戻る

次ページへ

〜65000HIT記念リクエスト小説<ほしまる様へ>〜

真夏の夜の夢 Vol.1


Scene−1

ザールブルグは、初夏の訪れを迎えていた。
暖かく、柔らかな日差しが街並みに降り注ぎ、街路樹は石畳の道に涼しげな日影を作り出している。
小鳥のさえずりが聞こえ、あちこちの路地裏からは、はしゃぎまわる子供たちの歓声が響いてくる。
そんなのどかな昼下がりの街を、青い聖騎士の鎧に身を固めたひとりの青年が歩いている。これからの季節、重い騎士の鎧を身につければ、じっとしているだけでも汗が吹き出しそうなところだが、件の聖騎士は暑がるようなそぶりも見せず、涼しげな表情で歩を進める。これもまた、日々の鍛錬の賜物なのだろう。
ザールブルグの西側に広がる屋敷町を抜けると、聖騎士は南に道を折れた。路地を進むと、小さな庭のある、こじんまりとした一軒家が建っている。庭先のテラスで椅子にかけている人影を認め、聖騎士はそちらへ歩み寄っていった。
木漏れ日の中でゆったりした椅子にかけ、一心に編物をしていた若い女性が、気配を感じて顔を上げる。一瞬、エメラルド色の瞳にいぶかしげな表情が浮かんだが、相手が誰かわかると、すぐに微笑に変わった。
「あら、ダグラス。あなたがいらっしゃるなんて、珍しいことね」
家の女主人アイゼルは、編みかけの小さな靴下と編み棒をテーブルに置き、座ったまま、突然の来訪者を迎える。
「よ、よお」
軽く右手を上げると、シグザール王室騎士隊で2番目の実力を持つといわれる 聖騎士ダグラスはぶっきらぼうに挨拶した。
「まあ、その・・・何だ、調子は、どうだい」
そわそわと視線を宙にさまよわせながら、ダグラスが問い掛ける。無遠慮に見つめるのは失礼だと思っているのだろう。そう察したアイゼルは、くすっと笑って、視線を下げた。冷やさないようにショールでくるまれたお腹を、優しくなでる。
「おかげさまで、順調よ。わたしも、お腹の赤ちゃんもね」
その時、背後の家の扉が開き、人影が現われた。手に持ったティーセットから、香り高い湯気が立ち昇っている。
「あ、こんにちは、ダグラスさん」
現われた青年、ノルディスは、ダグラスに比べると線が細いが、落ち着いた表情を浮かべている。実年齢ではダグラスの方が上なのだが、ノルディスの方が大人びて見える。もうすぐ父親になるのだという自覚が、そうさせているのかもしれない。
「ちょうどよかったわ。これから、午後のお茶にしようと思っていたところなの。あなたもご一緒にどう?」
ダグラスに微笑みかけ、ノルディスに言う。
「悪いけど、もうひとり分、ティーカップの追加をお願いね」
ノルディスはすぐに家に引っ込むと、ダグラスの分の茶器を持って戻ってくる。
「おう、あんまり時間はないんだが・・・。じゃあ、一杯だけ、ごちになるとするぜ」
ダグラスは、手甲と肩当を外し、やや身軽になると、勧められた椅子に腰を落ち着けた。
ノルディスが各自のカップにハーブティーを注ぎ、すがすがしい香りがあたりに漂う。
「ところでダグラスさん、なにか用事でもあったんですか」
しばらく黙ってお茶の味と香りを楽しんだ後、ノルディスが口を開いた。
「そうよね。普段から気の利かないダグラスが、今日に限ってわざわざお見舞いのためだけに来てくれるなんて、考えられないもの」
アイゼルの憎まれ口には、ダグラスも苦笑するしかない。
「まあ、そうなんだ。今日、来たのは、その、あいつに、なにか、伝えることでもあったら・・・と思ってよ」
「はあ?」
「あいつ・・・って?」
ノルディスとアイゼルは顔を見合わせた。いぶかしげな表情を浮かべるふたりに、ダグラスはあわてて先を続ける。
「だ、だからよ・・・。ああ、順序だてて説明しなきゃわからないよな。実は、明日から、俺たち王室騎士隊は魔物討伐の旅に出るんだ。今回は、今までに例のないほど大掛かりなものになる」
「まあ、魔物討伐を?」
「そうだ。目的は、シグザール王国北西部の山岳地帯の掃討だ。ヴィラント山の南麓からアーベント山脈をたどって、最後は西の海岸地帯へ出る。全部で2ヶ月程度の予定だ」
「それで・・・?」
まだノルディスとアイゼルには話の行き着く先が見えてこない。
ダグラスは咳払いして、
「で、まあ、とどのつまりが・・・カスターニェへ行き着くわけだ」
「カスターニェ・・・」
カスターニェというのは、西の海辺にある港町のことだ。ノルディスもアイゼルも、アカデミーの学生だった時分に、行ったことがある。カスターニェからは、さらに西の海を隔てた大陸にある、錬金術発祥の地といわれるケントニスの町との間の定期航路も開かれている。
「それでな、その、たまたま・・・ほんと、たまたまだぜ。俺が、カスターニェに着く頃、あいつもちょうど、ケントニスからカスターニェに来る用事があるって、手紙に書いてあったから・・・」
「ああ、そうか」
ここまで聞いて、ノルディスとアイゼルの顔にも理解の色が浮かんだ。
「やるわね。エリーと久しぶりのデートってわけね」
アイゼルの言葉に、ダグラスの顔が一瞬にして赤く染まる。
「ば、ばか! そんなんじゃねえよ! ただ、せっかく、近くまで行くんだしよ。あいつの顔見るのも、悪くねえかな、と思ってよ。で、ついでだから、おまえらからあいつに何か伝えたいことでもあれば、預かっていってやろうと思ってな」
アイゼルやノルディスの同期生でもある友人のエリーは、ザールブルグのアカデミーを卒業後、数年前からケントニスにあるアカデミーで、錬金術の研究に励んでいる。研究は忙しいらしく、半年ほど前に、同窓会のために1回戻って来たきりだ。
「そうだったの。・・・それじゃ、エリーに会ったら伝えて。ノルディスもわたしも元気だって。それで、赤ちゃんが生まれたら、一度、顔を見に帰って来てほしいって」
「お、おう、わかった、伝言、確かに預かったぜ。・・・じゃあな!」
ダグラスは、魔物征伐の準備が残っているからと、あわただしく帰って行った。
その後姿を見送りながら、ノルディスに寄り添ってアイゼルはつぶやいた。
「ダグラスったら、よっぽど嬉しかったのね。足が地についてないわ」
「そうだね・・・。でも、エリーは、その辺のこと、どう思っているのかな」
「あの子のことですもの、錬金術に夢中になっていて、眼中にないかもね」
「ああ・・・。冷えてきたみたいだ。そろそろ家に入ろう」
ノルディスに肩を抱かれるようにして、家に戻りながら、アイゼルは青く澄みわたった空を見上げた。
同じ空が、西の彼方、ケントニスにも続いている。


Scene−2

エリーは、ケントニス・アカデミーの自室で荷造りを終えると、ほっとひとつため息をついた。
今回の旅は、そう大がかりなものではない。そのため、携えていく荷物も、身の回りの品など、ごくわずかだ。しかし、それでも採取かごだけは忘れずに持っていくところが、研究熱心なエリーらしいところだろう。なにしろ、貴重な研究材料はどこに転がっているかわからないのだ。
エリーは窓辺に近付くと、アカデミーの背後に連なる緑の山並みを見渡した。
山の緑の木々は陽光に照り映え、今が午後の早い時間だということを知らせている。カスターニェへの定期船が出港する夕方までには、まだ時間がある。
再び机に向き直ったエリーは、荷物の中にそっとしのばせていた1通の手紙を取り出し、広げた。
勢いのある、男っぽい字体でつづられた、短い手紙を読み返す。
単純明快で、形式ぶったことが嫌いな、ダグラスらしい文面だった。
騎士隊の魔物討伐遠征で西海岸方面へ向かうこと、ちょうどカスターニェの夏祭りの頃に、その港町へ着くこと・・・そして、いささか唐突に待ち合わせ場所の指定がしてあり、手紙は終わっていた。
「ほんとに、こっちの都合も考えないで、強引なんだから・・・」
エリーはくすっと笑った。もちろん、すぐに返事は書いたのだが、魔物討伐に出発する前のダグラスに届いたかどうかは知る由もない。
ともあれ、エリーはダグラスの言葉にしたがって、カスターニェに向かおうとしているのだった。
手紙を再び折りたたんでしまいこむと、エリーは自室を出て、アカデミーの研究棟の方へ向かった。
ザールブルグのアカデミーと同じく(というより、ザールブルグのアカデミーがこちらを模して造られているのだが)、ケントニス・アカデミーの建物は学生たちが生活する寮棟と、講師たちをはじめ研究員が実験や研究にいそしむ研究棟とに分かれており、ふたつの棟はロビーでつながれている。
ここでのエリーの身分は、ザールブルグ・アカデミーから派遣された客員研究員というものだった。
エリーは、学生たちがそぞろ歩くロビーを抜け、図書室の角を曲がって、研究棟の廊下へ出た。
エリーは、自分の研究室の前を通りすぎ、少し奥まった場所へと歩を進めた。
そこは、危険物を扱うことの多い、特別頑丈な造りの実験室だった。
入り口の脇に、現在の使用者の名前が書いた紙が貼り出してある。

「マルローネ/クライス・キュール」

と書かれているのを確認し、エリーはそっとドアをノックして、中に入った。
ドアが開くか開かないうちに、中からはなにやら男女が言い争う声が聞こえてくる。
「だから! なんであんたは人の指示に従わないのよ!? 何でも勝手にやっちゃってさ!」
「それは、あなたが聞く耳を持たないからでしょう。あなたのやり方では効率が悪過ぎますし、失敗する危険も大きいのです。私が、より安全で効果的な方法を提案しているのに、あなたは受け入れてくれない・・・ですから、私は私なりのやり方で最善の方法を取っているだけです。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」
エリーは、耳をそばだて、恐る恐る室内に歩を進める。
そこは、まさに危険物であふれかえっていた。
床のそこここには、爆弾を調合する材料となる『カノーネ岩』や『ニューズ』、『黄金色の岩』といったアイテムが詰まった袋が無造作に置かれ、散らかった作業台の上には、できたばかりと思われる大小の爆弾が山になっている。床や壁には、つい最近できたことが明らかな焼け焦げや産業廃棄物の染みが目立つ。
開いたまま投げ出された参考書や、乱暴に書きなぐったメモの切れ端、毒々しい色の薬品が入ったフラスコや試験管が並ぶ作業台の向こうで、すすまみれになった金髪を振り乱していきり立っているのは、エリーの先輩であり恩人でもあるマルローネだ。対して、部屋の左側の、こちらはきちんと整頓された作業台にもたれて、腕組みをして冷ややかにマルローネを見やっている銀縁眼鏡の青年は、マルローネの2年後輩に当たるクライスだ。
「だいたい、そのように劣悪な環境でちゃんとしたアイテムを調合できることの方が、奇跡だと思えますね」
いつも変わらぬ冷静な口調で、クライスが言う。
マルローネは空色の目をつりあげ、
「もう! 何よ、えっらそうに! くやしかったら、あたし以上に威力の強い『フラム』を作ってみなさいよ!」
「おやおや、論点がずれてきたようですね。これ以上言っても無駄でしょうから、黙って作業を進めるとしましょうか」
「あ、あの・・・」
エリーがおずおずと口をはさむ。
クライスもマルローネも、口論をやめてエリーを見た。
「あ、エリーじゃない、どうしたの?・・・って、そうか、もうそろそろ出発の時間だっけ」
マントの裾で手をぬぐいながら、マルローネが進み出る。
「はい、船に乗り遅れないように、少し早めに波止場へ行きたいと思いますから・・・。それより、すみません、お手伝いできなくて」
エリーがすまなそうに言う。
マルローネはにっこりと笑って、
「ううん、全然気にしなくていいよ、そんなこと。花火の方は、問題なし。一応、あたしにも助手がいるしね」
と、傍らのクライスを見やる。
「ひとを勝手に助手呼ばわりしないでください」
というクライスの台詞は完全に無視される。
「それに、この助手、口は悪いけど、それなりに使えるしさ・・・」
「“それなりに”は余計です」
今度の台詞もあっさり無視された。
「だから、エリーが心配することなんて、全然ないよ。ちゃんと完成させて、カスターニェの夏祭りの花火大会には間に合わせるから。それに、今回はザールブルグのアカデミーからも優勝候補が参加するらしいからね。本家ケントニス・アカデミーとしては、負けるわけにはいかないもの。ちゃかちゃかっと仕上げて、あとはカスターニェにひとっ飛びすればいいんだからさ。エリーは心配しないで、デートを楽しんでおいでよ」
「い、いやだなあ。そんなんじゃないですってばぁ」
あわてて手を振って否定するエリーを優しく見やって、マルローネは続ける。
「今、ちょうど、手が離せない勘所に差しかかっているんで、見送りには行けないんだけど。ごめんね。でも、航海の無事を祈ってるわ」
「はい、じゃ、行って来ます」
ぺこりと頭を下げ、エリーが辞去する。クライスも軽くうなずいて見送る。

ドア越しに耳をそばだて、エリーが行ってしまったことを確認して、マルローネが向き直る。
「さて・・・と。クライス、気付かれなかったでしょうね」
「大丈夫です。彼女が口論に気をとられている隙に、設計図は手早く隠しましたから」
「やれやれ、ほっとしたわ。ここでバレたら元も子もないもんね。・・・それで、どうなの? 設計図通りできそう?」
「私の実力をあまく見ないでください。あなたのいいかげんな設計図にはあきれ果てましたが、それを実現できないほど、私は無力ではありません。空間幾何学の位相計算を何十通りもこなさなければなりませんでしたけれども、なんとか期待通りの効果は出ると思います」
「・・・よくわからないけど、その辺のところは、あんたを信頼することにするわ。あたしがやっても、頭痛がひどくなるばかりだもんね」
「まかせてください。それより、爆発力の方は大丈夫ですか」
「そっちは大丈夫、ばっちりよ。空いっぱいに拡散させてみせるわ」
「ま、こと爆弾の爆発力に関しては、私もあなたには敵いませんからね」
話し合いながらも、クライスとマルローネは手を休めず、危険な材料を使った調合を正確にこなしていく。
ふと手を休め、マルローネは天井を仰いで、ため息をついた。
「それにしても、ルーウェンったら、とんでもないことを考え付くものねえ」


Scene−3

ところ変わって、こちらはザールブルグ・アカデミーの一室である。
研究棟の奥まった場所にある、講師専用の実験室では、傍から見ればまがまがしいとしか言いようのない異様な光景が繰り広げられていた。
床には黒い粉を使って複雑な模様の魔方陣が描かれており、四方には不気味なデザインの香炉が置かれ、刺激臭のある紫色の煙を立ち昇らせている。
魔方陣の中央左側には、赤黒い色をしたこぶし大の丸い塊が山となっている。一方、右側に置かれた巨大なすり鉢の中には、青、赤、緑といった水っぽく丸い玉がたくさん入れられていた。
そして、ひとりの女性が、呪文を唱えながら魔方陣の中央に進み出る。
薄紫色の髪を長く伸ばし、濃い紫色の錬金術服に身を包んでいる。左右の色が異なる両の瞳に妖しい光をたたえ、手にはルーン文字が刻まれた魔法の杖を握っている。
アカデミー講師を務める錬金術師ヘルミーナだ。
ヘルミーナは、杖を捧げ持つようにして目の前にかざし、ゆっくりと目を閉じ、呪文を唱えた。
そして、目をかっと見開くと、気合をこめて杖の先をすり鉢の中に入れ、色とりどりの玉、魔物ぷにぷにの体内に宿るという『ぷにぷに玉』をすりつぶし始めた。
やがて、すり鉢の中は虹色をしたどろどろの液体に変わる。液体の表面は、まるで生きているかのようにぶくぶくと泡立ち、不気味に揺らめいている。
次にヘルミーナは杖を傍らに置くと、魔方陣の中に積み上げられていた赤黒い塊・・・爆弾『フラム』を両手で抱え上げ、ゆっくりとすり鉢の液体に浸すように落としこみ始める。
泡立つ虹色の液体の中に爆弾が沈みこむたびに、鼓動しているかのように液体は揺らめき、ざわめく。ヘルミーナの口からもれる呪文は、途切れることがない。
すり鉢の中に入る『フラム』の量が増えるにつれ、虹色の液体は爆弾に吸い込まれるようにして、しみ込んでいく。
やがて、すり鉢の中の液体はすべてなくなり、虹色に染まったたくさんの『フラム』が残るばかりとなった。
妖しく虹色にきらめく爆弾の山は、ひとつひとつがぶるぶると震え、ひくひくと蠢いていた。
それを見下ろして、ヘルミーナは満足げににやりと笑うと、部屋の片隅に用意してあった大きな木箱に、施術を完了した『フラム』をひとつひとつ詰めこんでいった。詰めこむ間も、呪文は途切れることなくヘルミーナの口から漏れ続ける。そして、最後に、無数のルーン文字が記された幅の広い布製のひもで木箱を縛り、封印を施すと、ヘルミーナはほっとため息をつき、肩の力を抜いた。
同時に、鋭いノックの音が響き、外から扉が押し開けられた。
飛び込んで来た同僚のイングリドは、険しい目つきでヘルミーナをにらむ。
「まったく! 何をやっているのよ! アカデミー内で結界を張ることは禁止されているのを、あなたが知らないはずはないでしょうに!」
ヘルミーナは、ひるまず不敵な笑みを浮かべて、イングリドを見返す。
「ふふふふふ。いいじゃない、大事な調合の作業を邪魔されたくなかっただけですもの。別に悪魔を召喚したわけでもないし。ふふふふ」
「さあ、どうだか。あなたのことだから、何をやっているかわかったもんじゃないわ」
「今回の作業をするに当たっては、わたしはドルニエ先生の許可を得ているのよ。何と言っても、カスターニェの町おこしに協力することですもの。ふふふふ」
「ほほほほ、あなたの本音はお見通しよ。大好きな爆弾の調合がおおっぴらにできるわけですものね。しかも、これからコンテストの準備や採点でアカデミーが忙しくなるという時に、海辺の町へ避暑に行けるわけですものね。うらやましいご身分ね」
「おあいにくさま。わたしの割り当て分の仕事は、ちゃんと完了しているわ。仕事の遅いあなたと違ってね。ふふふ」
これ以上、言い合っても仕方がない、というふうに、イングリドは大げさに肩をすくめて見せる。
「まあ、いいわ。でも、カスターニェの夏祭りの花火コンテストに参加するからには、恥ずかしくない成績を取ってきてちょうだいね」
「ふふふ、心配するには及ばないわ。たとえ、ケントニス・アカデミーからどんな花火が出品されたとしても、わたしの秘術の前では敵ではないわ」
「さあ、どうだか」
と、イングリドは微笑んだ。イングリドの心の中には、今ケントニスにいるはずの愛弟子の姿が浮かんでいた。こと花火や爆弾のこととなったら、彼女が出て来ないわけがない。マルローネならば、ヘルミーナにも決して引けを取らないはずだ。
その時、おずおずと研究室のドアがノックされた。水色の錬金術服を着た、金髪の若い女性が顔をのぞかせる。
「あの・・・。ヘルミーナ先生、そろそろ出発の時間ですけど」
アカデミーのショップで店員をしているルイーゼだ。
「あら、もうそんな時間? わかったわ。もう準備はできているから、すぐ行くわ」
ヘルミーナが答える。
「それじゃ、お先に馬車乗り場でお待ちしていますわ」
ルイーゼの言葉に、イングリドは怪訝そうに顔を上げる。
「あら、ルイーゼさん、あなたもカスターニェへ行くの?」
「はい、夏休みをいただきましたから・・・」
ルイーゼは微笑んで答える。
「まさか、ヘルミーナの手伝いとかで、無理矢理連れて行かれるんじゃないんでしょうね」
「失礼ね、そんなことしないわよ」
横からヘルミーナが口を挟む。
「ええ、わたしは、カスターニェの“ある方”から、夏祭りに招待されたものですから。ヘルミーナ先生とは、馬車の便が偶然一緒になっただけですのよ」
ルイーゼは、いつもながらのおっとりした表情で、にこやかに微笑んで見せた。

次ページへ