戦いの前に

 

「フッチさん?どうかしたんですか?」

 グラスランドの大地と太陽に愛された少年は、暗い遺跡の中にあってもその輝きを失わない。
 目を細めてしまうほどに眩しい。直視できないほど。
 このような強い光を、以前にも何度か見たことがある。

「いや、なんでもないよ」

 フッチは微笑み、周囲の硬い雰囲気を打ち壊した。
 安心したように頷き返し、さあ行こう。と、若き英雄は告げる。
 仲間たちは各々に決意を固め、立ち上がった。

(この道の先に、彼がいるはずだ)

 行かなければ、いけない。 

 何度も戦いを経験した。
 多くの悲しみを見てきた。
 別れもあった。
 命よりも大事な竜を失った。
 幼かった。

 けれど、あの頃の自分はもういない。
 彼もまた、いないのかもしれない。
 髪を短く切っただけで、15年前と何も変わっていないように見えて。
 けして同じものではない。
 何を失い、何を得たのか。

 確かめなければいけない。
 そして。
 背中に負った大刀が、行け、と無言の力を与えてくれる。
 見届けなければ。
 強い光に重なり見えた、彼らのためにも。
 フッチは強く、拳を握った。

 

 

「変なの」

 高まる緊張感とともに誰もが静まり返っていたため、大きく響いた。
 最後尾を歩いていた少女の呟きに、仲間たちは一斉に振り返った。

「……何が、変なんだ?」
 クリスが怪訝な表情を浮かべ、尋ね返す。
 ここまで来て、何か手落ちがあってはいけない。
 と、神経を尖らしてみたものの。
 ビッキーは自分の疑問を上手く言葉にできないのか、小首をかしげてうーんと唸っている。
 この期に及んでも、のんきと言うか。
 ある種の尊敬に値する、とクリスは思った。

「だって、ルックくんを倒さなきゃいけないなんて、おかしいよ」

 ぴたりと一行の足が止まる。
 みな、のんきな少女の可愛らしい独り言だと聞き流すことができなかったのだ。
 この期に及んで。
 と、溜め息まじりに言おうとしたクリスの言葉をヒューゴが遮った。
 驚くクリスを制しながら、ヒューゴはゆっくりと、ビッキー、そして隣にいたフッチを見る。

「あの仮面は……そんなにいいやつだったの?」
「ヒューゴ……!」
 クリスは耳を疑った。
「お前いったい何を言い出すんだっ」
「でも、クリスさん。オレは知りたいんだ」
 知ってなきゃいけない気がするんだ。
 真剣に訴える少年にクリスは続ける言葉を失う。
「オレの知らない仮面が……ルックって人がいるんだ。ビッキーやフッチさんの中には。
 ―― 仮面を倒す、ということは確かに、グラスランドを救うことになるんだと思う。でも、きっと別の場所で新しい悲しみを生み出すんだと思う」 

 オレはそれを、知っていなきゃいけない気がするんだ。

 クリスはじっと目の前に立つ少年を見た。
 親友の敵だと切りかかってきた少年を思い浮かべながら。 
「……けれど、知れば剣に迷いが生じるだろう」
 厳しく、クリスは少年特有の甘さを指摘する。
 ぐっとヒューゴは唇を噛んだ。
「間違えるな、ヒューゴ。奴を倒さなければグラスランド、ひいてはもっと多くのものが滅びるんだ。確実にだ。今やらければいけないことはなんなのか、間違えるな」
 同情をして、勝てる相手であるのかどうか。
 ヒューゴにも分かっていた。でも、何かがやりきれなかった。
 はたして自分の中にある甘さのせい、なのか。
「クリスさんは強いな」
 ヒューゴの正直な呟きは嫌味のつもりはないんだろうが。
 クリスは自嘲の笑みを浮かべた。
「いいや、私だって自分の弱さを知っているよ。あの男から……父から託されたこの真の水の紋章の重みを、私はまだ理解していない。恐ろしいことだ、これは」
 クリスは女性らしく軽く肩をすくめる。それからひどく厳しい顔つきをした。 
「真の紋章の重みは、きっと今の私では計り知れないものなんだろう」

 真の紋章を宿したものたちの苦悩。
 300年もの間、身のうちに隠し生き続ける孤独。
 一番そばにいた人たちの命を奪う恐怖。
 友と戦わなければいけなかった悲嘆。
 ここにある同じ思いを、知っている。とフッチは思った。
 そしてこの先にいるはずの彼も。

「……かつての炎の英雄は」
 唐突に口を開いたゲドに、みなが驚く。
「あいつもまた真の紋章の運命というものに逆らったやつだった……」

 これから起こることのすべての責めを負い、それでも愛する一人の女性との生を選んだ。

「当時は理解できなかった。だが今は、少し分かるような気もする」
 大きな変化ではないが、ゲドはとても穏やかな表情をしているように見えた。
 炎の英雄を語るとき、ゲドがいつもこんな表情をすることに、ヒューゴは気付いていた。
 気付いて、また憧れた。

「時間はみんなに優しいよ。だから大丈夫だよ」
 ビッキーが強い調子で言い切った。
 少女の言葉は前後との脈絡がすっかり飛んでいたが、どこか胸に響いた。
 そうだな、と最初に同意をしたのは意外にもゲドだった。

 黙っていたフッチが、一歩前に出る。

「ヒューゴ。ルックの友人の一人として僕が望むことは、これ以上彼に破壊を繰り返させないようにすることだ」
「…………」
「あいつを止めてやらなきゃ」

 ヒューゴはしばらく目を閉じて沈黙した。
 そしてゆっくりと目を開き、立ちはだかる大きな扉を見上げた。

「行こう」

 ヒューゴはみなに短く告げ、扉に両手を掛けた。
 右手に輝く真なる火の紋章が、きらりと一度輝きを放つ。
 うん、と力強く頷きを返した。

 
 + + +
 
 崩れ落ちる遺跡、行く手を塞ぐ、モンスターの群れ群れ群れ。
 フッチは大刀を振り下ろし、一匹一匹となぎ倒していく。
 キリがない小競り合いに、苛立ちと焦りが募る。
 前に進まなければ、と頭では分かってはいたが、どうしても後ろが気掛かりだった。

「好きにすればいい」
 すぐそばで剣を翻し、見事にモンスターの一撃をあしらったのはゲドだった。
「え」
「誰も止めはしない。お前の好きにすればいい」
 そしてまた戦いの最中に没頭していく。
 ゲドの背中を見ながら、フッチは思わず大刀を地に下ろした。
(ここはどうにかするから。だから助けに行け、と)

 素早い動きでモンスターの足をなぎ払いながら、ヒューゴがこちらに向けて走ってきた。
 彼が言おうとしたこともフッチには分かった。
 けして振り返らないクリスまでも。

 ビッキーが何かを踏んづけ尻餅をついた拍子に、先が見えないほど通路を埋め尽くしていたモンスターの群れの一角が消え失せた。
 突破口が開けた。
 フッチは大刀を背負い、ヒューゴの背中を一度ぽんと叩いて、行くぞと声を掛けた。
 フッチさん? と焦り調で、ヒューゴが後を追いかけてくる。
「助けになんか行ったら、たぶんあいつ嫌がるから」
 ヒューゴがきょとんとした顔をした。
 自分を見た瞬間の恨みを込めた第一声まで想像して、フッチは思わず笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ルックは崩れ落ちてくる瓦礫を避けようともせず。
 ただ目を閉じて、ぼんやりと夢を見ていた。
 かつて、仲間と呼んだ人たちがいた。その夢を。
 うざったいのに、こちらに近づいてくる彼らに向かって。
 顔をしかめて、呟く。

「……何か用?」

 大きな音を立て、最後の建物が崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


注意。ネタバレしてます。未プレイの方、読まないほうがいいです。

書き終わってまず思ったこと。
しまった、ササライ出すの忘れちゃったよ!

完全攻略本が出ましたね。そしてエンディングはあれきりだということで。
どっかで分かってましたが、残念でした。
というわけで、救いたい、救われたいがために書きました。第二弾です。

今回はヒューゴとクリスとゲドをそれぞれ活躍させて、かつビッキーを可愛く書くということに気合いれてみました(フッチはなに)
クリスあたりかなり微妙ですね。……ごめんね、大好きだよクリス。
ビッキーも、ごーめーんよー。
て言うか、ファンのみなさま本当にごめんなさい。
フッチが青い人の決め台詞微妙にパクッてるのも、憧れてたからとかなんとかで許してやってください。

 

金田・藍 2002・9・18

 

 

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