戻る

前ページへ

〜35000HIT記念リクエスト小説<くまごろ〜様へ>〜

悩める錬金術師 Vol.2


Scene−5

こうして、ザールブルグでの生活も3年目を迎えた。
半月ほどが経ち、リリーもようやくショックから立ち直って、仕事を普段通りにこなしていた。
イングリドとヘルミーナは、相変わらず些細なことにケンカのネタを見つけては言い争い、ドルニエは足繁く王宮や貴族の屋敷に通っていた。

そんな、ある晩・・・。
真夜中に、リリーはふと目を覚ました。
なにか声が聞こえたような気がしたのだ。
そっと身を起こし、耳をすます。
低い、つぶやくような声は、どうやら隣の部屋から聞こえて来るようだ。
隣は、師のドルニエの寝室である。
つぶやきに混じって、苦しそうなうめき声も聞こえる。
どうやら、うなされているようだ。
リリーはそっと立ち上がると、ランプに火を入れ、廊下に出た。

軽くノックして、師匠の寝室のドアを開ける。鍵はかかっていない。
ドルニエは、ベッドに仰向けに横たわったまま、苦しげな表情を浮かべていた。
リリーの持つランプの光が、脂汗が浮かんだ師の顔を照らし出す。
その口元からは、切れ切れに、次のような言葉が漏れてきていた。
「・・・あと、少し。あと、少しだけ・・・。ああ。方法は・・・。もう少し・・・」
リリーは、時々ドルニエがつぶやく独り言を思い出していた。
(ふむ、あと少しで、あの理論が完成するのだが・・・)
リリーは、ドルニエの目を覚まさせようとしたが、やめた。
今の自分には、悩む師匠にかけることのできる言葉などない。
高度な錬金術の研究をし、理論を追求しながら、アカデミーを建設するという重荷をも背負ってしまっている師匠に対して、自分に何ができるだろう。
少しでも、自分の腕を磨いて、人々の信頼を勝ち得、資金を稼いでいくこと。
今は、それでがんばるしかない。
(そうだ、明日、イルマにドルニエ先生のことを占ってもらおう)
リリーはそう決めると、ゆっくりドアを閉め、自分の部屋へ戻った。


Scene−6

そんなわけで。
今、リリーは中央広場の片隅に止められた馬車の荷台に座り、占い師のイルマと向かい合っていた。
リリーがタロットカードを切り、イルマに返す。
イルマはそれを何度か切り返し、上から順にカードを表にして、並べていく。
ふたりの間の絨毯の上に、4枚のカードが並んだ。
真剣な表情でそれを見つめていたイルマが、ふっと息をつく。
「で、どうだったの?」
同じように真剣な表情で、リリーが聞く。
「暗い闇が、この人を覆っているわ。でも、その中に、喜びの光も見える・・・。そして、近い将来、なにかが大きく変わろうとしているわ。・・・こんなところね。あまり具体的じゃなくて、申し訳ないんだけど」
イルマの言葉に、それでもリリーは大きくうなずいた。
「やっぱり、あたしが思っていた通りだわ。錬金術をここザールブルグで広めようとする大きな苦難・・・。それと、いくつかの仕事の成功を示しているんだと思うの。そして、大きな変化というのは・・・。ねえ、その変化って、いいことなの? 悪いことなの?」
「ごめんなさい。それは、あたしにもわからないのよ」
「そうか・・・。でも、ありがとう。なんか、少しだけすっきりしたような気がするわ」
「そう・・・。あたしも役に立てたようで嬉しいわ」
ふたりは、薄暗い幌に覆われた馬車の荷台から下りた。

冬ではあったが、日差しはあたたかく、中央広場は、散策する人出でにぎわっている。
「あれ!?」
その時、リリーの目がひとりの女性に釘付けになった。
その女性は、噴水の傍らに立ち、同じような服装をした友人らしい女性と笑い合っている。貴族の令嬢のように贅をこらしたドレスをまとっているが、化粧がかなり濃いため、実際の年齢はよくわからない。見ようによっては、20代前半から30代後半にまで見える。
しかし、リリーが目をとめたのは、その女性の服装でもなければ、顔立ちでもなかった。彼女が首から胸に下げている装飾品だったのだ。
(あれ・・・! まさか、あたしが作って、泥棒に盗まれた『銀のペンダント』!? なにかの見間違いじゃ・・・。でも、間違いないわ!)
「ちょっと、リリー、どうしたの? いきなりそんな怖い顔して・・・」
イルマの心配そうな声も、耳に入らない。
(確かめなくちゃ!)
そう思って、歩き出そうとしたリリーに足を止めさせたのは、聞き慣れた男の声だった。

「よう、姉さんじゃねえか! こんなところで、珍しいな、散歩かい?」
「ああ、ハインツさん!」
大衆酒場『金の麦亭』の主人ハインツには、リリーもザールブルグへ来た当初から世話になっている。仕事の依頼や、冒険者の紹介など、ハインツの店がなかったら、リリー達の生活は立ち行かなかっただろう。
「ハインツさんこそ、どうしたんですか」
リリーは、まだ例の女性の方を気にしながら、尋ねる。
「ああ、俺は酒の配達の帰りよ。そうだ、頼みたいことがあったんだ。後で、ちょっと寄っていってくれよ」
いつも通りの豪放磊落な口調で答えたハインツは、リリーの視線の先に目をやった。
「なんだい、姉さんも、あの手の人種に興味があるのかい?」
「あの手の人種・・・って?」
いぶかしげなリリーに、ハインツは声をひそめ、ささやく。
「ありゃあ、貴族相手の高級女給さ。ザールブルグの屋敷町の方には、貴族や金持ちの客だけを相手にする高級な酒場があってな。もちろん、うちなんかと違って、目の玉が飛び出るような金を取られる。あの女たちは、そういう店で働いていてな、客の話し相手になるのが仕事だ。貴族の中には、あいつらに入れ込んで、高級なドレスやアクセサリーをプレゼントして気を引こうって連中も多いから、見てみろよ、あの贅沢な身なりを。ま、わしらとは違う世界の人間ってことだな」
「はあ・・・」

ハインツが言葉を切り、リリーが茫然と返事を返した時・・・。
「あら、ハインツさんじゃない。お久しぶり」
声をかけてきたのは、高級そうな毛皮のコートをはおり、鎖付きのアイグラスをかけた、高慢そうな口調の中年女性だった。さっき、リリーが見ていた女性たちと、明らかに同じ雰囲気が感じられる。
「おっ、こりゃあ、ガーネッタの姐さんじゃねえか。こんな時間にこんなところを歩いてるとは、お天道様が西から昇るぜ、はっはっは」
ガーネッタと呼ばれた女性は、つんとあごを突き出し、
「マダム・ガーネッタとお呼び。あたしもわざわざ店から出て、こんなごみごみしたところに来たくはなかったんだけれどね」
と、気取った調子で言う。そばにいるイルマとリリーは、完全に無視されている。
「ちょうどよかった。ハインツさん、あんたに聞けばわかるだろうね。近ごろできた、錬金術師の工房ってのは、どのあたりにあるのかねえ」
「え! それって、まさかうちのことじゃ・・・!?」
素っ頓狂な叫びを上げたリリーに、ようやくガーネッタが注意を向けた。
値踏みするような目付きで、上から下までじっとながめられ、居心地の悪いことこの上ない。
「そうかい。あんたが、噂の錬金術師の女の子かい。ということは、あんたは、あのドルニエとかいう男の身内ってわけだね」
「は、はあ、ええ、まあ、その、家族ってわけじゃないですけれども。言われてみれば、身内、ですよねえ、あはは」
どぎまぎするリリーを、右手で支えたアイグラスの奥から鋭い視線で見つめ、マダム・ガーネッタはつぶやいた。
「それなら、話は早いね」

そして、リリーは一部始終を知ったのだった。


Scene−7

ドルニエは、工房の自室で机に向かい、深い思索にふけっていた。
ここ何ヶ月間かずっと、頭に取り付いて離れない、重要な問題について・・・。
その時、ノックの音が耳に響いた。
目を開け、立ち上がる。
「先生、ちょっと、よろしいですか」
リリーが、いつになく強い調子で尋ねる。ドルニエは、いやな予感がした。
「どうしたのだね、リリー。そんな怖い顔をして」
リリーは大きく息を吸い込み、一呼吸して、言った。
「今日、ガーネッタさんに会いました」
「何だって!?」
「そして、全部、聞かせてもらいました」
リリーの瞳に、憤怒の炎が宿っている。

「いや、リリー、落ち着きなさい。話し合おうじゃないか・・・」
リリーは師の言葉を無視して、ずいと一歩前に進んだ。
「ガーネッタさんの酒場に、いくらツケを溜めているんですか!?」
「いや、まあ、その、銀貨3000枚くらいだったかな、はは・・・」
「嘘おっしゃい! 2年間のツケが、銀貨12000枚と聞きましたよ!」
「そ、そうか、そんなになっていたかな・・・。いや、しかし、これには理由があるのだ・・・。貴族と付き合って、いろいろと情報をもらったり、錬金術に理解を求めるには、こういった種類の付き合いも欠かせなくてね、はは・・・」
リリーはさらに一歩詰め寄る。最近買ったばかりの『聖なる杖』を両手で握り締めている。
「それだけでしたら、まだ許せないこともありません・・・。でも!」
リリーは杖を高く掲げる。腰砕け気味になったドルニエの頭上に、リリーの影が大きくかぶさる。

「ガーネッタさんのお店の女給さん、マルグリッドさんを口説こうとして、先生は、何をされましたか?」
リリーの口調は一転して、優しげになった。しかし、それが嵐の前の静けさに過ぎないことは、ふたりともわかっている。
「いや、それは・・・。たまたま、帰ってきたら、作業台の上に、素敵なペンダントがあったものでね。彼女に似合うだろうなと思い、ついふらふらと手が出て・・・。いや、リリーが展覧会に向けて作ったものだとは、知らなかったのだよ・・・」
「それ以外にも、ずいぶんといろいろなプレゼントをされたそうですね。そのお金は、どこから出ているんですか・・・。まさか、アカデミーの建設資金からじゃないでしょうね」
「いや、まあ、その・・・。待て、リリー、話し合おう、話せば、きっと・・・うわあっ!!
ドルニエは逃げ出そうと、窓の方に身をひるがえす。同時に、リリーの杖が振り下ろされる。
「ミステルレーベン!!」
怒りのこもった光球は、ドルニエの肩口をかすめただけだが、その勢いでドルニエは窓から裏庭へ弾き飛ばされた。

したたかに打ち付けた腰をさすり、一息ついたかに見えたドルニエだが、裏庭には先客がいた。
「せ・ん・せ・い」
優しげな声で、ヘルミーナがにこにこと話しかける。
「大人の悩みって、大変なんですねえ」
イングリドも目に同情の色を浮かべて、語り掛ける。だが、その同情の色は、猫がネズミをいたぶる時のそれに似ていた。
ふたりの少女が距離を取り、すっくと立って杖をかざす。
「イングリド!」
「ヘルミーナ!」
そして、同時に叫ぶ。
「あなたの力を貸して!」
その瞬間、天が裂けた。
まばゆいばかりの光が円筒のようにドルニエを取り巻き、さらにそこに漆黒の闇が飛び交う。イングリドとヘルミーナの合体必殺技が炸裂したのだ。
光と闇の混沌は、十数秒で終わった。
残されたものは、焼けこげた地面と、それと同じくらいに焼けこげた錬金術服に覆われ、全身にやけどと傷を負った中年の錬金術師の姿だった。

「うううう・・・」
うめきながら、ようやく身を起こすドルニエに、背後からリリーの明るい声が届く。
「さあ、お仕事ですよ、先生!」
そして、イングリドとヘルミーナも手伝って、大きな採取かごを、傷だらけになった師匠に背負わせる。
「今、グラセン鉱石とコメート原石が足りないんです。ヴィラント山まで採取、お願いしま〜す」
「あ、それと、お金がないから、冒険者の護衛は付けられませんから、怪物には気を付けてくださいね〜」
「ヴィラント山が済んだら、次はレッテン廃坑ですからね、よろしく〜」

そして、3人の少女は久しぶりに晴れやかな顔つきで笑い合った。

<おわり>


○にのあとがき>

『ふかしぎダンジョン』恒例の5000毎キリ番リクエスト小説企画、過去2回連続でジャスト申告がなく、ちょっとへこんでいたのですが、今回はめでたく、くまごろ〜さんから申告いただくことができました。ありがとうございます〜
で、いただいたリクのお題が、「ドタバタ」で「オールキャスト」で、「シリアス場面がボケ一発でひっくり返るような」お話、ということでした(どんなんや)。

最初は、以前からエリーネタで暖めていた『夏祭り』ネタを出そうかと考えていたのですが・・・。
考えながら、毎日リリーをプレイしているうちに、何度も聞かされて、妙に引っかかるこのセリフ「うむ・・・。どうすべきか、困った・・・(以下略)」。そこで、ふと思ったこと・・・このおっさん、ひょっとして飲み屋のツケでもためて、悩んでるんじゃないのか?
そこから妄想がふくらんで、出来上がったのがこのお話です。

ちょっとかわいそう過ぎたですかね?
でも、ゲームの中でも、準主役(?)のくせに、てんで役に立たないんだもん、このオヤジ。まあ、自業自得ってことで(^^;
やっぱり、高級官僚には汚職が付き物(最近の世相を反映させてみました)。


前ページへ

戻る