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 10. この感触

 

 電車の揺れが眠りの世界へと誘う。
 かくん、かくんと規則的な周期で揺すられるのを感じていた。どこか遠いところで。
 ことさらかくん、と大きめの揺れが来て、電車が止まった。

 終電の近づく時刻。
 車内にいる人は、まばらだった。

 ドアが開いて、どっと一気に人を吐き出した。
 ここら辺では一番大きな駅。
 とうとう車内に残っているのは、自分一人きりになった。

 いつものことだった。

 私の家は山奥にある。これは言い過ぎではなくて、まさにそうで。
 この先の電車は、山あいを縫うように進み、無人駅がそれを迎えることになる。
 だから、利用客はほとんどいない。しかもこの時間帯となればなおさらだった。

 発車音が鳴り響く。
 それにすべり込むようにして、乗ってきた人がいた。
 何かの運動部の用意が入っているらしい、大きなスポーツバックを肩から提げて。
 忙しく上下している肩を、すうっと呼吸一つでしずめた。
 あ、と思ったのは言葉にならなかった。

 彼はすっと背筋を伸ばして、車内を見渡した。標準より高めの背が余計に高く見えた。
 私は慌てて、すぐに顔を元の定位置に戻して、眠たそうなフリをした。小さめのあくびの演出までした。

(何ごともない、いつものように)

 いつものように、と言い聞かせた。恐ろしいスピードで動く心臓に向けて。

 この電車は、二人がけの椅子が進行方向に対して前向きに並んでいる。
 そのすべてが空いている今、どこに座るのも彼の自由だった。

 ふと襲う無重力感、太ももの下のクッションが少し浮きあがる。
 スポーツバックを無造作に床に置いて、背もたれに体重をあずけるように、だらしなく腰掛ける。
 それが当たり前のように、彼は私の隣に座った。

 終電の近づく時刻。
 この先の電車は、山あいを縫うように進んでいく。
 車内には、私と彼以外には誰もいない。
 他の、すべての座席が空いているのに、いつものように、彼は私の隣に座る。

 あ、という思いは言葉にならない。
 かくん、と揺れた拍子に、彼の手が、私の手に触れたので。

 何の部活動をしているのか、とか。学校はどこか、とか。
 星座も血液型も、名前も知らない。
 ごつごつとした手の甲の骨と、薄い皮膚の乾いた感触だけを、知っている。
 言葉はない。あるのは、この感触だけ。

 電車はくねくねと身体を曲げながら、山道を進んでいく。
 たった二人きりの客を乗せて。

 

 

 

 

 

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