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〜20000HIT記念リクエスト小説<不破すえき様へ>〜

少年の夢 Vol.2


「時間です、ダグラスさん」
若い騎士団員の声に、ダグラスは現実に引き戻された。
ふうっと大きくため息をつき、両手を見つめる。
手はもう震えていない。
「よっしゃ、行くぜ!!」
威勢のいい掛け声とともに、立ち上がる。
控え室から闘技場までは、天井の低い石畳の通路が続く。
まぶしい陽光が差しこんでくる出口に近付くにつれ、会場のざわめきが地鳴りのように伝わってくる。
1歩進むごとに、心臓の鼓動が高まるのを感じる。
今、“あの人”も同じように、反対側の控え室から、通路を歩んでいるのだろう。
ダグラスは、ふたたび過去に思いをはせた。
“あの人”に、初めて出会った日のことを・・・。


Episode−2

「やあっ!!」
鋭い気合いとともに、ダグラスの木剣が宙をなぐ。
それを受け止めようとした相手の剣は、勢いに弾きとばされ、くるくると回転して道場の壁にはねかえる。
ダグラスは更に前進し、強烈な突きを見舞おうとした。
「待った! そこまで!」
師匠のヘンリーの声が響く。
ダグラスの剣の切っ先は、相手の胸当てぎりぎりのところで止まった。

「やりすぎだぞ、ダグラス」
ヘンリーがさとすようにダグラスに言う。
「お前はいつも、ひと太刀多い。何人にけがをさせたら気がすむのだ」
「まったくだ。ダグラスと立ち合うのは、いつも命がけだよ。終わってみれば、あざだらけだ」
皮製の兜を取りながら、ダグラスの相手をしていたアルフレッドが苦笑しながら言う。
ダグラスは、少し不満そうに言う。
「でも、先生、本当の戦いになったら、徹底的にやらなかったら自分の方がやられてしまうじゃないですか」

「ほう、お前は戦いを求めておるのか? 戦いというのは、悲惨なものだぞ」
ヘンリーは、遠くを見るような目で言った。
「わしは実際に、シグザールとドムハイトの戦争の現場をこの目で見てきた。そして、思ったのだよ。このような戦いは、2度と起こしてはならない、平和がいちばんだと・・・。そのために、アルフレッド王子の父上は、日夜、努力をされているのだ」
カリエル王室の剣術指南役を務めるヘンリーは、重々しく言った。
「戦いが嫌いなのだったら、なぜ先生は、俺たちに剣術を教えているんですか?」
ダグラスが不思議そうに尋ねる。
「それは、備えのためだ・・・。戦いというものはな、こちらが望まなくても、向こうから勝手にやって来ることがある。その時には、自分の身や家族、そして国を守らなければならない。そのために、わしはお前たちのような、将来、カリエル王国を支えてくれる少年たちに、剣術を教えているのだよ。わかるか、ダグラス」

ダグラスは頭をかきながら、
「俺、難しいことはよくわからないけど、とにかく強くなりたいんです。先生が言うように、家族や国を守れるように」
ヘンリーは笑った。
「ふふふ、そうだったな。もう耳にたこができるほど聞かされておるよ。だが、まず、わしに勝つことができなければな・・・」
「わかってます! 今はまだ無理だけど、いつか、必ず・・・」
「わしも、その日を楽しみにしておるよ。さて、今日の練習は終わりだ。後片付けをして、帰りなさい」

日暮れていく王都カリエルの街を、ダグラスとアルフレッドは、肩を並べて歩いていた。
ダグラスは、14歳になっていた。
13歳になった時、ダグラスは家を出て、王都カリエルの自警少年団に志願したのである。
父親は、将来どんな職業に就くにしろ、見聞を広めるのはいいことだと言って、反対はしなかった。母親は心配していたが、これはダグラスの身を案じてではなく、わんぱくで無鉄砲なダグラスが王都でなにか騒ぎを起こすのではないかと思ったからだった。
近隣の村から集まった自警少年団員は、王宮の片隅に宿舎を与えられ、剣術や馬術を教えられると同時に、大人の自警団員と一緒に、王都の見回りもする。

1年の間に、ダグラスは身体も大きくなり、めきめきと頭角を現して、自警団の中でも一目置かれる存在になっていた。
少年自警団を統率するのは、カリエル王国の第1王子、アルフレッドである。
だが、物おじしないダグラスは、すぐに同い年のアルフレッドと打ち解け、俺、お前と呼び合う仲になっていた。もっとも、隣国のシグザール王国と違い、歴史の浅いカリエルでは、身分や礼式というものにあまりこだわらないせいもあったのだが。
ともかく、いつものように剣術の鍛練を終え、ダグラスとアルフレッドは王宮に戻っていくところだった。

「ところで、ダグラス・・・」
アルフレッドが、声をひそめて言う。
「今度、シグザール王国から、使節がやって来るらしいんだ」
「何だって?」
「大臣が言っていたんだけど、こういうことなんだ。シグザール王国とカリエル王国が、両国の平和と発展のためにお互いに移民を受け入れるようにしようという提案を、以前、こちらからシグザール王国にしていたんだ。それに対する返事を持ってくるらしい」
「へええ。で、それが俺たちとなんか関係があるのか?」
「にぶいなあ。使節としてやって来るのは、シグザール王国が誇る王室騎士団の精鋭なんだぜ。お前、まだ本物の騎士を見たことがないって言ってたろ? シグザールの聖騎士を、目の前で見られるんだぞ」
「そうか! なんだか、わくわくしてきたな」

「それに、交渉がうまくいけば、両国の親善を記念した御前試合が行われるっていう噂もある」
「御前試合!」
「そうさ。天下に名高いシグザール聖騎士の剣技が見られるってわけだ」
「するってえと、こっち側の代表は・・・」
「もちろん、ヘンリー師匠に決まってるさ」
「そうか、すげえことになるな。ヘンリー先生なら、聖騎士を相手にしても、そうそうひけはとらねえだろうしな」
「うん、楽しみだ」
「もちろん、俺たちも見物できるんだろ?」
「さあね。ぼくは王子だから、見ることは義務でもあるわけだけど、ダグラスはどうかなあ。街の警備の当番に当たってたりしたら、だめかもしれないよ」
「じょ、冗談じゃねえ! こんな一生に一度のチャンスを見逃してなるもんか。当番をサボってでも、俺は見に行くぞ!」
「ははは、勝手にしろよ。その代わり、当番をサボったのがばれたら、厩の掃除1ヶ月だ」
「へん、そのくらい、へでもねえや」
若いふたりの、憧憬に満ちた会話は、果てしなく続いた。

数日後。
ダグラスは、王都の外門を警備する任についていた。
城塞都市であるザールブルグと違って、カリエルには城門などという大げさなものはない。
カリエル杉の林を縫うようにつくられた中央街道の途中に、木製の門をつくり、関所にしているだけである。
カリエルに入ろうとする旅人や商人は、ここで鑑札を見せたり、荷物の検査を受けたりするのだ。
辺境の地であるカリエルを訪れる旅人は、そう多くはない。だから、ここの警備の仕事も、いつもなら、退屈なはずだった。

しかし、今日はそうではない。
シグザール王国の使節団が、今日カリエルに到着するという先触れがあったのだ。
運良く、当番に当たったダグラスは、躍り上がって喜んだ。
誰よりも先に、シグザールの聖騎士をこの目で見ることができる!
興奮のあまり、前夜はあまり眠れなかった。
ダグラスは、あくびをかみ殺しながら、先輩の自警団員と一緒に、林の向こうに目を凝らしていた。

やがて・・・
遠くから、笛の音が響いてきた。
そして、カリエル杉の太い木々の隙間に、一群の馬と人が見え隠れしはじめる。
ダグラスは、眠気も忘れ、吸い寄せられるように見つめた。
先頭には、3頭の馬が並び、並足で進んでくる。それぞれに、青い豪華な鎧と白いマントをまとった騎士がまたがっている。馬を引く徒士は、シグザール王国の旗を掲げていた。その後ろには、荷物を満載した荷馬車が2台続いている。何を積んでいるのかはわからないが、おそらく、騎士の身の回りの品や、親善のしるしの贈り物だろう。
だが、一団が近付いてくるにつれ、ダグラスの視線は先頭の馬に乗ったひとりの聖騎士に釘付けになっていた。

いずれもがっしりした体格をした聖騎士の中でも、ことさらに大きい。その髪は、今まで見たことがないくらいの漆黒で、長く伸び、風にそよいでいる。肩当て、胸当て、手甲、すね当て、ブーツは、すべて青地に白い紋様が浮き出し、磨き上げられて、陽光にまぶしく輝いている。胸を張り、まっすぐ正面を見つめる顔は精悍そのもので、瞳の色はすべてのものを突き通してしまうような黒だ。まっすぐ通った鼻すじ、引き結ばれた口元は、一切の感情を表に出すことを拒否しているかのようだ。
そして、全身から、殺気とはちがうが、何物をも周囲に寄せ付けない“気”が発せられているのが感じられた。
この人が、使節団の団長にちがいない・・・。
ダグラスには・・・いや、その場に居合わせた者すべてに、それがはっきりとわかった。
使節団が所定の手続きを終え、王都に入っていく間も、ダグラスの視線は、その聖騎士から一瞬たりと離れることはなかった。

カリエル国王と、シグザール使節団との会見は、順調に進んだ。
両国ともに、文化の交流のための移民を互いに受け入れることが合意され、文書にされて調印がなされた。
かつては銀の鉱脈をめぐってドムハイト王国と戦っていたシグザール王国だが、第8代国王ヴィントのもと、平和路線を歩み始めていたのである。

そして・・・
両国の親善を記念した、剣術の御前試合が行われることとなった。
カリエルには、ザールブルグのような正式な闘技場があるわけではない。
御前試合は、王宮の中庭の芝生で行われる。
カリエル国王以下、王室の面々や重臣は、宮廷のバルコニーから会場を見下ろす形になる。
そして、一般の見物人は、中庭の三方にしつらえられた急ごしらえの観客席に陣取る。
めったに見られない剣術試合とあって、狭い客席は、カリエル市民や近隣の村や町からの見物人でごったがえしたいた。
もちろん、ダグラスもその中にいた。
こづかれ、押しのけられながらも、なんとか中央の最前列にたどりつき、わくわくしながら開会を待つ。
彼の最大の目的は、あのシグザールの使節団長の剣技を見ることであった。

ファンファーレが鳴り、カリエル国王が開会を告げる。
わあっ・・・と沸き上がる歓声。
御前試合のプログラムは、順調に進んだ。
弓矢を使ったウサギ狩りの競演。
シグザール聖騎士による、模範試合。
そして、ついに、最後のプログラムが読み上げられた。
「シグザール、カリエル、両国を代表した剣士による一騎打ちを行います」
いやが上にも高まる歓声。だが、代表者の名が読み上げられる段になると、観客席はぴたりと静まり返った。

「シグザール王国代表、聖騎士エンデルク・ヤード!」
宣言とともに、あの聖騎士がゆっくりと進み出る。この時はじめてダグラスは、聖騎士の名を知った。
エンデルク・ヤード
ダグラスは、口の中で繰り返した。
「カリエル王国代表、剣術指南役ヘンリー・マクブライド!」
やはり、地元びいきということもあるだろう、ものすごい歓声があがる。その中を、ダグラスの師匠ヘンリーが、落ち着いた態度で戦いの場に登場する。

両者は、芝生の中央に向かい合って立った。
もちろん、試合なので真剣は使わない。木で作られた模擬剣を手にしている。
しかし、銀で塗られているので、見た目には真剣と同じだ。
また、シグザールの聖騎士の鎧のような立派な鎧はカリエルにはないので、防御力の差をなくすため、両者とも同じ皮製の鎧を身に付けている。
エンデルクとヘンリーは、一礼して歩み寄り、互いの剣を軽く触れ合わせた。
「はじめ!!」
合図とともに、ふたりは飛び下がると剣を構え、互いに距離を取った。
ダグラスは、息をのんで見つめる。
ヘンリーの方が、エンデルクより一回り小さい。だが、身体の大きさが勝負を決めるものではないことは、ダグラスも知っている。

ふたりは、凍り付いたかのように、微動だにしない。しかし、互いにひと筋の隙を見つけるために、全神経を集中させているのだ。
観客も、かたずをのんで見守り、しわぶきひとつ漏れない。
先に動いたのは、ヘンリーの方だった。
胸の前に水平にかざした剣を、軽く前に突き出す。本気の攻撃ではなく、相手の出方を見るための仕掛けだ。しかし、エンデルクの剣先は、ぴくりとも動かない。その氷のような視線の先は、ヘンリーの剣にすえられている。
客席のどこかから、ガタン、という音が響いた。おそらく、緊張に耐えかねた誰かが、椅子の上で身体を動かしたためだろう。
それが合図になったようだった。

「とりゃあ!!」
裂帛の気合をこめて、ヘンリーが打ちかかる。目にもとまらぬ早さで、突きを繰り出し、なぎ上げ、打ち下ろす。普段の練習では見ることができない、本気になった師匠の動きを、ダグラスは魅入られたように見つめた。彼と立ち合う時に、ヘンリーがこんな動きを見せたことはない。
(俺は、師匠を本気にさせることすらできていなかったのか・・・)
しかし、目を転じると、ダグラスはさらに愕然とした。
ヘンリーの猛烈な攻撃を受け止めるエンデルクの動きには、ひとつの無駄もない。相変わらずの涼しげな表情のまま、最小限の剣の動きで、ヘンリーの剣技を受け流している。
ヘンリーは更に踏み込んで打ちこみ、突き、切り払う。
エンデルクは半円を描くように下がりながらも、一度も危うい場面を見せてはいない。

銀色の奔流のように繰り出されるヘンリーの剣。
受け止めるエンデルクの剣は、激流をさかのぼる魚のように、陽光にきらめく。
剣と剣の打ち合う響きだけが、静まり返った試合場にこだまする。
そして・・・。
それは、一瞬の出来事だった。
エンデルクの右手が、はじめて大きく動いた。
その時、エンデルクの剣は、銀の鱗をきらめかせ、魚から竜に変化した。
次の瞬間、1本の剣が空中高く跳ね上げられ、くるくる回転して、遠く離れた芝生に突き刺さった。
しびれた右手を押さえてうずくまるヘンリー。
エンデルクは、無言のまま、剣を腰に収めると、ヘンリーに手を差し伸べ、引き起こす。
「そ、それまで! 勝負あった!」
審判役のかすれた声が、少し遅れて響いた。
一瞬の沈黙の後・・・。
わああっ・・・と、今までになく大きな歓声が会場を揺るがせた。
その中、バルコニーの王族に向かって一礼したエンデルクは、悠然と控えの間の方に去っていった。

ダグラスは、まばたきすることも忘れ、その光景に見入っていた。
心の中は真っ白になっていた。
ただひとつ、その中にこだまする名前。
聖騎士エンデルク・ヤード
この時、ダグラスは、自分の進むべき道がはっきりとわかった。
聖騎士になること。
そして、あの強大なエンデルクを、この手で倒すこと。
ダグラスの歩む道は、ザールブルグへと続いていた。

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