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〜20000HIT記念リクエスト小説<不破すえき様へ>〜

少年の夢 Vol.3


そして、ダグラスは決戦の場に立った。
シグザール王国武闘大会、決勝戦。
ダグラスが闘技場に足を踏み入れると同時に、反対側の入口から、対戦相手が姿を現した。
武闘大会12年連続優勝の記録を誇る、ザールブルグの剣聖、王室騎士隊長エンデルク・ヤード。
「ただいまから、決勝戦を行います」
ふれ役の声に、観客がどよめき、やがて大歓声に変わる。
今回は、なにかが起こるのではないか・・・。観客にも、そんな期待があるのかも知れない。
「片や、王室騎士隊長、エンデルク・ヤード!」
エンデルクが、一歩前へ踏み出す。
「こなた、聖騎士、ダグラス・マクレイン!」
「よっしゃあ!!」
ダグラスの気合いのこもった叫びも、歓声にかき消されてしまう。
闘技場の中央に向かって歩を進めながら、ダグラスは、以前にもこれと同じ場面があったことを思い出していた。
あの時は・・・。


Episode−3

ダグラスが15歳になった時、マクレイン家は、カリエル王国の移民政策を受けて、シグザール王国へ移住した。
ダグラスの父親の、毛皮職人としての腕が認められたことももちろんだが、ザールブルグへ行って聖騎士になりたいというダグラスの強い希望があったことも大きな理由だった。
ザールブルグへ着いたダグラスは、真っ先にシグザール城へ行き、騎士団への入隊を志願した。
そして、騎士見習いとして採用されたのだった。

その年の年末。
恒例の武闘大会に、16歳のダグラスは、無謀にも挑戦したのだった。
これに勝ち進んで、周囲に認められるのが、聖騎士になる早道だという計算もあった。
同期の騎士見習いたちがなすすべもなく敗退する中、ダグラスは、なんとか1回戦と2回戦を勝ち抜いた。
しかし、なんという運命のいたずらか、3回戦でエンデルクと当たってしまったのだ。
何年か先には、武闘大会で対戦することになるだろうとは思っていたが、まさか初めて参加した大会でぶつかることになるとは思ってもみないことだった。
ダグラスは、その試合の様子を、まったく覚えていない。
ただ、エンデルクの黒い瞳に、憐れみのようなかすかな笑みが浮かんでいたことだけを、鮮明に覚えている。
もちろん、勝負は一瞬のうちについていた。
それまでは想像するしかなかったエンデルクと自分との力の差を、まざまざと見せつけられたのだ。

その日を境に、ダグラスは変わった。
それ以前にも増して、剣術の鍛練に打ち込むようになったのだ。
毎晩、同僚が寝静まった深夜に、城内の練習場へ行き、わら人形や鉄の鎧を着けた人形を相手に、剣の練習に励んだ。
息が切れ、へとへとになるまで剣を振り、ふらふらになって宿舎に戻ると、泥のように眠った。
また、少しでも実戦を経験する機会を得ようと、街の外に出かける旅人や錬金術師の護衛を、積極的に引き受けるようになった。

次の春、ダグラスは騎士見習いから昇格し、正式にシグザール騎士団の一員となった。
しかし、彼の目標は、もっとずっと上にある。まずは、国王の剣となり、盾となる12人の聖騎士のひとりに名を連ねること。
そして、今や自分の隊長となったエンデルクを、武闘大会で倒すこと。
ダグラスが剣を振るい、夜毎の鍛練を続ける間に、季節はめぐっていた。日食の日が訪れ、のみの市が終わった。アカデミーのコンテストが行われ、夏祭りの日が来ても、ダグラスは警護の勤務の間を縫って、なにかにとり憑かれたかのように剣の腕を磨き続けた。
そして、彼の努力が実を結ぶ時がやってきた・・・。

「ダグラス、隊長が呼んでるぞ」
同僚に言われ、あわててダグラスは隊長室に急いだ。
通常は、なにか用があっても、それは班長を通じて伝えられる。エンデルク隊長から直接に呼ばれることなど、めったにないことだった。
(俺、なにかヘマをやらかしただろうか?)
考えたが、思い当たることはない。
(ま、行ってみればわかるか)
この楽天性と単純さが、ダグラスの長所でもあり、短所でもあった。

「ダグラス・マクレイン、参りました!」
隊長室に飛び込むと、ぎこちなく礼をする。
椅子に掛けていたエンデルクは、読んでいた書類から目を上げ、軽く答礼する。
「ダグラスか・・・。指示事項を伝える。明日出発する、ヴィラント山方面討伐隊に参加すること。指揮をとるのは私だ。以上」
「へ?」
ダグラスは、思わず間の抜けた声を出してしまった。エンデルクの言葉は、まったく予想していなかった内容だったからだ。
エンデルクは、ほんのわずか、眉をひそめた。
「聞こえなかったのか・・・?」
「い、いえ、了解いたしました!!」
敬礼すると、ダグラスはばね仕掛けの人形のように部屋を飛び出していった。
自室に戻ると、
「ひゃっほう!」
と同僚の目も気にせずに一声叫び、張り切って準備にかかった。

王室騎士隊は、何ヶ月かに一度、討伐隊を組織して、ザールブルグ周辺の魔物退治に出かける。
王都の周辺を旅する人やザールブルグ市民を守るために、どうしても必要な行動なのだ。
ダグラスも、先輩の聖騎士と一緒に何回か、討伐に参加していたが、これまではヘーベル湖やストルデル川など、ザールブルグに近く、比較的安全な地域の討伐に限られていた。

しかし、今回の討伐は、いつもとは違う。
目的地は、ヴィラント山だという。かつて火竜フランプファイルが支配していた、もっとも危険で、強力な魔物が出没する地域である。
ヴィラント山の討伐隊に選ばれたということは、彼の実力が認められたという証拠でもあるのだ。
しかも、エンデルク隊長が、直接指揮をとるという。
雲の上の人であるエンデルクと、肩を並べて戦うことができる!
これだけでも、ダグラスが有頂天になるには十分だった。
ダグラスは、自分の剣を研ぎながら、活躍する自分の姿を思い描いていた。

しかし・・・
現実はそううまくはいかない。
「ふう・・・」
ダグラスは、野営地の撤収作業をしながら、何回目かのため息をついた。
「どうした、ダグラス、浮かない顔だな」
聖騎士のひとりが、声をかける。
「だって、ため息をつきたくもなりますよ。今日で8日目になるっていうのに、魔物にも盗賊にも、全然出会わないじゃないですか。これじゃあ、何のために出かけてきたのか、わかりゃしない。俺の剣が、泣いてますよ」
「ま、気持ちはわかるがな、敵が出ないということは、それだけこのあたりが平和になってきたということだ。いいことじゃないか。俺たちシグザール騎士団の働きが実を結んできたということなんだからな」
「俺の働きじゃあないですけどね・・・」
ダグラスは、まだぶつぶつ言いながら、たき火の跡に乱暴に土をかけた。

周囲は、赤っぽい岩がごろごろする、文字どおりの荒れ地だった。振り仰げば、ヴィラント山の火口が白煙を噴き出しているのが見える。あたりには、卵が腐ったような硫黄ガスの臭いが、かすかに漂っている。
「全員集合!」
低いが、よく通る声でエンデルクが叫ぶ。
すぐさま、討伐隊はエンデルクの前に整列する。
今回のヴィラント山の討伐隊は、エンデルク、ダグラスを含め、総勢6名。うち、聖騎士はふたりで、残りの4人はダグラスら、普通の騎士隊員である。
エンデルクは、おもむろに言う。
「本隊は、今日、もう少し奥地に入ることにする。ここから先は、騎士隊もめったに足を踏み入れない地域だ。どのような敵に遭遇するとも知れない。各自、気を引き締めるように」
隊長の言葉を聞きながら、ダグラスは思った。
(どんな敵でもいいから、いい加減、遭遇してみたいもんだぜ)
その希望は、ほどなくして実現することになる。

その時、一行は、狭い峡谷を一列になって進んでいた。
両側には険しい斜面がそそりたち、風化した岩が不気味な影を投げかけている。
最初に、そのうなり声に気付いたのは、ダグラスだった。
「隊長! なにかいます!」
その叫びを合図にしたかのように、斜面の岩陰から、何頭もの大きな獣が姿を現した。
「敵か・・・。全員はぐれるな!」
エンデルクの声に、騎士たちは剣を抜き放ち、一斉に散る。

峡谷の上の岩場から、騎士たちに襲いかかろうとしているのは、赤茶色い毛皮に覆われた巨大なオオカミ・・・ヤクトウォルフの群れだった。
もはや、陰から様子をうかがうことを止め、はっきりと姿を見せて、威嚇の姿勢をとっている。
小高い岩の頂上に、ひときわ大きなオオカミが姿を現した。これが、群れのボスに違いない。
ウォォォォーーーーーーーーン!!
長く尾を引く、血も凍るような遠吠えが、峡谷に響き渡った。
それが、戦闘開始の合図だった。

オオカミの群れは、全部で10頭ほどであったろうか。
急斜面を飛ぶように駆け下り、剣を構える騎士たちの頭上から襲いかかった。
ダグラスは、後方から飛び掛かってきた1頭を、剣でなぎ払った。しかし、身軽なオオカミは、皮をかすっただけで、致命傷には至らない。
地面に降り立ち、くるりと向き直ると、低くうなりながら攻撃の隙をうかがう。
その向こう側では、エンデルクが2頭を相手にしていた。
「私の攻撃を止められるか!」
気合いをこめた叫びと同時に、1頭が胸から腹をVの字に切り裂かれ、大地に倒れる。
もう1頭も、すぐにその後を追った。

ヒュー!!
戦闘中にもかかわらず、ダグラスは思わず賛嘆の口笛を吹いてしまっていた。
「さすが、隊長だぜ! よっしゃ、俺も!」
と、剣を水平に構え、オオカミに突進する。
「てぇいっ!!」
間合いをはかり、飛び掛かってくるオオカミのふところに跳びこみざま、剣を反転させ、垂直に振り下ろす。
グワァッ!!
喉もとから腹まで、ぱっくりと切り裂かれたオオカミは、もんどりうって倒れ、四肢を痙攣させて、動かなくなった。
「一丁あがり!!」

ダグラスの身体に、自信と力がみなぎってくる。
「さあ、次はどいつだ!?」
周囲を見回そうとしたダグラスの耳に、
「うわあっ!」
という悲鳴に近い叫びが聞こえた。
振り向くと、騎士のひとりが岩に足をとられて転んだところだった。
騎士は仰向けに倒れ、その時に頭を打ったのだろうか、朦朧とした様子でもがいている。
そして、騎士に向かって、あのひときわ大きなヤクトウォルフが、今にも飛び掛かろうとしていた。

瞬間、ダグラスの脳裏に、10歳の時にカリエルの森で起こった出来事が、鮮やかによみがえった。
「シュベート!!」
無意識のうちに、ダグラスは叫んでいた。
倒れた騎士が、幼かった無力な自分自身と重なり、彼は剣を構えると、猟犬のように突進した。
巨大なオオカミの黄金色に輝く目と大きく開けた口、そこに並んだ鋭い牙のひとつひとつが目の前に迫る。
ダグラスは、騎士とオオカミの間に飛び込むと、両手で握った剣を、思い切り突き立てた。
オオカミの全重量が、ダグラスにかかる。倒れそうになりながらも、ダグラスは、突き刺さった剣を一瞬引き、左から右へ大きくなぎ払った。
猛烈な衝撃に、ダグラスは地面に叩き付けられる。しかし、オオカミのボスの首は右前足と一緒にすっぱりと胴から切り離され、血しぶきをあげながらごろりと転がっていた。

大きく息をつきながら、ダグラスは立ち上がる。
すでに、戦いは終わっていた。
ダグラスは、不思議そうに、血に染まった自分の剣を見た。
どのように動いたのか、自分でもよく思い出せない。
しかし、エンデルクはしっかりと見ていた。
ダグラスを見つめるエンデルクの目には、今まで見せたことのない表情が浮かんでいた。
この時こそ、ダグラスが自らの必殺技、“シュベート・ストライク”をあみ出した瞬間だったのである。

討伐隊がザールブルグに帰還した数日後。
ダグラスは、再びエンデルクに呼ばれた。
「ダグラス・マクレイン、参りました!」
敬礼するダグラスに、エンデルクは無言でついてくるように促した。
ダグラスは、何がどうなっているのかもわからず、隊長の後に続いて城の奥に入っていった。

「隊長、ここは!?」
思わずダグラスは声をあげた。
そこは、シグザール城の最奥部、ヴィント国王の座す玉座の間であった。
エンデルクは脇に退き、不動の姿勢をとっている。
ダグラスも、もちろん直立不動だ。
このような近くで、国王に接したことはない。
玉座に掛けた国王は、穏やかな温かい目でダグラスを見下ろしている。

やがて、国王が口を開いた。
「きみが、ダグラス・マクレインだね。きみの活躍は、エンデルクから聞いているよ」
「は、はい! 光栄であります!」
ダグラスの声は裏返っている。
「ははは、そう固くなることはない。今日、きみを呼んだのは、他でもない。きみに渡したいものがあるのだよ」
国王は言うと、奥に向かって合図をした。

聖騎士のひとりが、姿を現す。
彼は、布をかぶせられた台座を捧げ持っていた。
ダグラスの心臓が高鳴る。
まさか、あれは・・・?
聖騎士は、台座をダグラスの前に置くと、黙って、布を取り去る。
そこには、輝かんばかりの真新しいひとふりの剣が載せられていた。
ヴィント国王が、おごそかに宣言する。
「ダグラス・マクレインよ・・・。本日、ここに、そなたを聖騎士に叙することとする・・・。そなたはこの剣を受けるか・・・?」
ダグラスはひざまずくと、両手で、鍛え上げられたばかりの“聖騎士の剣”を掲げた。
「お受けいたします、陛下・・・」

こうして、ダグラスは聖騎士となった。


ダグラスは、闘技場の中央へ向かって歩んでいく。
鳴り止まぬ、どよめきと歓声の中を。
ちらりと、客席を見やる。
色とりどりの旗が打ち振られ、見分けもつかない無数の顔が並ぶ中、ひときわ目立つオレンジ色の姿がかすかに見えたような気がした。
(がんばってね、ダグラス・・・)
昨夜、聞いた言葉が、心によみがえってくる。
(ああ、やってやるさ・・・)
闘技場の中央のサークルで足を止め、一礼する。
目を上げると、エンデルクの視線が、真正面から、ダグラスのそれにぶつかる。
エンデルクの目に、笑みが浮かんでいるような気がした。
だが、それは、前回の対戦の時のような、憐れみのこもった笑みではない。
この戦いを待ち望んでいたかのような、喜びの笑みに思えた。
すらりと剣を抜き放ち、ダグラスは叫んだ。
「行くぜ、隊長!!!」

<おわり>


○にのあとがき>

お待たせしました。『ふかしぎダンジョン』20000HIT記念キリリク小説をお届けします。
不破すえきさんからいただいたお題、『ダグラスが聖騎士になるまでの話』です。
いや、ダグを聖騎士にするのに、これだけ苦労するとは思いませんでした。
ダグがカリエルから移住してきた理由や、必殺技がどのようにして生まれたのか、とか考えてたら、どんどんお話がふくらんでいって・・・悪い癖だな(^^;

とにかく、21世紀はじめての小説ということで、気合い入りまくりでした(空回りしてなきゃいいけど(^^;)。構成にも凝ってみたし・・・。エピソード1なんて、自分で書いたくせに、読み返した時に涙こぼしたりして、しょうもない作者ですね。
それにしても、これだけ錬金術が出てこないアトリエ小説も珍しいですね。女性キャラも全然出てこないし。最後の最後だけ、アクセントにちょっぴりダグエリ風味を加えてみたのですが、いかがでしたでしょうか。

今世紀も、『ふかしぎダンジョン』をよろしくお願いします〜。


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