夜明け前より瑠璃色な a Lovers of SKY

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十八話へ。


第十七話「リースリット・ノエル(1)」

「ん……むっ」
腹部に異様な圧力と温もりを感じ取り、達哉は目を覚ます。
枕元の時計を見やると、時刻は常時起きている時間より半刻早い。
もう少々睡眠時間があるなと思い、一度布団に潜ろうとした途端、硬直した。
「なんなんだ、これは?」
茫然と呟いて、一部が膨れ上がっている布団を注視する。
恐らく、暑苦しさなどを引き起こしている元凶らしきそれは、丁度子供がすっぽり入るほどの大きさだ。しかも腹部には柔らかな感触。そう認識すると急激に背筋から、不吉な影が忍び寄る気配を感じ始める。
だが問題を後送りするのも意味がなく、意を決して徐にシーツを除けた。
下着姿のリースが、布団の中で猫のように丸まって、眠っている。
「なんだリースか……ってリ、リーーースーーーーーッ!?」
自分の耳朶を麻痺するほどの絶叫を荒上げ、達哉はベッドから転げ落ちる。
「な、なんでここにリースがいるんだ?」
視界全体に流星が飛び交うのを見ながら、達哉は口をわなわな振るわせる。
今の彼女は、年相当のあどけない寝顔を晒しだし、少々着崩れたショーツから覗き見る白い肌は、無意識に触れるのを躊躇わせるほど綺麗で、無駄が無い。
だが見惚れるのも束の間、達哉の思考が現状危機を訴える。
添い寝していた状況、着崩れしたリース、様々な点において自分が奇矯な行為に走ったという錯覚が浮かんだ。
「いやいや、違う。絶対にあり得ない。俺にそっちの毛はない、ないはずだよ?」
自身でも納得できない声色で、問いかけるが問題が解決するはずが無い。
それよりもこの場に誰かがやって来たら……確実に死刑決定!?
などと悶々と頭を唸らしていると、
「あの、達哉さ……ん?」
先ほどの絶叫に馳せ参じたらしく、浮ついた声で問いかけるパジャマ姿のミアが、石化の魔眼でも直視したかのように硬直した。
「お兄ちゃん……もう激しすぎ」
物憂げなリースの一言が、沈滞した空気が朝霧家全体を支配した。
「達哉さん……」
リースが寝返りを打つ音が明瞭に響く中、ようやくミアが口を開く。
「エッチなことはいけないことだと思います!!」
腰に手を当てて、身を大きく前に屈みながらミアがめっ、と説教する。
確実に某アンドロイドのメイドが活躍するアニメを何度も鑑賞しながら会得したらしいのか、し草から決め台詞まで何まで堂々と様になっていた。やはりメイドの分野は地球や月さえも関係が無いようだ。
それにどう言い返せば達哉が分からなかった、そんな時だった。
「お兄ちゃん、どうしたのこんな朝……早く……に?」
「ミア、達哉、なにかあったの……か……しら?」
「まったく朝から何を……ちゅぴ?」
「おはよう、たつやん。今日もいい朝……じゃないわね」
こともあろうか、全員が自室に集合していたとさ、ジーザス!!
「あ、あの皆、よく聞いてくれ」
極めて平然と、全員を落ち着かせるように達哉が声をかける。
だが一同はそれに耳を傾けることなく、部屋の内情を観察し、一斉に達哉へ白い目線を注ぎ込む。それは一部を除いた年頃の女性の潔癖から来る、当然の行為だ。
「フィーナさん、このような状態なんてどうすればいいですか?」
「もちろん、打ち首、獄門、晒し首ね」
ヒマワリのような笑みで尋ねる麻衣の言葉に、日向ぼっこしながら寝ているような子猫の笑顔で、フィーナが冗談には聞こえない芯のある声を返す。
無論、両者とも瞳の奥では殺意の炎を、激しく燃え上がらせている。
「ふふふっ。達哉、あなたには神の救いが必要のようですね、このロリコンめが」
笑みの仮面を貼り付けたまま、最後のほうで貶すように呟くエステル。
ふと、どこからか造りが丁寧かつ、分厚くて質量がある本を取り出す。
「達哉君、別に好みや趣味を反対しないけど、さすがに一つ屋根の下でこんなことをするのは気が引けると、お姉ちゃんは思うの」
和やかに諭すように微笑んで語るさやかだが、達哉は知っていた。これは従姉である彼女が真に怒りに達した時に見せる時の笑顔だと。
「さあお兄ちゃん、成敗の時間だよ。お祈りは済んだ? この世の未練はない?」
「達哉、あなたはとても良き友人だったわ。私は絶対に忘れないから」
「安心してなさい達哉。葬儀の時には私が親切、丁寧に私が取り仕切りますので」
「ミアちゃんも一緒に達哉君の処理、お願いできるかしら?」
「はい、ぜひ喜んで参加させていただきます」
麻衣、フィーナ、エステル、さやか、ミア各々が達哉討伐を多数一致で可決する。
もはや眼下に佇む、達哉と言う名の諸悪の根源を根絶やしにせしめんと、意気鷹揚と各自が凶器を手に詰め寄っていく。
「ま、待って皆。俺の話を聞いてくれよ!」
もはや体裁を取り繕う暇もなく、達哉は冷静を呼びかけながら後退するが、いつの間にやら部屋の隅の方まで追いやられていた。この機を逃さないと肉に餓えた猛獣がごとく、彼女達は完全包囲した。
「だ、だからね、皆落ち着いて、ね? ね?」
もはや恥だろうが誇りだろうが、脱ぎ捨てて懇願する達哉。
だがそれさやかは蔑視するように一瞥した。
「どうしましょうかフィーナ様。この不埒者の処分は?」
「もちろん決まっているわ。……フィーナ・ファム・アーシュライトの名において死刑を求刑します。皆さん異議は無いですね」
フィーナの一言に、奮然として頷く一同。
「というわけで達哉君、覚悟してね♪」
「だ、誰か助け……うぎゃっーーーーー!!」
断末魔の雄たけびが、朝霧家を軽々と突貫して、満弦ヶ崎市全体に木霊した。


「……まったく、不憫な」


キッチンから油が爆ぜる音を引き連れて、食欲をそそらせる芳香が漂い、居合わせる人々の賑やかな会話と、庭からはイタリアンズ同士がはしゃぎ会う声が、引っ切り無しに聞こえてくる。まさに理想の朝の風景を絵に描いたような光景の中、とある異物がおぼつかない足取りで入ってくる。
「い、痛たたた……」
悲鳴を上げつつ全身を遥か上空から、水面へと突撃したような激痛に苛まされながらも、達哉は食事にありつこうと食卓へと座る。こうして生きている事はすばらしいという感銘が、ふと脳裏から湧き上がった。
現在の彼の状態は、医者からは全治三ヶ月と言っても過言ではないほどの猛攻を喰らったものの、第三者から見た目には擦過傷程度の損傷しか受けてないように見えていた。もっとも、虐待の途中でリースが寝ぼけ間違えて、自分のベッドに入り込んだと仲裁に割り込まなければ、もっと悲惨な目に遭っていただろうが。
「大丈夫ですか達哉、とても痛そうですが」
様子を見かねたエステルが、堪らずに横から声をかけてきた。
それに達哉は微笑ましい笑みを浮かべつつ、額に幾つもの青筋を立てる。
「ええ、今にも気絶しそうです。もっとも元凶はどこかの誰かさんたちのせいですが」
恨みがましく目線を鋭利に眇め、公務の支度のために不在であるフィーナとミアを除き、常の朝の日常を堪能しようと装う、エステルたち一同を冷淡に睥睨する。
「な、なんのことでしょう? 生憎と聖職者の私には分かりかねますが」
「たらりらったたーん?」
「お姉ちゃんには理解不能なお話ね」
三者三様の如実な反応に呆れたため息を溢し、達哉は話を切り替える。
「まあ、別にいいけど。ところでリースはどうしたの? さっきから全然顔を見てないけど」
「それならすぐに……噂すれば何とやらね」
朗らかに笑みを浮かべて、頬に指をやりながら見やる先、リビングとキッチンの合間で躊躇している姿が窺えた。
「リース。どうしたんだ、早く入ってきなよ」
「う、うん……」
恐る恐る、床を伝うように足を滑らせながら入ってくるリース。
記憶を失って反動か、ぶっきら棒な猫から人懐っこい子犬のように性格反転した彼女がここまで言い淀み、指をもじもじと回しつつ、悩みか何かに煩悶しているように感じ取れて、達哉は頭を撫でたい衝動を堪えつつ、どうしたのかと疑念に駆られた。
「ねえ、麻衣お姉ちゃん。お願いがあるけど大丈夫?」
「私達で出来ることなら、なんだって大丈夫だよ」
お姉ちゃんと呼ばれ、笑みを浮かべた麻衣が提案を受け入れる。
当初、一同をお姉ちゃんと呼称された時は全員が全員(特にさやか)が、大仰に歓迎していた。どれほどの規模で例えると、月と地球の豪華フルコースを作り上げ、近所の人たちまで呼び、庭などで賑やかなパーティーを繰り広げたくらいだ。
なおミアは「実は幼い頃から、お姉ちゃんと言われたかったんですと」と純粋な願望を述べ、フィーナに至っては「なんだか気恥ずかしいわね」と、満更ではない様子だった。
……閑話休題。
落ち着きの無い仕草で目線を麻衣と天井に行き来させ、小さな声で何事か反芻させた後、緊張のために震える自分の身体を、必死に奮い立たせるように踏ん張りながら告白する。
「実はね……リースに料理を教えて欲しいって言ったら、駄目?」
その一言の威力はあまりにも巨大で、あのさやかでさえ、そろそろと仕事の準備に取り掛かろうと腰を上げた姿勢のままで、強直していた。
「えっと、リースちゃんそれって」
「料理を学びたいって事?」
「……同じ事を二度言わせないで」
何とか言葉にする麻衣とさやかの言葉に、首まで朱に染め上げるリース。
よほど告げる事に勇気を振り絞らせたのか、容易に許諾を得た安堵から来るものか、膝が小刻みに振動していたのが見て取れた。
「?」
ふと肩を突付かれ達哉は振り返ると、訝しげに眉を潜めるエステルの姿があった。
「どうしたのでしょうリース。急にあんなことを言い出すなんて」
「別にいいんじゃないですか? リースだってそうしたい事の一つや二つはあるでしょうし、何よりも家族として役に立ちたいって気持ちなんでしょう」
「まあ、それはそうなのですが」
未だに訝しげに困惑げに眉を潜めるエステル。
「それだけリースが私達の中に溶け込んだ証拠になるわね」
一息入れ終わった会話に介入するように、フィーナが参加してきた。
とはいえ、今日は公務のために正装である深紺のドレスを纏っている。
「そうだねフィーナ。ところで今日の公務も、時間がかかりそうなのか?」
「ええ、申し訳が無いのだけれど達哉。皆さんによろしくね」
「了解したよフィーナ。気をつけて」
「ありがとう達哉、では皆さん出掛けてきます。ミア、付いてきて」
「はい。畏まりました」
ミアを伴い、フィーナが皆の挨拶を受けつつリビングから辞しつつ、不安の色が滲んだ双眸をリースに向けていたのを達哉は見逃さなかった。
「フィーナ、安心して。後の事は何とかしてみせるから」
安心させるように達哉は、明確な自信を持って穏やかに微笑む。
目を丸くさせるフィーナだったが、即座に『お願いね』と目線を配らせた。
「ところで達哉君、今度リースちゃんと一緒にお出かけしたらどうかしら?」
不意にさやかが気配を探知させずに近寄ると、とんでもない提案を述べる。
「別に構わないけど、でもどちらかと言えば姉さん達と一緒に遊んできた方がいいじゃないか」
「それはそうだけれど、この中で一番、リースちゃんと仲がいいのは達哉君だもの。誘ったらきっとリースちゃんも喜ぶわ」
んーと達哉は唸り、逡巡しながら思案をしてみる。
正直さやかの言う事は正当であり、一理ある。だがもっと家族として、他の人と接して欲しい自分の気持ちも間違っていない。
「なあリース、今度の休日だけど一緒にどこかに出掛けてみるか?」
考えても埒があかないので、直接本人に尋ねてみる達哉。
少し間を置いてリースは、どちらとも捉えきれる曖昧な返事をする。
「別にリースはどちらでも構わないけど」
予想通りの言葉に内心苦笑する達哉だったが、彼女の次の言葉に凍りつく。
「でも、どちらかと言えばタツヤお兄ちゃんと一緒にデートへ行きたいかな」


「朝霧君、リースちゃんとデートするって聞いたけれど本当?」
朝のホームルームを終えた直後、隣の席にいる翠が質問してきた。
確実に情報源は麻衣だなと、達哉は顔を苦悶に顰めながら頷く。
教室内で「ロリか、ロリが最強なのか?」や「一体どれだけ女性達をはべらせればいいんだ、朝霧は!」や「一遍、死んでみる?」とか「私の、私の朝霧君がーーっ!」やら「落ち着いて、ここは三階なのよ!」などとちらほらと達哉の人格を湾曲したり、物騒な物言いが否応にも耳に届いてくる。今度から新月の夜には護身道具を携帯しようと考える達哉だった。
「でも今のままでいいの達哉? リースちゃんの件がまだ解決していないのに」
心底、懸念の念を顔に貼り付けながら菜月が問いかける。
彼女の不安ももっともだ。この数日間、リースの目撃情報を多岐に至るまで幅広く収集していたのだが、一向に収集される気配が感じられなかったのだから。
確実にこのまま行けば、数日後にリースが治療のために月へ強制送還されるのだから、心配しているのだろう。
「大丈夫だよ。きっとなんとかなるって」
「なんとかなるって達哉、リースちゃんが心配じゃないの」
納得が出来ず、少し語気を荒くしつつ意を唱える菜月。
あまりの楽観的な自分の発言に、不満を抱いてようだった。
その事に達哉は言葉の内に配慮が足りなかったと、頭を掻く。
「誤解しているようだけど、リースの記憶は少しずつ戻り始めているんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ、いつも遊んでいる野良猫のことを思い出していたから、まず間違いない」
目を丸くしている菜月に、達哉は安堵させるように告げる。
それについては事実であり、リースは最近の出来事を僅かずつだが取り戻し始め、フィアッカの言葉通り順調に行けば全て思い出せるだろうと、達哉は確信していた。
「良かった。一時は心配したけど、何とかなりそうかもね」
「でさ話が変わるけれど朝霧君、リースちゃんと連れてどこに行くつもりなの? 良かったらいい場所教えてあげなくともないけど♪」
何が愉快なのか、含み笑いを浮かべながら翠が詰め寄ってくる。
なぜか奇妙に迫力があり、達哉は圧倒されて椅子から転げ落ちそうになる。
「な、なあ遠山、妙に怒っていないか?」
「にゃははは、遠山さんがそんな簡単に怒らないって」
「だからその笑みがとてつもなく怖いんだって……」
恐怖に引きつった顔で、達哉は壁際にまで追い遣られる。
というかその、背筋が凍りそうな奇怪な歓声の台詞はなんなんだ?
「ね、ねえ翠? なんだかキャラ的に豹変していない?」
「えー、別に翠さんは翠さんだよ。それに菜月はいいの? 下手すればリースちゃんに朝霧君を取られちゃうよ」
「あっ……」
説得しようとした菜月が語尾の不穏な呟きを聞いた途端、強直する。
神妙な面持ちで考え込み、なぜか達哉を疑念の目線を注ぎ込む。
数秒間ほど居た堪れなくなる空気を醸しだして数秒、静かに口を開く。
「……ねえ達哉って、やっぱり小さい子が好きなの?」
「はぁ!?」
素っ頓狂に声が裏返る達哉。なぜ自己の趣味を問われないといけないのか。
理解の範疇を超えすぎて、まともな思考すらできない。
「やっぱり小さいのが最強なの、そうなのね?」
「くー、もう少し遅く生まれていたら、朝霧君は私に釘付けだったのに!」
もはや支離滅裂な悟りを開いた菜月と翠に達哉はもはや、付いて行けなかった。
……余談であるが、後に教師から呼び出しを喰らったのは言うまでもない。


それから数日後、以前からの要望どおり達哉はリースを伴って休日の駅前へと繰り出そうと、朝霧家の玄関先で彼女を辛抱強く待っていた。ちなみにフィーナとミアは定期的な検診と礼拝であり、菜月と翠はどこかに遊びに出掛け、さやかは仕事で博物館、無論エステルは礼拝を執り行うためにここにはいない。まるで狙い済ましたようなタイミングに、半ば達哉は疑心難儀に捕らわれていた。というか、実はそれを口実に影から追跡しているのでは?
「って、それはともかく、なんで俺が待たないといけないんだ?」
「お兄ちゃん、女の子っていうのは準備に余念がないんだよ」
隣にいる麻衣が咎めるように、目を尖らせる。
彼女もこの直後、クラブの女子たちと出掛ける手筈になっていた。
「そうは言っても、別に準備をするまでもないだろう。今のリースの性格からして」
「確かにそれはそうだけど、でもリースちゃんだって女の子なんだから」
「まあ、それはそうなんだけどな」
苦笑しつつ、達哉はもう少し乙女心というものを理解するべきか図りかねていた。
「ところで駅前のオフィス街に行くって聞いたけれど、どんな計画を立てるの?」
「一応、駅前のシネコンで映画を見てから、リースが好きそうな所に案内しようと思っているんだが」
ふぅんと麻衣が呟き、名案が閃いた探偵のように唇を笑みで綻ばせた。
「ちょっと待ってて、お兄ちゃん。すぐに戻ってくるから」
言うよりも早く、踵を返し一分もしないうちに戻ってきた麻衣から差し出したのは映画の無料招待券だった。タイトル名は『沈黙の第三艦隊』というアクション映画であり、教室内でもちらほらと噂が流れていたものだ。
「じゃあさ、これを使ってよ。私が持っていても宝の持ち腐れだから」
「いいのか麻衣、こんな貴重な物をくれても」
「大丈夫、大丈夫。なんでもないリースちゃんのためだから、どうってことないよ」
「俺は対象外ですか……」
「お、お待たせ〜」
話が逸れかけた所で、現実に呼び戻す声が聞こえた。
反応して二人が視線を遣ると数瞬の間、息をするのを忘れたように停止する。
正直なところ彼らは唖然とする。常のフリルの意匠が過多に付属された洋服ではなく、現在のリースは清涼感が満ち溢れる白を基調に、赤や青などの鮮やかなボーダー柄のワンピースを纏っている。……誰だって目を疑うだろう、あのフリルが異常に付いたドレスを常に着るリースが、こんな動きやすい衣装を選ぶだなんて。ちなみに、いつもの黒い猫耳を彷彿される帽子は、ちゃっかりと乗っかっていた。
だがそれよりも目を引くのは、華奢な体躯と不釣合いな大きな籠。
「もしかしてそれ、弁当なのか?」
「……そう」
よほど照れくさいのか、後ろ手に籠を隠すリース。
味に自信がないのか、手作りの料理を人前に曝け出すのかが恥かしいか。
これに留まらず徹夜するまで努力したのか、彼女の眼の下にはよく注視しないと判別できないほど浮き上がった隈が出来ており、料理の際に手元が狂ったらしく包丁で作ってしまった擦り傷を隠すために、バンソウコが貼り付けられている。
その事実に達哉の感情は大きく、激しく震えていた。
涙腺が緩みそうな感触を覚えながら達哉は表面上、冷静に押し留める。
「それじゃあ麻衣、戸締りは頼むな」
「行って来ます」
「うん、二人とも楽しい一日を過ごしてきてね」
麻衣の温かな眼差しに見送られながらも達哉とリースは、満弦ヶ崎中央連絡港市中央駅前通りへと繰り始めていく。


「いけない、いけない。忘れる所だった」
身支度を整え、いざクラブの友人と前もって打ち合わせていた場所へ向かおうとした矢先、肝心要の財布を失念していた麻衣が急ぎ慌てて自室へと戻ってきていた。
「しゅるるる。こんな年になって忘れ物なんて、お兄ちゃんたちにばれたりしたら、恥かしかったよ」
頭の中で達哉の口から今晩の話題に持ち上げられ、仁がからかい、さやかがフォローしつつ、止めてーっ! と叫びながら耳を塞ぎつつ、赤面する光景を夢想する麻衣。
最悪な未来を回避したのに安堵しつつ、机の上の財布を掴み、中身を確認する。
「ひぃ、ふぅっと。うん、ちゃんとある」
きちんと千円札が数枚ほどあり、自分用ならば十分な軍資金があるのを数えて、小物入れからある物を取り出す。年相当の経過を得て、完全に乾ききっているが紛れも無く、元は若草色の草の輪であるのは間違い無かった。
「和お兄ちゃんからもらった、大切な宝物もちゃんとあるっと」
昔懐かしい思い出に馳せつつ、指で乾いた感触を堪能する。
家族となった記念に、和が悪戦苦闘しつつも丁寧に作製した記念品。
自分の生まれた場所に伝わる、大切な人の健康や安全を祈願するお守りをだぶっきら棒で淡々と説明しつつも、緊張で赤面していた和の顔は今でもよく覚えている。
「おい」
ぽんと肩に軽い感触と、背後から呼びかけた淡々とした声。
「きゃ!」
予期せぬ事態に心臓の脈動が一オクターブほど跳ね、飛び上がる麻衣。
誰と尋ねつつ勢いよく振り返ると、不可解に眉根を寄せていた和の姿があった。
「お、お兄ちゃん?」
「ああ……と言いたい所だが、さっきから何度も読んでいたのだが」
「え、そうだったの。ごめん、ちょっとだけ思い出していたの」
ん? と小首を傾げる和に麻衣は掌に載せた草の輪を掲げた。
すると彼は感嘆するように苦笑してみせる。
「ああ、私が麻衣たちに最初に贈ったプレゼントか。まだ持っていたのだな」
「当たり前だよ、お兄ちゃんの気持ちが篭もった宝物だもん。捨てるわけないじゃない」
「まあそうだな。とは言えいいのか麻衣? その格好はどこかに出掛けるようだが、時間は大丈夫なのかね」
言われて時計を垣間見ると、約束の時間にすれすれ間に合うか、否かの微妙な時間帯だった。どうして熱くなる中、全力前回で疾走しなければいけないのか、暗澹な気分に陥る。
「良かったら私がバイクで送るがいいか?」
そんな時、和が助け舟もとい、助けバイクを出してきた。
「お願い!」
即座に麻衣は外へと駆け出そうとした足を返し、懇願する。
地獄に仏とはまさにこのような事だろう。今まさに和から後光すら射している。
「でもいいのお兄ちゃん? お兄ちゃんこそ仕事から戻ってきたばかりだから、疲れているんじゃないの?」
至極当然の心配をよそに、和は表情を和らげて否定する。
「兄が妹の心配をするのは当然だ。それに」
「それに?」
「今回はリースリットのために帰宅したようなものだからな」
「え?」
思わず問い返した麻衣は和の眼鏡越しの瞳の奥に、強い光を垣間見た。決意と仮称しても過言じゃないだろう。
リースが朝霧家へ預けられて以降……否、それ以前より和は彼女と顔を合わせたり、自己紹介しようともせず、今もなお何らかの口実(或いは言い訳)をもって一度たりとも、帰宅などしていないのは麻衣とて分かりきっていた。
あまりの度の過ぎた、彼らしくない感情の表現に、影でさやかと和が険呑な押し問答さえしていたのを彼女は知っており、思い当たる節すら掴むことすら出来ない始末だった。
その彼が今、まさにリースのためと断言したのに、麻衣は声をかけられるまで謹直するしかなかった。


満弦ヶ崎中央連絡港市……地球と月に伝わるオイディプス戦争が起きるよりも遥か以前、この地に存在していた街の外観を復活するように、駅を中心とするように再開発が進められ、現在では市役所の他に駅前パーク、ショッピングモール、オフィス街などが多種乱立している、特に詳しく概観する必要性の無い地方都市としての顔を覗かせていた。
そんな中を衆目の視線という猛攻に晒されながらも、歩く兄妹の姿があった。
「な、なんだか、注目を集めている気がするんだが、気のせいか?」
好奇の眼差しを受け、冷や汗を流しながら微妙に頬を引きつかせる達哉。
今ならば芸能人やら有名人の気持ちが、一割ほど理解できそうだった。
「やっぱり、リースとお兄ちゃんがお似合いだからじゃない?」
にこりと微笑みながら、歩調の淀みをまったく見せる事ないリース。
まったく人の話を理解し切れていないようで、自分の世界に入り浸っている。
とはいえ彼らが衆目を集めるのもそのはずで、風貌など二枚目といった特徴的な部分はなく至ってどこにもいそうな……だがそこに居るだけで、刮目しないといけない風格を内側から発散している少年。
片や量販店を着飾った出で立ちをしつつも、見た目の年齢とはそぐわない不思議な空気を纏い、なおかつ至高の美を追求した人形のような少女。
そんな幻想の世界でしか見られないだろう二人が、揃って歩いているのだから。
「ところでお兄ちゃん、最初はどこに行くの」
おもむろにリースが向かう道先を尋ねてきた。
「そういえば言ってなかったっけ。まずはあそこに行って映画を見るんだ」
駅前でも一際、大きな施設を指さして説明する達哉。
「映画、それってどういうもの?」
「単純にいえば大勢で見るビデオ、みたいなものかな」
達哉の回答に意味を捉えきれないように、思案げにリースは小首を傾げる。
「百聞は一見にしかず。リース、行ってみたらすぐに分かるよ」
「……うん」
適当に会話を切らせて、二人は徐々に累積されていく人の壁の中へと進入し始めて数分後、複合型ビルにたどり着いた途端に感嘆とする。
「やっぱり人が沢山いるな」
休日と何らかのイベントが開催されるも相まって、出入りする人の数は激しすぎて目視で判別することができず、まるで人間の洪水のようだと達哉は錯覚した。とはいえ、他人事のように逡巡するのも束の間で、この状況下で起きる危険性を冷徹に見据えていた。
「しょうがないリース。はぐれるとまずいから手を握ろうか」
「え……うん分かった」
反論するも一瞬、リースが肯定して華奢な手を差し出す。
遅れる事数秒、達哉はその手を握り締める。子供らしい微かな温もりと、極上の羽毛布団のような柔軟さに息を呑む。
「さあ行こうリース」
そうして二人は時折、体当たりでもするような観衆の波を見切りながらも自然と流れに乗り、ビル内の目的地を迷うことなく進みつつ、シネコンへとたどり着く。
「大丈夫かリース、どこか当たっていないか」
「私は別に平気だよ。全然大丈夫」
事実その通りで、リースは息を上がっていないどころか、汗一つ掻いておらずしごく平然な面持ちでフロントに佇んでいた。無論、それは達哉に当てはまる事だが。
「リース? おーいどこなんだリース」
少しして、颯爽と交換してきたチケットをリースに渡そうとした達哉は、リースの姿が居ない事に気づいて周囲を見渡す。すぐに見分けが付いた。シネコンの敷地内の販売店にある、ショーウインドの中で陳列するアイスを凝視し続けていた。
「リース、ひょっとしてこれを食べたいのか」
「別にそんな事は言っていないよ」
「こらこらそっぽ向こうとしても駄目だぞ。目が釘付けになっている」
「そ、そんなことはないってば、お兄ちゃん」
しもろどもろにリースは言い淀み、だが目線は確実にアイスに固定されている。
唇を微笑みに象りつつも、達哉は彼女が好きそうな商品名を店員に告げた。
「ほらリース、俺のおごりだから受け取ってくれ」
半ば強引にリースにアイスを押し付ける達哉。
「……ありがとう」
目線を落としながらも感謝を述べ、小さな舌でアイスをリースは舐め始める。
「どうなんだ味の方は?」
「……別に普通かな」
至極当然のようにリースが答えつつ、期待はずれとばかりに落胆し、眉を潜めた。
幸いなところ、店員の耳に届くことはなく達哉は内心、安堵した。
とはいえ、自分自身の感想も同様なので無言で追従する。
やはりその道に通じている妹がいると、どうしても舌が肥えるようだ。
「じゃあそろそろ時間だし、早く行こうか」
「うん」
開演時間も差し迫ったので、リースを静かに急かしながらスクリーンへと入る。
少なくとも、これからの時間は彼女にとって好奇心を一割ほど満たすものでありますように。











十七話へ

第十八話「リースリット・ノエル(2)」

「あー、面白かったーっ」
率直に映画の感想を述べつつ、両手を掲げて背伸びするリース。
「なかなか見応えのある映画だったよな。意外と」
クラスメイト同様、高評価な烙印を付けては、追従する達哉。
無論その手の中には、パンフレットが入ったビニール袋が釣らされている。
燦然と日の光が降りしきる駅前の公園を闊歩しながら、二人は歩いていた。
映画を見終えた直後、腕時計を見やると丁度、昼食の頃合の良い時間帯になっていたので、いっそ食べるならば野外にしようとの案だった。ここならばくつろいでいられるし、気兼ねなく話し合える気がしたからだ。
「それにしてもお兄ちゃん、北欧のプリンセスがたった一人でテロリストを殲滅するなんておかしいと思わない? いくら手助けする人がいたとはいえ、現実じゃ絶対にありえないよ。というより、普通は途中で撃たれてるもの」
元のリースの地の性格が浮き出たのか、容赦ない弾劾めいた言葉に失笑する達哉。確かに納得出来ない事じゃない。
「そう言うなよ。それを言ってしまったら元も子も無いし、映画の意味がない」
「まあ確かにそうだよね。だけどどうしてもこう、何ていうのかな。言わずにいられない気がして仕方がないんだもん」
「じゃあそもそも映画よりもありえない状況だってあるじゃないか、今ここに」
「へ?」
困惑げに小首を傾げたリースに、達哉は丁寧に解説しだす。
「リースを初め、フィーナたちが家にやって来たことさ。あれは到底、小説でも妄想でも想像できないだろ」
わざとおどけて見せる自分の言葉に感化されたようで、くすっと笑う声がした。
「とまあ話は置いておいて、早く飯にしよう。こう見てもお腹が空いたんだ」
「じゃああそこで食べよう、タツヤお兄ちゃん」
そう言って指差したのは、木製の天蓋付きの休憩所だった。
一路そちらへと向かい、席に着く達哉とリース。徐に少女が儚い笑みを浮かべる。
「あまり期待しないで見てね。これがリースお手製のお弁当だよ」
前もって釘を打ち、静々とバスケットの蓋を開ける。一面の極彩色に満ちた庭が広がっていた。
「これは……」
常日頃から麻衣、ミアの両名の手料理を食す達哉でさえ、これには感銘を受けた。
様々なサンドイッチを初めとして、ポテトサラダやコロッケといった多種多様なオカズや、デザートでさえある。これは……杏仁豆腐だろうか。
「ごめんねお兄ちゃん。練習期間があまり無かったから、出来が良くないけど」
「いやいや、たった数日でここまで上達するなんて見た事が無いよ。もしかしたらリースは料理人の達人になれるんじゃないか?」
率直な感想を述べると、リースの顔の表面温度が急上昇しだす。
「も、もうお兄ちゃんったら、褒めすぎだよ」
照れ笑いしつつ、否定するようにリースが手を顔の前で振る。
そんな事などお構いなしに達哉は食事の挨拶もせず、お箸を片手に颯爽とコロッケを半分に割っては、口へと持っていく。じゃがいものホクホク感、肉や人参やピーマンなどが味を引き立たせ、ブラックペッパーやナツメグなどの香辛料との見事な調和を取っている。まさにパーフェクトハーモニーだ。もしこの味を貶すような輩がいれば、即座に土下座させてやるほど、上等な味わいだった。
「おっ、こりゃかなりいける。トラットリア左門でも十二分に出せそうだ」
「お兄ちゃんそれフライング、卑怯だって」
露骨に拗ね始めるリース。予想通りで内心してやたりと達哉はほくそえむ。
どうやら誰かの悪い部分が感染したらしく、つい悪戯を働かせてしまう癖が付いてしまっていた。大人気ないと思いつつも、弄りがいがあって楽しいと感じてしまう自分が笑える。
「ふっ、付いてこれないリースが悪い」
微妙に和の口調を真似しつつ、今度はサンドイッチに手を付けた。
途端に口内に広がる、スモークチキンとブラックペッパーの味。全てが全て、自分の好きな物が入れられている。情報提供者は差し詰め、麻衣かさやかだろう。
「もー、お兄ちゃんだけずるい。リースも食べる〜」
これ以上、狼藉を赦せない声色と雰囲気でリースも食事にありつき始めた。
「ところでありがとうリース、俺のために美味しい昼食を作ってくれて」
「えと、その、お兄ちゃんには日ごろからお世話になっているし、今日はお出かけするんだから、このくらいはしないとって」
顔を俯かせては恥らうリースに、達哉は胸の内で親しい愛着が湧き上がった。
いつも身近に存在しながらも、心の距離では掛け離れた位置に佇んでいたような彼女が、曲がりなりにもこうして面と面を合わせて会話しているのだから。
「それにしても、リースを婿にする奴は羨ましいよな。もしかしたらこんな美味しい食事を毎日ありつけるんだから」
「…………」
食事の合間を縫って、何気なしに達哉はいつか来るかも知れない未来を言う。
すると陶磁の肌を更に紅潮させ、テーブルに額が当たるほど深く垂れ込むリース。
「?」
自分の放った言葉の意味すら図りかねず、当惑する達哉。
はて、一体自分の放った台詞の内に何が、という部分で愚鈍であった。
「ねえお兄ちゃん。あそこは一体、何なの?」
不意打ちの衝撃から立ち直ろうとばかりに、まだ顔を赤らませているリースがある箇所を指差して問う。
それに達哉は雑誌で今日、とあるイベントが開催されていたことを思い出した。
ついでに、食事後に連れて行こうと思っていた箇所の一つだということも。
「あそこは犬とか猫とかの簡易テーマパークみたいな所をしているんだ。なんでも無料で遊べるみたいだから、後で一緒に行ってみるか」
「うん、見に行きたい。じゃあお食事の後で一緒に見に行こう、お兄ちゃん」
「了解。それじゃあ、さっさと食事を終らせるとしよう」
「アイアイサ〜♪」
軍人敬礼の言葉のうちに弾んだ歓喜の色を滲ませ、リースは騒がず慌てず中断していた昼食を再開させる。さて、自分も食べるとするか。


「うわ〜」
見惚れるように地面で戯れている子犬たちを、まるで生きた宝玉とばかりに観察しては、子供独自の無邪気にはしゃぐリースの姿に達哉は連れてきて正解だったなと、安堵する。
「…………」
ふと人ごみの中から、見知った知人の視線を浴びている気がして、何気なしに周囲を目視して検索する。だが誰の容姿すら窺えず、不思議で小首をかしげる。
「って、そんなに来ないでーーーーっ!」
身を切り裂く悲鳴に我に返ると異様な地響きを震わせながら、小柄なリースの体格を覆い隠すがごとく、どこから顕現したらしい大勢の子犬たちが彼女に圧し掛かっていた。傍から観察しても暑苦しそうだ。
「うわ大災難……じゃなくて、リース大丈夫か!?」
ようやく思考が現実に戻ってきた所で、回収しようと渦中に突貫しようとして、
「まったく、リースリットの犬好かれにもほどがある」
どこか他人事めいた台詞に、踏み込んだ足が急停止する。
異変が生じたのを察知したように、子犬たちが何かに怯えては鼻をくぅんと鳴らしてつつ潮が引くように、リース(?)の身から離脱し始めた。
「動物に嫌われるとは。私としては不本意すぎるのだが」
よっこらしょっと、妙に老人ぽい口調で立ち上がるリースらしき人物。
だが身を包み込む雰囲気と、宿る朱の双眸には覚えがあった。
「なあフィアッカ、どうして表に出てきているんだ」
「リースリットが子犬たちのせいで気絶してしまってな、仕方が無いのだ。それともお姫様だっこでもしたかったのか、お兄ちゃん♪」
「いや、そこでどうして意地悪い笑みを浮かべないでくれ。人の人格が湾曲されるから。というかなんだかキャラが変わってないか」
可憐とも呼べる瞳の中に宿す、人を嘲る事をもっとも歓喜しそうな、赤い淀みの視線を突きつけるフィアッカに、げんなりしながら反論する達哉。ただでさえ、学院のクラスメイトに誤解の乱気流を巻き起こしているのに、更に雷雲まで立ち込めさせかねない。
「だがこの子たちには悪い事をした。別段、困らせるつもりはなかったのだが」
檻の反対側に寄せ合っては、怯える子犬たちを寂しげに一瞥するフィアッカ。
監視員もこれには首を傾げて、見当が付かないばかりと面に出ている。
そのような不可解な光景を目の当たりにして、達哉は彼女へ率直に尋ねる。
「それにしてもどうして子犬たちは、リースには懐きすぎていたのにフィアッカが表に出てきた途端、ああなっているんだ」
「動物は人の感情に敏感とも聞いたことがある。なにせ主人が病気の発作を予知する現実でさえ起こっているのだから、理解出来ない何かがいれば、引き下がるのも可笑しくはない」
半ば自傷げな感嘆を述べるフィアッカに、僅かに腹を据え兼ねる達哉。
「お前、自分がどれだけ馬鹿なことを言っているか、分かっているのか?」
気が付けば、達哉は憤然とした硬い声色で問いただしていた。
「仕方が無いだろう。いくら肉体があるとはいえ、所詮は借り物であって、本物ではないし、ましてやワタシは半ば数百年もの間のノエル家の家系の者達の自由を奪っていたのだからな」
「だからといって、フィアッカも少しくらいは何かしたいことがあるだろう」
「もうないさ。あの時、全てを失ってからは、な」
希望などといった感情という外装を剥ぎ取られ、絶望と諦めの一色に塗りつけられた闇の瞳を垣間見、達哉は一瞬と息を詰まらせる。
彼女が存在している時点で、事実である物語『空の恋人』の最後は、恋人である地球人が月の兵器によって街ごと消滅させられ、フィアッカが地面に蹲り号泣する悲しいシーンで全て閉じていた。
その後のことは語られていないので判別できないが、命に代えても守りたかった、たった一つの宝物を喪失したフィアッカが、その反動で崩壊しそうな心を持ち堪えようとした結果、自分の精神を後世に残すと言う、ある意味では自虐的な結論に至ったのだろうか。だからこそ腹だしく感じられた。
「……馬鹿野郎」
口元から零れる様々な感情の篭もった罵倒の言葉。
前歯で唇を噛み締めながら、フィアッカの頭部の両脇へと拳をやる。
「どうした達哉、ひぐっ!」
フィアッカの問いかけが一瞬にして止まり、奇声に成り代わる。
「痛たたっ! 止めろタツヤ! 頭蓋骨が割れる、中から灰色の物質が漏れる!」
思いっきり力を込め、達哉はフィアッカの頭部の脇に添えた拳をぐりぐりと万力のように捻り込む。いわゆるウメボシという技だった。ゆうに十秒ほどしてから、胸中に渦巻いていた感情をやや和らげると達哉は技を解く。
「何をするタツヤ! お前、私を殺す気か!」
開放された蹲っていたフィアッカが復活して、目尻の水溜りと共に詰問する。
それに達哉は腕組みをして、冷淡にはき捨てた。
「当たり前だ、何時までも意味の無い自責に駆られている馬鹿なんて、罪の重みに捕らわれすぎて圧死しろと言いたいほどだから」
「……なんだと?」
刹那の間、フィアッカの表情が一変した。感情が抜け落ちたと言っても良い。
怒りや悲しみや喜びの色を消去し、紅い虚空の色は全てを凍てつかせるような酷薄な鋭利さを持ち合わせていた。心なしか周囲の空気すら凝固したように静まり返っている。
「たかが十数年しか生きていない若造が、ワタシを叱責するなどおこがましいぞ」
「いや、どう見ても子供はそっちだろう? フィアッカちゃん♪」
にやそと口元を卑しく湾曲して、蔑みを込めて注視する。
「……貴様」
視線だけで心臓を氷結させる威力のそれを、達哉はふんと鼻で鳴らす。
「話をするなら別の場所にしよう。ここだと他の人に迷惑をかける」
首だけで周囲を示すと、全身を鋼の釘と化して硬直していたのが見て取れた。
歯軋りをさせてフィアッカは憤然とした足取りで、どこかへと先導し始める。無論、達哉も後を追うに決まっていた。


それらは公園で、見知った二人が放つ剣呑な空気を察して身を潜める。
いかなる理由かは定かではないが、決してその様な仲でなかったのにと困惑しつつも、彼らがどこかへ行くのを見届けながら抜かりなく、尾行し始めた。


「ここなら誰の邪魔も受けずに、話し合えそうだ」
「ああ」
軽いやり取りのうちに、激情の琴線を触れかける感触を味わいつつ相対する達哉とフィアッカ。公園の脇にあるためか周囲には人影の欠片すら覗けず、ただ熱と乾燥を孕んだ風が夏の到来を予兆していた。
「お前は知るまい。数百年前起こった戦争の悲劇のことなど」
初撃とばかりフィアッカは、鋭利な視線を達哉に叩き込みこむ。
だが少年は否定的にかぶりを振って、難なくかわす。
「知らないさ。俺は昔の記憶なんて持っていないし、俺はフィアッカじゃないからどんな気持ちを抱いているか分からない。……でもこれだけは分かる。フィアッカ、君のしている事は間違っている」
「私が、間違っているだと?」
反芻するうちに激情が高まったらしく、声色に険呑さが帯び始める。
「何を馬鹿なことを言っている。あんな悲劇を繰りかえさまいと、ロストテクノロジーの管理をしているこの私が、間違っているだと?」
「ああ、間違っている。確実に」
きっぱりと達哉は返答し、構えていた台詞を告げる。
「そんなことしたって、戦争はまた起きるよ。絶対」
「っ!!」
達哉の言葉にフィアッカは瞠目し、体が一瞬だけ強張った。
宙に彷徨う答えを掴むように彼女は虚空に目を向ける。
無理も無い。自分の成そうとしている理想や、硬く誓った信念を根底から崩落させるようなものだから。
それに達哉は、少し痛まれそうになりながらも強く拳を握り締め、我慢し続ける。
「なぜ、そう思う?」
ようやく彼女の喉から発せられた言葉は震えていた。
だが達哉はわきまえていた。それが嵐が到来する前日の不穏さ。積もり積もっていた感情の爆発だということを。多種多様の人と接して培ってきた彼には、手に取るように分かる。
「ただ救われただけの人間がどんな結末に至るかなんて、君が知らないから」
「…………」
フィアッカはただ無言で先を促がす。
「確かに目の前の危険は去るかもしれない。でも、それはただの応急処置にしか過ぎない。力を持つ人間が、力の中に潜む危険性を常に把握しない限り、同じ事は何度も繰り返されるよ」
「だが人は知った知識を間違った方向へ意識的にも、無意識的にも使いたくなる動物だ。タツヤやフィーナ姫のような人間ばかりではないのも分かっているだろう」
矛盾点を基点に論破してのけるフィアッカ。先ほどと違って、迷いも淀み無い。
「ああ、フィアッカの言うとおりだ。世の中にはそんな連中だっていることだって確かだ」
否定も拒絶するでもなく、達哉が反論をすんなりと受け入れられ、さすがのフィアッカも調子を崩されたのか、んむと眉を潜めた。
「俺さ、実は昔、ちょっとしたことで喧嘩をしたことがあるんだ。殴った事もある」
はぁと、徐に息を吐き達哉は胸元にまで持ち上げた拳を、空いた手で添える。
あの時の嫌な感触を思い返し、胸中に蘇る嘔吐感を堪えつつ、告白し始めた。
「中学の頃、俺の友達がイジメを受けていてさ、凄く酷かったんだ。陰でそいつの在ること無いこと陰口を叩いたり、お金を脅し取ったり、最低な事をしてのけていた。しかもクラスメイトはそれを見てみぬ振りまでしていた。しかも先生に報告しても、気のせいだろうと一蹴してのける始末だったんだ」
「酷いなそれは」
「ああ、だからそれに気がついた菜月と一緒にそれを何とかしようと連中に詰め寄った。だけどそいつらは馬鹿らしいとか何とか言って、聞く耳を持たなかったし。寧ろ……いや、余計にこちらにまで火の手が伸びてきた」
人として最低の部類に入るやり方を回想して、達哉は湧き上がる憤慨を押し留めようと、青々とした透き通る空を眺め始める。
……そう、あれは本当に酷い日々だった。
朝登校して、下駄箱で靴を取ろうとしたら毛虫が入れられたのに気づいた。または教室移動から帰ってきたら、鞄がカッターナイフか何かで傷つけられ、机の中にあった教科書が全て外へと放り投げだされた等、悪質にも程度を弁えない悪行を受け続けられた。
「そんな時だった。ある日、菜月が置いていた体操服が無くなって、学校中をくまなく探したら生ごみの中に入れられてたのが」
見るも無残な衣類に嗚咽を漏らしながら地面に膝を付く菜月をどう、言葉をかけようとした矢先に見た。振り向く向こう、友達をイジメていた連中が嘲笑うのを。
常人より発達した動体視力を持つ達哉は、すぐに意味に気づき、連中の元へと詰め寄り、人間として恥かしくないかと激しく詰問した。だが彼らは逆に愉快だったのだろう、何熱くなっているのだと談笑しだす次第。瞬間、達哉の中で理性の土手が決壊し、『流血の嵐』と呼ばれる事件を引き起こしてしまった。
「お前でも誰かを殴る場合があるのか」
先ほどまでの憤りを消し、唖然とした口調のフィアッカ。
温和な性格の自分がそこまで至ったのが、信じられないでいるようだ。
「ああ、あの時は自分が自分じゃ無くなっていた。自分たちの笑顔とか満足のために、他人の気持ちを嘲笑うような連中がどうしても許せなくて、殴ってしまった」
……それから、病院送りにされた生徒から告げられた達哉は一ヶ月以上の自宅停学をさせられる羽目にされ、しかも学校側は事の重大さを把握せずに、これで打ち切りとばかりに、対応を終了させる始末。被害者が加害者へと一方的に転化される次第。
……が、彼らの預かり知らぬところで、この事件の関係者一同が僻地に移動、もしくは転校したのをここに追記しておく。
「だからあの時の痛い教訓で分かったんだ。物の数による脅威を」
停学という手痛い代償と引き換えに、達哉は一つの経験を得ていた。
例え一人の人間がどんな清廉で潔白な意義を唱えても、悪意を持つ者たちから一網打尽にされては意味が無いというのを。そう、たった一人で成せる事情などちっぽけなでしかない。
「詰まる所、私に協力しようとお前は思っているのか」
これまでの経緯を順繰りしたフィアッカが、結論を述べる。
達哉は間違うことなく伝わったのに安堵しつつ、真摯に頷く。
「ああ、そうだよ。後、同時にもう少しだけ俺に頼って欲しい」
「お前には力が無いのにか? フィーナ姫のような権力もなければ、リュミエールのように大統領に強い進言できないお前を頼れと?」
「それを言われると少しだけ、辛いな」
急所を的確に突かれ、達哉は困り顔で頭を掻き始める。
しかし、だけどと話の穂を繋ぎとめ、視線を朱の双眸に硬く固定した。
「だからフィアッカの手で、俺を鍛えてほしい。ロストテクノロジーや、その他いろんな知識を叩き込んでくれ。どんなものでも耐えて見せるから」
「それは静寂の月光に協力すると言うのだな」
「いや、それは違う」
「違う? 何がどう違うのだ」
経験からの類推が外れて、少し戸惑うフィアッカに達哉は少し呆れる。
古の技術の知識を保有している彼女とて、話を理解する方向は苦手ようだ。
「俺が言っているのは、静寂の月光に協力するんじゃなくて、フィアッカ自身に協力するんだ。単純に言えばフィアッカとリース個人の味方かな」
「んなっ!?」
気恥ずかしい台詞を率直に言われ、フィアッカは唖然と立ちすくむ。
予想外の出来事にとんと弱いらしい、可愛らしい口をぱこんと開けたまま、およそ十秒ほどの間を置いていた。珍しい光景に達哉はじいっと食入っていた。
「待て、少しだけ待ってくれタツヤ。さっきなんて言ったんだ、お前は」
ようやく我に返ったらしい。フィアッカは静々と尋ね返す。
「だから、俺は、フィアッカと、リースの、味方に、なりたいんだ」
一句一句、達哉は丁寧にかつ語調を強めて説明する。
空耳ごとだと黙然していたフィアッカだが、現実だと悟ると突如と沸いた懸案を打破するように思案し始めた。時折、あの男の二の舞にさせるわけには、などとぶつくさ自身に問答すること一分以上が過ぎて、
「いや、駄目だ。これは私だけの問題、他人の手を借りるわけにはいかない」
などと前もって懸念していた答えを聞かされた。
ぎりと達哉は歯を食いしばりながら、順序良く説得をし始める。
「そうやって君はずっと一人ぼっちで戦っていくつもりか?」
「ああ、そうだ」
端的ながらも確固として頑なな、拒絶の意をフィアッカは唱えた。
不意に現在と過去、平穏と乱世の時間という不可視の壁が二人の間を隔てる。
「そうやって自分を犠牲にして救済し続ける先に、一体何があるんだ」
「あるさ。二度と戦争の無い、誰もが平穏な日常を送れる日々がだ」
「……ちなみにその中に自分は入っているのか」
「入っていないさ。当然だろう、大勢の人間を殺めた私にそんな権利など無い」
瞬間、達哉の理性と言う名の臨界を軽々と突破した。
「いい加減にしろ、この馬鹿野郎!!」
周囲に響く乾いた音、掌の疼く痛み、呆気にとられるフィアッカの横顔。
数秒ほど経過した後、周囲に時間が取り戻していく。
「……………」
何が起きたか理解できない顔で、フィアッカは自分の頬に手を当てていた。


それは己が命を投げ打っても守護せねばならぬ存在が、一方的な暴力を受けたのに憤慨し、万機を持ってして抹殺しようと少年の心臓に狙いを澄ます。
だが、下手をすれば地球との戦争を再開させかねないし、かの男の後継者と目される者だと告げる冷静な自分の指摘に自重し、だが時が来るのを待ち構える。


何が起きた? 何が自分の身に降りかかったのだろうか?
向き直れば凄味一色で顔を染め上げた達哉が、こちらを睨んでいた。
眼前には彼が振り払った衝撃で赤くなった掌、遅かれ事態に気づく。
「タツヤ……お前、まさか私を……」
「ぶったよ、思いっきりさ。こんなどうしようもない偽善者や法螺吹き野郎なんかより、もっと救いようが無い暗君のような奴を」
悄然と立ちすくむ自分に対して、そう語る彼の眼には明らかに言われ様の無い侮蔑と、意味を捉えかねない悲痛さが込められていた。
「私が暗君だと? 大勢を救うために自分を犠牲にするどこが悪い!」
遅かれフィアッカは己を取り戻しては、語気を荒くしつつ真正面から対峙する。
そう、自分は間違ってなどいない。あんな悲惨な戦争を回避するために肉体を、心を、想いを切り捨て、戦争の火消し屋としての使命を胸に数百年もの間、そのために動き続けていた。

瞼を閉じたその向こうのは、静寂に満ち溢れすぎた世界。
かつて外壁によって形成されたコロニーは破壊され、そこはただの空虚だった。
もはや二度と復興されまい。どんなに年月があっても現在の王国にはそうさせるための莫大な資産や人員も無く、技術すらも大きく後退しているのだから。それがあの戦争の後の傷痕。
見上げる先、一つとて無傷が無いビル群は墓標のように立ち並び、起きた出来事を黙然と語り、そこにいた『ニンゲンのカタマリ』が浮遊していた。
年端も無い子供もいた、手を繋いでいた恋人たちがいた、ベンチに座っていただろう老人がいた、母親の胸に抱かれていた赤子がいた。ただそこには死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――――――――――――――――!!

フィアッカがかつての過去に、暗い感慨老け込むのも束の間だった。
次の達哉の言葉は、一瞬でそれを破壊する威力を持っていた。
「自分を救えない人間が、どうすれば他人を救える手助けをできるって言うんだ!」
ここが公衆の議論会ならば、瞬く間に全員を沈黙させる怒号が彼の喉から響く。
同時に形の良い達哉の体躯が、天にまで届きそうなほど膨れ上がる錯覚さえした。
なおも彼は鼻息荒く、説法し続ける。
「誰かを救うというのは確かにいい。どんな理不尽な現実の状況下で、差し伸べる手は凄く良いと思う。だけどさ、君はただ救うだけでしかしていない。導こうともしてはいない。和兄さんと同じように月と地球のための仕事をしているけど、お前は兄さんより遥かに劣っている」
そんなことは無いと反芻しようと口を開くが、更に達哉は叩き込み続ける。
「大体、導く人って言うのは、誰よりも我侭じゃないといけないんだ、現実には出来ないと考えるどんな破天荒な話を実現させ、周囲を巻き込むような人間じゃないといけないんだ!」
達哉の言葉に、唐突に在りし日に過ごした彼の姿が過ぎった。
普段は従順のくせに、こことばかりの時は勝手な行動を取る彼の面影を。
「だからこそ憧れる! この人のような道を目指したいと思う! 肩を並べたいと胸に刻み込む! だけど君みたいに無心で無欲な守護者なんか、誰もついてなんて行かない!」
トドメとばかりに弾劾した達哉は、沈黙して屹立する。
「…………」
何か反論しなければと思う一方、手遅れな幻想が頭の中を過ぎる。
もし自分が、彼が地球に降り立つのを事前に察知し、強制的に押し留めていたら?
または何もかも投げ打っては彼の後を追い、共に暮らしていたら?
そうしていたらここにいる『守護者』としてのフィアッカは存在せず、月と地球の関係は今よりも悪化していたかもしれない。だが、自分以外の人間が現在に人格を残す可能性だってある。果たして、自分のとった道は正しかったのだろうか……?
「ならば私はどうすれば良かったのだ?」
ぽつりとフィアッカの口から困惑の言葉が漏れ出す。
どこか脳裏の奥で、錆びれた鎖が地面に叩き落ちる音が聞こえた。
「だったら、だったらどうすれば良かったと言うのだタツヤ! ワタシにはあの時、ああするしか方法は無かった、あいつの意思を聞き受けるしかなかったんだ!」
スカートを握り締める手が小刻みに痙攣し、鼻白むフィアッカ。
ふいに視界が歪み、頬から顎に何かが零れ落ち、地面の草の葉が受け止める。
(これは、涙なのか? ワタシが泣いている?)
予期もしない自分の感情の爆発に、フィアッカ自身が驚いていた。
彼を喪失して以来、数百年ぶりのものであり、制御したくても方法を忘れた彼女は止める術を持たず、ただするがままだった。
見遣れば達哉も鳩が豆鉄砲を直撃した面持ちで、愚直に佇むばかり。
が、屹然とした顔に改めて、彼自身の答えを導き出す。
「きっとそれがその時の正しい答えだと思う」
「え?」
思わずと、だが茫然とフィアッカは達哉に目を向ける。
「多分さ、その人もフィアッカと同じ気持ちを抱いていたんだと思う。君と離れない選択もあったのに、わざわざ地球へ戻ったのはその時、彼が正しいと選択だと信じていていたたからじゃないか?」
「正しい選択……だが、もしそれが間違っていたと気づいてしまったら?」
「その時は思いっきり泣く、泣いて中身を空っぽにして、少しの間立ち止まって、次に何をしたらいいのか考える」
解説の中に力強い芯があるところを聞き、彼にも似たような境遇を体験しているのかとフィアッカは考えた。なぜならばそう語る彼の瞳の奥では、悲しみを乗り越えた者独特の力強い光を宿していたように見えた。
果たして自分に達哉と同じ、強靭さと柔軟さを持った意志を持てるだろうか。
答えは否だろう。間違いない、彼は自分を遥かに乗り越えている。
「誰かを失うのは本当に悲しい。時に会いたくて悲しんだり、憎んだりするから。でもだからと言って、もしも昔に戻れる機械を使って過去を改竄したとしても、それは救いじゃない。ただの偽善まがいの悪行だ、あってはいけないんだ」
「どうしてだ?」
いつの間にかフィアッカは涙を止め、常の落ち着き払った所作で問い返していた。
訝しるのも束の間、心の奥では率直に受け入れる自分に気づく。
「それが本当の救いじゃないからだよ。その時、その瞬間、その間の思い出と記憶を自分から踏みにじるようなものだ。いや、むしろ逃避だ。悲しくても寂しくても、その時が大切なものならばそれはきっと大切な思い出だからだし、今に至るまでしてきた行いを冒涜しているから」
達哉の言葉の内に秘めた意図を察して、フィアッカは思案する。
……そう、あの時あの場所での選択は間違ってなどいなかった。
結果的には悲劇で終焉を迎えたが、少なくとも自分と彼の胸の内は何者にも負けない強い絆で結ばれていた。無論、それは今でも繋がれている。
確かに達哉の言葉通りだった。もし全てを無かったようにすれば、彼と出会ってから過ごした日々を否定し、少しずつ変わっていった自分自身さえを裏切ることになる。ましてやその後の自分の行い全てすら無意味になってしまう。
(……そう言えば、あんな事もあったな)
ふとフィアッカは昔、ロストテクノロジーの管理をしていた際に、詳しくは覚えていないがと地球のある場所で、助産婦として立ち会った経験があったなと思い出す。
己が使命を逸脱する行為だが、そこには自分以外には数名しかおらず、医者は嵐のために来れない緊急事態だったので、仕方が無く医学に多少の知識を持つ自分が手術したのを。
悪銭すること数時間後、無事に出産した赤子を手にしてフィアッカは、小さな身体でも懸命に生きようとする命に触れて、万感な想いを抱いた。
(……そうだ、そうだった)
日々の記憶に埋もれていた、ささやかな出来事にフィアッカは電撃的にある可能性を見出す。
意味も無く、ただ苦痛しか与えなかった戦争を回避するのもある、だが大前提としてこのようにして新しく与えられた命を救い、更に連綿と続く人の営みの輪を守る事もできる事実に。
(まったくワタシも年をとったな、今更ながら)
ふっとフィアッカは、翳の無い自嘲の笑みを浮かべた。
「それにさ、こう言うのは不謹慎だけどそんな過去があったからこそ、リースやフィアッカと出逢えた件については、俺は嬉しいと思う」
鼻下を指で擦りながら、照れくさそうに人懐っこい笑みを向ける達哉。
不意を突く様に、心臓の鼓動が一瞬大きく乱れ、言い聞かせても抑えきれない感情が彼女の全身を駆け巡った。顔の表面だけがバーナーにでも燃やされたせいで、体感温度を忘れるように熱い。思考すら真っ白に染め上がり、次の言葉でさえ紡ぐのを許されない。
「ふ、普通、気恥ずかしい台詞を口にするか?! この馬鹿がっ!」
「ぐほっ!!」
十秒かそこらか経過して、フィアッカは照れ隠しとばかりに達哉のみぞおちに一発いい鉄拳を叩き込む。なんとも良い音だ。
とにかくこれで、もやもやした鬱憤は晴らせた彼女は、叩き込むように告げる。
「いいだろうタツヤ、お前の願いを聞き届けてやろう。だがワタシの教えは厳しいぞ」
背後を振り返り、彼女は捲くし立てるように告げて場を離れようと、した。
「……誰だ?」


「……誰だ?」
視線の矛先を木々の合間に向け、鋭く叱責するフィアッカの誰何の声。
不可視の襲撃者から庇うように、彼女は達哉の前へと躍り出る。
腹部の奥に響く鈍痛を堪えていた彼は異常を察し、周囲に感覚を巡らせる。
……確かに存在している。二人に、いや正確にはいかなる理由か自分の全身に向けて、数百の毒針を刺しそうな殺気を隠さずに注がれている。
(口論していたとは言え、こんなに距離に近づかれるまで、気づかないなんて)
内心で舌打ちし、状況の収集を努めるべく成り行きを見届ける。
「申し訳ありませんフィアッカ様。しかしながら火急の伝令を仰せつかまりましたので、ご報告を」
ロストテクノロジーか何かだろうか、声が空気中を反響する。声色はノイズ混じりなために男性か女性か、もしくは子供なのか判別しずらい。フィアッカを様と呼ぶ辺り、確実に教団の人間であることは間違い無いが。
「ならば聞こうか、まあ誰かはすぐに分かるが」
「はい、長からの命です。フィアッカ様および、リースリット様を速やかに教団本部へ保護せよと受けております」
「長が? なぜだ、今回の調査はワタシに全権を委ねられているはずだが」
眉を潜めるフィアッカ。心底、理解不能と全身が語っていた。
「お気づきでしょう、『清浄たる蒼穹』が調停を破り、あなた様とリースリット様に危害を加えようとしたのを」
熟考しかけて即座に理由が思い当たり、息を呑むフィアッカ。
「待て、それは誤解だ。アイツはリースリットを救おうとして、上の命令を無視してまで単独で行った事だ。決して向こうの総意などではない」
「例えそうだとしても、あなた様は人類の希望であるために、万が一の事態があってはいけない身なのです」
本人はきっと誇らしげに宣言したのだろう。毅然とした口調だった。
だが逆に達哉は無性に苛立ちが積もってきた。胸倉を掴んで寝言は寝て言えと傲然してやりたい。それほど、常の冷静さが保ちづらくなっていた。
人類の希望だか何だか知らないが、全ての業などを一人の女性の華奢な双肩に押し付けようとするのだろうか。なぜ共に背負うと気概を見せようとしないのか、そう思うだけで言いようの無い苛立ちが湧き上がる。
「さあフィアッカ様、私と共にお戻りください」
二人の眼前の空間に発生する揺らぎ。徐々に人型の輪郭へと変化しては、全身をローブで包み込む容姿が窺えた。それを見据える事数秒、
「今は断る」
というフィアッカの断然とした拒絶の言葉が響いた。
「……今、なんと?」
「何度も言わせるな、今は断ると言った。そもそも向こうに戻るとしても、私とリースリットには断りを入れなくてはならない家族がいる。彼女らに断りを入れずに戻れるか」
真っ直ぐに見据えてフィアッカはかぶりを振るうのを見て、達哉は自分の胸に蟠っていた願いが昇華される感覚がした。
「……その地球人ですな」
鋭利さを尖らせた殺意の刃が達哉の眉間や心臓など、急所に直撃する。
一般人ならば立ち竦むか、腰をぬかして無様に地面に座るかだが、日ごろの鍛錬をしている達哉にとってはそよ風に等しい風当たりだった。フィアッカは察して達哉を一瞥する。
「タツヤ逃げろ、奴の狙いはお前だ。ここでワタシとリースリットが食い止めている間に和に連絡して保護してもらえ。すぐ近くにいるはずだ」
「どうして兄さんに連絡を? それにどうして近くにいるって感じるんだ」
「いいから早く逃げろ。想い人であるお前を傷つくのを見るのは、耐え難いのだ。リースリットにとっても、ワタシにとっても」
気恥しいのか言葉尻が消え失せるのを聞きながらも、達哉はかぶりを振る。
「いやだ」
「……は?」
予想外の拒否にフィアッカが大仰に目を丸くさせた。
「さっき言ったばっかりのこと忘れたのかフィアッカ。俺は君やリースの味方をするって断言した矢先に、君を置いて遁走するほど俺は人間がなってないよ」
「お前、馬鹿か?」
「ああ、馬鹿だよ。知らなかった?」
ほとほと呆れたフィアッカにふっと、ため息を溢して達哉は敵を見据える。
「それにこの程度の重圧なら、俺くらいでも十分に太刀打ちできる」
長年、一歩間違えれば命の危険に晒される実戦と言っても過言でない、鍛錬を潜り抜けた自身への経験と自信を総括して断言する。反応はすぐに起きた。格下と烙印を押された教団員の気迫がより一層と濃さを増していく。
だからそこが駄目なのに、と達哉は心中で嘆いた。衣服の皺具合で全身の筋肉が無駄に強張り、余分な力が加わるのが見て取れるし、各所に付け入れるほどの隙が気配から見受けられる。もっともそれが罠という可能性がある以上、楽観は出来ない。
膠着状態が続く中、やがて教団員が一歩足を踏み込めようとして、
「お止めなさい」
介入する屹然とした一括の声。全員が発生源に顔を向ける。
「フィーナ、エステルさん……どうしてここに?」
意識を教団員に向けつつも、外出用のワンピース姿のフィーナとエステルが二人揃って、どうしてこの場にいるか不可解すぎた。確か彼女たちは検査や礼拝の後片付けで月人居住区にいたはずでは?
「教団の方がどうして、こんなことをするのですか?」
茫然と教団員と達哉とフィアッカを見眺めつつ、状況に対応できないエステル。
無理も無い状況だ。自分が属している教団の人間が、達哉とフィアッカを襲い掛かろうとしているのだから。だが、当惑するのは向こう側も同じだった。
「まさか、フリージア……なのか?」
「え?」
不意に自分の姓を呼ばれ、硬直するエステル。そこで気づいた、教団員がまるで無二の友人のように親しい視線を注いでいるのを。もはや自分が雑魚呼ばわりされたことなど意識の彼方へと追いやっているようだった。
「……いや、そんなはずがない。彼女は昔に死んだはず。だがあまりにも瓜二つすぎる、他人の空似にしてはおかしい」
「まさかあなた、私の母をご存知なのですか!?」
母? とオウム返しに呟く教団員。しかしすぐに思い至ったらしく、息を呑む。
「……そうか、そういうことなのか。これはフランツ様に直接、問いただせねば」
ぼそりと囁いた言葉は、少なくとも達哉の耳朶に直に聞こえていた。
即座に記憶領域に一字一句、書き込む。彼の第六間が遠くない未来に起こりうる、尋常ではない事態を察していたのに気づいたために。
「さすがに王女や彼女を手前にして、リースを月へ連れ戻そうなどと思わないだろうな」
再三の闖入者に驚かまいと誓っていた矜持が、あっけなく折れた。
草むらを踏む乾いた音を引き連れて、隙の無い足取りで自分と教団員の間を割ってきたのは、兄の和である。率直に疑問を口にしようと達哉は開きかけて、閉じた。
(……怒っている? あの兄さんが)
傍から見ても察しているのだろう、フィーナやエステルが浮かべた感情は不可解や、困惑が入り混じる怪訝さが窺えた。達哉とてその考えは同調できる。一部を除いて常に凍てついた氷河のごとき冷静さが掻き消え、瞳ならず全身からは全てを焼き尽くす業火のごとき気配を周囲に発散している。
と、漠然と立ち竦む一同の混乱の氾濫を更に掻きたてる行動を和は実行した。
「っ!?」
片膝を付き、恭しく頭を垂れる和。まるで王に対する臣下の礼のようだ。
和とフィアッカを覗いた面々はいかなる意図や、推察が捉えかねない。
そんな中でも、彼らの会話は始まりを告げた。
「申し訳ございませんフィアッカ様、すぐに馳せ参じたかったのですが、事後処理のために遅れてしまいました。ご了承のほどを」
「別に良い。要らぬ心配をかけさせたのはこちらだからな。いくらリースリットのためだからと言っても、お前には迷惑をかえてしまった」
「いえ、そもそも妹を助けるのは兄の務めであります。彼女の存在を助けるならば、傷つく事すら厭わない覚悟がございます。しかし……」
「しかしなんだ?」
徐に言葉を濁した和に眉を潜めてフィアッカが問いただす。
「まさかフィアッカ様が達哉を痛っ!」
その先を口にさせまいとしたフィアッカが、詰め寄っては和の頭部目掛けて踵落としを実行する。
子供の体躯だからとは言え、分厚い靴の底による遠心力の威力はまさに絶大らしく、苦悶の声を漏らすだけで彼は頭を上げる気配すら皆無だ。何となく瞳から星が飛び出している気がする。
「それ以上言ったら殺すぞ?」
殺気と書いて『ばらしたら即、死刑!』と笑っていない目で彼女は語った。
だが妙に時折、自分へと意識を飛ばしているのに察し、達哉は小首を傾げる。
「と、ところで和さん、リースのためというのはどういうことかしら。そもそもフィアッカとはまさかあのフィアッカ?」
緊迫した空気が、突然ぶち壊れたのに動揺しつつも、フィーナが毅然と尋ねる。
「はい、フィーナ姫。こちらにいらっしゃるのは、静寂の月光の創始者の一人フィアッカ・マルグリッド様ご本人です。体はリースリットそのものですが、中身……精神はロストテクノロジーによって、リースリットと結合しています」
前もって後に続く質問を回答するように、立ち戻った和が答え、更に続ける。
「ですが今回の器……ノエル家は代々、フィアッカ様の人格を受け入れるための器を輩出する家系でありますが、リースリットは結合が弱く、多少の衝撃で人格が二つに分裂する危険性がありました」
「あの時のか!」
「あの時の? 達哉、あなた何か知っているのかしら」
「実は……」
フィーナたちに初めてエステルが自宅に来た際、達哉はリースがトラットリア左門のドアに頭をぶつけ、唐突にフィアッカが表に出てきた件を告白する。
「それから数日の間を置かずに、リースが達哉の家の軒先で倒れ、しかも記憶喪失になっていた。更には和さんが急な出張……やはり、あなたはリースの身に異変が起きていたのを知っていたのね」
幾多にも散らばっていた事実の欠片を埋めていき、フィーナは最後の一枚を隠し持つ和に話を向けた。
「実は人格の優先順位は完全にフィアッカ様にあり、オマケのようでしかないリースリットの人格は……後かたくも無く消滅してしまうのです」
言葉を失うというのはこの場面か。世界から一切の音が喪失する。
最早、目の前の状況など眼中になく、消滅という単語だけが達哉の思考を占めていた。視界の隅でエステルが動揺を貼り付けた表情で何かしているが、どうでも良かった。
そんな彼の意識を再起動させたのは、
「タツヤ、ワタシならもう大丈夫だから」
記憶を失い以前の、ぶっきら棒だが労わりの声色であった。
「……リース」
ぼやけていた景色が鮮明を戻していき、一人の少女の容姿を映し出す。
「リース!」
衝動的に叫び、達哉は思わず駆け寄って、華奢な少女の身体を抱きしめる。
ただそれだけで、昔無くした宝物を取り戻したような安堵感が生まれた。
(……あれ? なんなんだこの気持ちは)
どくんと達哉の心臓が一際、リースの鼓動が自分の鼓動と重なり合ったように高鳴る。何故か彼女と出会って以降、過ごした日々が記憶から溢れ出す。
(……本当になんなんだろう、この感じは?)
憐憫でなければ、親愛でもない、初めて芽生えた感情の種に戸惑う達哉。
客観的にこれが何かは把握しているが実際に感じ、受けたことが無い彼はただ愚直に黙考するしかない。リースが息継ぎしようと手足をばたつかせているのを、知らないほどに。
「どうしてお前がそのようなことを知っている」
そんな中より険しい詰問の声がした。見遣ると教団員が和を睨みつけている。
それもそうだろう。恐らく機密として扱われている情報を、たかが一介の地球人が余さず知り尽くしているのだから。
だが達哉の兄であった者は、ふっと失笑を唇から漏らし、告げた。
「本来、私こそがフィアッカ様の器となるべき者だったからな」
「な……に? まさかおま、いやあなた様は」
「その通りだ。我が名はリュミエール、リュミエール・ノエル。リースリットの義理の兄であり、いつか来る未来にフィアッカ様を身の内に収める器であり、ノエル家を継ぐはずだった者だ」
リースを除く、その場に居合わせた全員が呆気と沈黙の霧に覆われた。
菜月、遠山などであれば、『またまた冗談を』などと囃す所。だがしない。
即座にそれを肯定する人物がいたために。
「それは本当の事。フィアッカ様が確実に保障する。それからタツヤ、苦しい」
達哉の胸元に埋まる形のリースが、ぷはっと顔を出して糾弾する。
「ああ、ごめんごめん。」
それで急ぎ達哉はリースを解き放つ。だが逆に寂寥感が胸にしこりを残す。
「和さんが……月人? しかもリースの兄? そんな」
茫然とした口調でエステルが、和を様々な感情を複雑に混ぜた双眸を向けた。
まさか達哉やフィーナは、彼らが問答じみたやり取りを知っているはずが無く、小首を傾げる。多種多様な視線を浴びつつも、和……否、リュミエールは命令口調で告げた。
「ではリュミエール・ノエルとして命じる。この場から離れ、そして長に伝えよ。リュミエールがリースリットと共に今度の件についての釈明をすると」
逃げも隠れもせぬと言葉の裏に潜ませ、毅然と訴えるリュミエール。
「……畏まりました」
恭しく一礼すると、教団員は再び不可視の姿へと戻り、気配と一緒に消えていく。
遅かれ周囲の時間が戻ったようで、現実感を引き戻す風、車の排気音や彼方から彼らへと押し寄せる。後に残ったのは懊悩や困惑や戸惑いの気まずさである。
「兄さん……」
無言のまま佇む和の背に向けて、かける言葉を見つけられず、煩悶し続けた。
十年間も傍にいたはずの彼の体が朧げに霞み、今にも消え失せそうな感触。
これまで紡いでいた絆が一方的なもので、実は何も無かったという空想。
それらすべからく不安を掻き立てる材料が、重く達哉の身の内で爆ぜ回る。
「さて、戻るか達哉。私たちが戻る場所に」
が、不安などを吹き飛ばす微笑みを浮かべ、リュミエールは達哉の額をこつんと人差し指で小突いた。
「何をぼさっとしている。そのまま案山子にでもなるつもりか? それからフィーナ姫とエステルも」
心ここに在らずの達哉を咎めつつも、フィーナたちにも叱咤するリュミエール。
その横顔には事実を告白した諦観や悲観といった嘆きや、または興奮や憤怒で高ぶった感情など皆無であった。ただ単と昔あった出来事を思い出したように、素っ気無い。
(あ、そうか。そうだった)
達哉はようやく不安が、自分自身で作り上げた妄想でしかないと痛感し、苦笑した。そもそも宮川和とリュミエール・ノエルを区別する時点で間違っている、彼は彼であり、自分の兄なのだ。
ホント、馬鹿らしいなと彼は苦笑し、未だ追いつけない己の先を進む男性の後を付いていった。







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