戻る

エリーの誕生日 Vol.1


ヘウレンの森・5月

「なにかいるよ!」
近付いてくる異様な気配に気付いたエリーが、警告を発する。
森のそこここに散って、アイテム探しをしていたロマージュとルーウェンが、武器を取り、エリーの方へ駆け戻ってくる。
「しまった、囲まれた!」
エリーをかばうように長剣を構えたルーウェンが叫ぶ。

腐りかけた倒木の陰から・・・。
厚く生い茂ったやぶの向こうから・・・。
突然、地面にぽっかりと開いた暗い穴の中から・・・。
黒や灰色の頭巾とローブに身を包み、大きな鎌を握った不気味な人影が、音もなく現れてくる。
頭巾の下に隠れているのは、人の顔ではなく、巨大な髑髏だ。ぽっかりと開いた眼窩の奥に、青白い燐光のような光が見え隠れする。
それはまさに、人の魂を奪って奈落へと引きずり込む死神の姿だ。
エリーの一行は、ヘウレンの森で錬金術の材料を採取中、この森に巣食う魔物、クノッヘンマンの集団に遭遇してしまったのだ。

ルーウェンの正面に立ちはだかった黒衣の魔物は、頭上に振りかぶった大鎌を威嚇するように振り回す。その鎌の動きに誘われたのか、かんだかい鳴き声と共にコウモリの群れが、どこからともなく集って来て、エリーたちの隙をうかがうかのように上空を旋回する。
「エルフィール! あんたはその杖でコウモリを片付けてくれ。血を吸われるとめんどうだ。それからロマージュさんは、後ろの2匹を頼む!」
油断なく身構えたルーウェンが、小声で指示を出す。

「わかったわ」
ゆっくりと落ち着いた口調でロマージュが応える。本業が踊り子だけあって、こんな時でも声音は色っぽい。
こくんとうなずいたエリーは、右手に握った魔力を秘めた杖を頭上にかざし、口の中で呪文を唱え始める。
魔物の大鎌が、血に飢えた生き物のように、ぎらりと光る。コウモリの群れが、旋回の輪を縮めてきた。

「お願い、当たって!」
エリーの叫びとともに、杖から青白い光の球が発せられ、無数の蛍の群れのように、迫り来るコウモリの群れに向かって飛ぶ。
ふたつの群れが交錯しようとした刹那、風の力を秘めた光球はコウモリを包み込んだ。靄めいた光の中で、コウモリは翼の自由を奪われ、振り回され、引き裂かれる。
あっという間に、邪悪な影は空から消え去った。
『陽と風の杖』を構え直したエリーは、新手の敵を探して後ろを振り向く。

そちらでは、ロマージュが2匹の魔物を相手にしていた。
左右の手にそれぞれ短剣を握り、流れるような動きで、振り下ろされる大鎌と渡り合う。ザールブルグの酒場『飛翔亭』で男たちの目を釘付けにしている異国の舞と、寸分たがわぬ動きだ。
左手に逆手で握った短剣で鎌を受け止め、右手の剣の切っ先を魔物の眼窩に叩き込む。背後から襲うもう一方の魔物の一撃を、身体を半回転させてやり過ごすと、そのまま相手の懐へ飛び込み、黒衣に包まれた腕を肩口から叩き切る。
ひるんだ敵から一瞬、飛び離れ、ロマージュはぺろりと舌を出して短剣の切っ先をなめた。そして、妖艶といってもいい微笑を浮かべる。
「どう? 切れ味は・・・」

一方、ルーウェンはボス格の敵を相手にしていた。
他のクノッヘンマンよりも一回り大きく、濃緑色のローブに身を包んだ髑髏の魔物は、黄金色に輝く大鎌を構え、滑るような動きで近付いてくる。
「はっ!」
気合をこめて叫び、ルーウェンは長剣を振りかざして突進する。なぎ払うように迫る大鎌を、身体をひねって真正面から長剣で受け止める。触れ合わんばかりに迫った魔物の髑髏の奥から、背筋が凍るような笑いとも呪文ともつかない低い声が漏れる。

それを耳にした瞬間、ルーウェンの身体が震えた。
(な、なんだ、この感覚は・・・?)
全身の力が抜け、剣を支えていることすら耐えられなくなってくる。生命力そのものが、吸い取られているかのようだ。
ひざががくりと落ち、剣が下がる。
魔物のボスは、勝ち誇ったように大鎌を高く振り上げる。かすむ目でそれを見上げ、ルーウェンはぼんやりと考える。
(これまでか・・・。くそ、俺にはまだ、やらなけりゃならないことがあるってのに・・・)

その時。
「うに!」
なにかが宙を飛び、魔物の右肩に当たって、ローブを切り裂く。手許が狂った大鎌は、空を切った。
小さな手がルーウェンを引き起こし、びんを口に当てる。
「特効薬だよ、飲んで」
ほろ苦い薬を飲み干すと、吸い取られていた体力が戻ってくるのが感じられる。
「うに!」
もう一度、エリーが刺でおおわれた実を投げる。ほとんどダメージは与えられないが、魔物を牽制するくらいの効果はある。その間に、体力を回復したルーウェンは長剣を構え直す。

背後で、なにかが地面に倒れる乾いた音。ロマージュの間延びした声が聞こえる。
「こっちは片付いたわよ」
「よし・・・あとはこいつだけだな。こいつは任せてくれ。借りを返してやる」
「大丈夫?」
エリーが心配そうに尋ねる。
「ああ、さっきは助かった。助けついでに、もう2、3発、そのちくちくしたやつをぶつけといてくれないか?」
そして、ルーウェンは精神を統一し、全身に力をこめる。気合がみなぎり、手先や足先に満ち渡ってくる。

目を見開くと、エリーが投げた4個目のうにが命中し、クノッヘンマンがぐらつくのが見えた。
「見切った!」
裂帛の気合と共に、ルーウェンの足が地を蹴る。
一閃する長剣。
骸骨の頭部がぐらりと揺れ、ごろりと草むらに転がる。頭を無くした胴体は、しばらくふらふらと案山子のように突っ立っていたが、握った大鎌とともに地面に崩れ落ちる。
ヒュー・・・と、ロマージュが口笛を吹く。その目は、(なかなかやるじゃない・・・)と語っていた。
「ふう・・・」
ルーウェンは大きく息をつくと、額に巻いたバンダナをほどいて、吹き出す汗をぬぐう。

エリーは早くも草むらのあちこちを動き回り、歓声を上げている。
「あ、吸血のキバ見つけた! こっちにはコウモリの羽! わあ、シグザール金貨まである! やったね、今日は大漁だよ」
そんなエリーを見やり、ロマージュがゆっくりとした口調でルーウェンに話しかける。
「やれやれ、相変わらずね、エリーったら。ま、あの子は放っておいて、火をおこしましょうよ。夕食の支度をしなくちゃ」

1時間後。
黄昏時の薄闇の中、ルーウェンがおこしたたき火がオレンジ色の炎で森の中の空き地の一画を照らし出す。
太い生木を組んで作った即席のかまどの上には鉄製のなべが置かれ、乾燥肉と野草を煮込んだスープが温かな湯気を立てている。
晩春とはいえ、日が落ちるとまだ風は肌寒く、火とスープの温もりは何物にも代えがたい。
ルーウェンは、固いパンをちぎってはスープにひたし、次から次へと口へ放り込む。行儀作法など、かまってはいられない。食べられる時に、食べたいだけ食べておくというのが、長い冒険者生活からルーウェンが得た生活の知恵だった。

皿を空にしたルーウェンは、なべからスープのお代りをなみなみとよそう。
「あら〜、まだ食べるの? 大した胃袋ねえ」
自分の皿を脇に片付け、倒木にもたれたロマージュが、なかばあきれたような、感心したような口調で言う。エリーも目を丸くして、
「ほんとに、すごい食欲ですね。そんなに食べて、太らないんですか?」
ルーウェンは平然と答える。
「ん? ああ、このくらい、何てことないさ。その分、しっかり働いてるしね。・・・それに、このスープ、うまいよ。以前、他の錬金術師の護衛をした時には、とんでもない味のスープを食わされて、死にそうになったことがあったけど」
「は、はぁ・・・」
エリーはあいまいに返事をする。

冒険者のルーウェンとは、去年の春に、ザールブルグのはるか西の港町、カスターニェへ行った時に知り合った。
以前はザールブルグにいたことがあるというルーウェンは、その後ふらりとザールブルグに戻ってきて、酒場『飛翔亭』を根城に冒険者稼業をしていた。だが、不思議なことにエリーが採取の旅に出かけようとする時にはルーウェンの都合が悪いということが重なり、一緒に冒険に出たのは今回が初めてだった。
だから、なじみのある冒険者ハレッシュや、年の近い聖騎士ダグラスに比べると、ルーウェンにどのように接して良いのかいまひとつわからないでいるエリーだった。

「錬金術師って言えばさあ・・・」
かごから取り出した南の国の楽器を調律しながら、ロマージュがエリーに聞く。
「以前、あなたが話していた錬金術師について、なにか手がかりは見つかったの?」
「いえ、それが・・・」
エリーは顔をくもらせる。
エリーは、ロマージュからの情報をもとに、命の恩人である錬金術師マルローネの足跡を追ってカスターニェの町へたどりついた。しかし、そこで手がかりはぷっつりと途絶えてしまった。港町での話題は、沖合いに出没しては漁船を襲う巨大な海竜のことばかりだった。
アカデミーのコンテストの日が迫ってきたため、一度ザールブルグに戻ってきたエリーだが、季節が良くなってきたら、必ずもう一度カスターニェに行ってみようと決心していた。

そのことを話すと、ロマージュは微笑みながらうなずいた。
「そうよね。あきらめちゃだめよ。努力して追いかけていれば、たいていの夢はかなうものよ」
「夢か・・・。そうだよな、そう思ってなくちゃ、やっていけないよな」
なべをすっかり空にしたルーウェンが、話に割り込んでくる。
「ルーウェンさんには、どんな夢があるんですか」
エリーが尋ねると、ルーウェンはしんみりした口調になり、
「ああ。聞いてくれるかい?」
と、ぽつりぽつりと話し始めた。

「俺の故郷の村は、ドムハイト王国との国境近くにあった。あの10年前の戦争の時、俺の村は戦場になっちまった。
両国の軍隊が入り乱れて戦った。村の家々は焼かれ、畑は踏み荒らされた。村長を先頭に、俺の家族や村のおもだった人々は、近くの山に避難しようとしたんだ。
ところが、途中でドムハイトの兵隊に見つかり、みんなばらばらに逃げ出した。俺も夢中で逃げた。まだガキだったからな。
夜が明けて、ふと気付くと、周りには誰もいなかった。探しに戻ろうと思ったが、あたりには殺気立った兵隊がたくさんいて、とても村には近づけなかった・・・」
「じゃあ、ご両親には・・・?」
「それ以来、会っていない。生きてるか死んでるか、それさえわからない・・・。でも、俺は信じてるんだ。きっと、どこかで生きてるって。だから、こうして冒険者をしながら、世界中を旅して回ってるのさ・・・おいおい、いったいどうしたってんだよ?」

ルーウェンがあわてた声を出す。エリーの目から大粒の涙がこぼれるのに気付いたのだ。
「だって・・・だって、そんなのって・・・」
泣きじゃくるエリー。
「あ〜あ、泣かせちゃった。この子、そういう話に弱いのよ」
と、手にした楽器で哀愁を漂わせた調べをつまびきながら、ロマージュが言う。
「ロマージュさん、あんたもあんただ。そんな曲で哀しげなムードを高めるから・・・」
「・・・でも、雰囲気出てたでしょう?」
「まいったな・・・。おい、エルフィールさんよ、泣きやんでくれよ。でないと、俺まで悲しくなっちまうじゃないか」
その言葉に、こくこくと首を縦に振るエリー。だが、まだ涙が止る気配がない。

考え込んだルーウェンは、
「そうだ、俺の宝物を見せてやるよ」
と、のど元からネックレスを引っ張り出す。細い銀の鎖の先には、おせじにもきれいとは言えない、赤黒く平たい石のかけらが付いていた。
「なにか、不思議な力を感じるわね」
ロマージュが身を乗り出す。
エリーも目をぬぐって、気恥ずかしそうに見つめる。
「何だと思う?」
と、ルーウェンがにっこり笑いながらきく。

「宝石・・・じゃないですよね」
好奇心の方が勝ったのか、エリーの目が興味深そうに輝き始める。錬金術師としての血が騒ぎ出したのだろう。
「ああ、だけど、宝石以上に値打ちがあるものなんだ。俺の故郷では、これを身に付けていれば必ず願いがかなうって言われていたものさ。だから、これがある限り、俺は必ず親父とおふくろに会えると信じている・・・」
エリーもロマージュも、首を傾げる。ルーウェンは一呼吸おくと、種明かしをした。

「これは、竜の鱗なんだ」
「竜の・・・鱗?」
エリーが目を丸くする。
「そう、しかも、あのヴィラント山の火竜フランプファイルの鱗なのさ」
「ええっ!? あの、何年か前に倒されたっていう?」
「ああ、あまり自慢するつもりはないんだが、俺は、フランプファイルを倒した一行のひとりだった。あとの二人のうち、ひとりは、今の王室騎士隊長のエンデルクさん・・・」
エリーが、なるほどというようにうなずく。
「そして、もうひとりが、あんたと同じ錬金術師のマルローネ・・・」

ルーウェンは、最後まで言葉を続けられなかった。マルローネという名前を聞いたとたん、エリーが飛びかかるように迫ってきたのだ。
「マルローネさん!? ルーウェンさん、マルローネさんを知ってるんですか!?」
たじたじとなり後ずさりするルーウェン。
「どこです? 今、どこにいるんですか、マルローネさんは!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。最後にマルローネと会ったのは、もう4年も前なんだぜ」
「4年・・・前・・・」
エリーの身体から力が抜け、そのまま地面にへたりこむ。

ロマージュが冒険者の酒の小びんを取り出し、ひとくちエリーに飲ませる。
ようやく落ち着いたエリーを見て、ルーウェンは言う。
「まさかと思ったけど・・・そうか、あんたが話してた命の恩人っていうのは、あのマルローネのことだったのか」
エリーが黙ってうなずく。ルーウェンは目を上げ、過去を思い出すようにしながら、
「そうだな・・・だんだん思い出して来たぞ。マルローネと別れたのは、カスターニェの近くだった。彼女は、真の錬金術とは何かを探しに、海の向こうへ行くと言ってた。カスターニェのはるか西にあるという大陸へ・・・」
ルーウェンの言葉が途切れる。エリーが、熱意をこめた瞳で彼を見つめているのに気付いたのだ。

「ルーウェンさん・・・お願いがあります」
エリーの声は、普段とまったく違っていた。
「わたしと一緒に、カスターニェへ行ってください。そして、その大陸へ渡るのを手伝ってください!」
ルーウェンは、しばらく黙って、右手で火竜の鱗を握りしめていた。そこから、かすかな温もりが伝わってくるような気がする。
やがて、ルーウェンはにっと笑って、エリーの頭をぽんと軽く叩いた。
「わかったよ。竜の鱗もそうしてくれって言ってるみたいだしな。・・・でも、あんまり真剣になりすぎないでくれよ。気楽にいこうぜ」
いつのまにか、ロマージュの奏でる曲は、勇壮な「船出の歌」に変っていた。

次ページへ