Episode−1
「エリー! エリーってば!! ちょっと待ちなさいよ!」
午後の講義が終わり、学生たちでごったがえすザールブルグ・アカデミーのロビー。赤い錬金術服にピンクのマントをはおった少女が、前を行くオレンジ色の錬金術服に奇妙な帽子をかぶった少女を追いかける。
「あ、なあんだ、アイゼルか」
ショップの前で、ようやく追ってくる声に気付き、立ち止まったエリーが振り向き、にっこり笑う。
「もう! さっきから何度も呼んでいるのに、すたすた歩いて行っちゃうんですもの。もう少し、周りに気を配るようにした方がいいんじゃないこと?」
追いついたアイゼルと、エリーの錬金術服の襟には、それぞれ青色の記章が光っている。アカデミーの3年生である印だ。
「で、どうしたの?」
エリーはいつもの屈託のない笑顔を向ける。
一息ついたアイゼルは、有無を言わさない態度でエリーの手をつかむ。
「用事があるから呼び止めたんじゃないの!」
そして、声をひそめ、
「ちょっと相談があるのよ。ここではできない話だから、あたしの部屋まで来てくれないこと?」
「へえ、そうなんだ。珍しいね、アイゼルが相談なんて。あ、そうか、もしかして、ノル・・・」
「きゃっ!」
あわててエリーの口を押さえるアイゼル。耳まで真っ赤に染まっている。
「な、何を言い出すのよ! もう、これだから、あなたにはめったなことが言えないのよ。さあ、早く部屋へ行きましょ!」
ぐいぐいとエリーの手を引いて、寮棟の入り口へ向かうアイゼル。
「アイゼルぅ、痛いよ・・・。わかったよ、行くから、そんなに引っ張らないでよ・・・」
ショップのカウンターの中から、その様子を見ていた店員のルイーゼが、ふと考え込む表情になる。しばらくして、思い当たったかのように顔がほころんだ。
「そうね、そろそろ2月ですものね。あの子の誕生日が近いんだわ」
行動面ではいささかとろいが、ルイーゼの記憶力はマイスターランクの学生並みだ。エリーとアイゼルの同期生で、親友でもあるノルディスの誕生日が2月11日であることを、ルイーゼは思い出したのだった。
「青春だわねえ・・・」
ルイーゼはつぶやき、くすっと笑った。
「もう! いつも鈍くさいあなたが、こういう時に限って勘がいいんだから! それにしても、あんな人通りの多いところで名前を出すなんて、何を考えているのよ!」
その頃、アイゼルの部屋では、エリーがアイゼルの鋭い舌鋒にさらされていた。しかし、2年以上も付き合っていれば、アイゼルが心底から怒っているのではないことがわかる。ただの照れ隠しなのだ。
だから、エリーは何も言い返さず、黙っていた。
ようやく、アイゼルも落ち着きを取り戻す。香り高いお茶をティーポットに入れ、カップをふたり分用意した。
「で、相談事っていうのは、やっぱりノルディスのことなんでしょ?」
エリーがお茶をすすりながら、口を開く。
同じこの部屋で、エリーがアイゼルの告白を聞いたのは、半年ほど前のことだ。ノルディスが好きだというアイゼルの単刀直入な告白に、エリーは応援することを約束したのだった。
(だって、あんなに素直なアイゼルを見たのは、初めてだったもの・・・)
「そう・・・。来月の11日は、ノルディスの誕生日でしょ。それで、プレゼントを渡したいのだけれど・・・」
「うん、そうだね。あたしもなにか考えなくちゃ」
「あなたのプレゼントなんか、どうだっていいのよ!!・・・ねえ、あたし、考えたの。去年みたいにアカデミーの図書室で勉強しながらなんていうのじゃなくて、なにか、思い出に残るような方法で渡したいのよ」
アイゼルのエメラルド色の大きな瞳が、真剣そのものという表情で、エリーを見つめる。
「それで、先日あなたが話していた場所のことを思い出したのだけれど・・・」
アイゼルは、誰かに盗み聞きされるのではないかというように声をひそめて、自分の考えを話しはじめる。
エリーは額を寄せるようにして、時々うなずきながら話に聞き入っている。
ポットのお茶がすべてなくなるまで、ふたりの密談は続いた。
Episode−2
「え? 面会人って、あなたのことですか?」
アカデミーのロビーで、ノルディスは意外そうな声を上げた。
「おう、俺で悪いか!?」
夜も遅く、ショップも閉まっており、ロビーに人影はない。
宿直の講師から、来客だと呼び出され、寮棟から出てきたノルディスを待っていたのは、聖騎士の鎧に身を固めた若者だった。
「でも、ダグラスさん、なんであなたがぼくなんかに?」
聖騎士のダグラスは、王室騎士隊の中でも成長株の若者だ。曲がったことの嫌いな熱血漢で、剣の腕は、毎年恒例の武闘大会で準決勝まで勝ち進むほどである。
ただ、理屈っぽいことが苦手なため、アカデミーきっての理論派のノルディスとは、そう親しいわけではない。ほんの時たま、エリーと3人で採取に出かけたり、ダグラスがアカデミーに王室広報を届けに来た時などに挨拶する程度だ。
そのダグラスが、あらたまってノルディスに面会に来たという。どういうことなのか、ノルディスには見当もつかなかった。
「実はな・・・。おまえを男と見込んで、頼みがあるんだ」
ダグラスの目は真剣だった。ノルディスはソファを勧め、向かい合って腰を下ろす。
ダグラスは、話しはじめた。
「俺たち騎士隊の連中は、役目がら、いろいろなところへ行って、いろいろと珍しいものを見ている。先日、仲間うちで自分が見た珍しいものの自慢話をしてるうちにな、俺がエルフィン洞窟で見た綿帽子みたいな不思議なものの話をしたんだ」
同意を得るように、ダグラスが身を乗り出す。ノルディスは気おされたように、それでもうなずく。
「ところが、だーれも信じてくれやしねえ。真っ暗な洞窟の中をふわふわ漂ってる綿帽子なんか、あるわけないだろう、なんてぬかしやがる。とうとう最後はけんかになっちまってな、じゃあ証拠を取って来てやると、啖呵を切っちまったってわけだ」
もうわかったろう、というふうに、ダグラスが腕を組んで座り直す。
ノルディスはおずおずと、
「それで、ぼくに頼みというのは・・・?」
とたんにダグラスがはじかれたように立ち上がる。ノルディスにおおいかぶさるように、
「おまえも鈍いやつだな、これだけ言ってもわかんねえのか? 早い話が、俺と一緒にエルフィン洞窟へ行って、あのふわふわしたやつをとっ捕まえてほしいってことよ」
「で、でも、今は冬ですよ」
話しながら、ノルディスは図書室の参考書で読んだ内容を思い出していた。たしか、「闇の生き物たち」という書物だった。
ダグラスが言っている綿帽子というのは、アルベリヒという生き物のことにちがいない。たしかにその生き物はエルフィン洞窟に生息しているはずだが、参考書には、秋にしか見られないと書いてあった。
ノルディスがこのことを言うと、ダグラスは、
「秋しかいないだと? 冗談じゃねえ、あと半年以上も待てるかい! 10日以内にとっつかまえてくるって、約束しちまったんだ。おまえ、俺をうそつきにさせようってえのか!?」
「そんな無茶な・・・」
「いいんだよ、とにかくエルフィン洞窟まで来てくれりゃあ。いいか、出発は明日の昼過ぎだ。俺も、隊長に許可を得なけりゃならねえからな」
強引なダグラスに、ノルディスはなんとか抵抗しようとする。
「あの、ぼくにも都合ってものがあるんですが。それに、エルフィン洞窟へ行くなら、エリーの方が詳しいですよ」
「ばか言うな、こんなことに女の手助けなんか頼めるか」
いささか慌てたように言うと、待ち合わせ場所を念押しし、ダグラスはさっさと帰って行ってしまった。
「ふう・・・」
ため息をついて、ノルディスは壁のカレンダーを見やる。
今日は2月7日。
シグザール城に向かって石畳の道を歩きながら、ダグラスは独り言をつぶやいていた。
「・・・ったく、エリーのやつも、面倒なことを頼んでくれたもんだぜ。ノル公を、なんとしてもエルフィン洞窟に連れ出せなんて。ま、あいつにあれだけ真剣な目で頼まれちゃ、男ダグラス、断るわけにゃいかねえもんな・・・」
Episode−3
翌朝はやく。
ザールブルグの外門から北に向かって歩きはじめた3人連れがあった。
赤い錬金術服に、オレンジ色の錬金術服。もうひとりは、南国ふうの肌の露出が大きい白い衣装をまとった踊り子姿だ。
エルフィン洞窟に向かうエリーとアイゼル、そして、護衛として同行している踊り子のロマージュである。
「さあ、張り切って行こう!!」
先頭に立ったエリーが、アイゼルを振り向いてにっこり笑う。
アイゼルが大切そうに持ち運んでいる小物入れの中に、ノルディスへの誕生プレゼントが入っていることを知っているのだ。
「楽しそうね。まるで遠足に出かける子供みたい」
ゆったりした口調で、微笑みながらロマージュが言う。
「それはそうですよ。今回は特別なんだもんね〜、アイゼル」
目配せするエリーに、
「ばかね。何言ってるのよ」
とアイゼルは取り合わない。でも、瞳は笑っている。
「なんか、あやしいわね。ねえ、エルフィン洞窟には、どんな趣向があるの?」
ロマージュの問いかけにも、ふたりは答えない。
ただ、時おり思い出したように顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
そんな時、つられたようにロマージュも微笑む。
昇り行く朝日に照らされて、いつになく楽しげな3人の道中は続いていく。
その半日後。
同じ街道を、同じ方角に向かって進む男同士の3人組。
錬金術服にマントをはおったノルディスの小柄な姿と、青い聖騎士の鎧に身を包んだダグラスのたくましい姿。そして、もうひとりは、赤い皮鎧に緑のマントの冒険者姿だった。
「いや〜、連れができて良かったよ。ひとりで北へ向かうには、ちと物騒だしな。ま、急ぐ旅でもなし、あんたたちに付き合うのも悪くないや」
黙りこくって歩くダグラス、ノルディスと対照的に、先ほどから喋りっぱなしなのは、冒険者のルーウェンだった。以前、ザールブルグを根城に冒険者稼業をしていたルーウェンは、最近ふらりと旅から舞い戻ってきたのだが、偶然、外門を出る時に一緒になり、そのままふたりにくっついて来たのである。
「おいおい、俺たちゃ遊びに行くんじゃないんだからな。そこんとこは、ちゃあんとわかってくれよ」
釘をさすダグラスに、気楽な口調でルーウェンは答える。
「ほいきた、わかってるよ。ふたりより3人。人数が多い方が、探し物には役立つからねえ」
ノルディスは、街を出た時からずっと、難しい顔をして考え込んでいる。
傾きはじめた陽に追われるように、3人は足を速めるのだった。
Episode−4
「さあて、着いたぜ。さっそく探しはじめるとするか」
ランプに火を入れながら、張り切ってダグラスが言う。
ごつごつした岩に囲まれてぽっかりと口を開いているのは、エルフィン洞窟の入り口だ。
「ところで、その綿帽子・・・アルベリヒとかいう代物は、どのあたりにいるんだい?」
早くも洞窟に足を踏み入れようとしているルーウェンが、振り返って尋ねる。
ゆっくりと身支度しているノルディスが答える。
「さあ・・・。少なくとも、今は冬ですから、入り口の近くにはいないでしょう。いるとすれば、寒さが避けられる、洞窟の奥の方だと思います」
「よっしゃ、そしたら、奥の鍾乳洞の方が怪しいってことだな」
ダグラスが、我が意を得たり、という調子で叫ぶ。
「あんた、詳しいね」
ルーウェンの言葉に、口ごもるダグラス。
「ま、いいじゃねえか、とにかく、出発だ!」