千光寺
番外
寺名 千光寺
山号 大宝山
宗派 真言宗系の単立寺院
所在地 広島県尾道市東土堂町の千光寺公園内
SPOT
千光寺からの眺め    尾道市街
尾道大橋、新尾道大橋 左 尾道 右が向島 親子のように並んだ橋。
平成11年に完成した新尾道大橋は自動車専用道路で全長 546m。
千光寺は、寺伝によれば大同元年(806年)に空海によって創建された。戦国時代には出城が築かれていた。


Snap shot
文学の小道からお寺に入ると、裏口から参拝することになる。 鏡岩
太陽、月の光を鏡のように反射させていたと伝えられており、鏡には神が宿るという信仰の対象であったと言われている。
梵字岩
円形の中に光明真言、大日如来真言の梵字が刻まれており光明真言曼荼羅。
大師堂前の小門
鐘楼
「時の鐘」として名高く、元禄初年より時刻を近郷近海に報じ、近年は「除夜の鐘」として、尾道の名物の一つ。この「驚音楼の鐘」は平成八年環境庁の選定した「日本の音風景百選」に選ばれた。
本堂
奇岩 三重岩 くさり山
立て看板の隣に鎖があるが、これを引っ張って登ります。石鎚山鎖修行。
夫婦岩 三十三観音堂
西国観音霊場の各札所の御本尊、観世音菩薩33体が祀られている。ここで一度に済むという仕掛け。お堂の正面には、百八煩悩滅除大念珠が下げてある。

岩割松(いわわりのまつ)
樹齢数百年の松が、岩を割って、左に下に。
自然界の力強い生命力。
千光寺のお願い地蔵。
この地蔵を供えると、なんでもねがいがかなうそうです。お供えするのですが、お持ち帰りの人には、奥から新しいのを出してくれます。

千光寺公園 
千光寺にお参りするには、車で千光寺公園の駐車場に行き、文学の小道を歩いてお参りすることが出来る
文学の小道
全長約1kmの遊歩道。道沿いの自然の巨石に尾道ゆかりの作家・詩人による作品を刻んだ25基の石碑(文学碑)が立つ。場所によっては段差のある坂道もあり、小道というよりも登山道に近いところもある。


尾道市立美術館
本瓦葺の屋根の建物が本館、その前のガラス張りの新館は、安藤忠雄の設計。
展望台
展望台から瀬戸内海 絶景です。 展望台から山の方
伝さんの家は、どこだろう?。
頼 山陽 の像 サツキの小道
文学の小道

徳富 蘇峯
熊本の人。徳富蘆花の兄。上京して民友社をつくり国民新聞を創刊

海色山光信に美なるかな
 更に懐う頼子の出群の才を
淋漓たる大筆精忠の気
 維新の偉業を振起して来たる
正岡 子規
松山の人。俳詩「ホトトギス」を発刊、俳句革新の大先達。この句は尾道で作ったと言われている。

のどかさや 小山つづきに 塔二つ
十返舎 一九
静岡の人。「東海道中栗毛」の作者。

日のかげは青海原を照らしつゝ
 光る孔雀の尾の道の沖
金田一 京助
盛岡市の人。『明解国語辞典』の「金田一京助 編」で有名。尾道に来たときに作ったもの。

かげともの をのみちの
 やどの こよなきに
たびのつかれを
 わすれて いこへり
志賀 直哉
宮城県の人。千光寺の中腹に住んでいたことがある。碑文は「暗夜行路」

六時になると上の千光寺で刻の
鐘をつく。ごーんとなると直ぐ
ゴーンと反響が一つ、又一つ、又一つ、
それが遠くから帰ってくる。

(以下略、碑文はもう少し長い)
林 芙美子
北九州の人。尾道に住んでいた。碑文は「放浪記」の一節から

海が見えた。海が見える。
五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい、
汽車が尾道の海へさしかかると、
煤けた小さい町の屋根が提火のように、
拡がって来る。
赤い千光寺の塔が見える。

(以下略、碑文はもう少し長い)
緒方 洪庵

備中足守の人。医学に志し名声甚だ高く、幕府の侍医を命ぜられた。尾道に来たときに作った。

軒しげくたてる家居よ あしびきの
 山のおのみち道せまきまで


朱印

kazu_sanの一言
終身護符

千光寺公園の風景をプラスチックのカードにしている。
「尾道の歴史的景観を守る会」という所が作ったようだ。
これは浄土寺で頂いたものである。

裏面には、黒字に金字で「般若心経」が書かれている。

(かんじーざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみたじ )で始まる。
大事にして行こう。


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