１１月５日。
その日、『飛翔亭』ではマリーの２＊歳の誕生パーティが開かれていた。
乾杯が済み、プレゼントの贈呈も終わり、酒と料理が全員に行き渡って、ようやくパーティも落ち着きを見せはじめていた。
冒険者たちやアカデミーの生徒が、あちこちのテーブルに散って、おしゃべりに興じている。
その時、司会役のエリーが手を叩いて、叫んだ。
「はい、全員、注目してくださぁいっ！！」
ざわめきがやみ、一段高い壇に立ったエリーに、視線が集中する。
エリーは咳払いをひとつすると、高らかに宣言した。
「それでは、これから楽しいゲームを行いま〜す！ 名付けて、“マルローネさんと遊ぼう”！！」
すでにでき上がっている出席者の面々から、わけもわからず拍手喝采がわく。酔っ払いの集団なんて、そんなものである。
「何よ、それ？ あたし、そんなの聞いてないわよ！」
と言うマリーを、エリーは有無を言わせず壇の上に引きずり出す。
「よっ、いいぞマリー！」
とルーウェンの声。
「かっこいいわぁ」
これはべろんべろんになったミューの声だ。
「さて、それではゲームのルールを説明します」
と、司会者の自覚からか（それとも酒に強いだけ？）、まだしっかりしたエリーの声が響く。と同時に、厨房の方から、なんとも言えない香ばしい匂いが漂ってきた。
「今、フレアさんが、カスターニェのユーリカから届いたばかりの、産地直送、スルメを焼いてくれています」
拍手がわく。
「こりゃあうまそうだぜ！」
とダグラス。
「で、これから、男性の方に、くじを引いてもらいます。そして、当たった方は、このスルメを、マルローネさんと一緒に、手を使わないで食べていただきます！」
「え？ 手を使わないって言うと・・・？」
「そうです！ スルメの両端をそれぞれ口にくわえてもらって、食べていただくのです！」
わああっ・・・という歓声は、女性陣からのものだ。あ然とする男性陣。
「ちょっと、勝手に決めないでよ！ それじゃ、まるであたしがさらしものじゃないの！ 今夜の主賓はあたしなのよ、ちょっと趣旨が違うんじゃないの！？」
マリーは抵抗するが、
「ま、このメンバーでは、主賓がサカナにされるのはしょうがないよ、あきらめな」
とナタリエの一声に、口をつぐんでしまう。
そう言っている間にも、エリーは厨房から、香ばしく焼き上がったスルメを皿にのせて持ってくる。
「大きすぎると食べるのが大変だから、いちばん小さいのにしました」
というスルメの長さは、１５センチにも満たない。
「うわぁ、これは密着度が高いわねえ。楽しみだわぁ」
ロマージュが色っぽい声で言う。
シアが、右手でこよりの束を握り、会場を回り始める。
「さあ、先っぽが赤いこよりを取った人がただひとり、当たりですよ。よ〜く選んでね。それじゃ、まずはクライスさんから」
と、手近にいたクライスに右手を差し出す。さすがに自制して、大酒も飲まず、片隅で静かにしていたクライスは、冷静な態度で、
「ふん・・・ばかばかしい。このようなくだらないことには、参加を拒否します」
だが、シアはゆずらない。
「ここにいる男性すべてに、参加の権利、いえ、義務があるのですよ。さあ、引いてください」
「ふ・・・そうですか、なら、仕方がありませんね。まあ、これだけ大勢いるのですから、私が当たる確率など、微々たるものでしょう。では・・・」
と、無造作にこよりの一本を引き抜く。
「わあ、大当たり！」
シアが叫ぶ。こよりの先は、真っ赤に塗られていた。とたんに、クライスの顔を真っ赤に染まった。
「な、何ですか？ これは、なにかの間違いです！ こんなことって・・・」
「これも、運命ですわね・・・」
ワインに頬を染めたミルカッセが（シスターが酒飲んでいいのか？）、うっとりと言う。
なおも抵抗しようとするクライスだが、
「おいおい、往生際が悪いぜ、男なら、さあ行った行った」
力の強いハレッシュに押し出され、壇の上にマリーと一緒に並ばされてしまう。
「それでは、やってもらいましょう！」
エリーの声に、一斉に湧き起こる、拍手と歓声。
ちらと視線を合わせる、マリーとクライス。
その間も、手拍子は鳴り止まず、ますます大きくなってくる。
ふ、とため息をつくマリー。
「ここまで来たら、しょうがないわね。さっさとやっちゃいましょう」
クライスも肩をすくめ、うなずく。
「そうですね。こんな茶番は、さっさと終わらせてしまうのが、正解というものです」
ほどよい温度になったスルメを、エリーが差し出す。
そして、足の方からマリーが、先端の三角のヒレの部分をクライスが、それぞれくわえた。
その瞬間・・・。
ふっと目を上げたクライスは、視線を外せなくなってしまった。
すぐ目の前、ものの１０センチと離れていないところに、マリーの空色の瞳がある。そこに浮かんだ表情は何なのか、クライスには読み取れない。
怒り・・・？ いらだち・・・？ それとも・・・
いくぶんかの恥じらい・・・？
それでも、クライスの理性は必死に踏みとどまる。
とにかくこのイベントを、早く終わらせてしまわなければ・・・！
そのためには、スルメをふたつに切断するしかない。しかし、手は使えないから、口と歯とあごで、なんとかするしかない。
クライスは、自然科学の知識を総動員して、イカの体内構造を思い浮かべようとした。
その間にも、もごもご口を動かすマリーと、そのもの言いたげな瞳に心を奪われそうになる。
そうか！ イカの筋肉は、確か横に繊維が走っている。だから、引っ張ってはだめだ。ひねらなければ・・・！
歯をかみしめ、あごを使ってねじ切ろうとするが、ふらふらしてしまって、なかなかうまくいかない。
これではだめだ。支点を固定しなければ・・・！！
思い至ったクライスは、一瞬、躊躇した。だが、ほかに方法はない。
（マルローネさん、失礼！）
心でつぶやくと、クライスは素早くマリーの首から肩にかけて腕を回し、しっかりと抱きしめた。
マリーの身体が震え、抵抗するように手がクライスの脇腹を押す。マリーのふくよかな胸がクライスの胸に押しつけられるが、意識している余裕はない。
こうして支点となるマリーの首を固定すると、クライスは力をこめてスルメをかみしめ、思い切り首を右にひねった。
一瞬、ほんのわずか、意識できるかできないかの間、ふたりのくちびるが触れ合う。
だが、次の瞬間、クライスの理論通りにスルメは真ん中から横にふたつに裂け、ふたりの身体も離れた。
かたずを飲んで見守っていた一同から、一斉に湧き起こる拍手と歓声。
その中で、お酒のせいというにはあまりに真っ赤に染まった顔のクライスと、目をとろんと宙にさまよわせているマリー。しかし、ふたりの口からぶら下がったスルメの切れ端が、ロマンチックな雰囲気に水を差していたことは否定できない。
歓声がやまぬ中、エリーと意味ありげに目配せを交わしたシアが、カウンターの隅のゴミ箱に、くじで使ったこよりの束をそっと捨てたのには、誰も気付かなかった。
そのこよりの束は、すべて先が真っ赤に塗られていたのだった。
Ｆｉｎ
＜○にのあとがき＞
え〜。（こほん）
いきなりご覧になった方は、なんやこれ！？と思われたかと思いますが・・・。
実は、あるふぁさんのＨＰ、石庭酒家に、スルメでクラマリ！という爆笑もののイラストがあるのですよ。その絵が描かれるようになった事情は、あるふぁさんのＨＰをご覧いただくとして・・・。それを見て、いきなり妄想がむくむくと湧き上がってしまい、こんなお話ができ上がってしまったわけです。
まあ、なんと言いますか、お楽しみいただければ、と。
それにしても、グルだったのはシアとエリーだけだったんでしょうか。まさか、クライス以外の全員が・・・！？
なお、この小話はあるふぁさんのＨＰにも載っていますが、そこでは、感涙ものの挿し絵も載っています。ぜひ、そちらもご覧くださ〜い。