こしかねない。しかし不条理だ。
「そんな、セフィリアさんは一体何をしたんだ?」
「遺跡の調査よ」
待て。もっと不条理だ。そもそも遺跡なんてこんな瓦礫の山じゃないか。
「遺跡調査の目的が、月に害をなすものだったらしいの」
話が合わない。この瓦礫の山から月に害というのがどうしても達哉の頭の中では繋がらない。
「母様は、誰よりも強く月の平和を願っていたわ。月へ害をなすものなんて、探すはずがない」
「だから、こうやって遺跡を調べているんだ」
「ええ、母様の目的が知りたいから、母様の名誉を回復したいから」
凛とした気迫を込めて。
「俺にはセフィリアさんか失脚した理由は判らないし、この遺跡が何かも判らない
だけど、俺はフィーナとどこまでも一緒だ。何があってもな」
凛とはいかなかったが、想いは伝えた。
「ありがとう」
そして二人は立ち上がる。次の目的に向けて。

「何か、こう目立つ遺跡でもあれば手がかりになるのですが」
決意の後と言っては何だが、さすがのフィーナもこう何もない遺跡が続けば、何か新展開を望みたくもなる。
「セフィリアさんがそこまでして調べる遺跡だから、こんな地味なとこじゃなくて、やっぱりあれだと思うんだけど?」
達哉が立ち上がって、ある方向をフィーナに指し示す
「物見の塔でしたね」
公園の丘の一番上にそびえたつ物見の塔。誰がいつ作ったのかは不明。
つまりどう見ても怪しい代物。きっと何かある。
「行ってみよう」

「どうだ?」
さっそく物見の塔を調べてみた。塔のまわりを一周して、一通り見てみる。
「何もないわね」
見回るだけはなく、叩いてみた。コツコツという響き。まるでガラスを叩いているかのような感じ。
何か硬い物質でできてはいることは判るが、それ以上は不明。ぐるっと回ってみても入り口らしきものはない。
「もしかしたら何か使えば入れるかも」
「鍵とかあるのかしら?」
見当もつかない。そもそもどこにも鍵穴はない。
「達哉、貴方目がいいかしら?」
「2.0あるけど」
達哉は目だけはいい。
「あれ、何かしら?」
フィーナが塔の真ん中あたりを指差す。そこに向けて達哉が視線を集中させる。
「うーんと・・・あ、これって」
達哉がその視線をフィーナのポシェットに向けた。ちなみに王国謹製。
「月のスフィア王国の紋章、それから・・・」
記憶を引っ張り出す。
「月学概論の教科書に載ってた、昔の地球連邦の紋章」
「つまりこの塔は、月と地球双方に関係あることになりますね」
何を目的にしたかは見当もつかないが、少なくともこの塔はかつての月と地球にとって重大なものだったことは確かだ。
「もしかしたら、母様はこの塔を」
「調べてたんだと思う。でも途中でそれが月にバレて」

「・・・」
「誰?」
夕暮れ近い太陽の光はそれを逃さなかった。塔の影から短い人影。
「誰だ」
見つかったことを悟り、ちいさな影を背負って現れたのは
「リース!」
ゴスロリ調の服と黒い帽子を身に着けたちいさな女の子。
「どうしてここに?」
「警告」
相変らずリースのしゃべり方はぼそぼそだが、はっきりと聞こえた。
「近づくな」
「ここにか?」
どう見たってこの塔だろう。
「なぜですか?」
「・・・」
 突然、リースの雰囲気が変わった。つかみどころはないけど無邪気さも持っていたリースではなく、重く、強い意思を持ったリースへ。
同時に服装もゴスロリ調から、戦闘を意識したような格好へと変貌する。
「誰だよ」
嫌悪感をにじませながら達哉が質問する。すでに達哉の頭の中では相手は「リース」ではなく、「リースの姿をした敵」へと認識を切り替えていた。
「我が名はフィアッカ・マルグリット」
「貴方がフィアッカ様」
「どういう人?」
月の姫が彼女を「様」付けで呼ぶ。それ自体異常だ。
「静寂の月光の設立者の一人です。しかし数百年前の話ですが」
「でも、見た目はリースじゃないか!」
確かにしゃべり方は違うが、見た目はやっぱりリース。
「記憶を伝えるためには、肉体というものを捨てるしかなかった。こうしてリースリットの体を借りねばならないほどな」
「そこまでして何を伝えようと言うのですか」
「遺跡に近づくな、それだけだ」
それ以上は教えない、教えてはならないということらしい。
「それでも、私たちが遺跡に近づくというのなら」
きっぱりとフィーナが答える。強い否定をもって。
「たとえ相手が誰であろうとも阻止する。遺跡に近づく意思を失うまで、何度でも」
直後、フィアッカの周囲に物凄い力が集まっていくのを感じた。ただの人である達哉ですら感じられるのだ。その力は物凄い。だが
「俺は、フィーナを護る」
来る。物凄い力だ。効果はないかも知れないが、せめてフィーナを守ろう。自然とフィーナの前に立ってかばう体勢になる。

「!」
後ろから物凄い勢いで光の束が二人の真上を通過していき、そのままフィアッカへ。
彼女は辛うじてかわすがそれでも左の肩当てが吹っ飛んだ。
「・・・誰だ」
「幼女の分際であんたも趣味悪いわね。バカップルのデートの邪魔なんて」
こんな状況でこんな人を食った言い方が出来るのはただ一人。それは真琴。右手には双刃槍を携えている。
「あれって、弓矢にもなるんだ・・・」
射ったのはエネルギー弾にしか見えなかったが。
「やはり貴様か、紫の輝石を受け継いだ者とは」
二人より前に立った真琴。その直後フィアッカの胸の輝石から、真琴へ向けて光が飛ぶ。
「同じ輝石持ちが出てきたんじゃ、隠す意味はないわね」
紫の輝石が入ったブローチを取り出し、改めて胸に掛けなおす。
「あれが達哉が言ってた真琴の輝石」
「ああ、フィーナのと同じだって真琴が言ってた」
「・・・紛れも無く本物です。まさか地球にも輝石があったなんて」
達哉と違って、れっきとした輝石の所有者であるフィーナの驚きもひとしおだろう。
「さて、幼女の中の人さん?」
「中の人か、そう言われても仕方あるまい」
つっこむかと思えばあっさりと肯定するフィアッカ。
「ぶっちゃけ結論から聞くけど、私からこの石を奪う気?」
もちろんタダではあげませんよ。そう右手に持っている双刃槍がフィアッカへ告げている。
「今日のところは地球の継承者であるお前に免じて引き上げるとする。しかし」
去ろうとするフィアッカ。しかし離れ際の一言が状況を一変させる。
「月の姫よ、忘れるな、我々が受けた、この痛み、この想い」
「・・・何戯言言ってるのよ、こっちが受けた痛みはね、あんたらとは「桁」が違うのよ・・・」
真琴には珍しい怒りと悲しみを込めた言葉。その言葉の中では『私』ではなく『こっち』という真琴。そして再び弓を番える。
「何を言う、地球人の分際で」
後ろから見ても真琴とその双刃槍に物凄いエネルギーが集約しているのがわかる。本気で消しにかかってる!
「やっぱりシッポを出したわね、神を名乗るエイリアンさん?」
「真琴!」
「永久(とわ)に、散れ!」
矢というよりどう見ても光。平たく言ったらビーム。そんなものがフィアッカ目掛けて突き進む。
「いくら何でも人殺しなんて!」
たとえどういう理由があろうとも、人殺しなんて見たくない。しかし達哉が叫んだ時には光の塊は無情にもフィアッカのいるであろう場所を物凄い勢いで通り過ぎた後だった。
「・・・幼女は逃げたわよ。やっぱぶっつけ本番のアーチェリーモードなんて使うもんじゃないわねぇ・・・」
ため息の真琴。良くみると目標(フィアッカ)とはかなり右にズレた場所にくだんの矢が通過した跡が残っている。
「真琴、貴女、弓の番え方が無茶苦茶です、当たったら奇跡です」
そもそも弓って利き腕で引くのに、右利きの真琴が左手で引き、さらにはぶっつけ本番じゃ当たる訳がない。
「うるさいわねぇ、あんたたち助けるには飛び道具使うしかなかったのよ」
「だからといってあんな攻撃しなくても・・・」
「やり方はともかく、私たちを助けてくれたことには感謝します」
文句を言う達哉に対して、フィーナの方は素直に礼。
「それよりあんた達、遺跡を調べてるの?」
「まあ、そうだけど」
人気のないこんなところに来たことを見られた以上、素直に答えるしかない。
「ぶっちゃけ、あの幼女の中の人はまたやってくるわよ、それでも遺跡を調べる?」
「ええ」
短いけど、強い意思を込めてフィーナが答える。
「私は別にあんた達の邪魔はしないけど、これ以上足突っ込んだら命の保障はないわよ。それでも調べる?」
半分あきれたような表情の真琴。
「覚悟はできています。月と地球の未来、そして母様のためです」
「俺もだ、ここまでフィーナに深入りした以上、最後まで責任はとる」
「まったく、あんた達は・・・」
「だから教えてくれ、真琴が遺跡について何を知ってるか」
呆れ果てている真琴に近づき、達哉が頼む。が
「タダで教えてあげられるほど私は安い女じゃないの、まずは自分で調べなさい」
却下。フィアッカよりも物分りはいいと思った真琴にまで却下を喰らうとは
「調べろといっても・・・」
さっきまで歩き回ってたじゃないかと言おうとしたが、フィーナに遮られた。
「博物館とか、図書館ですね」
フィーナがフォロー。そういやまともに資料を読んだことはない。行き当たりばったりで遺跡を歩き回ってただけ。
「何があったか判ったら、私の所にいらっしゃい。いつもの所にいるから」
何がとは多分この遺跡についてだろう。まずは調べることから始めねば。
「でも俺、本なんて」
「地道な調査こそが発見への道よ、真琴に笑われないうちに行きましょう」
達哉を半ば引きずるようにフィーナが歩き出す。


「やっぱりこいつからは逃げられないか・・・」
・・・真琴はそうつぶやくと物見の塔を一瞥し、反対方向へ去っていく。








〜]]U〜父親〜


大使館。おつきのメイドからカレンへ託が入る。
「カレン様、陛下から直々に通信です」
「わかった、すぐ行く」
通信室。というか会議室というか。大きめのモニターがある部屋。そのモニターの電源が入り、その次にはライオネス国王の顔が映し出された。
「陛下、おかわりありませんか」
まずはカレンからの挨拶。
「我が娘と達哉くんはどうだね?」
「順調だと思われます」
「それならよい、2人を暖かく見守ってくれ」
「勿体ないお言葉」
深々と感謝の礼をする。
「本日呼び出したのは他でもない、我が娘フィーナのことだ」
国王は明るい顔から真剣な顔に戻る
「遺跡の調査をしているとの話が教団側から来ている」
さすがの冷徹なカレンもこの言葉にはビクっとする
「あれほど言ったのに、やはり血は争えぬか・・・」
親子だから同じことをするのは仕方ない。とはいえない。それが国王としての厳しいところだ。
「このままでは」
「セフィリアと同じ轍を踏んでしまう。」
厳しい調子で国王が言う。
「妻に続いて、娘まで国家反逆者にする人間が国王などできるものか」
「では、遺跡調査を止めさせるべきでしようか?」
「地球の遺跡に関しては教団側も動いている可能性が高い。もともとフィーナの調査の話も教団側からの情報からだ」
「私の一身を持って、フィーナ様をお留めします」
「すまん。我が娘の我が侭とはいえ、カレンにまで世話をかけてしまうとは」
一国の国王が一武官であるカレンに頭を下げる。それだけ娘の事を想い、カレンの事を信頼している証だ。
「いえ、この程度」
身が引き締まる。陛下にここまで信頼される。誇りを感じる。
「ただ一つ、気になることが」
「何かね?」
「黒服たちからの報告で、紫の輝石を持つ人間がいたとのことです」
モニターの前の国王が一瞬焦り、二瞬後には動揺する。しかし三瞬の後では元の冷静さを取り戻した。
「確か、輝石は二つしかなく、一つは王家、もう一つは教団に代々受け継がれていると聞き及んでいましたが、これはどういうことでしょうか?」
投げかけられたカレンからの疑問。正直なカレンのことだ。この話題をスルーするわけにもいかない。
しばらく考えた後、国王はつぶやくように、思い出すように話はじめた。
「今はな、しかし昔は地球にも輝石があった。だが戦争によって失われた。そう我々は思い、無かったことにしていた」
「だが、それが出てきてしまった・・・」
さすがに衝撃は隠せない。有り得ないもの、存在が許されないものが出てきてしまった。その衝撃は大きすぎる。
「どうなさいますか?」
「それよりもこちらから聞こう。その紫の輝石のこと、地球は知っていると思うか?」
「彼らは典型的官僚です。官僚は自分の保身を優先します」
「我が国の貴族もそうだな、何かというと保身保身だ」
どっちも同じか。カレンも国王も苦笑している
「ですから、その紫の輝石を持つ者は」
「偶然拾い、効果を知らずに所有し、かつ、地球もその事は知らない」
「さすがです。私の考えをよく察知なされるとは」
保身を第一儀とする者は、面倒なことには手を出さない。そして広い視野を持たない。
月でさえ忘れ去られているモノを、彼らが知っているはずはない。そう国王とカレンが結論づけてもおかしくはなかっただろう。
「それでは」
「ああ、ユルゲンにも伝えておいてくれ。彼がいることで貴族連中もおとなしくなるだろう」
「はっ」
カレンは深い礼をし、彼女がこうべを上げると共に通信が終わった。

通信が切れた後、ライオネスはこう言った
「我々は、生き残らねばならない。そのためには隣人に手出しをさせる訳にはいかない・・・」

「やはり、な」
「やはり?」
「さすがに月の人間は手回しが早い。こっちのマスコミに釘を刺して回っていたか」
同日同時間、連邦首都、外務大臣室。呼びだされた琉美那が大臣と話している。
「釘?」
「ワシが大々的に月の姫と地球人のことを宣伝しろと命じたのだが、マスコミは黙殺したか」
「ワタシ的には、2人をそっとしておくべきではないかと思いますが」
「我々地球人は、朝霧家とその近所を除いてステージに上がるどころか、劇場にも入れて貰えない存在でいいのかな?」
恐ろしく低い笑い声で大臣は琉美那に質問する。
「そこまで卑下なさらなくとも」
「別にワシとしては月の姫がどうなろうと知ったことではない。ただな」
「ただ?」
「地球の人間として、月の人間と対等の立場に立ちたい。そのためには我々にも月の姫のような存在が必要じゃないかね?」
はっと思った。この男も自分と同じことを感じている。ただし、純粋な気持ちで「必要」だと思う琉美那に対して、この大臣はあくまで利用価値の一つとして「必要」だと思っているが
「いつまでも我々が月人どもの足元に乞食のようにひれ伏し、恵んでもらう存在だと思ったら大間違いだ」
確かにそうかも知れないが、いちいち月のことまで首を突っ込んでもいいものだろうか。そう琉美那は自問する。
「だからこそ、教育委員会にねじ込んで君をカテリナに送り込んだんだからな」
さすが傲慢で鳴らすこの大臣らしく、やる事も強引だ。
「それから、月の宗教組織が色々と動き回っているようです、おそらく遺跡にも感づいたかと」
それでも琉美那はあくまで冷静に、事務的に報告する。
「『静寂の月光』か、といっても今の状態ならセフィリアの二の舞になるだけだが」
宗教と聞くと鼻で笑うのがこの男の特徴だ。
「とはいえ、静寂の月光よりはフィーナ姫の方が操りやすい。何せ」
大臣は琉美那を卑しい目でジロリと見る。「君がフィーナを教えられるぐらいだからな」と言いたげに。
「もし、フィーナ姫が遺跡を調査するというのなら、君は何食わぬ顔で支援しろ
静寂の月光にダメージを与えるよいチャンスだ」
この男は月の人々に潰し合いのようなことをさせようとしている。その恐ろしさに琉美那でさえも引いた。
 帰ろう。こいつからは離れよう。
「それでは、ワタシはカテリナに戻ります」

琉美那が去った後、1人残った彼は呟く
「もし、神というものが存在するのなら、月の百分の一でもいい、地球に慈悲を与えて欲しかった
・・・その慈悲があればあの子も普通の生活を送らせてやれたのにな」

次の日の朝は日曜日。
「図書館?それなら博物館内にあるけど」
「姉さん、そこ入れる?」
「地球の人でも月の人でも大丈夫よ」
さすがにさやかは感が鋭い。こんな朝でも達哉とフィーナの意図を理解したようだ。
「それじゃ、行ってくる」
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい、でも図書館では静かにね」
家族の見送り。釘を刺したのは麻衣だった。

「うわ・・・」
はっきり言うと達哉にとって図書館というものは縁がない。世界の果てまで続きそうな本棚には星の数ほどの本が所狭しと並んでいる。
「私はこっちを探すから、達哉は向こうをお願い」
ダンジョンみたいな棚から、月関係とか、遺跡関係とか、そんな本を集めてテーブルに載せていく。
みるみる間に積み重なった本は達哉の身長をあっさり越えてしまった。これを全部調べるとなると一体どのくらい時間がかかるだろうか。
「達哉〜」
フィーナの声だ。行ってみると脚立に乗ったフィーナが本を両手によたよたしている。
「危ない!」
大慌てで駆けつける。が、達哉の運動能力よりもフィーナの落下速度が速い!
「時間(とき)よ!」
ドスン。そんな音が響いた。
「た、達哉・・・」
最初に上下逆になったフィーナの顔が達哉の目に入る。よかった、無事だった。
「大丈夫?」
「え、ええ。でもこの体勢って」
次に少し目を上にずらすと、なにやら真っ白いものが見える。
その真っ白いものからは、興奮する匂いを感じる。獣になりそうな匂い。
「・・・達哉?」
「・・・はあはあ(;´Д`)ハァハァ」
「消えなさい!」
「ぐわーーーーーーっ」
マンガの見開きコマに描かれた吹っ飛びアッパーそのままの体勢で、達哉は吹っ飛ばされた。哀れ。

色々あった後、フィーナが転落してまで集めた本を眺めてみると、一つの共通点があった。
「朝霧千春」
「達哉のお父様の書かれた本?」
「ああ」
そっけない返事。フィーナの目前に積み重なる本はみんな千春が書いたもの。
「凄いですね。達哉のお父様、こんなにたくさんの本を書かれて」
フィーナが親父を褒めている。なんでだよ。なんでフィーナまであんな親父の肩を持つんだよ。
昔の嫌な思い出がよみがえる。イライラが募る。フィーナの言葉が聞こえなくなる。
「帰る」
「あ、達哉!」
もう出てこないでくれ。親父。俺だけでなくフィーナの所にまで現れやがって。

「達哉」
「・・・」
「達哉!」
命令口調。
「どうしたのです?何も言わずに帰ろうとするなんて」
「・・・」
「もしや、達哉はお父様と何かあったのですか?」
フィーナの言葉がグサグサと刺さってくる。
「母さんや麻衣を捨てて逃げるような親父なんて、父親じゃない」
父親のことを忌み嫌うように言う達哉にフィーナもとまどい気味だ。
「お父様と達哉の間に何があったのかわかりませんが、まずは落ち着いて」
「フィーナに何が・・・もごもご」
達哉が「何が判る!」と発音する前に物凄い腕力で強制的に礼をさせられた。
「ふう、危ない危ない」
「先生」
「首都から戻ってみればこれか、いつの間に朝霧達哉は後ろ向きでダメな人間になってしまったんだ?」
連邦の制服を身につけてはいるが、中身が琉美那先生であることには変わりない。何とも強力な解決法もそのまま。
「フィーナ、相方への教育はもっと強めにした方がいいぞ。こいつはほっとくとすぐに逆走する」
「ええ、そのあたりは私もずいぶん苦労しましたから」
苦笑するフィーナ、頭を押さえつけられたのままの達哉。
「先生、座って話しましょうか」
女性2人が達哉を挟んだ形で三人で座る。
小柄(といっても普通の女の子並みだが)なフィーナと大柄な琉美那を交互に見比べる。
デカっ。均整のとれたフィーナはいつ見ても綺麗だけど、琉美那先生の胸は相変わらず物凄い。一体何が詰ってるんだろうと思うぐらいに。
「どっちを見て鼻の下を延ばしているの?」
「え、えっと・・・右!」
「朝霧、それは逆効果だぞ」
フィーナは達哉の左に座っていることを忘れてはいけない。

「それで、何でこの朝霧は後ろ向きになっているんだ?」
「実は図書館で達哉のお父様の本を見つけて」
それ以上言わないでくれ。あんな親父を話題に出さないでくれ。いつの間にかそう念じていた。
「ふむ、なるほどな」
「何か?」
さすがに教師(兼外務局長)だけはある。理解したのだろう。琉美那は達哉に向き。ゆっくりと諭すように話始めた。
「そういうものはな、まず自分の足元を調べることから始めるものだ」
「足元?」
「朝霧、いくらスフィアの王女を相手にしてるからといって、上ばかり見てないか?」
「上ばかり・・・ってことは・・・」
「自分の足元を固めずに上に昇ろうとすると、そいつは必ず落ちる。
自分の事をしっかり考えてこそ、相手の事を考える余裕ができるものだ」
「そうですよね。私もそう思います」
「・・・・」
「(まだ余裕はないか、こういう時誰かもう1人、朝霧の尻を叩く人間が欲しいな)」

「よ、ご両人!」
琉美那の要望なのか、それともフィーナから何かをかぎつけたのか、翠がやってきた。手には何かを持っている。
「へぇ、紙飛行機?」
「翠はなぜこれを?」
「近所の子供たちから、この遠山さんの匠の技を伝授して欲しいとの要望があってね」
普通にある胸をえっへんと誇らしげに張る。
「うまいんだ、翠は」
「あったりまえじゃない、朝霧君パパのアイデアの紙飛行機は地球一良く飛ぶんだから」
「翠、今、一体何言ったんだ?」
達哉が「ちょっと待て」と言わんばかりに仰天する。
「へ?」
対して達哉の返答が信じられないといった顔の翠
「やだなぁ朝霧君、朝霧式紙飛行機なんて幼稚園児だって知ってるよ?」
「小学校でも教えてるんだが」
「俺は知らない」
「ちょ、ちょっと待ったぁー!」
半ば呆れ、半ば怒りの表情で翠は達哉に突っかかる。
「朝霧君?いいかね?男にとって一番の人生の師は父親なんだよ?」
「は、はぁ」
「その父親の業績を忘れているとは何というボンクラ。遠山さんは実に嘆かわしい!」
物凄い勢いでまくし立てる。その間フィーナと琉美那はただ座って眺めてるだけ。
「おねえちゃーん!」
問い詰めが本格化しようとした時、タイミングよく子供たちの声が届く。
「残念ながら遠山さんは愛弟子たちのために行かねばならない!フィーナ君、後は頼んだよ!」
「ふふっ、了解よ」
フィーナにバトンを渡すようなポーズをし、フィーナがそれを受け取るしぐさを確認した後、翠は子供達の所に去っていく。
「相変わらず元気で前向きだな、遠山は」
「あの元気を私も見習いたいものです」
達哉を飛び越えて会話するフィーナと琉美那。いい気分ではない。
「ワタシは、グズな男が一番気に入らん」
言い切られた
「朝霧。お前、自分の父親の部屋にすらロクに入ってないだろう?」
「・・・・」
「やれやれ、お前の相方は親を尊敬しているのに」
琉美那はフィーナの方を向いて
「肝心のお前がこれではな」
達哉の頭の上に手を置く。が、さやかと違って頭を撫でたりはしない。
そのままわしづかみにして持ち上げ、強引に自分の方に向かせて達哉に返答を強要する。
「でも、俺は」
そこまでしても達哉は迷っている。一瞬、呆れたような顔をした琉美那だったが、何かを決めたように立ち上がる(達哉の頭をわしづかみにしたまま)
「自分の親が、何をしたのか、何をしようとしていたのか、それを調べてからワタシに意見しろ、いいな」
達哉を見下ろし、睨み付けるような表情を残す彼女の姿は本当に大きく見える。
対して自分は何て小さいだろうと達哉は思う。
「あ、先生」
自分の小ささに気づき、呼び止めようとする達哉、しかし後ろから肩を掴んで引き戻す力を感じる。
「私も先生と同じ気持ちです。でも先生と違って私は達哉のパートナーです」
「フィーナ」
「達哉のお父様が、何をしたのか、何をしようとしたのか、私に教えて下さい」
それがパートナーへの義務。そう言いたげに。
「・・・判った」
翠、琉美那、そしてフィーナ、ここまで言われては朝霧達哉は、朝霧千春と向き合うしかなかった。

「やっと行く気になったのね、はい」
家の前でなぜか2人を待っていたさやかから何か渡される
「・・・鍵?」
「千春さんと正面向き合わせるのに、フィーナ様までご出馬させるなんて達哉くんには困ったものね」
ため息交じりのさやか。
「それどころか翠や先生まで手伝わせてしまいました、困ったものです」
もう1人、フィーナというため息交じりの人も同じように困っている。
「お兄ちゃんにも困ったものですから」
そしてさやかの後ろには麻衣まで。
「でも何で姉さんがここに?」
「お姉ちゃんのネットワークを舐めてはいけません」
ビシっと言い返された。多分琉美那先生あたりに手回ししたのだろう。
「フィーナ様、後は頼みます」
「お兄ちゃんをよろしくね」
「頼まれました」
それどころかこの人はフィーナや麻衣にも手回ししていた。
「姫さま、達哉さん、はい、サンドイッチです」
「ミア?」
「長そうなんで、お食事も用意しておきました」
廊下の途中にはランチボックスを持ったミア。もはやここまでくると笑うしかない。
「さあ、行きましょう。お父様の所へ。」

カチャリ。そして扉を開く。
「親父、紹介するよ」
「始めまして。フィーナ・ファム・アーシュライトです」
スカートを左右の手で掴み、丁寧に挨拶する。まるで「貴方の娘です」と言わんばかりに。
「変わらないな、親父」
親父がいなくなったその日から、この部屋は全く変わっていない。時間は止まっていた。
そして今、再び時間が進み始めた。



あとがき:
一年半も中断してましたが、やっと続きが書けました(^_^;;;
ふぉあてりも出たしどうしようかとずっと悩んでましたが、あけるりMCが出ると聞いて再び書く気持ちが。
自分なりに「オーガストが書けない部分を描く」つもりでやってきたのですから、ちゃんと最後までいきたいと思います。




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