今や数あるWEB上FSS連載レポートでも最も更新が遅いと評判のこのコーナー、今月は初期コンセプト通りのお届けです。
 来年二月に開催される次回の「ワンダーフェスティバル」におきまして、我らがFSS関係の展示が主要ガレージキットメーカー数社の協力の元、大々的に行われるということは先月分の更新で書きましたが(書いてない)、模型雑誌は毎月欠かさず手にとってFSS関係の造形物の写真だけチェックしてまた本棚に戻す、という程度の造形ファンとしましても、イベントそのもののシンボルキャラクターに我らがファティマ・アウクソーが使用されるというほどの盛り上げが行われるとなれば、是非会場に行って色々見て歩きたいと思っております。
 ガレージキットというのは、一言で言うと高級な模型のことです。腕に自信のある製作者が自宅の車庫(ガレージ)なんかでほんの数体の作品を制作し、大人でも躊躇うような値段の付いたそれを、よいと思った人が買う。その売り手と買い手がわんさと集う国内最大級のイベントが「ワンダーフェスティバル」なのだそうです、たぶん。行ったこと無いのであやふやでスミマセン。
 精密に造られた立体のMHキットは、FSSの作中で言われているようにまさしく芸術品のような美しさです。同じMHが題材でも造り手さんが違うとまたあちこちに違いが感じられたり、一つ一つのパーツの形は同じなのに組みあがり品からそれぞれに異なる印象を受けたりする体験は、実際にMHを目にした時にもこういう感覚を受けたりするのかもと思わせてくれます。
 ガレージキットメーカーのショールームでやたら姿勢を低くして、まるでお姉さんの下着を覗きこんでいるかのような仕草でMHキットのショーケースを陶然と眺めている男がいたら、それは低視点からのMH観を満喫しているてなしもかもしれません。以前から名古屋の大須と東京の秋葉原のVOLKSショールームによく出没してます。

 さて、今月分の内容ですが、これも先月分の更新で書きましたように先月は連載がありませんでしたので(書いてないってば)、先々月分の続き、開戦直前のフィルモア側の描写から始まります。
 今回の内容は、二つ、です。FSSファンだけの至福の二つです。


表紙

 手前に立つファティマ・アトラスと、奥にシルエットで描かれた細身のMHです。
 細身のMHは、手首のあたりなんかカフスボタンみたいに見える形状になってまして、後頭部から何本も伸びるおそらくカウンターウエイトのシルエットがちょうど長髪のようですから、なんとなくお洒落さんな印象です。
 その手の上には、女性のファティマっぽいシルエットが立っています。
 えーっと……。
 どなたかこちらの方々のことを御存知でしたら教えてください。その、毎度毎度のことではあるんですけど、いったい作者はまだどれだけのデザインを隠し持っているのでしょうか。
 両肩の形状だけ見ると、アクティブバインダーを外したオージェ・アスルキュルにも似てるような気もします。


最初の見開き

 今月は「見開き」ばっかりなのでやはり見開き単位で見て参ります。
 フィルモア軍の後方に展開する空中要塞。そこから数騎のMHベルゲ・サイレンが投下されます。欄外に説明がありまして、戦場で動けなくなったMHの回収や騎士の救助を専門に行うのだそうです。
 FSSの一巻の一番最初のエピソードで、黒騎士を討ち取ったミラージュ騎士カーレル・クリサリスが帰還用に要請していたベルゲ・ミラージュというのがありましたが、やはりMHも騎士も国家の有限の財産ですから、大きな国でもこういう専門部隊を使ってリサイクルするわけです。「ベルゲ・マグロウ」とか「ベルゲ・アマロン」とかもあるのかなあ。
 しかしこれも装甲形状が他のサイレンとは全く異なるデザインです。関節部は大きく開いていて動きが良さそうですし、背中にはでっかい背負子、手にはアイスホッケーのスティックのような引っ掛け棒。一騎で破損サイレンの二三騎は運んでいけそうです。

 左のページに入りまして、アルカナサイレン・はぁとのブルーノ・カンツィアンが、クリスティンにまずは自軍の中翼に入るように直言します。最初の正面突入は、重装甲のアルカナサイレンが適任というのは、道理と思われます。
 この時ブルーノは「先鋒は私と トライトンが はねます!」という、少々変わった言い回しを使いました。最初に読んだ時は気が付かなかったのですが、後の展開を読むとなるほど納得です。突入の戦法はこの時点で決定されていたわけです。
 それをクリスティンは、微笑みすら口元に湛えて拒否します。

「我が命はこの時のために 生かされてきたのでは ありませぬか?」

 戦場に立つ者の一人一人には、その時そこに居る理由というものがそれぞれにあります。
 クリスティンはフィルモアの前に立ちはだかる敵を倒す、ただそれだけの為にこれまで生かされてきた少女です。作者の言葉ですが、「一人殺したら犯罪者、一万人殺せば英雄」と言われるように、クリスティンは幼い頃に一人の人間を殺してしまったがために、将来、つまり戦場に立っている今、敵を無数に殺さねばならぬ十字架を背負っています。
 そこにはまた、こんな恐ろしい宿命であるとはいえ、自分の生きてきた意味、自分という存在の理由、答え、そういったものにめぐり合えた人間の、高揚感すら漂っています。
 そしてこのシーンのクリスティンの耳には、くっきりと描かれた、まさしく「十字架」のイヤリングが下がっているのです。


二つ目の見開き

 あの日、泣いていた少女と、同じものが描かれています。
 今もあの日と同じ罪と悲しみを胸に、少女は、自分が最前線で戦う理由を配下に告げます。クリスティンはこれほどに美しく成長しました。ファティマの人工的な美しさとは異なる、生命感に満ちたその姿。豪奢に広がるブロンド。手にはフィルモアの紋の入った、娘への恩赦を請い自刃して果てた父の刀。右肩に時の剣聖から受けた天位の証の傷痕。自ら望んで殺戮マシーンとなった、いや、これからそれになろうとしている、あまりにも人間的な美しさです。
 トライトンはその意を受け、指示を託します。作中時間で三十二年前(僕らの感覚だと八〜十年前くらいと推測)のあの日、クリスティンを守るために動いた騎士の一人であり、トライトンはこの少女がこの十字架を背負うことを宣言したその場に立ち会っていました。
 ブルーノも口を瞑ります。こちらだってクリスティンの父、バーバリーズの介錯を務めた男です。
 そしてクリスティンは、宿命を受け取った証として、いや、宿命を遂行するために与えられたフィルモア皇帝専用MHV・サイレンのコクピットに身を沈めながら、パートナーのファティマ、町の名を呼びます。
 町は自分のマスターの意を総て汲んでいます。
 初陣ならばファティマの戦況判断に騎士は従い、ファティマが退けと言ったらどんなに有利と思っても下がらなければならないのが当たり前のところを、町は決して下がらない、プログラム補正が不可能なところまで破損しても、片腕を失っても戦いつづけるとクリスティンに宣言します。

「おまかせあれ…… この日を 待っておりました! マスター……」

 ファティマが高揚感を表情に現す場面というのは、今までのFSSの中でもちょっと憶えがありません。主の本懐を遂げさせんとする歴戦のファティマの、なんとも言えない表情です。
 ああ、だめだ。皆さん、コミックス十巻の最初のエピソードをお読み返し下さい。ここでどんなに文章を工夫しても、今の僕にはこの騎士とファティマの内面を書ききれません。
 この冷たく燃える微笑に、クリスティンは答えて騎士団への指示を叫びます。


三つ目の見開き

 舞うような姿のV・サイレンを手前、クリスティンの「前進!!」と共に、フィルモア軍のサイレンが一斉に踏み出す見開きです。
 無数の重装甲MHの動き出した音が一つにまとまって、「ズゴン」という巨大な書き文字に表現されています。


四つ目の見開き

 迎え撃つメヨーヨ軍が、クラーケンベール大帝騎乗のMH姫沁金剛の指揮の元、こちらも一斉に全MH前進です!
 先陣を切るのはパイドル卿の駆るスペシャルチューンのMHアシュラテンプル。両肩が巨大に膨れ上がっています。


五つ目の見開き

 さらにフィルモア側の見開き!
 進攻するサイレン軍団の先頭から、クリスティンのV・サイレンが「突撃!!」の指示を叫びながら、地面に大爆発を起こしたような砂煙を立てて超加速で前方に、ブルーノが先に言っていた通りに、はねます!


六つ目の見開き

 今度は見開きで上下二段!

「音速突撃!! ハイランダーに 続け!!」

 総てのサイレンが、クリスティンに続いて超加速で飛び出します!
 さあそれを受けて、メヨーヨ軍も突撃、真正面から迎え撃つ!


最後の見開き

 両軍超高速の激突!
 大地と大気を一つに融かす衝撃波に、あたりの地面が捲り上がっていく様子が遠景から描かれて、これにて今回も次号に続くと相成りました。


まとめ

 「音速突撃」ですよ。
 たたみかけるような見開きのラッシュで描かれたこの戦闘法、つまり、MHの機動力にものを言わせて衝撃波を発生させながら敵陣に飛び込み、粉砕するという攻撃です。
 これ、素人考えですけど、多分、FSSという作品の中のMH戦、それも大規模な集団戦でないとありえない戦い方です。
 たとえば、歩兵や戦車は音速では動けません。艦船もしかり。戦闘機は相手の攻撃を受け止めるという意味での陣を組みません。SFの世界を想定しても、宇宙空間でこんな格闘戦を前提とした戦法は成立しません。
 MHという兵器の性能があるからこそ成立する、これはリアルにシュミレートされたその運用法です。
 つまり、FSSの読者だけがこの痺れるような格好よさを楽しめるのです。

 「数年越しで語られてきた悲劇を背負った剣の達人のブロンド美少女が戦場で己の宿命に向かい合って立つエピソード」と、「音速突撃」の二つ。
 どちらもFSS以外ではちょっとやそっとのことでは読めないでしょう。
 これだけのものを僕らに見せつけて、なおFSSは続いていきます。

 ああまったく、なんて面白いマンガなんだ!



 あ、そうだ。
 永野護先生、奥様、結婚十周年おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。


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