風の吹かない場所

 

 

 

 

 

 

 たとえ誰が許してくれなくても構わない。ただ僕は、やらなければいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長いまつげが少女の白く透き通る肌に月の影を落とす。
 部屋には、少女と、ベッドの上に微かな気配が感じられるのみ。
 街の喧騒も、鳥の羽ばたきも、虫の鳴き声さえも届かない。 
 静かな、夜だった。

 窓辺の椅子に腰掛けた少女は、月が明るすぎて星の見えない空を見上げていた。
 星の瞬きも、風のざわめきさえも聞こえない。

 くくく、と突然低い笑い声が漏れ、部屋に広がる闇の一角が不自然に揺れた。

「あいつは誰に許しを請いている?」

 少女は答えない。答えがあるとも思えなかった。
 闇の一角が崩れ、中から血の通わない白き手が、ベッドに横たわった少年の顎に伸びた。
 鋭利な爪が月の光に輝き、少女は初めて視線を動かした。
「悪ふざけはおよしなさい」
 凛と張り上げた声は思ったよりも大気を震わした。少女は顔をしかめる。
 聞き取れないほど微かな呼吸音に、神経を集中させる。
 変化は、ない。

「死んでいるのかと思えば」
 いつのまにか全身を闇から引きずり出した男は、肌に爪が傷をつけてしまわない距離で手を止める。
 彼の目にはぼんやりと紫色に輝く少年の姿が映っていた。
 ‘眠り’の効果がある魔法。 

「……なるほど。人間とは不便なものだな」
 同情か皮肉かを吐き、男はまた闇へと溶け出す。
 男の見事な金髪は、太陽とも月とも形容しがたい妖しい光を放っていた。
 しかしそれでも闇にひどく馴染む。

 魔法の力を借りた夢の世界で、少年は誰に許しを請いている?
 それは、幾ばくか男の興味を惹いたが、少女を強行突破して得るほどの衝動ではなかった。
「百万の命の悲鳴との天秤にはかけられまい」
 それが至福であるかのように男は笑い、また闇へと姿を消した。

 男は闇そのものであり、闇は男そのものであり。

 少女はよくそれを理解していたが、再び訪れた静寂に胸をなでおろした。
 せっかく眠ることができたのだ。起こしたくはない。
 最近は特に、必要が差し迫っても眠らない人であったから。

(あいつは誰に許しを請いている?)

 人でないものの声が耳に残って離れない。
 今日の夜があまりにも静かでありすぎるせいだと、少女は思った。
 ベッドの上、微動だりしない少年がどのような夢を見ているのか。
 確かめようとはしない。触れてはいけない。戒めのように目を背ける。

 ただ、静かすぎる夜は、思うことをやめさせない。
 彼が見た破滅の未来は、風の吹かない場所であったと言う。
 風だけではなく、すべてが無である世界。
 未来の一つの終着の形。

「セラ」

 穏やかな声で名を呼ばれる。
 いつのまにか、ベッドの上で半身を起こしている少年に、少女は驚く。
 紫色の光のもやは少年の身体からすっかり離れていた。

「もう魔法でも無理みたいだな」

(……ああ)
 それではこの方はもう、夢見ることさえ許されないのだ。
 強い喪失感を内に隠し、セラはただ、そうですか。とだけ答える。

「まあいいさ……あと少しだ」
 ハイ、とセラはただ頷く。
 再びベッドに身体を沈め、眠るためでもなく、少年は目を閉じる。
 人である者にとって、夜はあまりにも長い。残酷なまでに闇は深い。
 人の心を侵食する闇。
 今の少年にとって、それが幸いであるのかどうか。セラには分からなかった。

「窓を、開けてくれないか」
 セラは少年の言葉に従い、椅子を立ち、夜の闇に向けてゆっくりと窓を開け放つ。
 一陣の風が、部屋の中へと迷い込んできた。
 セラの頬をくすぐり、髪を揺らす。

「……ありがとう」

 セラはベッドのそばまで近寄ろうとして、ふと足を止める。
 どこまで自分は近づいてもいいのかと、思った。
 触れてはいけない。戒めよりもそれは自らへの誓いである。
 セラはもう一度椅子に腰掛け、祈るように両の手を組んだ。

「許されるのなら最後まで……」
 凛とした声に、少年は目を開ける。
「ただ、あなたのおそばに」

 ……いいことないよ、と少年はわずかに苦笑した。

 

 

 

「たとえ誰が許してくれなくても構わない。ただ僕は、やらなければいけないんだ」

 詠唱される言葉を、セラは夜空の月を見上げながら何度も反芻する。

 私は、この方の優しさにすがっている。
 世界もまた、この方の優しさにすがっている。

(せめて、この方から夢見ることまで奪わぬように)
 セラは力を込めて、両の手を握る。

 風の吹く未来まで奪わぬように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


注意。ネタバレしてます。未プレイの方、読まないほうがいいです。

私が書くと、ユーバーさん、ものすごくいい人です。
出てきてませんが、アルベルトさん、彼もめちゃくちゃいい人になります。
これは思い切り贔屓だし、こんなはずないって思いもあるのですが。
偏りとはいいものだと思います。
敵役のほうが好きになる傾向があります。
コナミさんは今回はそれを狙ってたんでしょう。その思いはよく分かりました、が。
3はもったいないシナリオの成熟度でした、私の中では。
あともう少しいじればとんでもなくいい話になると思うのに、できていないという感じ。

3のルックがあまりにも孤独に思えたので、それはいかん。彼は彼の楽園を持っていなければ。
という一心でこれができあがりました。
セラとルックの二人を繋ぐものは親愛を希望してます。
二人とも求めていたのはそういう安らかなものじゃないでしょうか。俗世間にあふれているものではなく。

最後ですが、よかったらゆんさんもらってやってください。

ベストエンディング、あることを願いまして。 2002・9・9 金田

 

追記。

志水アキさんの漫画版3の補完ぶりがすばらしいです。おすすめ。

 

 

モドル