黒猫よ |
暗い部屋の中、ぼんやりと赤い光が灯っているのを見つけた。 そういえば小さかった頃、あの赤い光で手のひらを焦がしたことがあった。 ネクタイを緩めて、シャツの一番上のボタンを外す。 「ぎゃー」 突然、畳が鳴いた。畳らしからぬ声で。 (やわらかい) 思わず足を引き上げ宙に浮かした、まぬけな格好のままで、固まった。 白い足にまとわりつく闇がふわりと揺れる。 やっと暗順応が始まって、それ以外の部分もはっきり分かるようになってきた。 「めい?」 返事の代わりに、パチパチとまばたき。 「めいー」 ううう、と非難めいたうめきを発して、また寝返り。 ……しょうがねぇな。 特大のため息を吐き出したあと、蒲団代わりにかぶっていたパーカーを無理やり引っぺがした。 「ぎゃー」 何の前触れもなく、こちらから離してやった。 |
「……優しくないと思う」 眠気がとれない、いまいち冴えない顔で茗が抗議した。 制服を着ていた。 「外、まだ雨降ってたの?」 茗が畳の上、低い位置から、人の着替えを覗いていた。 上着の肩を指差して教えてやる。 「……おにいちゃんの背広姿って、なんか変だよね」 なんか、という形容詞を容認できるのも、せいぜいそのセーラー服を着ているうちだぞ、妹よ。 茗にとっても、兄の職業なんて知らなくても生きていけるようなことだった。 それでもなんとなく、上着を脱いだ時点で着替えを中断して、流し台へと向かう。 「なに、お前また家出してきたの?」 ついでに入れてやった湯のみ(カップは自分用に使った分しかない)を渡してやると、ありがとうとも言わずに受け取った。 「カサがなかったから、雨宿りに」 と言う茗に、不自然なところはない。 「そういうときは兄弟なんかじゃなくて、別の誰か……その、大野?ってやつにでも頼ってくれよ」 心から迷惑そうに言ったら、オーノ?と、たどたどしい発音をして、茗が顔をしかめた。 借してくれる奴の名前ぐらい覚えておいてやってくれ、妹よ。 |
「……で、カサとタクシー代を貸し出せばいいのか、俺は」 コーヒーのなくなったカップを流し台に運んだところで、話題を切り出した。 とりあえず、外出する準備をしなければいけない。 「今日、泊まりたいなぁ」 最大級の猫なで声で鳴く。 「……だめ?」 と、わざわざ首まで傾げる。 妹よ。 だから、そういうことは大野にでも言ってやってくれ。 |