人間ほっかいろ → ももまくら

 

 ももまくら。

 

 夏らしい夏です。確かに。
 でも、ドアを一枚開けたらそこは北極でした。って、どこでもドアじゃないんだから。
 しゃれにならない、です。

 ぶるる、と震えた肩を抱いて、部屋の中へと一歩踏み出す。
 生徒会室、とネームプレートを提げた北極へ。
 部屋の中央部分、雑多なものが集中した机の上を掻き分けて、エアコンのリモコンを掘り出す。
 天井に向けて、急いでスイッチを操作したけれど温度が上がる気配はなかった。
 あれ。

「それ、壊れてるよ」
 突然背後から低い声がして、思わずその場から数十センチ飛び上がった。
 むくり、と起き上がった気配は、部屋の隅のソファーから。
 大きめのスポーツタオルが床にはらりと落ちて、きれいな顔を覗かせた。

「今井先輩・・・そんなとこで寝てると、遭難しちゃいますよ」
 しゃれにならないことを言う。だってここは生徒会室とは名ばかりの北極なのだ。
 油断は死に直結するのだ。
「うん。でも塩見来たからもう大丈夫でしょ」

 なんの根拠があって、そんな。

 と言おうとしたら、おいでおいでと手招きをされたので、おとなしくソファーのそばまで寄っていく。
 生徒会長さま相手に異議を唱えるとしたら、それなりの下準備というか、ある程度の弁論材料が必要で。
 それが明らかに足りていなかったので、この場合はおとなしく。
 なんでこんなに寒いのか。
 腕をさすりながら近づいていくと、少しでも温かくなるようにと先輩が笑う。

「だって、人間ほっかいろさん、でしょ?」

 はい、と正直に返事をする。
 先輩はさらに笑って、自分が起き上がってできた、ソファーの横のスペースを手で叩いた。

 ・・・そこに座りなさいと?

 眉をハの字にして、しばし考える。
 それでも言葉に従ったのは、少なからずの敬意を表して、だった。

 文化祭が近付くこの時期。
 生徒会長という肩書きを持つ目の前の人は、文字のとおり忙殺されている。毎日毎日毎日。
 今年の夏は夏らしくないからといって、その負担が減るわけでもなくて。
 こんな極寒の地で、休まなきゃいけない先輩が少し、気になって。
 だから。

 座った途端に、ごろんと。
 そうするのが当たり前みたいに、先輩の頭がのっかってきた。
 ちょうど、ももの上あたりに。
 しばらくごそごそと動かして、寝るのによさげな定位置を探していた。

「・・・ももまくらってやつですか」
「はい?」

 耳慣れない言葉を聞いたと、先輩が眉をしかめる。
 いつもと違う構図に倍照れながら、だって、ひざまくらじゃなくて、ももまくらでしょう。と予備解説。
「ああなるほど、確かに」
 この感触はももですね、と先輩は納得したように、目をつむった。
 先輩。まつげが長くて、起きても寝ても関係なく、きれいな顔してた。
 おでこに手を置いてみる。あったけぇ、って先輩。
 違います、先輩が冷えてるんです。

「・・・おやすみなさい」

 生徒会室、とネームプレートを提げた北極で。
 人間ほっかいろは、ももまくら、がんばります。
 静かな寝息をたて始めた生徒会長さまに、少なからずの敬意を表して。

 

 

 

 

 

 おしまい。

あっちのけ。開設お祝いに押し付けたもの。
またもや生徒会コンビです。今度は夏のおはなし。なのに寒い。
このコンビの周辺の人物も興味深い人がたくさんおるので、少しずつ書いていきたいなと。

人間ほっかいろ → ももまくら

 

 

 

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