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エリーの誕生日 Vol.2


カスターニェ沖・6月

雲ひとつない青空の下、ユーリカの快速船は涼風を帆にはらんで大海原を西に向かっていた。
「どうだ〜! なにか見えるか〜!?」
船首に立ち、水平線をにらみつけていたルーウェンが振り返り、見張り台のエリーを見上げて叫ぶ。
メインマストの中段に作られた見張り台に陣取って、遠眼鏡で四方を見渡していたエリーは、そっと眼鏡を外し、かぶりを振る。
「だめ〜、なんにも見えないよ〜!」
「はははは、そんなに焦らなくても大丈夫さ。やつは必ず、この海のどこかに潜んでいる。遅かれ早かれ、出会うことになるさ」

船尾で舵輪を握るユーリカが、笑いながら言う。
カスターニェ生まれの生っ粋の漁師の娘ユーリカは、この快速船の持ち主でもある。年はエリーとそう変らないが、栗色の長い髪を邪魔にならないように後ろで束ね、健康そうな小麦色に日焼けした肌に、快活そうな青い目が良く似合う。
カスターニェの酒場『船首像』で知り合ったユーリカは、西の大陸に渡りたいというエリーに船を貸す代りに、ひとつの条件を出した。
「あたしと一緒に、海竜フラウ・シュトライトと戦ってくれないか。・・・それに、やつを倒さない限り、西の大陸エル・バドールにはたどりつけやしないよ」
エリーにもルーウェンにも、否やはない。さっそく準備を整え、2日前にカスターニェの港を出発してきたのだ。

しかし、この2日間というもの、海は穏やかで、雨雲の気配すらない。海竜フラウ・シュトライトが出現する海域には、いつも嵐が巻き起こっているというのだが。
「今日は何日だ? ああ、もう17日じゃねえか。くそ、時間がないっていうのに・・・」
ルーウェンはさざ波が立つ穏やかな海面をにらみ、苛立った口調でつぶやく。
「どうしたんですか? なんか、いつもよりいらいらしてるみたい・・・」
マストから下りてきたエリーが、そっと傍らに立つ。その心配そうな視線を受け止めたルーウェンは、笑顔に戻って、
「いや、悪い悪い、ちょっと考えてたことがあったもんでな」
「真剣になりすぎるな、気楽にいこうって言ったのは、ルーウェンさんですよ。ここまで来たんです、焦ってもしょうがないですよ」
「ああ、そうだな、あんたの言う通りだ」
ふたりは、肩を並べて水平線をじっと見つめる。

その時だ。
「見つけた!」
ユーリカの鋭い叫びが響く。
「ごらん、あそこ! 左舷前方だ!」
はっとして、エリーもルーウェンも、ユーリカが指す方向に目をやる。
水平線に、ぽつりと黒い点のようなものが見えたかと思うと、それはたちまちのうちに大きく広がり、中天までかかる濃密な黒い雲となった。急激に向かい風が強まり、あたりの気温が下がってくる。

主帆を素早く下ろしながら、ユーリカが叫ぶ。
「出たよ! あの嵐の中心に、フラウ・シュトライトがいるはずだ!」
エリーとルーウェンは顔を見合わせ、どちらからともなく大きくうなずく。
そうしている間にも、黒雲はつい先ほどまで輝いていた太陽をおおい隠し、あたりは夕方のように薄暗くなってくる。
低くたれこめた雲から、ぽつり、ぽつりと大粒の雨が、甲板に落ち始めた。重なり合う雲の間には絶え間なく稲光が走り、高まる波頭が砕けるのに合わせるように、大気を震わせて雷鳴がとどろく。

ルーウェンは長剣を背負うと、前甲板に据え付けられたカタパルトの発射台にとりつく。もともと鯨を捕るための銛を発射する装置だが、ユーリカに改造をほどこされ、威力は数倍に高まっている。
「ユーリカさん! これを付けて!」
高波に揺さぶられ、既にまともに歩けないくらいにうねっている甲板を、エリーは転びながら走り、船尾で舵輪と格闘しているユーリカに、ポケットから取り出した指輪を渡す。
「へえ、これがそうかい、あんたが言ってた、身を守ってくれる指輪って。わかったよ、どんなお守りでも、ないよりはましだからね」
ユーリカは、エリーから受け取った飾り気のない金色の指輪をはめる。と、その瞬間、ユーリカの姿はかき消えていた。身に付けた人を透明にする指輪が、とたんに効果を発揮したのだ。

この嵐の中でも船を自由に操れるのはユーリカしかいない。ユーリカの身になにかあれば、フラウ・シュトライトに立ち向かうことすらできなくなってしまう。
だから、エリーはルーウェンとも相談の上、たったひとつしかないルフトリングをユーリカに付けさせることに決めたのだ。エリーは、もうひとつのアイテムを身に付けている。本当は、戦いの最前線に立つルーウェンに身に付けてほしかったのだが、ルーウェンは笑って断ったのだ。
「俺には、フランプファイルの鱗っていうお守りがあるんだぜ・・・。それは、あんたが付けてなよ」

小屋の高さほどもあるうねりを乗り越えるたびに、船は木の葉のように揺すぶられ、大きく傾く。
甲板のあちこちに張り渡されたロープを頼りに中央甲板に戻ったエリーは、メインマストにもたれるように立つと、魔法の呪文を唱える。足元に置いてあったロープがヘビのようにくねくねと動き出し、エリーの身体をしっかりとマストに縛りつけ、固定していく。
エリーの魔法アイテムのひとつ、「生きてるナワ」だ。腰のところでマストに固定されたエリーは、自由な左手で『陽と風の杖』を握りしめ、右手で脇のポケットに収めたアイテムの感触を確かめる。
この日のために調合してきた、魔力を秘めたアイテムの数々だ。

「さあ、準備はいいぜ! いつでも来やがれ!」
自分を鼓舞するように、ルーウェンが叫ぶ。エリーも唇をかみしめ、泡立ち、渦巻く海面をにらみつける。
船尾では、いきなり透明になってしまった自分の身体にとまどいながらも、ユーリカが着実に嵐の中心部に船を進めていた。
(ふ・・・。大した連中だ。ふたりとも、ちっとも恐れちゃいない・・・。こいつは、ひょっとしたら、本当に勝ち目があるかも・・・)
心の中でつぶやいたユーリカの目に、黒々とした波間に光る虹色の輝きが飛び込んできた。

「やつだ! フラウ・シュトライトだ! 真正面!」
その言葉が終わらないうちに、進行方向の海面がぎらりと光ったかと思うと、周囲の風雨を圧するような水柱が立ち上った。
そして、砕ける水柱の奥から、ガーゴイルを思わせるような巨大な頭が姿を現わす。
ユーリカの快速船を見下ろすかのようにもたげられたかま首の上から、黄色に怪しく光る目が、無表情に船上の3人を見据える。とがった鼻面の先からのど元まで、大きく切り裂かれたような口の中には、研ぎ澄まされた刃物のような鋭い歯が無数に並んでいる。目の届く限りの全身は、青緑色の固そうな鱗に厚くおおわれ、どんな武器も歯が立ちそうにないように思える。

海竜フラウ・シュトライトは、もたげたかま首を左右に揺らせ、どの獲物から食べてしまおうかと思案しているように見える。だが、エリーもルーウェンも、黙って襲われるのを待っているつもりはなかった。
エリーは、ポケットから取り出したアイテムのひとつ、無数のルーン文字を刻み込んだ四角い石版を右手に握り、念をこめると、フラウ・シュトライトの鼻面めがけ、思いきり投げつける。
「時よ、止まれ!」
エリーの叫びとともに、宙を飛んだ「時の石版」は砕け、そのかけらが霧のように海竜の頭部を包む。
普通の霧ならば、荒れ狂う風に吹き飛ばされてしまうだろうが、エリーの魔力に支えられた霧は、フラウ・シュトライトを捕らえたまま動こうとしない。そして、その霧に包まれたフラウ・シュトライトの頭部は、凍り付いたように動きを止めていた。

「今よ、ルーウェンさん!」
エリーの叫びに、ルーウェンがカタパルトの発射レバーを引く。強靭なばねの力で弾かれた銛は、鋭い切っ先を海竜の頭に向けて、一直線に飛んで行く。
だが、ルーウェンは風の計算を間違えていた。急所である目玉を狙ったつもりだったが、銛は強風に吹き流され、フラウ・シュトライトの鼻孔の脇に突き刺さった。
ここも、敏感な場所だったのだろう。海竜は首をのけぞらせ、大きく咆哮した。
とたんに、時の石版の呪縛が解ける。
銛が抜け、くるくると回転しながら海の中へ消える。銛が傷つけた鼻面からは、赤黒い血がひとすじ流れるが、巨大な海竜にとっては、かすり傷でしかない。
「くそ!」
ルーウェンが毒づき、すぐに銛を巻き上げにかかる。エリーは右手にメガフラムを握りしめ、投げつけるタイミングをうかがう。

いったん後方に下がったフラウ・シュトライトは、かま首をもたげたまま、水面上に現れた胴体部分を輪を描くように回転させ始めた。
たちまちのうちに、海水が渦巻き、逆巻き、持ち上がり、巨大な水の壁となって船の前に立ちふさがる。
この壁が崩れ落ちてきたら、いかに頑丈な船とはいえ、無事では済まないだろう。特に、甲板上にあるものなど、人だろうが物だろうが押し流され、海の藻くずと消えてしまう。これまで無数の漁船を沈めてきた、フラウ・シュトライトの引き起こす大津波がこれであった。

城壁のような水の壁が迫る。
その刹那・・・
「てぇい!」
ユーリカが叫びざま、手にしていた扇を海に投げ込む。カスターニェの人々が言い伝えている、波を鎮める力をもった扇だ。ザールブルグ・アカデミー秘蔵の文献の中から、エリーが忘れられていた調合法を発見し、作り出したものだ。
羽魚扇に秘められた魔力によって、大津波は砕けることなく、ゆっくりと鎮まっていく。

その波の向こうから、再びフラウ・シュトライトのかま首が現われる。今度は、船に向かって一直線に迫ってきた。血に飢えたような黄色い目が、エリーの視線とぶつかる。
(あたしを、狙っている!)
不思議と、恐怖は感じなかった。ただひたすら、メガフラムに自分の念をこめる。メガフラムで火竜フランプファイルをしとめたというマルローネのように・・・。
海竜が大きな口を開いた。その口の中に向かって、エリーは自作の爆弾を叩き込んだ。
フラウ・シュトライトの口の奥で、爆発が起こり、火球がふくれあがる。爆風と竜の唾液が入り交じったものが、正面からエリーに降りかかり、エリーは思わず顔をそむけた。

不意打ちをくらったフラウ・シュトライトは、頭部をのけぞらせ、のど元がむき出しになる。
それを真横から見ていたルーウェンに、ひらめきが走った。
(ここだ! チャンスは今しかない!)
背中の長剣を抜き放ち、滑りやすい甲板を、海竜に向かって走る。
「危ない! 何するんだい!?」
ユーリカの叫びを、気にも留めない。

前甲板を走り抜け、フラウ・シュトライトのかま首の真下にひざまずいて、長剣を構える。そして、甲板すれすれまで下がってきた海竜ののど元を、両手で握った長剣で思い切り突き上げる。
フラウ・シュトライト自体の重みともあいまって、長剣の半分までが海竜ののどに突き刺さった。間髪入れず、ルーウェンが思い切り刀身をひねる。しかし、しっかりと食い込んだ剣は抜けない。
どろどろとした竜の血がしたたり、ルーウェンの全身を赤黒く染める。血と一緒に、きらきらと光るなにかの破片のようなものも落ちて来る。ルーウェンは左手で剣を支え、右手を伸ばしてそれをつかみ取った。
その時、フラウ・シュトライトが激しく首を振った。

「ルーウェンさん、危ない!」
視野が晴れたエリーが叫ぶ。
跳ね飛ばされたルーウェンは、もんどりうってカタパルトに叩き付けられる。
首に剣を突き立てたまま、フラウ・シュトライトは怒り狂ったような吼え声をあげ、ぐるりと首を回して、甲板に倒れたまま動かないルーウェンに狙いをつける。

だが、海竜が襲う前に、ロープを解いたエリーが飛び出していた。
ルーウェンを抱き起こし、左肩から腕へかけての裂傷に、アルテナの傷薬を塗り付ける。
「うう・・・、あ・・・」
うめいたルーウェンが、うっすらと目を開く。
「ルーウェンさん、大丈夫? しっかりして!」
ルーウェンの目に飛び込んできたのは、心配そうにのぞき込むエリーの背後から迫る、地獄の怪物のようなフラウ・シュトライトの頭だった。
「エリー! 危ない、逃げろ!」
ルーウェンの声に、エリーが身体を起こし、後ろを振り向く。
そこを、フラウ・シュトライトの牙が襲った。

「エリー!!!!!」
ルーウェンが絶叫する。
大きく見開いたルーウェンの目に、竜の歯が噛み合わされ、鍾乳石ほどもある鋭い牙が、オレンジ色のマント越しにエリーの身体を貫くのが見えた。

ところが・・・。
次の瞬間、金色の光がエリーの胸元できらめき、全身を包み込む。そして、光がはじけ飛ぶと同時に、ルーウェンの傍らに、五体満足のエリーがたたずんでいた。
持ち主に死の危険が迫った時、代りに砕け散って持ち主を守る・・・エリーが身に付けていた護身用アイテム、「身代わりの金貨」がその効果を発揮した瞬間だった。

フラウ・シュトライトは、首から血を流しながらも、再びかま首を高くもたげ、執拗に攻撃しようとする。しかし、気のせいか、動きは先ほどまでよりも鈍っているように見える。
「間違いない! やつは弱ってるよ! さあ、止めを刺すんだ」
船尾からユーリカが叫ぶ。
「ルーウェンさん!」
エリーがきらきら光る瞳でルーウェンを見る。

「よしきた! まかせとけ!」
ルーウェンは再びカタパルトに取り付く。しかし、フラウ・シュトライトにやられた左腕は、だらりと垂れたままだ。
「ルーウェンさん、左腕は?」
『陽と風の杖』を両手でささげ持ったエリーが、心配そうに尋ねる。ルーウェンは、血の気の引いた顔に無理に笑顔を浮かべ、
「大丈夫、右腕一本あれば、発射できるさ。それより、手はず通り頼むぜ」
と、正面に向き直る。

ユーリカは舵を巧みに操り、荒れる海の中を、追い風になるように船の向きを変え続ける。そして、常にフラウ・シュトライトが真正面にいるように保っている。
フラウ・シュトライトが、再び攻撃態勢に入った。咆哮をあげ、かま首が迫る。

「今だ!」
ユーリカの号令に合わせ、ルーウェンがカタパルトのレバーを引く。
同時に、エリーが振りかざした魔法の杖を、思いきり振り下ろす。
『陽と風の杖』から飛んだ青白い光球が、カタパルトから発射された銛を包み込む。
風の魔力を得て、青い光の矢となった銛は、スピードを上げて宙を飛び、フラウ・シュトライトの右目に深々と突き刺さった。
猛り狂ったようなフラウ・シュトライトの咆哮が、苦痛の叫びに変る。天を見上げるかのようにかま首をのけぞらせ、海竜はそのまま渦巻く海面に没して行く。
銛をつないでいたロープを切り離し、カタパルトにもたれたルーウェンが、黙ってそれを見つめる。杖を下ろしたエリーが、寄り添うようにカタパルトにつかまる。

ルフトリングを外したユーリカが、舵輪を離れ、前甲板にやってくる。
いつのまにか、風雨は鎮まり、空をおおっていた黒雲も切れ目を見せはじめている。
「死んだのかな・・・」
誰に尋ねるともなく、エリーがつぶやく。
「さあね・・・。ただ、当分はこの海域に近付く気を起こさせないくらい、痛い目に合わせたことは確かだよ。ごらん、嵐が鎮まったってことは、やつがこのあたりからいなくなった証拠さ」
ユーリカが、放心したようにつぶやく。

海竜フラウ・シュトライトを倒したのだから、もっと喜びを表わしてもいいはずだが、3人はそれもできないほど疲れきっていた。
雲が消え、大きく西に傾いた日が、正面に見えはじめる。
しかし、それについてなにか口にする者はいなかった。
精根使い果たした3人は、重なり合うように甲板に横たわり、ぐっすりと眠り込んでいたのだ。


おいしそうなスープの香りが、エリーの鼻をくすぐる。
エリーは、そっと目を開いた。
自分がどこにいるのか、しばらくの間、わからない。
だが、リズミカルに揺れる固い板の床に気付くと、眠りに就く前の記憶が脳裏によみがえってくる。
あわてて身を起こす。
あれは・・・フラウ・シュトライトと戦ったのは、夢だったのだろうか。それとも・・・。

ユーリカが、熱いスープの入ったカップをエリーに差し出す。
「やっと目が覚めたかい? もう昼だってのにさ、ずっと起きないのかと思って心配したよ」
反射的にカップを受け取りながら、エリーは尋ねる。
「フラウ・シュトライトは・・・?」
「忘れちゃったのかい? あんたたちが追い払ったんだよ。これで、カスターニェの漁師たちも安心して沖合いまで出られる。・・・ありがとう、みんなを代表して、礼を言うよ」
白い歯を見せて笑ったユーリカだが、その目はうるんでいた。

エリーの心の中に、徐々に喜びがこみ上げてくる。
「そうか・・・。やったんだね。夢じゃなかったんだ!」
「そうともさ。でなかったら、俺も苦労した甲斐がないよ」
ルーウェンの落ち着いた声に、エリーが振り向く。ルーウェンは、ロープの山にもたれかかって、スープをすすっている。左腕には包帯が巻かれ、三角巾で肩から釣っている。

「ルーウェンさん・・・」
近寄るエリーに、カップを置いたルーウェンは、軽く握った右手を差し出す。
いぶかしげに見るエリー。そんなエリーに、ルーウェンは優しげな眼差しを向け、
「誕生日おめでとう、エルフィール。俺からの贈り物だよ」
「えっ、誕生日? わたしの・・・?」
「なんだ、忘れてたのか。今日は6月18日、日食の日だ。日食の日が誕生日だって、前に言ってたじゃないか」
それを聞いて、エリーは空を見上げる。さきほど、ユーリカは「もう昼だよ」と言っていたが、あたりは夕方のように薄暗い。

「そうか・・・。フラウ・シュトライトをやっつけるのに夢中になって、すっかり忘れてたよ」
「じゃ、思い出したところで、受け取ってくれるかい? 誕生日の贈り物を」
そっと開いたルーウェンの手のひらに乗っていたのは、青緑色をした、宝石の原石のような平べったいかけらだった。
「これは・・・?」
「前に話したろう? これを持っていれば、必ず夢がかなうというお守りだ」
「え、それじゃあ・・・」
「そう、竜の鱗・・・フラウ・シュトライトの鱗さ。良かったよ、あんたの誕生日の前に、あいつが現れてくれて」

エリーの脳裏に、昨日のフラウ・シュトライトとの戦いの1場面がよみがえった。
長剣を手に、フラウ・シュトライトに立ち向かったルーウェン。その無謀とも思える行動は、エリーのために、この鱗を手に入れるためだったのだ。
自分でも気付かないうちに、エリーの目から、涙がこぼれていた。
「おいおい、泣くことはないだろ。・・・なんか俺、あんたを泣かせてばかりいるみたいじゃないか」
「ちがうの・・・とっても、うれしいの。ルーウェンさん、ありがとう・・・」

海竜の鱗を握りしめたエリーは、ルーウェンに寄り添うように腰を下ろす。
ゆっくりと、ルーウェンの胸当てにもたれかかるように体重を預けていく。そっと手を伸ばし、ルーウェンの右手を探し当てると、おずおずと握った。
今のエリーにできる、精一杯の気持の表現だったのかもしれない。
ルーウェンの右手に、エリーの温もりが伝わる。
ふたりは、言葉もなく寄り添ったまま、穏やかな水平線を見つめる。

「やれやれ、あたしがここにいるのは、邪魔ってもんだね。船室で昼寝でもするか・・・」
ふたりに聞こえないようにつぶやいたユーリカは、足音を忍ばせて船室に向かい、静かにドアを閉めた。

<おわり>


○にのあとがき>

はじめて、テーマをリクエストしてもらって書いた作品が、これです。
よっしーさんのHP、「がらくたのおもちゃ箱」に寄贈しました。

「ルーエリものを」というリクエストで書いたこの作品、ロマージュさんもルーウェンも、初登場でした。個人的には、ロマージュさんの「切っ先ぺろり」シーンが気に入っています。

あと、一度は描いてみたかった、ぼくなりのフラウ・シュトライト対決シーンを、この作品で描くことができました。
・・・となると、やっぱりいつかはフランプファイル対決シーンも書かないといけないのかな?

前半のヘウレンの森で、ルーウェンが「・・・以前、とんでもない味のスープを食わされて、死にそうになった・・・」と言っていますが、詳しく知りたい方は、なかじまゆらさんのHPで「調理は調合に通じる?」という小説を読んでみてください。かわいそうなルーウェン・・・。


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