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古代の栄華に思いを馳せて Vol.2


Scene−4

「リリー! リリー!」
呼びながら書庫に駈け込もうとしたカリンは、飛び出してきたリリーと正面衝突しそうになった。
「わっ」
「きゃっ」
抱き合うようにして、互いを支え合う。
「あ、カリン、見つかったんだよ、ほら!」
リリーは、右手に持った古ぼけた本を掲げて見せた。背表紙には『シグザール王国建国とその影』と記してある。
「まだざっとしか読んでいないんだけど、ここには始祖カールと戦って敗れた先住民族のことが書いてあるのよ。ベルゼン侯爵にお願いして、借りていくことにしようと思うの。ザールブルグへ戻って、じっくり読めば、『黒の乗り手』の謎も解けるはずだよ」
リリーは喜びに満ちた声で、一気にまくしたてた。しかし、カリンは反応せず、軽くうなずいただけだった。
「カリン・・・。どうしたの?」
カリンが浮かべた複雑な表情に気付き、リリーが尋ねる。
カリンは目を伏せ、小さな声でつぶやくように言った。
「本が見つかってよかったね、リリー。でも、あたし、しばらくはザールブルグには帰れない・・・。ここに、残ることにしたんだ・・・」
「カリン・・・どうして!?」
驚くリリーに、カリンはベルゼンの提案について話した。
「お祖父さんのことを思うベルゼンさんの気持ち、あたしにはよくわかるんだ・・・。それに、あんなに設備が整った製鉄工房は、初めて見た。ああいう工房で作業するのは、鍛冶職人の夢なんだよ。それに、ここの高性能な炉を使えば、あたしの夢だった超金属の武具も鍛えられると思う。リリー、たしか、交易用に超金属の塊を持って来てたよね?」
「あ、うん、『シルヴァタイト』と『エレミア銀』の延べ棒を、2本ずつ・・・」
「それを、あたしに譲ってくれないかな? もちろん、代金は後で払うよ」
「カリン・・・」
「これが、あたしのわがままだってことは、わかってる。父さんには、手紙を書くよ。心配をかけることになってしまうけど、同じ鍛冶職人だから、父さんもあたしの気持ち、わかってくれると思う」
カリンはくちびるを噛み、自分に言い聞かせるように語り続けた。
「だって、カリン、そんなこと言ったって・・・」
反論しようとするリリーの肩に、手が置かれた。
「あ、ウルリッヒ様・・・」
ウルリッヒは、考え深げな目で、リリーとカリンを交互に見やり、口を開いた。
「カリン殿の好きなようにさせてやることだ、リリー・・・」
「でも、ウルリッヒ様・・・」
「道を極めたいと思う心・・・。それは、騎士道でも鍛冶の道でも同じだ。錬金術を極めたいと思っているリリーなら、カリン殿の気持ちがわからないわけはあるまい・・・」
ウルリッヒはカリンに目を向け、
「ファブリック殿には、私からも口添えをしておこう。カリン殿は、自分が思った道を歩むがよい。その道が間違っているとは、私は思わぬ」
「ウルリッヒさん! ありがとうございます!」
カリンは頭を下げた。
ウルリッヒが、リリーの肩にかけた手を背中に回し、ぽんと押す。
リリーは、無理に明るい声を出して言った。
「それじゃ、『シルヴァタイト』と『エレミア銀』を取ってくるよ。ベルゼンさんにも挨拶をしないといけないし・・・」
「リリー、ありがとう」
「でも、カリン・・・」
リリーは一転してしんみりした口調になり、
「ずうっと、帰って来ないわけじゃないよね」
「もちろんだよ。必ず、帰る。何年先になるかは、わからないけど・・・」
リリーとカリンは、手を取り合った。互いに見つめ合う。リリーの褐色の瞳と、カリンの青い瞳。言葉では語り尽くせない気持ちが、通い合った。
そんなふたりを、ウルリッヒの優しげな瞳が、見つめていた。


Scene−5

カリンは、一心不乱に火を操り、超金属と戦っていた。
炉では石炭が黄色い炎を上げ、足踏み式のふいごでカリンが規則正しく風を送る毎に、炎の色は黄色から白へと変わっていく。厚い皮の手袋をはめた手で、カリンは細長く伸ばした『エレミア銀』を炎にかざす。鈍い銀色をしていた延べ棒の前半部が黄白色に輝き、柔らかく変化してくるのがわかる。五感のすべてを使って、金属がどのような状態になっているのかを判断しているのだ。
(今だ!)
ここから先は、刀鍛冶としての経験と勘がものを言う。
「はあっ!」
鉄床の上に、白熱したそれを移し、間髪入れずにハンマーを振るう。
短く刈りそろえた髪から、額や頬に汗がしたたり落ちるが、カリンはそれをぬぐおうともしない。
ただ無心に、ハンマーを打ち、『エレミア銀』を叩き延ばしていく。
リリーとウルリッヒがザールブルグに戻るためにベルゼンブルグ城を発ってから、既に1ヶ月が経過していた。その間に、カリンは『シルヴァタイト』の剣を1本仕上げ、『エレミア銀』製の鎧を鍛造する下作業に入っていた。
開け放された地下工房の扉を抜け、人影が滑り込んでくる。しかし、カリンは気付きもしない。目の前の作業だけに集中し、他のすべての物事は脳裏から消え去っていた。
そんなカリンを、ベルゼンは暖かなまなざしで見守っていた。
ベルゼンは、日に何度も、工房に足を運んでいた。書物をひもといている時も、思索にふけっている時も、つい工房の様子が気になり、つい地下への階段に向かってしまうのだ。
それは最初は、祖父が遺した製鉄工房がどのような扱われ方をされているのかが気になっているのだと思っていた。しかし、日が経つにつれ、ベルゼンは、自分が本当に気にかけているのはカリンの姿なのだと、はっきりとわかってきた。夢中になって作業に取り組んでいる時の、炎に照らされた横顔・・・。そして、わずかな休憩の間に、刀鍛冶に賭ける自分の夢を熱っぽく語る時のきらきらとした瞳・・・。
ベルゼンは、無言で見守り続けた。
カリンは無心にハンマーを振るい続けていた。
そんな日々が、何日も続いた。


Scene−6

その日、リリーは北方の『メディアの森』から戻って来たところだった。
ベルゼンブルグ城の書庫で発見した『シグザール王国建国とその影』に書かれた記述から、古代の魔女メディアの存在を知ったリリーは、『メディアの森』の奥深く分け入って、魔女のものと思われる墓標を見つけ、その魂を慰めてきたのだった。
もちろん、抜け目のないリリーは、採取作業もこなして来ていた。背負った採取かごは、森で採れる植物や鉱物でずっしりと重い。
「はああ、やっと着いた。今回も大漁だったわね」
ザールブルグの外門に着くと、リリーはいったんかごを下ろし、大きく伸びをする。今回も護衛として同行していたウルリッヒも、同じように空を仰いだ。ベルゼンブルグ城への途上で見たのと同じく、空は今日も青く広がっている。
その時、自分を呼ぶ声が聞こえ、リリーは振り向いた。
「あ、いたいた! 先生〜、リリー先生、大変です〜!!」
薄水色の髪をカチューシャでとめた女の子が、叫びながら駆け寄ってくる。
「あら、イングリドじゃない。どうしたの、そんなにあわてて」
石畳の道を走ってきたイングリドは、息をはずませ、あえぎながら答える。
「『東の台地』へ採取作業に出していた妖精さんのピコが帰って来たんですけど、ピコが言うには、ベルゼンブルグ城が流行り病に襲われたらしいんです」
「ええっ!? あそこにはカリンがいるんだよ! カリンは・・・。それに、ベルゼンさんは、無事なの?」
「わかりません。ただ、お城の人たちが病気を怖れてどんどん国境の方へ逃げ出しているらしいって・・・」
「わかった。こうしちゃいられないよ。すぐ、薬を持ってベルゼンブルグ城へ行こう!」
「うむ。ベルゼンブルグ城がそのような状態とは、国家の一大事だ。私も行こう」
そばからウルリッヒが言う。リリーはイングリドを振り向き、尋ねる。
「今、『エリキシル剤』の在庫はあったかしら?」
「ええと、在庫はありませんけど、ちょうどヘルミーナが調合中で、あと2、3日あればできあがると思います。でも、あれは教会のクルトさんからの依頼品で・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。非常事態なんだから、クルトさんには少し待ってもらおう」
リリーはウルリッヒを振り向き、
「ウルリッヒ様は、すぐに馬で出発してください。『エリキシル剤』が完成したら、あたしたちも向かいます」
「うむ。それでは、騎士隊に言って、早馬を用意させておこう」
「いえ、馬じゃ間に合いません。もっと早い手段があります」
そして、イングリドに尋ねる。
「イングリド、“あれ”、用意できるよね」
「あ、はい、“あれ”ですね。2本なら、在庫があります」
イングリドが、少し思いめぐらして答える。
リリーは大きくうなずくと、
「それじゃ、ウルリッヒ様、現地で落ち合いましょう!」
そして、イングリドに手伝わせて採取かごを持ち上げ、足早に『職人通り』の方角に消えていった。
ウルリッヒは一瞬、いぶかしげな表情で考え込んでいたが、すぐにきびすをめぐらすと、城門へ向かった。早馬を用意し、ベルゼンブルグ城へ向かう準備をするために。


Scene−7

「よおし、出発するよ! イングリド、『エリキシル剤』は持ったわね!?」
「はい、先生。でも、ヘルミーナが調合したものですから、効果のほどは怪しいですけど」
「もう! 何を言ってるのよ、イングリド! ひとの作ったアイテムにけちつけないでよね!」
リリーの工房の裏庭では、リリーとイングリドが竹ぼうきにまたがっていた。もちろん、ただのホウキではない。イングリドとヘルミーナが作り出した、『空飛ぶホウキ』である。2本しかないため、留守番役に回ったヘルミーナは、不満顔だ。
「いいから、ヘルミーナはクルトさんに納期が遅れることを説明して、もう一度調合し直してね」
リリーはふくれるヘルミーナをなだめると、ホウキの柄を握り直す。
「それじゃ、行くわよ。いち、にの、さん!」
ふたりを乗せた『空飛ぶホウキ』は宙に浮かび、あっという間に東の空へ小さな点となって消えていった。 見送っっていたヘルミーナは、ひとつため息をつくと、工房の裏口を乱暴に押し開けた。
「さあ、『エリキシル剤』の作り直しよ! ピコもペーターも、サボったら許さないんだからね!」

リリーとイングリドは、風に乗ってベルグラド平原を一気に飛び越え、へーベル湖を眼下に見ながら順調に飛行を続けた。エアフォルクの塔を過ぎると、北方にヘウレンの森が広がる。
『東の台地』の上空にさしかかると、縄張りを荒らされたアードラが何羽も襲ってきたが、イングリドが『メテオール』で流星の雨を浴びせると、それ以降は寄って来なくなった。
「リリー先生! お城が見えました〜! あれがベルゼンブルグ城ですか〜!?」
先行していたイングリドが、髪をなびかせながら振り返って叫ぶ。
リリーの目にも、緑の丘陵地帯に西日を浴びてたたずむ石造りの古城が見えた。
「うん、そうだよ。・・・あ、あれは!?」
眼下の丘を疾駆する3頭の騎馬が見えた。リリーたちの数日前にザールブルグを出発したウルリッヒと、部下の聖騎士だろう。
「よおし、ウルリッヒ様と競走だよ! どっちが早くお城に着くか!」
イングリドに向かって叫ぶと、リリーはさらに強くホウキの柄を握り締めた。
(お願い、カリン、無事でいて・・・)

競走は、ほとんど引き分けだった。
リリーとイングリドがベルゼンブルグ城の中庭に降り立つと同時に、ウルリッヒの乗ったたくましい馬が城門を駈け抜けて来たのである。
馬をつなぐのももどかしく、ウルリッヒは聖騎士2名を見張りに残し、薬の包みをかかえたリリー、イングリドとともに、城内へ足を踏み入れた。
前回、訪問した時には執事が出迎えてくれたが、今回は城内に人の気配が感じられない。
ウルリッヒは1階の通廊を奥に向かい、リリーとイングリドは2階へ上がった。
2階にはベルゼン侯爵の居室や客間がある。カリンもその客間のひとつで寝起きしているはずだった。
「カリン! カリン!」
リリーが叫ぶ。
「リリー先生! あそこ!」
イングリドが気付いた。ドアが半開きになっている部屋がある。
「カリン!」
その呼び声に気付いたのか、ドアの影からゆらりと人影が現れた。
「リリー・・・リリーなの?」
「カリン!!」
カリンは憔悴しきった顔をしていた。柱に手をついて支えていなければ、倒れてしまいそうな様子だった。
「よかった・・・。リリー、来てくれたんだ・・・」
「カリン、大丈夫なの? 流行り病は・・・?」
「うん、あたしは大丈夫・・・」
リリーの顔を見て気が緩んだのか、カリンの両目から涙があふれる。
「それより、ベルゼンさんが・・・。お願い、助けて、リリー・・・」
がくりともたれかかってくるカリンを支え、リリーはイングリドに目配せして、室内に入る。
そこは、こざっぱりとまとまった、居心地の良さそうな寝室だった。
しゃくりあげながら、カリンが切れ切れに言う。
「ベルゼンさんが、急に病気になって・・・。召使たちは、みんな、流行り病だって騒いで、逃げ出しちゃうし・・・。あたし、一生懸命、看病したんだけど、どんどん悪くなっていって・・・。あたし、どうしたらいいか、わからなくて・・・」
ベッドに横たわった姿を、リリーもイングリドも目にした。
もともと細身の体つきだったベルゼンは、骨と皮ばかりにやせ衰えていた。顔色は青白く、目はくぼんで、浅く苦しげな呼吸をしている。流行り病が進行しているのは、一目瞭然だった。
「イングリド、ウルリッヒ様を呼んで来て」
イングリドに指示すると、リリーはベッド脇のソファにカリンを座らせ、携帯してきた『栄養剤』を飲ませた。
「こっちです、こっち!」
廊下からイングリドの声が響く。
すぐに、イングリドの小さな姿の後ろから、ウルリッヒが姿を現わす。
「ベルゼン殿・・・。なんということだ・・・」
「ウルリッヒ様、ベルゼンさんの体を起こしてください。一刻も早く、薬を飲ませないと」
「うむ」
聖騎士の鎧を手早く脱ぎ捨てたウルリッヒが、ベルゼンの背中に手を差し入れ、上半身を起こす。ベルゼンは一声うめいたが、何が起こっているのかわかってはいないようだ。
リリーは『エリキシル剤』が入ったガラスの小壜をベルゼンの口に押し当てると、中身を流し込んだ。
ベルゼンは少しむせたが、反射的にごくりと薬を飲み下す。
「これで大丈夫・・・だとは思うんだけど。あとは様子を見ないとね。それに、カリンも休ませてあげなくちゃ」
リリーが心配そうに言う。
「うむ。今夜は、交代でベルゼン殿に付き添うことにしよう」
ウルリッヒは言うと、外で見張りについている部下を呼びに行った。
気のせいか、それとも薬が効き始めたのか、ベルゼンの呼吸は先ほどよりも安らかになってきたように思える。顔色も多少はよくなってきたようだ。
リリーはイングリドとふたりで、ふらつくカリンを支え、彼女が使っていたと思われる寝室に連れて行った。ベッド脇のテーブルの上に『安眠香』を置き、カリンをベッドに寝かす。精も根も尽き果てていたのだろう、カリンはすぐにぐっすりと寝入ってしまった。
「さてと・・・。疲れたわね、イングリド。あたしたちも寝る場所を探しましょうか」
廊下に出たリリーはイングリドに微笑んだ。
「はい、そうですね、先生」
「でも、あなたもあたしと交代でカリンに付き添うのよ。ベルゼンさんは騎士隊の人にお願いすればいいし」
そして、ふたりは、部下を連れて戻って来たウルリッヒの元に向かった。


Scene−8

数日後。
ベルゼン侯爵の寝室には、リリー、ウルリッヒ、カリンが集まっていた。
幸い、流行り病にはかかっていなかったようで、カリンはすっかり元気を取り戻していた。
ベルゼンもようやく意識を取り戻し、しゃべれるようになっていた。『エリキシル剤』の効き目は明らかで、前日にはイングリドが調理した薬草入りキノコスープに手をつけたほどだった。
今、3人は侯爵の枕元に集まり、その言葉を聞いているところだった。
「なんと、侯爵、それはまことですか!?」
ウルリッヒが驚いた声をあげる。
ベルゼンは、ゆっくりと言葉を続ける。
「ああ、その通りだ・・・。これは、病の熱に浮かされて言っているわけでもなんでもない。幾晩も、考え、悩みぬいた結果なのだ」
「それにしても、このベルゼンブルグ城を離れるというお考えだとは・・・」
「うむ。何年も前から気付いていたのだが、この城の周囲の土地は、荒れ始めている。先祖代々、収穫を得るばかりで、土を肥やすことを考えてこなかったツケが、どうやら回って来たようだ。このままでは、いずれ、作物も取れなくなってしまうだろう。流行り病のせいで、使用人たちも、みな他の土地へ逃げ出してしまったという・・・。今がよい機会だ。私が城を出て、この土地を自然に還してやるのが、道理というものなのだろう」
リリーもカリンも、呆然として侯爵の言葉を聞いていた。特にカリンは、このことに衝撃を受けているようだった。
「で、ベルゼン殿、城を出て、どちらへ行かれるのです?」
ウルリッヒが静かに尋ねる。
ベルゼンはしばらくためらった後に、口を開いた。
「ザールブルグへ・・・」
「えっ!?」
カリンが小さく叫ぶ。
ウルリッヒはうなずいて、
「それは、ありがたいことです。学識豊かなベルゼン殿がシグザール城へ来てくだされば、ヴィント国王もお喜びになるはず・・・」
「残念だが、ウルリッヒ殿・・・」
ベルゼンは寂しげな微笑を浮かべて語る。
「私は、王室にやっかいになるつもりはないよ。侯爵の地位も捨てるつもりだ」
「何ですと!?」
ベルゼンは、しばらく視線を宙にさまよわせていたが、やがてカリンの顔をじっと見て、意を決したように言った。
「私は、カリン殿の生き方を見て、これまでの人生がいかに空しいものだったのかを実感したのだ。カリン殿の姿を見て、私は目が覚めた・・・。笑われるかも知れないが、私はこれからの一生を賭けて、カリン殿を見守っていきたいと思っている・・・」
カリンが息をのんだ。リリーも目を丸くして聞いている。
ベルゼンは、カリンの方に右手を差し伸べ、一語一語を区切るように言った。
「カリン殿・・・。あなたの製鉄工房は、私のような者でも受け入れてくれるだろうか・・・?」
カリンは、思わず両手でベルゼンの右手を握り締めた。頬を涙が伝う。
「はい、大丈夫です・・・。ベッドなら、空きがあります。なくても、作ります。あたしが、きっと・・・」
リリーは、ウルリッヒが立ち上がる気配を感じた。目を上げると、ウルリッヒと視線が合う。
その視線にうながされるようにして、リリーはウルリッヒに続いて部屋を出た。
何事かを語り合うベルゼンとカリンを残し、リリーはそっと寝室のドアを閉めた。

驚くほどの速さで日々は過ぎ、やがてベルゼンブルグ城を去る日がやって来た。
『エリキシル剤』とカリンの看病のおかげで、ベルゼンも旅をすることができるだけの体力を取り戻していた。今日までに、城に戻って来た使用人には、十分な銀貨を与えて、ひまを出している。
ここまでの間、リリーとイングリドは『空飛ぶホウキ』で何度もザールブルグとの間を行き来し、移動用の馬車を手配したり、ファブリック工房にカリンの手紙を届けたりと、忙しい日々を送っていた。
侯爵の蔵書の一部は、現在建設中のアカデミーの書庫へ収められることになり、それを運ぶための荷馬車も必要だった。
今も、ザールブルグで雇ってきたたくましい男たちが、イングリドの指示で書庫から選び抜かれた本の山を運び出しているところだった。
それらの作業の物音が遠く響いてくる。
リリーとカリンは、城の1階奥の大広間にいた。
正面の壁には、カリンがここの地下工房で鍛えた長剣が掛けられ、傍らの台の上には『エレミア』銀製の鎧が飾られている。
「本当に、置いていくつもりなの、カリン・・・?」
リリーが尋ねる。
カリンは自分の作品に目を向けながら、答える。
「うん、これは、この城に残しておいた方がいいと思うんだ。これを持って帰ったら、きっと、ベルゼンさんはこれを見るたびに過去を思い出してしまうと思う。それは、いいことじゃない・・・。そんな気がするんだ。それに・・・」
カリンは、リリーを振り向いてにっこりと笑った。
「あたしは、うちの工房をもっともっと良くして、これをしのぐ剣や鎧を作ってみせる。材料の超金属は、リリーがいくらでも提供してくれるしね」
「もう! どこまであたしをこき使えば気が済むのよ!?」
リリーが苦笑する。
ふたりは、しばらくの間、黙りこくって、壁を見つめていた。
「リリー先生、カリンさん! そろそろ出発しますよ!」
イングリドの声が響いた。
「よし、行こうか!」
カリンは元気な声で、リリーをうながした。
リリーに続いて広間を出ながら、カリンは最後に一度だけ、振り向いた。
「さよなら」
カリンは小さな声でつぶやき、剣と鎧が置かれた広間を後にした。


Epilogue

「超・・・金属?」
マルローネがぽかんとしてつぶやく。クライスが説明を加える。
「そうです。『シルヴァタイト』や、『エレミア銀』・・・。落第生のマルローネさんはご存知ないと思いますが、精製することも、加工することも非常に難しい、高度な錬金術でしか作り出せない金属です。私も、文献で読んだだけで、実物を見たことはありませんが、この光沢、硬度・・・まず、間違いないでしょう」
「そのようだな・・・」
エンデルクが重々しく言い添える。
「私も、噂には聞いたことがある・・・。この剣は、おそらく『リヒト・ヘルツ』。そちらの鎧は、『アルムフェーダ』と呼ばれる逸品だろう。このようなものが、この城に残されていたとはな・・・。よほど腕の立つ鍛冶職人が鍛えたものに相違あるまい・・・」
「ふうん、どれどれ・・・?」
マルローネがエンデルクから剣を受け取る。
柄の部分に目をとめ、指を走らせた。
「あ、ここになにか彫ってあるよ。人の名前みたいだ。これを作った人の名前かなあ」
そして、マルローネはそこに刻まれた名を読み上げた。
「カリン・ファブリック・・・」

<おわり>


○にのあとがき>

長らくお待たせいたしました。酒場で何度もささやいて予告していた、“誰も想像だにしないカップリング”小説です。(え? 意外じゃない? うそ!?)

「リリー」をプレイしていて、ずっと疑問に思ってたことがあるんですよ。
リリーの時代には人が住んでいたベルゼンブルグ城が、20年後のマリーの時代には廃墟になってしまっていたのはなぜなのか。それと、なぜ優れた武器防具が残されていたのか・・・。
その謎解きをしようと思い立って、考えたのが今回のストーリーです。カップリングは副産物なわけで(笑い)

プロローグの部分、最初、クライスは登場しなかったんですよ。別のキャラがマリーに同行してたんですが、どうもしっくり来なくて筆が進まない。で、試しにクライスに入れ替えてみたら、あら不思議。さくさくストーリーが勝手に進んでいってしまったのです。
やっぱり自分はクラマリ属性なのだなあ、と思い知った次第(^^;
ちなみに、はずされてしまったかわいそうなキャラは、●リーさんです。


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