ミディール夜話


宿屋のドアが軽いきしみをたてて開き、シドとバレットが入って来る。
狭いロビーのそこここに、思い思いの姿勢でたたずんでいたパーティーのメンバーは、一斉に顔を上げるが、ふたりのさえない表情を見て、再び目を伏せる。

「やはり、よろしゅうないんでっか、クラウドはんは」
巨大な陶器の置物のように動かないロボモーグリの上から、ケットシーがかん高い声の関西弁で話しかける。
「ああ・・・、相変わらずだよ、あいつは。魔晄にラリっちまったまんまだ」
シドが吐き捨てるような口調で言うと、ポケットから取り出したタバコに火を点ける。

バレットも、大きな身体を丸めるようにしてソファにどっかりと座り込むと、
「それより、ティファのやつ・・・。俺ぁあいつの方が心配だぜ。昼も夜も、クラウドに付きっきりだ」
「何にもできないのかな・・・オイラたち」
鉢植えの陰から、ナナキの不安そうな声が聞こえる。

「待つしかない・・・。来るべき日に備えて・・・」
窓辺に立って、外の闇を透かし見るようにしながら、ヴィンセントが感情のない声でつぶやく。そのそばで、ユフィがお手玉でもするかのように、無言でマテリアをもてあそんでいる。

「くっそぉ!! おい、化け猫! その後、神羅に怪しい動きはねえのか!?」
起き直ったバレットが、八つ当たりするようにケットシーに怒鳴る。
ケットシーは肩をすくめ、
「さいですなあ。ここんとこ、キャハハもガハハも何をしてるのやら、さっぱりですわ。タークスの連中も、休暇や言うて、コスタ・デル・ソルで甲羅干ししてますし、社長は社長で、ウェポンに壊されたジュノンを再建するのにかかりっきりみたいですしなあ・・・」

「ま、こうしてても仕方がない・・・」
シドはタバコの吸差しを床に捨て、ブーツで踏み付けると、ユフィに向かい、
「おい、子供はそろそろ寝る時間だぞ」
「なんだって? 誰に向かって言ってんのよ」
顔を上げたユフィは、マテリアを握った拳を振り上げ、思いきり舌を突き出して、あかんべえをした。だが、意外に素直に、
「そうね。お子ちゃまのユフィさんは、ベッドに入ります。じゃあね〜」
と、階段を駆け上がり、寝室に消える。

それを見送ったバレットは、
「やれやれ、俺たちも寝るか。明日は明日で、やることはいっぱいあるしな」
と、大きく伸びをすると、立ち上がる。
「よおし、それじゃ、解散だ」
シドの声に、ヴィンセントは音もなく窓辺を離れ、廊下の暗がりに消える。
その後を、ナナキが小走りで追う。

「ほな、おやすみなさい」
ケットシーの一声で、ロボモーグリが起き上がり、歩き出す。
最後まで残ったシドは、もう一服しようと、タバコに火を点ける。
同じ頃、村はずれの診療所では、ティファがもの言わぬクラウドをベッドに横たえ、毛布をかけた後、そっと涙をぬぐう。
それぞれの思いが交錯し、たゆたう中、熱帯の村ミディールの夜は更けていく。


「シドはん、シドはん、ちょいと起きてもらえませんか?」
ケットシーの声に、シドは目覚めた。ロボモーグリの巨大な影が、覗き込むように覆いかぶさっている。
声を上げようとするシドを、ケットシーが制する。
「シーーッ! ちょいと、聞いてもらいたいことがあるんですわ。表まで、付き合ってくださいな」

足音をしのばせて外に出ると、ちょうど満月が中天にかかったところだった。夜中をわずかに回ったところだろう。
「いったい何でえ。こんな夜中に起こしやがって」
シドは機嫌が悪い。しかしケットシーはお構いなしに、
「みんなのいるところでは、話しにくかったんですわ。特に、バレットはんの耳に入ったひにゃ、すぐ大騒ぎになるでしょ。ユフィさんにゃ、前科がありますし、あの元タークスの兄ちゃんは、何考えとるんかわからんし」
「だから、何だってんだよ。早く言え」

ケットシーは、シドの耳に口を寄せ、何事かをささやく。シドの顔色が変わる。
「な、なにぃ? ハイウィンドに、泥棒だぁ!?」
「どう見ても、そうとしか思えんのですわ。最近、アイテムの減りが、異常に早いんです。特に、フェニックスの尾やエクスポーションですな。最近は、そんなに苦しい戦闘はしてませんし、どうしても解せんのですわ」

「で、どうしようってんだ」
「ちょいと、今から見張りに行ってみませんか」
「おいおい、お前はロボットだから寝なくてもいいだろうが、俺ぁ生身なんだぜ。勘弁してくれよ」
「ほな、シドはん、あんた、リーダーとして、ほっといてもええちゅうんですか?」
「チッ、わかったよ。痛いとこ突きやがって・・・」
ぶつくさ言いながらも、シドはケットシーに付いて、密林の中の広場に駐機しているハイウィンドに向かう。

茂みに身を隠し、一人と一匹は待った。


しばらくの後。
密林を縫うように現れた小柄な人影が、飛ぶように走った。
ハイウィンドのデッキから下ろされているなわばしごを素早く登ると、船倉に姿を消す。そして、シドとケットシーが息を殺して見守る中、大きくふくらんだ布袋を持って再び現れた人影は、そのまま反対側の地面に飛び降りると、ゆっくりと密林の中に消える。

「見たか・・・」
シドがささやく。
「見ましたわ」
ケットシーがうなずく。
「ユフィ・・・だったよな」
「はあ、まちがいおまへん」
「あの小娘、ダチャオ像の一件で改心したのかと思ってたが、やっぱりマテリアを狙ってやがったのか・・・」
「いや、なんか、訳があるのかも知れません。後をつけてみましょ」
一人と一匹は、ミディールと逆方向に向けて密林の中を進むユフィの後を追った。

やがて、密林が開け、ちょっとした空き地に出る。
ユフィは袋を下ろし、右腕を2、3回まわすと、正面の薮に向かって声をかける。
「ごめ〜ん、待った?」
その声に応えるように、薮蔭からマントに身を包んだ背の高い姿が現れる。
「無限に近い時を眠って待った身だ・・・。どうということもない」

身を隠して様子をうかがっていたシドが、ケットシーをこづく。
「ありゃあ、ヴィンセントじゃねえか。いったい、どうなってやがんだ」
「シッ、とにかく、もうしばらく、様子をみましょ」
そんなふたりに気付かず、ユフィとヴィンセントは、袋の中身を取り出すと、片端からポケットに詰め込み始める。

そして、ふたりは左右に分かれ、距離を取って向き合う。
どちらからともなくうなずくと、身構える。
「さ、行くよ」
とユフィ。
「承知・・・」
ヴィンセントの感情のない声。

と、気合のこもった声とともに、ユフィの卍手裏剣がヴィンセントに向かって飛ぶ。
「くっ!!」
まともに受けたヴィンセントが、もんどり打って倒れる。が、すぐに起き上がると、右手の銃を発射する。
弾丸はユフィに命中し、ユフィはきりきり舞いするように倒れ込む。
「うう・・・やったわね」
ふらふらと立ち上がったユフィは、ダメージにもめげず、再び卍手裏剣を投げる。ヴィンセントは、よけようともしない。

衝撃と共に吹っ飛ばされるヴィンセント。よろよろと立ち上がると、こちらもユフィに狙いを付け、発射する。
再び命中。倒れたユフィの身体から、ピンク色のオーラがたちのぼる。ダメージを極限まで受けた肉体が、リミット技を発動させたのだ。

「抜山蓋世!!」
夢遊病者のように立ち上がったユフィが、思いきり振り上げた右の拳を、地面に向かって振り下ろす。叩き付けられた拳から、地面が津波のように持ち上がり、巨大な土の壁となってヴィンセントを飲み込む。
吹き上げられ、叩き付けられたヴィンセントは、ぴくりとも動かない。

「へへへ・・・元タークスだって、口ほどにもないわね」
ユフィは近付くと、戦闘不能になったヴィンセントにフェニックスの尾をかざす。
虹色の光の中で、ヴィンセントの身体に生気が戻ってくる。

「ふ・・・。やられたな。では、今度はこちらの番だ」
「そうはいかないよ。素早さはこっちの方が上なんだ。くらいな!」
三度、卍手裏剣の刃がヴィンセントをとらえる。しかし、今度はくずおれたヴィンセントの身体に異変が起こった。

全身に痙攣が走り、よろめくように立ち上がるヴィンセントの身体がふくれあがり、醜い人造人間に姿を変える。かつて、神羅の科学者、宝条に植え付けられた変身遺伝子がリミット技として発動したのだ。
デスギガスに変身したヴィンセントが、巨大な拳でユフィを襲う。
1発、2発。連続パンチを受けたユフィは倒れ、戦闘不能となった。

元の姿に戻ったヴィンセントが、今度はユフィにフェニックスの尾を使う。
息を吹き返したユフィが、容赦なく攻撃を再開する。
「い、いったい、どうなってるんだよ、こりゃあ」
「そんなこと、ぼくに聞かんといてください」
あ然として見守るシドとケットシー。

情け容赦なく攻撃し合うユフィとヴィンセントは、幾度となくリミット技を発動し、戦闘不能に陥っては、互いの手で復活することを繰り返した。その度に、フェニックスの尾やエクスポーションが消費されていく。
ふたりの迫力に恐れをなしたのか、夜のジャングルを徘徊するモンスターが寄ってくる気配もない。

息を切らせたヴィンセントが、つぶやくように言う。
「ハア、ハア・・・。時々思うのだ・・・。このようなことに、意味があるのか・・・と」
ユフィが切り返す。
「ぜえ、ぜえ・・・。あたしはね、もっともっとレベルアップしなけりゃならないんだ・・・。今度ウータイに帰ったら、あの塔に閉じこもってる意気地なしどもを、こてんぱんにやっつけてやるんだから・・・。人のことを、子供扱いしやがって・・・。付き合ってくれて、感謝してるよ・・・」
「ふ・・・。わたしも、宝条に会う日が楽しみになってきた・・・。ルクレツィアの借りを、やつに返してやるのが、な・・・」

「さあ、今日の仕上げだよ。行くよ!」
「よかろう・・・」
ふたりは、飛び離れると、同時に必殺技を放った。
閃光が走り、火花が散る。
そして、動くものは、いなくなった。

「あ・・・、あ〜ららら、こりゃ完全な相撃ちですわ。ほんまに、無茶するお人やなあ、このふたり」
茂みから飛び出したケットシーが、傷だらけになり、地面に倒れてぴくりとも動かないヴィンセントとユフィを覗き込み、あきれたように言う。
「するってえと、こいつら、毎晩、こっそりこんなことをやってたってのかい。アイテムをこっそり持ち出して、よ」
シドも、信じられない、というように首を振る。

「執念やなあ・・・。強くなりたいっていう・・・」
「それにしても、勝手なやつらだぜ。俺たちの目的そっちのけでよ、仕返しだなんだって・・・」
「シドはん、そんなこと言うもんやないで。あんたにも、わかっとるはずでしょ。ヴィンはんも、ユフィはんも、口ではああ言ってるけど・・・」
ケットシーににらまれ、シドは苦笑する。
「ああ、わかってるさ。こいつらの思いは、俺たちと同じだ・・・。いや、もっと強いかもな・・・。さてと、どうするか」

「ま、知らん振りしとくのが、オトナの態度ってもんでしょ。ほな、回復させたら、すぐ引き上げまっせ」
と、ケットシーは全体化マテリアを装着したメガホンをかざした。
「レイズ!」
虹色の光がユフィとヴィンセントを包み込む間に、シドとケットシーは素早く姿を消した。


「う、う〜ん」
意識を取り戻したユフィは、大きく伸びをして、半身を起こした。
近くで、ヴィンセントも起き上がっている。
「あれ、いつのまにか寝ちゃったのかな」
「・・・思い出せぬ」
ふたりは、しばらく無言で顔を見合わせていた。

ふと気付くと、東の空はわずかに白み始めている。
やっば〜! 早く戻らないと、バレちゃうよ」
ユフィは弾かれたように立ち上がり、ヴィンセントをせかす。
ヴィンセントは焦った様子もなく、落ち着いて立ち上がると、マントの埃をはらう。

「ねえ・・・」
ヴィンセントの手を引っ張りながら、ユフィが言う。
「早起きして散歩してきたふりして、クラウドの様子、見て来ようか」
無表情なヴィンセントの口許が、わずかにゆるむ。

<星を救いたい>という大きな志の他には共通点がほとんどないふたりの影は、月明かりに照らされ、寄り添うようにゆっくりと進んでいく。

<おわり>


○にのあとがき>

リリィさんのリリィマックスの2000番ゲット記念に寄贈した作品。錬金ネタ以外のゲームネタで初めて書いた作品です。
なんと、FF7ネタです。

リリィさんがヴィン&ユフィファンだということで、このふたりを主人公にしようとしたわけですが・・・。
キャラが固まるかな? と心配していたのですが、何のことはない、エンデルク&ナタリエのイメージで書いたら、すんなりとハマりました。


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