戻る

前ページに戻る

思い出のロケット Vol.2


Scene−4

あたりには、荒涼とした風景が広がっていた。
一面の石灰岩の大地には、ほとんど草も生えない。
ただ、地をおおう石灰岩の隙間にたまったわずかな土から、やせ細った潅木がわずかに枝を伸ばしているばかりだ。 そのような殺風景な大地の中を、まがりくねった街道が北へ伸びている。
その街道を進んで行く、みっつの人影があった。
ひとつは大きく、ふたつは小さい。
ロブソン村を後にして以来、人の住んでいる様子もなく、夜になれば道端で野宿するしかない。
しかも、だんだんと、強い怪物が出現するようになってきていた。
それでも、3人の旅人は、たゆまず歩き続けていた。
「少し、休みましょうか。イングリドもヘルミーナも、疲れたんじゃない?」
先頭に立って歩いていた、十代後半の少女が、振り返って言う。
茶色の頭巾からまっすぐに肩まで伸びた髪を、左右に分けて束ねている。目の色は、髪と同じ褐色だ。活動的なズボンにブーツをはき、青い錬金術服をはおっている。
「ううん、全然疲れてないよ。リリー先生こそ、疲れたんじゃないの?」
返事をしたのは、まだ子供といっていい、あどけない少女のひとりだった。軽くウェーブのかかった薄水色の髪をカチューシャで止め、えび茶色の上着と薄茶のスカートをまとっている。
「なによ、イングリドったら、やせがまんしちゃってさ。さっき、足が痛いって言ってたのは誰よ」
そばから、もうひとりの少女が言う。年格好はイングリドと同じで、おかっぱにまとめた薄紫の髪に輪の形をした帽子をかぶっている。白いブラウスに、青いジャンパースカートをつけたこの少女の名前は、ヘルミーナだ。
イングリドとヘルミーナに共通して特徴的なのは、その瞳である。ふたりとも、左右の目の色が異なっているのだ。左が褐色、右が青という瞳の色は、ふたりがこの大陸の出身者ではないことを示している。
ふたりの少女は、最初に口を開いたリリーと、その師であるドルニエとともに、錬金術をこの大陸に広めるために、はるか西のエル・バドール大陸から海を越え、やって来たのである。そして、シグザール王国の王都ザールブルグの一画に錬金術の工房を開き、アカデミーを建設する資金の調達と錬金術の普及に、日夜いそしんでいた。
2年ほど前から、資金調達の一環として、リリーは遠く離れた村や町と行き来して商品を売買する交易にも手を染めた。
今回の旅の目的地は、そういった交易の相手先のひとつであるグランビル村だったが、主眼は別のところにあった。
しばらく前から、グランビル村の近郊にある『ウォルフの森』に、巨大なウォルフが出没するという噂が流れていた。村人たちは、その巨大なウォルフを『ウォルフ=ケーニッヒ』即ち『ウォルフの王』として怖れているという。
その噂が王都ザールブルグまで届き、真相解明のための調査が行われることになった。その調査隊として白羽の矢が立ったのが、最近は冒険者としても一等の評価を得ているリリーだったのである。
もし『ウォルフの王』が実在するのだとすれば、強力な冒険者を雇う必要があった。しかし、グランビル村は遠く、往復に1ヶ月以上の日数がかかる。それほどの長期にわたってスケジュールが空いている冒険者はザールブルグにはいなかった。そこでやむを得ず、リリーはふたりの弟子、イングリドとヘルミーナを連れてきたのだ。もちろん、10歳そこそこの少女とは言っても、ふたりとも何度もリリーと一緒に材料採取の旅をし、冒険者としての経験を積んでいた。そして、魔法のアイテムを使ったふたりの攻撃力は、王室聖騎士の剣技にも劣らないものだった。

旅も終わりに近づき、グランビル村まであと数日というところまで来ていた。
3人は岩陰に荷を下ろし、一休みすることにした。
水で喉をうるおし、携帯食代りのペンデルをかじる。
一息ついたイングリドが、ヘルミーナに話し掛ける。
「ねえ、ヘルミーナ、前から気になってたんだけど・・・」
「ん? なあに」
「あなたが首にかけてるロケット、誰の肖像画が入ってるの?」
見れば、ヘルミーナはロケットを胸に下げている。彼女がリリーの真似をして自作した、初めてのロケットだ。苦心して仕上げたらしく、肖像画を入れる円盤型の部分が、若干ひしゃげて、いびつになっている。
「ふふふ。ひ・み・つ・よ」
「何、気取ってるのよ。見せなさいよ」
イングリドが手を伸ばす。ヘルミーナは両手でしっかりとロケットを隠し、
「いや〜よ。絶対に絶対、秘密なんだから!」
「まさか、あなた、クルトさんの肖像画を入れてるんじゃないでしょうね!」
イングリドがさらに迫る。
クルトというのは、ザールブルグにある、医薬の女神アルテナを祀るフローベル教会に務める神父の名だ。どうやら、イングリドもヘルミーナも、クルトにほのかな憧れを抱いているらしい。
「そんなこと、答えられないわ」
ヘルミーナは、ぷいと横を向く。イングリドは、
「あ〜っ、やっぱり図星なんでしょ! そんなこと、許さないわ! クルトさんは、あたしのものなんだからね」
「ふん、そんなの、個人の自由でしょ! それに、あなたみたいながさつで乱暴な子に想われたら、クルトさんも災難だわ」
「何ですってえ!!」
「分かった、分かったから、ふたりとも、ケンカはやめなさ〜い!!」
割り込んだリリーは、ふと思った。
(こんなふたりに想われたら、クルトさんもいい迷惑だわね・・・)
だが、口には出さず、ヘルミーナに言う。
「でも、あたしもちょっと興味あるな〜。自分が好きな人、仲良くなりたい人、大切に思ってる人の肖像画を、ロケットに入れるんですものね。ヘルミーナが好きな人、誰なんだろうな〜?」
ヘルミーナはぴしゃりと言い返す。
「いくらリリー先生でも、あたしのプライバシーを侵害する権利はないと思います。それに、そんなこと言うと、先生のロケットにウルリッヒ様の肖像画が入ってること、みんなにバラしちゃうから」
「え〜っ!! なんで知ってるのよ!?」
リリーが赤面して、顔を伏せる。
「あ〜、やっぱりそうだったんだ。当てずっぽうで言っただけなのに。あはは」
リリーは言葉もない。
「さあ、休憩終わり。出発しましょ」
ヘルミーナは自分のかごを背負い直すと、立ち上がった。
(見てらっしゃい、いつか、必ず秘密を暴いてやるから)
イングリドは心の中で誓い、なにくわぬ顔で自分の荷物を背負った。

数日後、3人はグランビル村に到着した。
さっそく、村の名家でもあるドナースターク家に通され、村長から『ウォルフの王』の話を聞く。
どうやら、『ウォルフの王』は、村の近くに広がる『ウォルフの森』の中に湧いている『セルク・クライ』という泉のそばに潜んでいるらしかった。
「それじゃ、さっそく『ウォルフの森』に行ってみます」
リリーが言うと、村長は驚き、心配そうな口調で、
「そんな、お前さんたち、女の子ばかりで・・・。危険過ぎやしないかい?」
「ご心配、ありがとうございます。でも・・・」
「あたしたち、普通の女の子じゃありませんから」
「そう。炎といかづちの魔女、イングリド!
「そして、闇と霧の魔女、ヘルミーナ!
「ですから、どうぞ安心していてください。必ず『ウォルフの王』をやっつけて来ますから」
「もう! イングリドもヘルミーナも、調子に乗るんじゃないの!」
リリーにたしなめられ、舌を出すふたり。
そして、意気揚々と出発した3人を、村長は首をかしげて見送っていた。
「本当に、大丈夫なのかのう?」

村を出た3人は、うっそうと茂った森の中を怖れるふうもなく、進んで行く。
邪魔になるかごや荷物は、グランビル村に置いて来ていた。
3人とも杖を構え、魔法のアイテムや爆弾はポケットや、腰に着けた小物入れに入れて運んでいる。
「そろそろ、村長さんが言っていた泉の近くね。ふたりとも、油断しちゃだめよ」
リリーがささやく。イングリドはリリーの左後方、ヘルミーナは右後方に位置している。
全身を耳にし、どんなひそやかな気配も見逃すまいと集中している。
と・・・。
「なにかいるわ!」
ヘルミーナが鋭くささやいた。
同時に、前方の森の繁みが、ざわざわとうごめく。不意に、森全体が生命を得て、リリーたちに襲い掛かろうとしているかのようだ。
ぞくり・・・と、リリーは髪の毛が逆立つのを感じた。
杖を握り直し、前方を注視する。
唐突に、下生えがふたつに分かれ、巨大な獣が姿を現した。
「これが・・・『ウォルフの王』!?」
イングリドが叫ぶ。
その獣は、通常のウォルフの倍以上の体躯をしていた。
隙のない身のこなしでゆっくりと全身を現した『ウォルフ=ケーニッヒ』は、ねめつけるようにリリーたちに視線を浴びせる。
リリーの背後で、ヘルミーナが爆弾を取り出す気配がする。イングリドも同様だろう。
その気配を、感じたのだろうか。
『ウォルフの王』は、前足を踏ん張ると、首を上げて大きく遠吠えをした。
ウォォォォーーーーーーン!!
その声に、応えるかのように・・・。
茶褐色の毛に覆われた大型のウォルフが数頭、繁みから姿を現す。
と、次の瞬間・・・。
数の上でも優位に立ったウォルフの群れは、一斉に襲い掛かってきた。
「当たれ!」
飛び掛かってきた『ウォルフの王』へ、身をかわしざまリリーが鉄の杖を振り下ろす。
左側面では、ウォルフの1頭が、イングリドが投げたメガフラムの餌食になっていた。激しい爆発音とともに、四散した毛皮や肉片がぱらぱらと降りかかってくる。
だが、右側から襲ってきた1頭は、ヘルミーナの爆弾をうまく身をひねってかわし、そのままヘルミーナに体当たりしてきた。
「きゃああっ!!」
ヘルミーナがのけぞる。ウォルフは、ヘルミーナの胸元に鋭い牙を食い込ませようとしたが、ヘルミーナが掲げたルナスタッフに邪魔され、間一髪で空を切った。
だが、その衝撃でヘルミーナが掛けていたロケットの鎖がちぎれ、ウォルフの牙がそれを引っかける。
いったん後方に下がったウォルフの口には、ヘルミーナのロケットがくわえられていた。
「ミステルレーベン!」
リリーの杖から放たれた光球が、そのウォルフを襲う。
脇腹に光球をくらったウォルフは、深手を負って戦意を喪失し、森の奥に逃げ去った。
「シュタイフブリーゼ!」
イングリドが呼び出したいかづちが、ウォルフの身体を貫く。
「ネーベルディック!」
気を取り直して起き上がったヘルミーナが放つ水の濁流が、獣を溺れさせ、押し流す。
いつのまにか、敵は、あの巨大な『ウォルフの王』1頭になっていた。
さしもの『ウォルフの王』も、度重なる爆弾と魔法攻撃に、毛皮は焼けこげ、脇腹に大きな裂傷を負っている。
「今よ! 止めを!」
リリーの叫びに、イングリドとヘルミーナの目が合う。
ふたりは、大きく両腕を広げ、杖を頭上にかざした。
「イングリド!」
「ヘルミーナ!」
そして、声を合わせて叫ぶ。
「あなたの力を貸して!!」
そのとたん・・・。
まばゆいばかりの光芒と、漆黒の闇が森全体を支配した。
無数の光の矢が『ウォルフの王』を刺し貫き、暗黒が毛皮を冒していく。
イングリドとヘルミーナの合体必殺魔法、『光と闇のコンチェルト』が炸裂した瞬間だった。
光と闇の乱舞がおさまった時、『ウォルフの王』は事切れ、焼けこげた毛皮がぶすぶすと煙を上げていた。

しばらくの間、3人とも茫然と立ち尽くし、戦いの跡を見つめていた。
やがて、リリーが大きく息をつき、振り向く。
「はああ、ようやくやっつけたわね・・・。ふたりとも、怪我はない?」
「はい、大丈夫です、先生」
元気よく答えるイングリド。しかし、ヘルミーナはうつむいたままだ。
「どうしたの、ヘルミーナ? どこか、ぶつけなかった?」
リリーが心配してのぞき込む。
ヘルミーナは、今にも涙をこぼしそうな顔で、つぶやいた。
「身体は、大丈夫ですけど・・・。ロケット・・・。あたしの、ロケットが・・・」
戦いのさなか、ヘルミーナのロケットを奪ったウォルフは、どこかへ消えてしまっていた。
「仕方がないわよ、ヘルミーナ。ロケットは、あなたの身代わりになってくれたんですもの。工房に帰ったら、また作ればいいじゃない、ね」
リリーが慰める。それを見やり、自分も悲しい気分になりながらも、イングリドは心の片隅で考えていた。
(これで、ヘルミーナの秘密も闇へ葬られてしまったわけね・・・。ヘルミーナの大切な人って、興味あったんだけどな・・・。ま、仕方ないか・・・)


Scene−5

イングリドは、あらためて、マルローネがグランビル村近郊の森で拾ったという、そのロケットを見つめた。
(なんという、不思議な巡り合わせなのかしら。こんなことって・・・)
ちぎれた鎖、わずかにいびつな円盤・・・。まさしく、これはあの時、ヘルミーナがウォルフに奪われたロケットそのものだった。
「イングリド先生、どうしたんですか?」
マルローネが、不思議そうに尋ねる。クライスも、いぶかしげに見ている。
イングリドは、20年前の好奇心を抑えられなかった。
震える指先で、ロケットのふたを押し上げる。錆び付いていた留め金がわずかに引っかかったが、少し力をこめると、ふたはぱかりと開いた。
(・・・!!)
イングリドは、言葉もなく、中の肖像画を見つめた。
(自分が好きな人、仲良くなりたい人、大切に思ってる人の肖像画を、ロケットに入れるんですものね・・・)
あの時の、リリーの言葉が、心によみがえってくる。
「イングリド先生?」
マルローネが片手を師の顔の前で振ってみせるが、イングリドはぼうっとしたままだ。
やがて、イングリドはロケットを大切そうに持ったまま、窓辺に近寄った。
そして、外に広がる青空を見上げる。
(ヘルミーナ、あなたって・・・)
イングリドは、どこか遠く、同じ空の下を旅しているはずの、ライバルであり親友でもある女性に思いをはせた。
長い年月で色褪せ、かすれて、ぼやけてはいたが・・・。
ロケットの中で微笑んでいる少女は、まぎれもなく、20年前のイングリドの姿にほかならなかった。

<おわり>


○にのあとがき>

これは、ガストさんの『ザールブルグ市民新聞』に投稿したものです。
一次選考は突破しましたが、入選には至りませんでした(残念)。
でも、眠らせておくには忍びないので、急きょ、こちらで公開することにしました。

4万HIT記念小説(「錬金術師の条件」)のあとがきで触れていた、リリーがグランビル村へ行く話の正体が、これです。
1個のロケットが紡ぎ出す、不思議な運命の綾・・・
う〜ん、やっぱりヘルミーナ、いい人だ(12月20日、楽しみですね〜)
ご感想など、聞かせていただけると嬉しいです。


戻る

前ページに戻る