FORTUNE ARTERIAL−Risato's PastVein
4/4 孝平
「夜な夜な歩き回ってるそうだな」
放課後の監督室。今日は東儀兄妹はいないので千堂兄妹だけ。
そうなると兄妹だけで抱える話も出てくる。
「それがどうしましたか?」
兄相手となると実にそっけない。一番近い人間には本心を晒せないという説もあるが、瑛里華の場合は実際その説が正しいようだ。
「別にお前のことは気にはしていないが、無茶だけはするな」
前の部分の言葉よりも、後ろの部分の言葉に力を込めて伊織は伝える。
「おあいにくさま」
「それと、白鳳のことだが・・・っおい!」
伊織が別の事を伝えようとする前に、瑛里華は監督室から出て行ってしまった。
「全く、誰に似たんだか」
自分だと思うのはなるべく避けたかったが、結論としてやっぱり自分になってしまうのが瑛里華の兄、伊織の宿命だった。
いつもの朝、しかしいつもでない朝。
「幽霊?」
「うん、寮に夜な夜な出るって噂が」
ちょっと気弱そうに陽菜が孝平に向けて話題を切り出す。
「学校とか寮には幽霊が付き物だからな、俺は出てきても驚かないぜ」
「見たことがない人の空元気」
『興味無し』の顔をしていながら、ツッコミだけは異常に鋭いのが桐葉という人間だったりする。
「誰か、確かめてくれる人が現れないかなぁ」
「夜な夜な遊びにも出られないしぃ」
門限を守ってなさそうな外野陣(立ち絵なし)が不満を述べている。
「こういう時こそ、やはり!」
・・・司が俺の方を向いた。ヤバイ。この状況は支倉孝平ピンチの予感!
「さて、俺は・・・」
「どこに行くのかしら、こう君?」
・・・頼むから俺の背中を引っ張らないでください。頼むから璃紗都先生ばりの女言葉もやめて下さい。司きゅん。
「こんな時こそお前の出番じゃないか、調査隊副隊長!」
バシっと肩を叩かれる。痛い。それにいつの間に調査隊が設立されたんだ?
「判ったよ、行けばいいんだろ?」
こうなると意思を固めるしかない。受けてしまう孝平も孝平なのだが。
「好奇心は、猫をも殺すという言葉を知ってる?」
そして横から桐葉が恐ろしげな言葉を述べてきた。意思が揺らぎそうだ。
「でも、ちゃんと調べることも大切だと思うけど」
「・・・勇気と無謀は違うわ」
陽菜が反論してみたが、桐葉の方が一枚上手にしか見えなかった。
「それで、どうして俺は『副隊長』な訳だ?」
夕暮れ近い寮を司と二人で歩く。後ろからは心配そうに陽菜がついてきている。
「それはな・・・」
なんか嫌な予感がしてきた、こういうことに首を突っ込む人の顔が孝平の頭の中で描写されていく。
「よくぞ来た、選ばれた勇者達よ!」
・・・そういうことですか・・・
「いや、かなでさん、別に俺たちは選ばれたとか何とかじゃなくて・・・」
「はっはっは、幽霊だろうが宇宙人だろうが(以下略)、このお姉ちゃん力を持ってすれば何も怖がることはないのだ!」
かなでの言うお姉ちゃん力とは物凄いらしい。しかし発揮された場面を孝平はついぞ知らない。
「さらぁに!我々には強力な助っ人がいるのだ!」
一体誰だろう?強力というのなら筋骨隆々の物凄い人か、それとも黒服のエージェントか?
「こ、こんにちわ」
「もしもし、かなでさん?」
しかし、そんな予想はあっけなく崩壊。かなでの背後からシスター服に身を包んだかなでよりも一回り小柄な女の子が現れた。
「白ちゃんなのだぁ〜」
・・・かなでさん、自分の趣味で面子決めてません?
「東儀白です、えっと、皆さんのお役に立てるのならと思いまして」
「うむうむ、愛いやつだのぅ」
白をヾ(^-^ )するかなで。完全に趣味で選んだメンバーだ。これで何が出来るというのだろう?
「おい司、この状況を何とか・・・」
後ろを振り返る。が、かの人はいない。逃げたようだ。
「 お の れ 八 幡 平 謀ったな!」
怒りを込めて叫んではみるが、既に視界外に出てしまったものには通じない。むなしく声が響くだけだ。
「あのー、私は何をしたらいいんでしようか?」
「お姉ちゃんに何て言われたの?」
陽菜が聞いてみる
「はい、礼拝堂のお掃除をしていたら『世界の危機を救うために、キミの力が必要だ!』と勧誘されまして、私でよければということで」
一体何が世界の危機か判らないが、口説かれてきたことは確かなようだ。
「い、いいんですか?」
「さあ、探検にれっつごー!」
質問とか意見はすでに聞いてくれないモード。こうなると何を言っても無駄。
「ゆけーゆけー、かーわぐちひ○し♪ゆけーゆけー、かー○ぐちひろし♪」
日も落ちて暗がりが広がりつつある中、知らぬものはいないという伝説の探険家を称えるテーマ曲を歌いながらかなでは先頭を進む。
「カメラマン、気合が足らん!」
「へいへい・・・」
なぜかカメラ一式を抱えて歩く孝平。こんな時男は損だ。
「よいか、者共!今宵こそは寮を騒がす不埒な悪行共に正義の鉄槌を下すのだ!」
「今宵こそ?」
「うん、お姉ちゃんは毎晩『我々の寮を荒らす者は許せん!』って寮を見回ってるの」
毎日やってるんかい!というツッコミを入れたくなったが、無駄なのでやめておいた。
「私も及ばずながら参加させて貰っています」
陽菜は当然として、なんと白まで加わっているらしい。いいのかこれで。
「いいか不審者!今夜の我が隊にはこーへーという切り札がある!」
・・・俺は切り札になれるほど凄い人じゃないんですが・・・
切り札兼カメラマン孝平の苦悩は続く。
そうこうしているうちに完全に夜。月明かりと寮から漏れる光を除けば昼のにぎやかさが嘘のようだ。
「むっ、不審者!」
さすがは隊長。気配に気が付くのも誰よりも早い。
「天誅!」
「か、かなでさん!」
確認も何もない、孝平が止めるよりも先にかなでは持っていた釘バットをその何者か目掛けて叩きつける。
次の瞬間、鈍い音。さらに次の瞬間、釘バットそのものがへし折れた!
「ぐわををををっっっっ〜!」
釘バットが折れる程だから手にする方の反動も物凄い。さすがのかなでも両手を抑えて地面を転げまわっている
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ムネン、アトヲタノム」
このセリフからして暴れっぷりほど重症ではないようだ、一安心。
「誰だ!」
隊長がやられた今、切り札(かなで認定)である孝平の出番。強い口調とポーズで相手を威嚇する。
「うーん、誰だと言われたら白鳳璃紗都って答えるべきかしら?」
「あ、白鳳先生」
「何でここに?」
かなでが反応した「何者」とは、暗がりからひょこり現れた璃紗都先生だった。
「聞きたいのはわたしの方。こんな夜に寮の外をうろうろしちゃダメでしょ?」
「おのれ、不審者とは巨乳教師のことか、成敗してやる!」
陽菜に介護され、両手を交互に押さえつつも口だけは元気なかなで隊長。
「寮の外を夜な夜な歩く不審者がいるって言うから見回ってたんだけど」
「お恥ずかしい限りです・・・」
不審者を成敗するつもりが、その不審者は自分達だったという情けないオチに、孝平はただただ小さくなって謝るのみ。
「申し訳ありません」
引っ張り込まれた白もぺこりと謝る。共犯なのは確かだから。
「いいのいいの、原因がわかったんだし、実害もないから」
「隊長があれですからねぇ・・・」
明日からの見回りは無理そうだ。
「でも、これで不審者騒ぎも一見落着かしら?」
「そうみたいですね・・・」
後ろを見ると陽菜に両手をふうふうされながらもまだ意見がありそうなかなでがいるが、首謀者がこれならしばらくはおとなしくなるだろう。
「明日からはこんな時間に来たらダメよ?」
両手の人差し指で口元に「×」を作って璃紗都先生が注意する。
「ええ、わかりました」
「ごめんなさい」
礼儀正しい白は最後まで謝りっぱなしだった。
「おのれ!この屈辱忘れまじ!」
ただ、約一名、謝りもしない人が残ってはいたが・・・
次の日、食堂。孝平はいつものごとく陽菜と一緒に食事中。
「それで、かなでさんは?」
「両手首のねんざで一週間ぐらい包帯状態、それでね」
しばらくはリタイヤなのだろうか?
「こーへー、何か食わせろ〜!」
陽菜が注釈をつける前に両手に包帯を巻いたかなでが孝平を呼び出す。これではリタイヤでも何でもない。むしろ孝平へのコキ使い度は急上昇。
「えーっと・・・」
「この悠木かなで、巨乳教師の陰謀にハマり、両腕を砕かれるとは一生の不覚!」
いや、ただのねんざでしょうと突っ込みたくなったが、やめておいた。
「はい、お姉ちゃん」
箸が持てないかなでのために陽菜がハンバーグを彼女の口元に持っていく。
「もぐもぐ」
「大変ですね」
「判っているのならヒナちゃんと代われ!」
「え、俺がですか?」
「いい身分ね、フラグ立った?」
・・・紅瀬さん、なんか横の方から凶悪な突っ込み入れてませんか?
「えーっと、えーっと・・・」
「あーん」
かなでの方は口をあんぐり空けて待機中。そしてこの口に入れるのは孝平の役目。
・・・いや、これってかなりフラグなシチュエーションじゃないんですか?
なぜか孝平の手の動きが止まっている。
「ど、どうすればっ」
・・・落ち着け俺、かなでさんごときであたふたしてどうする!
なんとか気持ちを落ち着け、タコさんウインナーをかなでに食べさせようとしたが・・・
「はい」
その前に、隣から別の人が期待満々のかなでの口に放り込んだ。
「こ、この悠木かなでとあろう者が巨乳教師に情けをかけられるとは!」
孝平が食べさせてくれると信じていたのに、入れてきたのは宿敵(?)の璃紗都先生。
そのショックでかなではいきなり落ち込んだ。実にわかりやすい人だ。
「先生、どうして?」
「一応わたしにも責任があるから、ね」
テーブルを埋め尽くさんばかりの山のような料理をついばみつつ、璃紗都先生が答えた。
「そういや先生の方は大丈夫なんですか?」
ちょうどいい機会だ、かなでさんが手首をやられる程の打撃を受けたんだ、先生だってただでは済まないはず。
「あはは、結構痛かったけど、ほら」
かすり傷程度といった軽い言い方で当たったであろう部分を見せる。
「・・・大丈夫だったんですね」
「ええ、このくらい大したことないから」
・・・左腕一本で釘バットをへし折って、なんで傷一つついてない?
孝平よりも細く、そしてすべすべした綺麗な璃紗都先生の腕。
そこにはわずかに釘が当たったらしい丸い跡があるだけだった。
「こーへー!巨乳はほっといて食わせろ〜!」
孝平は意見しようかと思ったが、立ち直ったかなでからは矢のような催促、これでは疑問を出す暇すらない
「・・・はい」
孝平は「しょうがないな」と首をかなで側に向けた、しかしそこには信じられない光景が広がっていた。
「もしもし紅瀬さん?」
「・・・静かに食事させる気がないから、私がするしかない」
「んがんがんが!」
孝平が見たのは桐葉がかなでの口に目いっぱいオカズを詰め込んでいる光景だった。
「これで静かになったわ、じゃ」
作業終わりといわんばかりの雰囲気で桐葉は自分の席に戻っていった。
「く、紅瀬さん?」
陽菜もあっけにとられていたことは言うまでも無い。
「んがんがんが〜!(おのれ黒い巨乳!)」
夜。
昨日まで寮を騒がせていた騒動も一見落着し、元の静かな夜の寮に戻っていた。
そんな中、孝平は1人夜の寮外を歩く。空には明るい月が輝く。
「いろいろあったな」
転校前から今までのことを思い出しながら歩いてた。
「・・・?」
月の色、空の色。何かが違う。
黒い夜空が紅っぽく、そして白く輝いていた月が紅く輝く。自然現象としてありえない。
誰かが、意図的に・・・
「誰だ!」
誰もいないかも知れない。しかしこの状況を飲み込むためには孝平自身では足りない。
他の「誰か」が必要だった。
「千堂瑛里華?」
そういえば彼女はそんな名前だった。輝くような雰囲気を持つ彼女は。
だが、今は全く違う雰囲気を感じる。そう、恐ろしく危険な雰囲気を
ただ、俺は外に出て夜風に当たりたかった。それだけだった。
そこで千堂瑛里華を見た。そこから変わった。瑛里華の姿も、そして俺も。
「見たのね」
「・・・あ」
俺はその紅の瞳の前に射すくめられたように体が動かない。逃げられない。
ゆっくりと近づいてくる瑛里華。昼間とは雰囲気が全く違う。
「私を見たからには、頂くわ」
一体何を?そう思考するまもなく、俺は瑛里華に抱きつかれた。冷たい。人の雰囲気がしない。
そのまま力が抜けていく。何か力を吸い取られていくような
・・・ダメだ、このままでは、俺は・・・
「こう君を離しなさい」
瑛里華から俺を引き剥がし、倒れ掛かる俺を支える人。
紅い瑛里華とは対照的に蒼い髪、そして藍い瞳をした彼女が夜の光に映える。
そして物凄く強く、重い言葉。
「・・・先生」
俺を支えてくれたのは白鳳璃紗都先生だった。
「貴様」
紅い瞳の瑛里華がいつになく強い調子で璃紗都先生に問いただす。
「千堂って、やってることも人外だけど、中身も人外だったのね」
「半分は人外の分際で言えた義理かしら」
・・・瑛里華はわかったが、璃紗都先生が半分人外って?
「さすがに、その状態なら気付くみたいね。でも知られたからには貴女をこの場で消してもいいんだけど」
「消すって?」
高笑いに近い笑い声。無理でしょとでも言いたげだ。
「貴女とわたしとでは『人外』の意味が全く違うんだけど?」
・・・どういうことなんだ?
・・・でも、これ以上は俺の体と頭が動いてくれない・・・
・・・力が出ない・・・俺が消えていく・・・
「おやめなさい」
暗がりからの声。厳しく、しかし暖かい。
「何しに来たの、姉さん」
「ええっ?」
雰囲気や姿は替わっても驚く時には驚くのが人の性。それは瑛里華とて同じ。
確かに、暗がりから現れたその人は碧い髪で青い瞳をしていた。身長もほとんど同じ。姉妹と言えば瑛里華でなくともそれほど疑問は抱かないだろう。
しかし、ラフなブリーツスカートを着ている璃紗都とは全く服装が違う。
「シスター天池」
・・・その人は、シスターの正装に身を包んでいた。
「貴方は、そこまでして、そんな体になってでも、千堂家を敵に回すの?」
諭すように、慈愛するかのように、ゆっくりと璃紗都に向けて話しかける。
「・・・お説教はご免です」
しかし、相手側からは拒否が帰ってくるだけ。
「だから、あなたたちは何なんですか、姉さんだの敵に回すのだのと」
話が見えてこない瑛里華が問う。しかしそれよりも先にシスター天池の方が瑛里華に向き直った。
「瑛里華さんは寮に戻りなさい。これは私(わたくし)と彼女との話です」
「姉さんとする話なんてありません、わたしはわたしですべきことをします」
そう言うと、璃紗都はそそくさと寮に戻ろうと2人に背中を向けた。
「お待ちなさい!」
瑛里華とシスター天池が同時に叫ぶ。叫ぶ理由は違えど、璃紗都を止める意思は全く同じだった。
「こう君はわたしが護ります。千堂の玩具にはさせません」
倒れていた孝平を抱きかかえると、再び寮に向かおうとする。
「玩具ですって?あなた何を・・・」
そこで瑛里華の口が止まった。シスター天池が押さえたから。
「瑛里華さん、それ以上言ってはダメです、璃紗都も、そして貴方も、不幸になります」
「不幸?」
「瑛里華さんなら璃紗都の気持ちも少しは判るでしょう。自分が人と違う運命を背負っているという気持ちが」
そこで瑛里華はあっと思い、続いて自分の人外の部分が消えていくのを感じた。
「運命・・・」
「そして私も、また運命を背負っています、人と違うものを受け入れたという運命を」
神に仕える者が、神から一番遠い者を受け入れる、それは運命を背負うことと同じ。
「うーん・・・」
体が重い。何か昨晩あったような気がするが、何があったのかイマイチ思い出せない。
「起きなさい」
目を開けた。目の前には綺麗な蒼い髪をした女性がいた。
「先生!」
「悠木さんから寝起きが悪いって聞いてたけど、こんなにとはね。だから」
璃紗都先生が孝平にお説教しようとする間もなく・・・
「じゃんじゃじゃーん!」
いきなり窓の外からけたたましい声。
「こーーーーーへーーーーーー!」
かなで。真上の部屋に住んでるから窓伝いで侵入できる。もちろん彼女が狙って部屋配置しているのだが。
「巨乳教師!こーへーを洗脳しようとしても無駄なのだ!」
「あはは、わたしはそんなことはできないから安心してね」
「とーぜんなのだ!」
そしてまた孝平の一日は始まる。昨日と全く違いはない。登校時も同じだ。
「支倉」
「?」
誰かが呼んでいる。
「支倉孝平!」
「千堂さん?」
瑛里華だった。
「あら、瑛里華さん、おはよう」
「先生もご機嫌麗しゅう」
先生と生徒の普通の挨拶。別に何も変わったことはない。
「・・・支倉は私に必要です」
「・・・こう君を好きにはさせません」
いや、確実に変わっていた。運命の路線が・・・
(END)
*あとがき
本来は夏こみ前に完成させて、夏こみで
に出した話へつなげる予定だったのですが・・・
寸前でまともな休み無しが続いた上、途中でシスター天池の設定が出てきたので後半がぐしゃぐしゃになってしまいました(汗)
それでもなんとか書き終えることができました。とはいえ夏こみのにつなげるのはかーなーりキツいですけどね(^_^;;;
後はあけるり側を書き続けて、なんとかあっちも終わらせたいものです。
*なお、璃紗都先生の声は木村あやかさんに脳内変換してください(爆)
3/4にもどります
SSこーなーへ戻ります
とっぷへ戻ります