おう、いらっしゃい!
今日の用向きは何だい? 剣かい、鎧かい? どっちにしても優れものが揃ってるぜ。
え? 今日は見るだけ?
ま、いいや。今日は朝から客が全然来なくてな。暇を持て余してたところなんだ。
よかったら、お茶でも飲みながら、俺の昔話でも聞いていかないか?
どうせ、あんたも暇なんだろ。そんなしぶい顔してないで、付き合えよ。な。
事の始まりは、旅商人のフランツ親父だった。
今日と同じような、夏の終わりの暑い日だったな。
俺は、その夏に日銭を稼ぐために入りこんだ武器屋で、店先に並んだ剣や槍の埃を払っているところだった。
フランツ親父は、店に入って来るなり、あの悪い知らせを聞かせてくれたんだ。
いつもなら、荷馬車に積み込んだ鉄や銀鉱石を届けてくれるはずのフランツ親父が、その時に限って手ぶらだったんだ。
「どうもこうもねえよ。どうやら、国境のあたりがやばいことになってるらしいぜ」
聞けば、いつも銀鉱石を譲ってくれる鉱山集落が、もぬけの殻になってるらしい。
鉱夫たちの姿は見えず、近くには傭兵とも盗賊ともつかない怪しい連中がうろつき回っていたという。
国境の山沿いに点在する鉱山からは、質のいい銀鉱石が採れる。武器の材料としては最高だ。何年か前、シグザールとドムハイトの間で起こった紛争も、そこの銀鉱脈の採掘権を巡ってのことだ。
そこが、どうやら再び、きな臭くなってきたようだ。
“君子あやうきに近寄らず”をモットーにしているフランツ親父は、長居をせずに、そそくさと逃げ帰って来たとのことで、それ以上の詳しい状況はわからなかった。
しかし、とにかく、当分の間、銀鉱石が手に入らなくなったというのは確かだった。原料が入って来なければ、武器屋も商売あがったりになってしまう。
そこで、俺は考えた。
こいつは、一獲千金のチャンスじゃないかってな。
フランツ親父の話では、鉱夫たちはあわてて逃げ出したらしく、あたりには掘り出したばかりの鉱石が、ごろごろしていたという。
それを、こっそりとここまで運んでくれば・・・。
ものが足りなければ、値が上がるというのが世の習いだ。
俺のモットーは、フランツ親父とは違う。“虎穴に入らずんば虎児を得ず”ってやつだ。ま、俺もあの頃は若かったし、怖いもの知らずだったんだよな。
そんなこんなで、俺はさっそく暇をもらうと、旅支度をして国境の方へ向かった。
銀鉱石を運ぶための、手ごろな荷馬車を前金で借り、のっそりとしか歩かない馬の手綱を引いて、俺はのんびりと進んでいった。
頼りになるのは、使い慣れた長剣が一本だけ。何の飾りもない、実用一点張りの剣だ。何? ファルカタ? あんなものは実戦になったら、くその役にも立ちゃあしねえ。装飾用の剣だよ。
奇妙な道連れができたのは、旅立ってから数日後のことだった。
街道沿いの景色は、草原から森に変わり、ドムハイトとシグザールの国境をなす山々が近づいているのがわかった。
その晩、俺は街道を外れた森の中の小さな空き地で、野宿していた。
馬は近くの立ち木につなぎ、勝手に下生えを食べられるようにしておいた。
そして、空き地の反対側でたき火をたき、マントにくるまって眠っていたんだ。
夜中を少し回った頃だったと思う。
ふと、なにかの気配を感じて、俺は目が覚めた。
野宿している時は、ぐっすりとは眠らないのが冒険者の常識ってやつだ。
俺は、マントにくるまったまま、そっと剣を小脇に引き寄せた。
その小さな気配は、そろそろと俺の枕元に置いてあるザックに近づいてくる。
ザックの中身は大したもんじゃない。携帯用の干し肉と、ほんのわずかな身の回りの品だけだ。荷馬車を借りるのに、手持ちの金はほとんど使い果たしちまったからな。
(今だ!)
呼吸をはかっていた俺は、起き上がりざま、剣をザックのすぐ先の地面に突き刺した。
その剣のすぐ先には、泥に汚れた小さな手が、凍り付いたように止まっていた。
そして、その手の持ち主も・・・。
「なんだ、ガキじゃねえか」
俺は拍子抜けした。
辺境に巣食う盗賊でも襲ってきたのかと思っていたが(実は、それを考えて少しビビっていたんだ)、忍び寄ってきた泥棒は、薄汚れた身なりをした、まだ10歳程度の男の子だった。
いっぱしに、冒険者の剣を背負っていやがる。
目の前に突き立った俺の剣を見て、しばらくは動けなかったようだが、やがて我に返ると、ぎくしゃくした動きで剣を抜こうとする。
しかし、どう考えても、背丈に比べて剣が大きすぎるんだ。
俺は、面白がって見ていた。
何度もつっかえながら、ようやく剣を抜くと、剣の重さにふらつきながら、そのガキは叫んだ。
「う、動くな・・・! 金を出せ!」
<Illustration by 綾姫様> |
燃え残りのたき火の炎を映して、ガキの緑色の目がきらめく。
うん、歳の割りにはいい目をしている。
俺は、そいつの目をしばらくにらみつけて、言った。
「バカ」
そして、ゆっくりとザックを開けると、干し肉を取り出して、投げてやった。
「襲うんなら、もっと金を持っていそうな相手を選べよ。こっちも文無しなんだ。食い物くらいはあるがな」
ガキは、どうしたらいいのか思案するように、干し肉と自分の剣とを見比べていた。
しかし、俺が笑いかけてやると、剣を置いて干し肉に手を伸ばした。
「お前・・・、名前は何て言うんだ」
がつがつと干し肉をほおばる相手に、カップに注いだ水を渡してやりながら、俺は尋ねた。
「ルーウェン・・・」
ガキは、ぽつりと答えた。
「そうか、ルーウェンっていうのか。なんでまた、こんな場所をうろついていたんだ? 家はどこだ?」
ルーウェンは、カップの水で干し肉をごくりと飲み下すと、ひざを抱えてしゃがみこんだ格好で、話しはじめた。
「家は、ないよ・・・。前の戦争で、村ごとドムハイトの兵隊に焼かれちゃった。父ちゃんや母ちゃんとも離れ離れに・・・」
戦争っていうのは、例の、銀鉱脈を巡るシグザールとドムハイトの小競り合いのことだろう。確かに、国境近くでは、戦火に巻き込まれて焼かれた村がいくつかあったはずだ。
でも、あの戦争は、5年も前のことだ。
「お前、それ以来、ずっとひとりで生きてきたのか」
俺は、感心するよりあきれてしまった。
ルーウェンは、黙りこくってうなずく。
「その剣は、どうしたんだ」
「拾った・・・」
「拾ったあ!? ばか言うな。そんな代物がそこいらに落ちてるわけがないだろう」
俺から見ても、ルーウェンが握り締めている剣は、かなりの業物だ。
「でも、拾ったんだ・・・」
「どこで拾ったって言うんだよ」
「お墓・・・」
「お墓って・・・そうか!」
俺は笑い出してしまった。きっと、ルーウェンは、戦死した兵隊が埋められている即席の墓場で、墓石代りに立ててある剣を引っこ抜いてきたに違いない。
俺は、このルーウェンというガキを好きになりかけていた。
「ところで、お前、どっちの方から来たんだ?」
「あっち・・・」
ルーウェンが指差したのは、俺が向かおうとしている銀山の方向だった。
こいつは、ツキが向いてきたのかも知れねえ、と俺は思ったね。
なにか変わったものを見なかったかと、聞いてみたんだ。
その返事に、俺は仰天しちまった。
「うん、見たよ。今まで見たこともない、変なものだった・・・。大きくて、ピカピカしてて、ガチャガチャ音を立てて、動くんだ。そばに、兵隊もいた。だから、俺、怖くなって、逃げちゃったんだ」
ルーウェンが見たっていう変な代物こそ、銀鉱山に人がいなくなった原因に違いない。直接にはそうじゃなかったにしても、なんらかの関係はあるはずだ。
しばらく考えた俺は、ルーウェンの肩に手を置いて、言った。
「どうだい、お前が見た、その変なもののところに連れてってくれないか。ふたりで、そいつの正体を確かめてやろうじゃねえか」
ルーウェンは、こくりとうなずいた。
2日後。
俺とルーウェンは、いくつかある銀鉱山のひとつに、そっと忍び寄っていた。
馬と荷馬車は、森のはずれの草原に残しておいた。何にしても、素早く動きが取れるようでないといけねえ。鈍重な荷馬車は、邪魔になるだけだ。
身体に不釣り合いな剣を俺に預け、身軽になったルーウェンは、軽業師のように岩陰から岩陰へ飛び移り、前方を偵察に出た。
戻ってくると、ルーウェンは身を寄せ、ささやく。
「まだ、あったよ。でも、この前に見た時と、場所が違ってる」
なんでも、以前に見た時は、大きく張り出した岩棚の陰にあったのが、今は、その手前にある広場に引き出されているようだという。
「よし、俺も見に行こう。案内してくれ」
俺は相棒の肩を叩いた。
俺が隠れていた場所から、ルーウェンの言う広場までは、くねくねした細い道が、岩場を縫うように延びている。でも、俺たちは道をはずれた岩場伝いに進んでいった。
「ほら、あれだよ」
ルーウェンの言葉に、俺は大きな岩の陰から背伸びするようにして、向こうをうかがった。
「何だ、ありゃあ!?」
思わず、俺は小さく叫んだ。
それは・・・。
何と言ったらいいのだろう。
大きさは、2階建ての家くらいある。全体的に黒光りしていて、それが金属でできていることがわかる。たくさんの鋼の棒や板を組み合わせて作ってあるのだろう。
そして、それには脚が付いていた。
虫のような形をした、3つの関節からできている金属の脚が、片側に3本ずつ、合わせて6本が、そのずんぐりした丸っこい金属の固まりの、床に当たる部分から生えている。
更に、後方には、長い尻尾のようなものが伸びており、その先端には、半球形のお椀のようなものが取り付けてあった。
まるで、カブト虫の胴体と脚を前後さかさにして付けたみたいだ。
それにしても、いったい誰が、何のためにこんなものを・・・?
その時、ルーウェンが俺の脇腹を突ついた。
「誰か、来るよ」
俺は岩陰に身を潜める。
コツ、コツと、足音を響かせて、広場の向こう側から、誰かがこちらに歩いてくる。足音からして、ふたりのようだ。
足音の主は、金属のカブト虫もどきのところで立ち止まった。
そして、話しはじめる。
もちろん、俺たちが聞き耳を立てていることなど知らないのだろう。声をひそめることもしていない。
「ふふふふ、どうだ。ついに完成したぞ。史上最強のからくり兵器、名付けて“パンツァービートル”」
「いやいや、さすがはマイヒル様。王国一のからくり細工師の名は、伊達ではございませんでしたな。これだけのものが出来上がるとは・・・。感服いたしました」
「ふふふ、この“パンツァービートル”の巨大カタパルトを前にしては、どんな城塞を築こうと、無駄というものだ。これで、われらの悲願、世界征服が現実のものとなる日が近づいてきたぞ。まずは手はじめに、城塞都市ザールブルグを攻撃してやるか」
「行く手にある村や町も・・・」
「そう。もちろん、“パンツァービートル”の敵ではない。すべてひねりつぶしてくれるわ」
「そして、それらはすべて、ドムハイトの陰謀ということになるわけですな」
「その通り。われらの実力を笑い飛ばしたドムハイト王室の連中に、一泡吹かせてやれるわ。再び、両国間に戦乱の火ぶたが切られる。そして、両国が疲弊しきったところで、いくつもの“パンツァービートル”が、世界を席巻するのだ。今は、これ1台だけだが・・・」
「はははは、今も鉱夫たちを追い出した鉱山の鉱石を使って、2台目の材料を作製中です。鉱夫たちは、ドムハイト正規軍の命令だと思い込んで、黙って出て行きましたよ」
ふたりの会話は、まだまだ尽きないようだったが、これだけ聞けば十分だ。俺とルーウェンは、こっそりとその場を離れた。
どうやら、俺たちは、とんでもない陰謀が張り巡らされているただなかに、足を踏み入れちまったらしい。
とにかくどこかに落ち着いて、考えをまとめる必要があった。
そして、俺とルーウェンは、荷馬車をつないである場所まで戻ったのだが・・・。
そこで、また妙なやつに出会うことになっちまった。
そいつは、俺の馬車の荷台にふんぞり返って、昼寝をしていたらしかった。
俺たちの気配に気付くと、そいつは飛び起きて、いきなりくってかかってきた。
「おい! お前らか! 銀鉱石が届かなくなった原因を作ったのは!」
見れば、たくましい身体つきをしてはいるが、いでたちは冒険者らしくない。
頭がつるつるにはげ上がっているため、年齢もよくわからない。俺よりもかなり年上なのは確かのようだが・・・。
「だいたい、銀が届かなくなったら、こちとら商売あがったりじゃねえか! 仕方がねえから、俺あザールブルグから遠路はるばる、原因を突き止めに来たってわけだ! さあ、白状しやがれ!」
一方的にまくしたてる。
ようやく相手が落ち着いて、こっちの話に耳を傾けてくれたのは、30分もぶっ続けでわめきちらし、息が切れたからだった。
「なぁるほど、そういうわけかい。俺と同じ事を考えたってわけか。悪かったな、早とちりしちまって。俺あ、こと武器のことになると、頭に血が昇っちまうもんでな。俺にとっちゃ、武器は息子みてえなもんだからな」
話してみれば、気のいい親父だった。ザールブルグで武器屋を開いているという。
そして、俺たちが銀山で盗み聞きしてきたことを話すと、武器屋はふたたび猛り狂った。
「な、なんだとぉ!? そんなとんでもねえことを考えてるやつらがいるのか! こいつは、見過ごすわけにゃいかねえぜ」
今にも剣を振りかざして飛び出して行きそうな勢いだ。俺はなだめた。
「おいおい、ちょっと待ちなよ、親父さん。俺たちだって、聞いちまった以上、なんとかしなきゃいけないとは思ってるさ。だがな、あんな鋼鉄の化けもんが相手じゃ、歯が立つわけがないぜ。この際は、ドムハイトなりザールブルグの騎士隊に知らせるのが正解じゃないのかな」
その時、ルーウェンがぽつりと言った。
「信じてもらえると思う?」
俺は思わず天を仰いだ。
ルーウェンは、子供のくせに、妙に悟ったようなことを言う。
彼の言うことは正しい。
実際に目で見て来た俺だって、あれが本当のことだったのか信じられないくらいなのだ。
武器屋の親父は絵に描いたような単純人間だから、すぐ信じてくれたが、普通の人は、俺たちの頭がおかしくなったのだと思うだろう。
「そうだよな・・・。信じてくれるわけはないよな・・・」
考え込んで、空を見上げた俺は、ふと気付いた。
もしかしたら、いけるかもしれない。
俺は、ルーウェンと親父に、自分の考えを話した。
「よっしゃ! それをやってみようじゃねえか! 乗ったぜ!」
単純な親父は、すぐに話に乗ってきた。
ルーウェンはちょっと考えて、答える。
「うん。やってみるよ。でも、俺の剣を使うのはやだよ」
「わかったよ。じゃあ、俺の剣と交換だ」
そして、3人に増えた俺たちは、空模様を気にしながら、銀鉱山へ急いだ。
戻ってみると、“パンツァービートル”とやらは、さっきと同じ場所に鎮座ましましていた。
だが、さっきと違うところは、金属の格子細工の間から、蒸気が吹き上がっており、ドムハイトの兵隊の格好をしたやつらが、鋼鉄製の脚の間を走り回っている。
「どうやら、動き出すような気配だな・・・」
俺は、ルーウェンにうなずいてみせる。ルーウェンは、手はず通り、俺の長剣をかついで岩場の上に消えた。
「よっしゃ、行こうぜ! せいぜい、派手に騒いでやろうじゃねえか」
親父は言うと、剣を振りかざして岩陰から飛び出した。
俺も続く。
「こらあ! お前ら、こんなところで何やってやがるんだ! 人様の食いぶちをかっさらうような真似をしやがって! 銀鉱石を返せってんだ!」
“パンツァービートル”のそばにいる兵隊に向かって、派手なたんかを切る。
「何だ、お前は! ここは国家機密の試験場だ。出て行け!」
数人の兵隊が、剣を抜いて向かってくる。
「お前ら、ドムハイトの兵隊に化けてるつもりだろうが、こっちはちゃあんとお見通しだぜ。けちな盗人ふぜいが、いきがるんじゃねえ!」
俺も負けずに叫ぶ。
ひとりが2、3人を相手にすることになったが、俺も伊達に冒険者をしてるわけじゃない。相手が本物のドムハイト正規兵だったら、まずかったかも知れないが、敵は偽者だ。
切り込んでくる最初のやつの剣を、ルーウェンの剣で受け止め、そのまま通り過ぎざま、腹をなぎ払う。
「いっちょうあがり!」
2人目の剣をはね上げると、返す刀で3人目の足を払う。
目の隅で、武器屋の親父の姿をとらえる。親父は、あっという間に敵の3人を叩きのめしていた。力だけじゃない。かなりの剣技の持ち主と見た。
兵隊どもを片づけると、俺たちふたりは“パンツァービートル”に向き直る。
「こらあ! この屑鉄の固まり! 動けるもんなら動いてみろ!」
親父が大声で叫ぶ。
「世界征服だかなんだか知らねえが、ふざけたこと言うんじゃないぞ!」
その時だ。
カブト虫のお化けから、シューッという音とともに、蒸気が立ち上った。
ガチャンガチャンと金属音をたて、6本の脚が動きはじめる。
そして、大音声が響き渡った。
「ふふふふふ。どこのどいつかは知らないが、我々の計画を知ったからには、無事で帰すわけにはいかぬ。おぬしらのような虫けらに、カタパルトを使うのももったいない。踏み潰してくれるわ!」
あのマイヒルとかいうからくり細工師の声だ。どうやら、“パンツァービートル”に乗り込んで動かしているらしい。
シューシューと立ち昇る蒸気とともに、鋼鉄のカブト虫が、こちらに向かって進みはじめた。
「逃げろ!」
俺は親父に声をかけ、走りはじめた。
思った通り、空はどんよりと暗く、低い雲が垂れこめて来ている。
“パンツァービートル”は、思ったよりスムーズに、速度を上げて岩を乗り越え、逃げる俺たちに迫ってくる。
俺たちはゆるやかな上り坂を駆け上がり、両脇が切り通しになっている峠道を越えた。
ぽつり・・・と、大粒の雨が頬に当たる。
峠を越えると、あたりは開けた広場となる。
“パンツァービートル”が、狭い切り通しの道を、両側の岩を削るような勢いで、通り抜けようとする。
「今だ、ルーウェン!」
切り通しの上に向かって、俺は叫ぶ。
ひょい、と岩陰から姿を現したルーウェンが、身軽に“パンツァービートル”に飛び移る。
そして、細かく入り組んだ金属棒の固まりのてっぺんに、俺の長剣を突き刺す。
高々と、鋼鉄製の剣が、触角のように真っ直ぐに、“パンツァービートル”の頭の上に突き立った。
ルーウェンは、そのまま素早くジャンプして、切り通しの向こうに消える。
俺と親父は、広場に出ると左右に分かれ、遠くの岩陰に走った。
“パンツァービートル”は、広場の真ん中に出ると動きを止め、どちらを追うべきか迷ったようだった。
その時・・・。
空が光った。
すさまじい大音響がとどろき、大地が揺れる。思わず、俺は頭をかかえて伏せていた。
大気が、きなくさい香りで満ちる。
しばらくして、恐る恐る顔を上げる。
“パンツァービートル”は、バラバラになって四散していた。
ねじまがった金属の固まりから、湯気が上がっている。
これでは、乗っていた人間も助からないだろう。
作戦通りだ。
夏の午後、夕方に近い時間帯だった。
空にむくむくと湧き上がる入道雲を見て、俺はこの作戦を考え付いたのだった。
金属の固まりの“パンツァービートル”は、雷様にとって絶好の餌食だったのだ。
本格的に降ってきた雷雨から逃げ、ルーウェンと合流した俺たちは、空っぽになった銀鉱山に向かって走った。
・・・と、まあ、話はこれで終わりだ。
あのマイヒルとかいうやつの計画が、見込みのある代物だったのか、単なる誇大妄想だったのか、そこんとこはわからねえ。
少なくとも、俺たちは、自分たちにできることをやったってわけだ。
俺は、ザールブルグから来た武器屋の親父に荷馬車を譲ってやり、親父は銀鉱石を手に入れて、ほくほくして帰って行った。
え? 俺はどうしたかって?
あんなことがあった後だ。ドムハイトにもいずらくなったんでな、ルーウェンと一緒に海沿いの街道を北へ向かった。
んでもって、このカスターニェに落ち着いたってわけだ。
ルーウェンは、家族を探すとか言って、すぐに出て行っちまったけどな。
・・・・・・。
すまねえ、ずいぶんと長話に付き合わせちまったな。
今度はなにか買ってってくれよ。
このシュマックの武器屋、バッタもんは一切扱わねえ。
高級品を取り揃えてるからよ。
じゃ、またな。
<おわり>
<○にのあとがき>
25000ヒットの申告はなかったのですが、1字違い賞(24999)のマサシリョウさんに「ちょっと手抜きしますよ(笑)」という条件付きでリク権を差し上げました。
で、マサシリョウさんからプロット付きのリクをいただいたのですが・・・。
それを大幅改変して、勢いだけで書き上げたのがこれです。さすがに正史に入れるのは何なんで、番外編とさせていただきました。
はっきり言って、構成が甘いのは覚悟の上です。こういうお話について、ディテールへのツッコミは野暮というもの(←開き直っている)。
一応、解説しておきますと・・・
この時、ルーウェン10歳。シュマック18歳(ドムハイトを根城にした冒険者です)。親父31歳(ザールブルグに武器屋を開いて間もない頃?)。シュマックって案外若いんですね。設定を確認してびっくりしました。親父と同世代かと思ってた。
ポイントは、語り手の正体をどこまで隠しておけるか、ということでした。(うまくいったかな?)
あと、今回は書いている間中、BGM代りに「ナデシコ」を流しっぱなしにしてました。その影響か、ちびルーのセリフ回しにルリちゃん風味が入ってます(特に後半)。それから、甲虫にも木星トカゲのイメージが(^^;
こんな作品ですが、ご感想いただけたら嬉しいです。