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翼をください Vol.2


Scene−3

それから、1週間。
工房の外の舗道には、期待に目を輝かせたエルザと、得意げなリリーの姿があった。
二人の前の地面に、長方形をした大きな布が敷かれている。
リリーが1週間をかけて、苦心の末に作り出した『空飛ぶじゅうたん』だ。
赤茶色の布地全体から、隙間なく縫い込まれた『グラビ結晶』の青緑色の輝きが見える。そして、じゅうたんの縁は、『アードラの羽根』で縁取られていた。
「すっご〜い! これで、空が飛べるのね」
エルザが歓声をあげる。リリーは咳払いして、
「ま、理論的にはね。これから、実際に試してみるわけなんだけど・・・」
「うん、わかった! わかったから、早く乗ろうよ!」
じゅうたんは、かなり大きい。大人が3、4人は十分に乗れる広さがある。
見慣れぬ光景に、『職人通り』を行き来する商人やおかみさんたちも、足を止めて見入っている。だんだんと増える見物人に、次第に居心地が悪くなってきたリリーは、
「さ、じゃあ、『空飛ぶじゅうたん』、試運転、開始しま〜す」
叫ぶと、エルザを促して、じゅうたんの中央に足を下ろした。
「飛べ〜っ!!」
リリーが叫ぶと、長方形のじゅうたんは、四方の端を先頭に、ふわりと地上数十センチに浮かび上がった。
「やった! 成功!?」
エルザも嬉しそうに叫ぶ。
ところが・・・。
じゅうたんの端はさらに浮かび上がっていき、遂に『魔法のじゅうたん』はリリーとエルザを包み込むようにして、四方の端を合わせてしまった。
これではまるで『空飛ぶ袋』である。
(もがっ、リリー、いったいどうなってるの?)
(あ、あたしにもわからないよ。どうしよう・・・)
じゅうたんに包み込まれたリリーとエルザは、おしくらまんじゅうのようになって、身動きも取れない。
もがいても、手足を突っ張ってみても、じゅうたんの布は弾力のある壁のように力を吸収してしまう。
そうこうしているうちに、袋状になったじゅうたんは、その空飛ぶ能力をいかんなく発揮し、ふわふわと工房の屋根の上まで浮かび上がる。
そして、そのまま風に流され、中央広場の方へ向かって漂って行ってしまった。
人々は、ぽかんと口を開けて、それを見送る。

工房の2階の窓から、四つの瞳が、その光景を見守っていた。
「行っちゃったね、リリー先生」
中のふたりがもがく様子そのままに、揺れながらゆっくりと飛び去っていく『空飛ぶ袋』を見送りながら、ヘルミーナがつぶやく。
「助けてあげなくて、いいのかなあ」
「大丈夫だって。あれ、品質値が悪そうだから、そのうち降りて来るんじゃない?」
イングリドは振り返ると、ため息をついて続ける。
「だいたい、基本的に間違ってるのよね。『グラビ結晶』を均等に縫い込んじゃうんだもの。重みがかかる中央に多めに、端の方を少なめにしなけりゃいけないのに」
「あら、わかってるなら、なんで教えてあげなかったのよ」
「あなたこそ、わかってたんでしょ。ひとこと言ってあげれば良かったのに」
「ふふふ。そういうことは、経験から学んでいかないといけないのよ」
「そうね、本で読んだりするだけじゃ、身につかない知識って、いっぱいあるものね」
「それより、あたしたちも出発しない?」
「そうね、品質値も効力値も、十分なポイントに達してるし」
含み笑いをすると、イングリドはベッドの下から、その細長い“作品”を取り出して来た。
ヘルミーナも、同様である。
「じゃ、行くわよ」
「いち、にの、さん!」
次の瞬間、ふたりの姿は2階の窓から宙へ飛び出して行った。


Scene−4

シグザール城。
シグザール王国第8代国王ヴィント・シグザールが住まう、ザールブルグの中心である。
リリーとエルザを包み込んだ『空飛ぶじゅうたん』は、風の吹くままにゆらゆらと漂い、中央広場を横切った後、次第に浮力を失って、ゆっくりと落下して行った。
(ふえぇん、いつになったら降りられるのよう)
(大丈夫、だんだん高度が下がってきたみたいよ)
ふたりの身体はぴったりと密着し、息をすることさえ苦しくなっていた。
そして・・・。
地面が近づいた気配を感じた次の瞬間。
『空飛ぶじゅうたん』は、その魔力を使い果たし、地面に落ちるとはらりとほどけて、元どおりの1枚の布となった。
リリーとエルザは、どさりと地面に放り出される。
「いったぁい・・・」
顔をしかめ、打ち付けた尻をさするエルザ。
「はああ、助かった。でも、ここ、どこだろう? 見覚えないなあ」
リリーはきょろきょろとあたりを見回した。
地面は、柔らかなふかふかした緑の芝生である。しかし、ザールブルグ市内で、このような場所へは来たことがない。芝生の周囲は、石の壁で囲われているようだ。どこかの貴族のお屋敷の庭にでも、入り込んでしまったのだろうか。
「あ・・・あああ」
その時、リリーは若い女性の声を耳にした。
振り向くと、高級そうなメイド服を着た女性が、尻餅をついた格好で、おびえたようにこちらを見つめている。その傍らには、はいはいをしている赤ん坊の姿があった。赤ん坊は好奇心が旺盛らしく、急に現われた侵入者にも怖がることなく、きゃっきゃと笑いながら、こちらに来ようとしている。
リリーは気を取り直して、メイドに話し掛けた。
「あ、すみません。驚かせてしまって。あの、あたしたち、怪しい者じゃありませんよ。あはは・・・」
しかし、メイドはますますおびえた様子で、あとずさる。
そして、遂にメイドは悲鳴をあげた。
そのとたん・・・。
けたたましい足音が響き、石壁に作り付けられた鉄扉を押し開けて、青い鎧に身を固めた騎士の集団がなだれ込んできた。
「え・・・? 何? 何?」
「聖・・・騎士?」
エルザもリリーもわけがわからず立ちすくんでいるうちに、周囲は剣を抜き放った聖騎士の一隊で取り囲まれていた。
「おのれ、曲者!」
「王子の命を狙ってきたか! お前らは、どこの国の間者だ!?」
騎士たちは、口々に叫び、剣を突き付ける。リリーたちは、声も出ない。
「ええい! 鎮まれ、鎮まれ!」
ひときわ大きな声が響き、騎士たちが道を開ける。
青く輝く聖騎士の鎧に身を固めた、金髪の騎士がつかつかと歩み寄ってくる。
「あ、ウルリッヒ様・・・」
リリーの口から声がもれる。
「お前は・・・。リリーではないか。なぜ、こんなところに」
王室騎士隊の副隊長ウルリッヒは、意外そうな口調で尋ねた。
「ウルリッヒ様こそ・・・って、ここ、どこなんですか?」
「それよりも、お前たちは、どうやって入って来たのだ」
「あの、『空飛ぶじゅうたん』の試験飛行をしてて、それが、どうやら失敗作だったみたいで・・・」
リリーの説明を、ウルリッヒはどうやら受け入れてくれたようだった。殺気立っている騎士たちに、下がるように命じる。
そして、ウルリッヒは重々しい声で、告げた。
「ここは、シグザール城の中庭だ。そして、あそこにおわすは・・・」
と、メイドに抱かれてむずがっている赤ん坊を見やり、
「ブレドルフ殿下だ」
「ええっ!」
エルザが素っ頓狂な声を上げる。
「王子・・・さま・・・」
リリーも茫然とつぶやくばかりだ。
「本来なら、ここへ入り込んだというだけで、問答無用で剣の錆にされてもおかしくないところだ。だが、不可抗力ということであれば、許されないこともない。もう少し詳しく、事情を話してもらおうか」
リリーが、いきさつを最初から話し始めようとした、その時・・・。
「やっほ〜! リリー先生!!」
「エルザお姉ちゃ〜ん!!」
子供の大声が、頭上から降ってきた。
騎士たちも、リリーもエルザも、思わず上を振り仰ぐ。
そこに見えたのは・・・。
「先生〜!! やっぱり、空を飛ぶなら“ほうき”に限りますよ〜! ほら、安定もいいし」
薄水色の髪を風になびかせたイングリドと、孤児院の子供のひとりが、一本の竹ぼうきにまたがって、空中で手を振っている。イングリドの膝に乗った男の子は、「空が飛びたい」とエルザにねだった、あの男の子だ。
「イングリド・・・。いったい、どうして・・・」
驚きの連続に、リリーはつぶやくのがやっとだ。
「ヘルミーナと一緒に作ったんだよ。先生も乗ってみる? ヘルミーナが、もう一本持って来てるから」
この言葉に反応したのは、エルザだった。
「はい、あたし! あたし、乗るわ!」
叫ぶと、リリーとウルリッヒを振り向き、
「それじゃ、ま、そういうことで! 事情は全部、リリーが知ってますから。お先に失礼!」
止める間もなく、エルザは石の壁を身軽によじのぼると、姿を消してしまった。
「・・・まったく、忙しいことだな。では、改めて、詳しく事情を聞かせてもらおうか」
重々しい口調で口を開くウルリッヒに、リリーは心の中でつぶやいた。
(もう、エルザってば、なんでひとりで逃げちゃうのよ・・・。元はといえば、あの娘が頼んできたことじゃない。それなのに、何でこんなことになっちゃうのよお。とほほ・・・)

同じ頃。
ほうきに乗って飛び去る子供の姿を見て、肝をつぶしている人物がもうひとりいた。
「な、何をするのです! 危ない、戻って来なさい!」
裏庭に飛び出したクルト神父は、上空を旋回しているイングリドに向かって叫んだが、イングリドは耳を貸さず、男の子を乗せて、王城の方へ飛んで行ってしまった。
「ああ、なんということだ・・・。アルテナ様、あの子たちをお守りください・・・」
手を組んでひざまずき、祈る姿勢になったクルトを、脇からつつく者がいる。
「し・ん・ぷ・さ・ま」
ヘルミーナが、一本の竹ぼうきを手に、にこにこして立っていた。
「神父様も、飛んでみればいいのよ。ぜ〜んぜん、危なくないんだから」
「な、何を言うのです! とんでもない! アルテナ様の名にかけて、私は・・・」
「ほ〜ら」
ヘルミーナはクルトの言うことに耳を貸そうともせず、有無を言わせぬ動作で自分がまたがったほうきの柄をクルトの両足の間に差し込む。
あっという間に、ヘルミーナとクルトは、教会の尖塔よりも高く舞い上がっていた。
「あ、あわわわ」
「ほらね、全然危なくないでしょ。あ〜、気持ちいい」
「お、降ろして・・・降ろしてください! 私は、高いところが、苦手なんです〜!!」
クルトは両手と両足でほうきの柄にしがみつき、目を固く閉じて、あわれな声で叫んでいる。
ヘルミーナは、1回宙返りをした後で、神父を地面に降ろしてやった。
(やっぱり大人って、だめね。順応性がないのかしら)
大地をかき抱かんばかりにして生還の涙にむせんでいるクルトを背にして、ヘルミーナは、はしゃぐ孤児院の女の子を前に乗せ、再び空に飛び立って行った。


Illustration by イッテツ様

<おわり>


○にのあとがき>

イッテツさんのHP、PEARL MOONのトップに載っていた、上のイラストを目にした瞬間、妄想にブレーキがかからなくなって、ついつい書いてしまいました。(イッテツさんには今回、イラストの転載も許可していただきました。ありがとうございます)
だって、もう、ちび竜虎コンビ、かわい過ぎ!

その分、リリーはとほほな役になってしまいましたが、最後にウルリッヒさんとふたりきり(?)になれたから、いいか。
救われないのはクルトさんですね〜。今回も壊れ役。ひそかに新婚の、ミルカッセの母ちゃんも出演してます。

ピコ、ピエール、ペーターの妖精さんトリオ(“3P”と書くと怒られる(^^;)も、いい味出してますし、これから先、「リリー」ネタはどんどん書けそうです。
ご感想など、お聞かせください〜。


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