電車の揺れが眠りの世界へと誘う。
かくん、かくんと規則的な周期で揺すられるのを感じていた。どこか遠いところで。
ことさらかくん、と大きめの揺れが来て、電車が止まった。 終電の近づく時刻。
車内にいる人は、まばらだった。
ドアが開いて、どっと一気に人を吐き出した。
ここら辺では一番大きな駅。
とうとう車内に残っているのは、自分一人きりになった。
いつものことだった。
私の家は山奥にある。これは言い過ぎではなくて、まさにそうで。
この先の電車は、山あいを縫うように進み、無人駅がそれを迎えることになる。
だから、利用客はほとんどいない。しかもこの時間帯となればなおさらだった。
発車音が鳴り響く。
それにすべり込むようにして、乗ってきた人がいた。
何かの運動部の用意が入っているらしい、大きなスポーツバックを肩から提げて。
忙しく上下している肩を、すうっと呼吸一つでしずめた。
あ、と思ったのは言葉にならなかった。
彼はすっと背筋を伸ばして、車内を見渡した。標準より高めの背が余計に高く見えた。
私は慌てて、すぐに顔を元の定位置に戻して、眠たそうなフリをした。小さめのあくびの演出までした。
(何ごともない、いつものように)
いつものように、と言い聞かせた。恐ろしいスピードで動く心臓に向けて。
この電車は、二人がけの椅子が進行方向に対して前向きに並んでいる。
そのすべてが空いている今、どこに座るのも彼の自由だった。
ふと襲う無重力感、太ももの下のクッションが少し浮きあがる。
スポーツバックを無造作に床に置いて、背もたれに体重をあずけるように、だらしなく腰掛ける。
それが当たり前のように、彼は私の隣に座った。
終電の近づく時刻。
この先の電車は、山あいを縫うように進んでいく。
車内には、私と彼以外には誰もいない。
他の、すべての座席が空いているのに、いつものように、彼は私の隣に座る。
あ、という思いは言葉にならない。
かくん、と揺れた拍子に、彼の手が、私の手に触れたので。
何の部活動をしているのか、とか。学校はどこか、とか。
星座も血液型も、名前も知らない。
ごつごつとした手の甲の骨と、薄い皮膚の乾いた感触だけを、知っている。
言葉はない。あるのは、この感触だけ。
電車はくねくねと身体を曲げながら、山道を進んでいく。
たった二人きりの客を乗せて。
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