シグザール王国の片隅に、小さな村があった。
王都ザールブルグから、徒歩で10日あまり。
そこには、丘があり、森があり、川があった。畑があり、牧場が広がっていた。のんびりした時が流れ、人々の生活があった。
そして、無心に遊び回る子供たちの姿があった。
「おーい、こっちだ!」
「待てよ〜!!」
「ねえ、待ってよ、待ってってば!」
歓声を上げ、数人の子供たちが、土手を駆け上がっていく。男の子もいれば、女の子もいる。いずれも、農村の子供らしく、こぎれいななりとは言えないが、活動的な服装をしている。手には、それぞれ木の棒や竹を工夫してこしらえた剣や槍を握っている。
土手を越えた先には、丈の低い草が広がる河原があり、その向こうに、陽光を反射させてきらきらと輝く川面が、せせらぎを伝えてくる。
河原のそこここに、刈り取った干し草が、山のように積み重ねられている。
子供たちは、さえずる小鳥の群れのように叫び合いながら、干し草の山に取り付く。手分けをして干し草を束ね、ほぐれないように両端を藁で結ぶ。
そうして出来上がった、自分たちの背丈ほどもある円筒形の干し草の束を、地面に立てた竹の棒に突き刺す。
何度も同じ事を繰り返し、日が暮れる頃には、河川敷には急ごしらえの単純な形をした藁人形が、縦横に規則正しく並んでいた。
「よし、今日はここまでにしとこう」
子供たちのリーダー格、ペーターが一息ついて言った。
「うん、これで、明日から特訓ができるよな」
いちばん身体が大きなハレッシュが答える。
「うわあ、楽しみ」
ピンク色のふわふわした巻毛と大きな瞳が愛らしいクララが微笑む。
3人とも10歳、同い年だ。他にも年下の子供たちが何人かいるが、この3人が村の遊び仲間の中心である。
かれらが今日、たくさんの藁人形を作ったのには、わけがあった。
最近、この村の近くにも、魔物が出没するようになっていたのだ。
村外れで放し飼いにされている羊が襲われたという噂もあり、大人たちも顔を合わせるたびに魔物の噂をし、不安げな眼差しを交わし合うのだった。
「だから、俺たちも魔物と戦うための特訓をしなきゃいけないんだ」
と、ペーターが言い出し、ハレッシュもクララも賛成して、戦いの練習をするための藁人形作りを始めたのだった。
「いいか、魔物を倒すには、ただ剣や槍が使えるだけじゃあだめなんだぜ」
ペーターが言う。
「うん? どういうことだよ?」
ハレッシュが聞き返す。
「お話に出てくる騎士や英雄は、みんな“必殺技”を持ってるんだ。それがないと、魔物には勝てないんだぞ」
「そう言えば、そうね」
クララがうなずく。
「だから、明日までに、かっこいい必殺技を考えて来るんだ。いいな」
ペーターの言葉に、ハレッシュは頭をかきながら言う。
「かっこいい必殺技って言ってもなあ・・・。どういうふうにすればかっこよくなるんだ?」
「鈍いなあ、お前は。まずは名前だよ! 聞いただけで魔物がびびるような強そうな名前を付けるんだ」
「名前かあ・・・」
「ねえ、ペーターもハレッシュも、素敵な必殺技の名前、考えて来てね。楽しみだわ」
「う、うん」
クララに見つめられて、ハレッシュはちょっと顔を赤らめて、うなずいた。
夕食を終えると、ハレッシュは、
「ちょっと村長さんちに行って来る」
と言って、家を出た。
「遅くなるんじゃないよ!」
と言う母親の声を背に、月明かりに照らされた小道を急ぐ。
村長は、村の教師を兼ねていた。離れを教室代りにして、週に何度か、子供たちに読み書きと計算を教えてくれている。
「こんばんは、村長さん」
「おお、ハレッシュじゃないか。こんな時間にどうしたね?」
「ちょっと、本、見たいんですけど」
「いいとも、自由にごらん」
人のいい村長は、にこにこ笑って書斎に通してくれた。
ハレッシュは、小一時間、そこにこもり、分厚い字引きを取り出して、ページを繰った。時おり、持ってきた紙切れにメモを取り、目をつぶってはぶつぶつとなにやらつぶやく。
家に帰り、寝床に入ってからも、ハレッシュは寝付けなかった。
カーテンを開き、窓から差し込む星明かりに紙切れを映し、そこに書かれた自分のへたな字を目で追う。そして、目を閉じ口を動かす。
彼は、ものすごい“必殺技”を自分のものにしようとしていたのだ。
翌日。
子供たちは河原に集まっていた。
それぞれに、思い思いの武器を持っている。もちろん、武器と言っても本物ではない。ペーターが持っているのは棒切れに銀紙を貼り付けた“剣”だし、ハレッシュは自分の背丈の倍くらいある竹の“槍”を手にしている。クララの武器は、ロープの先にいくつかの結び目をこしらえた“鞭”だ。
「よ〜し、それじゃ、順番に必殺技を発表するんだ」
ペーターの声に、子供たちはめいめい考えてきた“必殺技”を叫び、昨日こしらえた藁人形に向かっていく。
「ローゼンクロイツ!!」
クララのかわいい叫び声とともに鞭代りのロープがうなり、鋭い音とともに干し草が飛び散る。
「クララ、やるじゃないか。よし、次は俺だ!」
ペーターは“剣”を構えると、藁人形に向かって走った。
「ゾンデルブリッツ!!」
叫びざま、“剣”を袈裟懸けに振り下ろす。
「うわあ、かっこいい!」
クララが歓声を上げる。
「なんだ、みんな、その程度か」
ハレッシュはつぶやいた。
「よし、次は俺の番だな」
ハレッシュは落ち着いて言うと、竹の“槍”を構える。
深呼吸し、昨夜、一生懸命に暗記した言葉を思い返す。
多きく息を吸いこむと、ハレッシュは一気に言葉を打ち放った。
「超弩級ウルトラスーパーギガスラッシュやったぜハレッシュこれで決まりだサンダーファイアーパワーアターーーーーーーック!!!」
次の瞬間。
ハレッシュの突進で、縦に並んだ藁人形3体が、“槍”に貫かれていた。
沈黙が降りる中、ハレッシュの荒い息遣いが目立って聞こえる。
「おいおい・・・」
ペーターが目を丸くする横で、クララが組んだ指を胸に押し当ててつぶやいていた。
「ハレッシュ、かっこいい・・・」
その時・・・。
土手の向こうから、叫びが聞こえた。
「魔物だーーーーーーっ!!」
子供たちの頭が、一斉に声の響いてきた方角を振り向く。
「行こう!」
ペーターが叫び、土手に向かって走り出す。他の子供たちも自分たちを奮い立たせるように口々に叫ぶと、手に手に“武器”を握り締め、後を追った。
叫びが聞こえたのは、村外れの牧草地からだった。
羊飼いの老人が、熊手を持ったまま、腰を抜かしたように倒れている。
「おじいさん、魔物は!?」
ペーターが尋ねる。
老人は、呆けたように指差す。
その方向に、羊の群れがいたが、なにかに追い散らされるかのように四方に逃げ散って行く。その向こうに、水色をした丸い固まりが、いくつも重なり合うようにして、ゆっくりと動いている。
「あれだ!」
それが、“ぷにぷに”と呼ばれる生き物であることを、子供たちは知るはずもなかった。
子供たちは左右に散っていく羊の群れをかき分けるように、魔物に向かった。
大人の背丈ほどもある“ぷにぷに”は、縦に長い黒い目を子供たちに向け、ずるずるとすべるように移動してくる。
「よおし、必殺技だ!」
ペーターが叫ぶ。
ハレッシュは先頭に立って、“槍”を振りかざす。
さっきと同じように、必殺技を叫ぼうとした。
「ん・・・? あれ?」
思い出せない。魔物を目の前にして、度忘れしてしまったようだ。
「あ、あうあう」
口をもごもごさせているうちに、“ぷにぷに”の大きな身体が迫ってくる。
「うわあっ!」
ハレッシュは悲鳴をあげ、仰向けにひっくり返る。
「きゃああっ!」
クララの悲鳴が、遥か遠くからのように聞こえる。ハレッシュは(やられる!)と思った。
その瞬間。
なにかが風を切ってハレッシュの頭上を通り過ぎた。
そして、凛とした声が響く。
「炎の一閃!!」
目を開き、首を起こすと、魔物が次々に弾け飛ぶのが見えた。
そして、剣を片手に長い黒髪を風になびかせ、さっそうと出現した赤い戦鎧に白いマントのしなやかな姿。
その姿が振り返ると、剣を収め、倒れたままのハレッシュに手を差し伸べる。
「大丈夫かい、ぼうや」
「あ・・・。はい・・・」
「勇敢なのもいいけど、身の程をわきまえないと、早死にすることになるわよ」
後ろで、ペーターが大声を上げる。
「すげえ! 本物の聖騎士だ!」
「かっこいい・・・」
クララが、感極まったようにつぶやく。
「・・・それに比べて、ハレッシュ、かっこわる〜い」
手を貸してハレッシュを立たせると、その女騎士は改めて少年を見つめ、言った。
「なかなかいい体格をしているわね。大きくなったら、王室騎士隊に志願するといいわ・・・」
そして、女騎士は馬にまたがり、風のように去っていった。
その出来事で懲りたのであろうか。
後に、女騎士の言葉に従って王室騎士隊に入隊してからも、また騎士を辞めて冒険者稼業を始めてからも・・・。
ハレッシュは、自分の必殺技に、決して名前を付けようとはしなかった。
<おわり>
<○にのあとがき>
ご好評いただいている“ちびキャラ”シリーズ(?)、今回は大方の予想に反してハレッシュ兄さんです。
なんでハレッシュの必殺技に名前が付いていないのか・・・?
エリーをプレイした方は、誰もが疑問に思っているでしょう。
単に、めんどくさいから、なのではなく、なにかトラウマがあるのではないか? というところから出て来たのが、今回のネタです。
あの、超長ったらしい名前の必殺技の元ネタは、PCエンジン版『トップをねらえ!』です。
相変わらず、サブのオリジナルキャラの名前を付けるのは苦手です。今回は、まんま『アルプスの少女』(笑)。村長さんはロッテンマイヤーさんだったりして。
ところで、クララちゃんは、フレアさんの子供の頃はこうだったんじゃないかな、というイメージで描いています。子供の頃から、このタイプに弱かったんですね、ハレッシュさん。
あと、ラストに出てくる“謎の女聖騎士”、名乗ってはいませんが、必殺技からバレバレですね。彼女はこの時27歳です。望み通り、聖騎士になれたのでしょう。