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  保津峡から清滝へ

保津川下りで有名な保津峡から清滝までのウォーキングです。距離にしたら2キロ余りぐらいですが清滝渓流沿いの道は所どころ岩が出ているので履物には気をつけないといけません。
保津川や清滝はキャンパーやハイカーに昔から親しまれてきました。子供の頃は町内会の夏のリクレーションによく利用していました。最も町内が山陰本線(嵯峨野線)の駅に近かった事もあって便利だった理由もありますが…
迫力ある渓谷沿いを走るトロッコ列車の線路はかつては山陰本線の線路でした。SLがまだ走っていた子供の頃、渓谷を楽しんでいる時に急にトンネルにさしかかり煙が車内に入る前にすぐに窓を閉めないといけなかった事などを思い出します。

JR保津峡駅地図リンクはトロッコ列車の開通に合わせて作られた新しい駅で現在のトロッコ保津峡駅が元々の駅でした。
橋上にあるので眺めもいいです。

しばらく車道を歩きます。
昔このあたりで飯ごう炊はんしたものでした。
保津川下りの舟が見えます。舟の先は狭く岩がごろごろして左にカーブしています。亀岡側には急流もあってスリル満点だそうです。

こんな所に屋台ラーメン。よっぽど暇と見えて店の大将は本を読んでました。醤油ラーメン(350円)はあっさりしたとんこつ味で私向き。店名は「ぴぃ」。変な名前…ふだんは深夜御池通り寺町で営業とか。大将といってもまだ若いですが愛想が良く親しみやすい人でした。

保津峡は寂しい限りの紅葉でした。もう終わりかな?
トロッコ保津峡駅へ渡る吊り橋の上からです。
保津川は江戸時代まで急流と難所の為に舟で丹波から京都に物資を運ぶことが出来ませんでした。これを可能にしたのは以前にも紹介した角倉了以(すみのくらりょうい)による大掛かりな開削工事です。

保津川の開削工事に了以は私財を投じたそうです。また通行する舟から通行料を徴収して継続的な収入を得る等やり手の商売人でもありました。
でも現在保津川下りが楽しめるのも舟が通れるようにした了以のおかげとも言えます。

今度は3槽続けてやってきました。

パラソルの所から乗船客の記念写真を撮っています。

駅ホームではたぬきが出迎えます。

亀岡から来たトロッコ列車「嵯峨野」号
この後乗客サービスをする酒呑童子の面をつけた人が降りてきました。嵐山から来る次の列車まで待機するのでしょう。

この駅は乗り降りする客は少なく閑散としています。ほとんどの人は亀岡と嵐山、嵯峨野間を使うようです。
落合という場所です。清滝川と保津川との合流地点です。ここは時代劇のロケ地としてよく使われています。

落合は断崖絶壁のある所で太秦の撮影所からも遠くないのでロケ地には最適なのでしょう。
橋から清滝川を見下ろします。
この先、道をそのまま進むと鳥居本に出ます。予定はそうでしたが、気が変わって久し振りに清滝に行ってみたくなりました。

私は川を遡って歩きます。
新緑の季節が良さそうです。

河原に下りてみました。
清滝から保津川方面に向かう人の方が圧倒的に多いので私は逆らうように清滝に向かっていることになります。ます。
もう少し行けば清滝です。

清滝の紅葉も終わり。ここから近い奥嵯峨が見頃だったようです。
清滝は本当に久し振り。紅葉シーズンなので観光客も結構いますが車が目立ちます。嵐山の混雑からあふれて来た車もありそうです。
写真周辺の民家の中には新しい家もあって、ちょっと変わってきています。

この後バスで嵐山を経由して市内へ戻る予定でしたが、嵐山付近は迂回しても1時間以上かかるとの事。あきらめて歩いてかの「清滝トンネル」を通って帰る人も。私はそんな元気なくバスに乗って40分ぐらいもかかってJR嵯峨野駅近くで降り、電車で帰りました。