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アルベリヒの舞 Vol.2


Episode−4(承前)

赤茶色の岩肌が、ランプの光に照らされ、異様な雰囲気をかもしだしている。
ザクザクと岩のかけらを踏む足音に混じって、時おり、湧き水のしたたる音が響く。
しばらく同じような風景が続くが、一本道のため、迷うことはない。
今のところ、目的のアルベリヒはおろか、生き物の影ひとつ見当たらない。
3人は、黙々と歩を進める。表では饒舌だったルーウェンさえも、洞窟の静寂を乱すことを恐れているかのようだ。

やがて、岩の間にひと筋の亀裂が見えてくる。亀裂は徐々に広がり、人がひとり、ようやく通れる程度の幅になる。
そこを抜けると、鍾乳洞があるのだ。
まずルーウェンが先頭に立ってそこを抜け、続いてノルディス、しんがりがダグラスだ。
鍾乳洞は、これまでの洞窟とはまったく異なった空間だった。
ランプの黄色い光に照らし出され、天井から垂れ下がった鍾乳石や地面から生え出たように見える石筍が、あちこちに折り重なるようになっており、広さの割には、見通しが悪い。歩ける道は曲がりくねり、枝分かれして、いくつもの小部屋に区切られているかのようだ。

と、ダグラスは足元の小石を拾い上げ、前方に軽く放った。
まるで、それを合図にしたかのように・・・
3人の前方の岩陰から不意に光が現れた。その向こうに、いくつかの影がうごめいている。
すわ、魔物が現れたのか! と緊張する3人。
「誰だ!」
ダグラスが叫ぶ。
「あれ? その声は・・・」
光の向こうから、若い女性の声。同時に、光が近づき、同じのランプの光だとわかる。

エリーを先頭に、アイゼル、ロマージュが足元を気にしながらやってくる。
「あれえ、ダグラスじゃない!? ノルディスもいるんだ。偶然だねえ」
エリーの言葉の、あまりのわざとらしさに、額に手をやり天を仰ぐダグラス。
しかし、ここは手はず通りに進めなければならない。
「エリーか!? びっくりしたぜ。俺たちは、アルベリヒとかいう綿帽子を探しに来たんだけどよ・・・」
今度は、セリフを棒読みするようなダグラスの声に、エリーがため息をもらす番だった。
(ダグラスって、絶対に役者には向かないね・・・)

「ふうん、そうなんだ。じゃあ、あたしたちも探してあげるよ。そうだ、ふたりずつ、手分けしたらどうかなあ?」
まだ多少のわざとらしさは残っているが、てきぱきと指示を始めるエリー。
「あたしとダグラスは、あっちの方を探してみようよ。ロマージュさんたちは、向こうの反対側を。アイゼルは、ノルディスとこのあたりを探してみたらどうかな?」
そして、ダグラスを追い立てるように、エリーは鍾乳石の壁の向こうに消える。

「あ、あの、ちょっと・・・?」
ノルディスが気付いた時には、ルーウェンの姿もロマージュの姿も消え、アイゼルだけが傍らにたたずんでいた。


Episode−5

「おいおい、そろそろいいんじゃねえのか。もう十分に離れたぜ」
息を切らしたダグラスが、足を緩める。
「あはは、ダグラス、協力ありがとう。こんなロマンチックな鍾乳洞の中だもの、アイゼルもきっとうまくいくよね」
「ほんとに強引だよ、おまえは。それにしても、さっきのセリフは何だ。あれじゃ、学芸会の幼稚園児の方がまだましだぜ」
「何よ、ダグラスこそ・・・きゃっ!」

ふざけてダグラスを小突くまねをしたエリーが、ごろごろした石に足をとられ、転びそうになる。思わず、肩を抱くようにエリーの身体を支えるダグラス。
「おい、大丈夫か、しっかりしろよ」
「う、うん、ありがと」
ふたりの身体が触れ合ったのは、ほんの一瞬のこと。だが、エリーの心臓は思いがけず、早鐘のように打っている。頬に血が上っているのがわかる。
(ど、どうしちゃったんだろ、あたし・・・)
ダグラスはダグラスで、エリーの肩のぬくもりと柔らかさが、熱いほどに手の感触として残っていた。
(な、何だってんだ? 俺、どうなっちまったんだ?)
ふたりは、互いにそっぽを向いたまま、次の言葉を探していた。

その時・・・。
ランプの炎が、不意に消えた。
「きゃっ!!」
「何だ!?」

暗闇の中で、ふたりがあわててあたりを探る。
「おい、大丈夫か、さあ、俺につかまってろ」
「うん」
ダグラスのたくましい左腕に、エリーの右手がかるく触れ、やがてしっかりとつかまる。
「くそ、それにしても、いったい何だって、急に消えやがったんだ、このランプは? 洞窟に入る前にしっかり満タンにして来たってのによ」
「あたしもだよ。おかしいなあ・・・」

「お、おい、あれ・・・」
ダグラスの声がかすれる。
エリーも、同じものを目にした。
「きれい・・・」
ふたりは言葉を失い、互いに支え合うようにしながら、その光景に見入っている。


Episode−6

ふたりきりで取り残されたノルディスとアイゼルは、そっと顔を見合わせた。
ランプの光の中で、アイゼルのエメラルド色の瞳とノルディスの茶色の瞳が見つめ合う。
どちらからともなく口元に微笑が浮かび、大きくうなずき合った。
「うまくいったのかしら」
アイゼルがわずかに小首をかしげる。
「たぶんね・・・。あとは、成り行きにまかせるしかないよ。これだけのおぜん立てを整えたんだから」
ノルディスが軽く肩をすくめる。

「それにしても、アイゼルもよく考えたなあ。ぼくの誕生日までだしに使うなんて」
「ほんとに、エリーもダグラスも、見ているこっちがいらいらするくらい進歩がないんですもの。そろそろお互いの気持ちに気付いてもいい頃だわ」
(それと、あなたもね・・・)と、アイゼルは心の中で付け加えた。
小物入れの中の小さな包みを握りしめる。

「ね、ねえ、ノルディス・・・」
うつむいたまま、そっと包みを取り出す。きれいにラッピングされ、ピンクのリボンがかけられている。 今にもノルディスに差し出そうとした時・・・。
ランプの炎が、不意に消えた。
「え?」
「きゃっ、何?」

思わずアイゼルがノルディスにしがみつく。
「どうしたんだろう。こんなに早く油が切れるはずはないんだけど」
「何を落ち着いているのよ! こんな真っ暗闇の中に取り残されるなんて・・・」

だが、冷静になってみると、この状況も悪くないことに気付く。
左手でノルディスのマントにしがみついたまま、アイゼルは右手に包みを持ち、そっとノルディスの右手の方にすべらす。
「ア、アイゼル? 何?」
「ノルディス・・・。お誕生日おめでとう・・・」
ノルディスの右手がしっかりとプレゼントをつかんだのを確かめ、アイゼルはささやいた。

その時、ノルディスが息をのんだ。
「あれは・・・?」
アイゼルも、それを見た。
「何なの?」
それは、少し離れた場所で、エリーとダグラスが見たのと同じものだった。
それまで、ランプの灯りの中で、人の目に触れなかったものだ。

天井から垂れ下がった鍾乳石や、すべすべした壁が、うっすらと黄色っぽいほのかな光を発している。
と、その光はゆっくりと石の表面を離れ、すっと宙に浮いた。
ひとつひとつの光は弱々しいが、無数の粒となって、宙を漂う。かすかに脈動しながら、ゆっくりと昇り、回転し、揺れ、幻想的に舞う。
アイゼルは、ぽかんとして見とれている。
ノルディスが、呆然とつぶやく。
「アルベリヒだ・・・。アルベリヒの大集団だ・・・。そうか、冬の間は、気温が安定したここで、過ごしていたんだな・・・。それに、こんなに光るなんて・・・」

まるで、アルベリヒの群れは、恋する若者たちを祝福しているかのようだった。


Episode−7

「どうやら、うまくいってるみたいね」
ほのかな色っぽさを感じさせる、間延びした気だるげな口調で、すべすべした岩肌にもたれたロマージュがつぶやく。
傍らでは、岩の床にどっかと座り込んだルーウェンが、燃えるランプの炎を見つめている。
「まったく、あんたの計算は大したもんだよ。あんたに言われた通りの量だけ、あいつらのランプの油を抜いておいたんだけど、こんなにぴったりのタイミングで燃え尽きるとはね」
ルーウェンは感心したように、なかばあきれたように言う。

「結局、のせようとした方も、のせられた方も、ロマージュさんのてのひらの上ってわけか」
「うふふふ、だって、あの子たちったら、まだまだ子供なんだもの。少しは大人が手助けしてあげなくちゃね」
「それにしても、あんた、踊り子だろ? 踊るんじゃなくて、踊らせる方が得意なのかい?」
「うふふ、踊るのは、あたしの仕事」
そして、ロマージュは舌をぺろりと出した。
「踊らせるのは、あたしの趣味よ」
「おー、こわい」
大袈裟に身を震わせ、大きく肩をすくめるルーウェン。

ロマージュは、ルーウェンの方に身を乗り出す。
「ねえ・・・。この際だから、あたしたちも・・・」
その時、ランプの火が、不意に消えた。

<おわり>


○にのあとがき>

なかじまゆらさんの「Salburgs Museum」に寄贈した作品です。
ゆらさんのHPの8888HIT記念のダグエリ絵をながめているうちに、その絵に物語を付けたくなって、一気に書いてしまったお話です。

物語は二転三転・・・。結局、ダグエリもノルアイも、黒幕・謎の操り人形師(おい)に踊らされていたということに。
ところが、このお話、作者の予想をはるかに越えて評判が良かったんです。

なぜなんだろう? 自分ではよくわからないのですが・・・。
これも、ロマージュさんのマジックのなせる技なのでしょうか?

今回、ダンジョンにアップするに当たって、ちょっと演出に凝ってみました(わかるかなあ?)


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