作:TOMOさん
ふたりが工房へ戻ってきたのは、ちょうど暮れかけの夕方だった。
エリーがつくったチーズケーキを、ダグラスがほおばっている。
「お・・・結構美味いじゃねえか・・・これ。」
「ハチミツとシャリオミルクの配分差を大きくしたの。
甘さを少し抑えてみたんだけどね・・・。」
そんな事を言いながら、エリーはミスティカティを差し出す。
唯一休みのある土の日をダグラスは満喫していた。
「さて・・・・そろそろいかねえとまずいな。」
「え・・・・もうそんな時間!?」
ミスティカティをテーブルの上に置いたダグラスが立ち上がると、
エリーが外を見つめる。
「早く行かねえと隊長にどやされるからよ。じゃあエリー、後をよろしくな!!」
「任しといて!!ちゃんと作っとくから・・・。」
ザールブルグヘ入ると、エリーの工房でかごを置き、少し休憩してから
再び城へと向かう。こんな単調な行動を毎回土の日にダグラスはしているのだが、
そのたびに不思議な気持ちになるので、いつもリフレッシュするのである。
そう、エリーが宮廷魔術師として、よりダグラスの真近に来たのだ。とはいえ、
エリーに城の中で会う事が出来るのは週に2回で、炎と風の日だけではあるが。
シグザール城に戻ると、ダグラスはエンデルクのもとに向かう。
今日は久しぶりに遠征から戻ってくる予定で、稽古につき合って
もらおうと考えていた。
「早く明日にならねえかな・・・・稽古が終わったら夜の見張りもあるし
時期を見てまたあいつの所に行くか。」
そんな良からぬ事を考えながら門をくぐる。
すると、兵士の一人が後ろから声をかけた。
「おかえりなさいませ・・・・。ダグラス様。」
「おう・・・何か変わったことあったか?」
何の気なしに、ダグラスは声をかける。
「はい・・・隊長がお戻りになられております。」
「そうか・・・わかった。・・・他にあれば言ってくれ。」
するとその兵士は、急に落ち着かない顔になり、ダグラスに話し続ける。
「そういえば、ダグラス様・・・・先ほどお手紙が届いたのですが・・・」
「・・・・俺に手紙だって!?」
「はい・・・。」
ダグラスは、予期しなかった出来事に思わず首を傾げる。
「それ、どこから来たかわかるか?」
「・・・それが、黒いローブを着た2人組が急に城門の前に来て、ダグラ
ス様にこれをお渡しするよう私に言いましたので・・・」
兵士は、その手紙をそっと差し出そうとする。
ダグラスは驚いたように目を広げた。
「貸せ!!!」
それを乱暴に取り上げた後、すぐに紙を広げる。
一字一句をもらさずに、一通り目を通した。
「・・・・!!?」
瞬間、沈黙が走った。
「ダグラス様、どうなされましたか!?」
兵士が心配そうに尋ねる。
だが、ダグラスは何も答えなかった。紙を持った左手は思い切り
握りつぶされ、全身が震えている。と思うと、一直線に城の廊下を
駆け抜けていった・・・・
「ダグラス様!!」
だが、そんな声など者とせずに前を向く。苦虫を潰した
ような顔になり、物凄い不快感を覚えた・・
謁見の間において、国王を交え、シグザールの大臣たちが集まっている。
エンデルクが会釈をし、旨を伝える。
「陛下・・・今の所ザールブルグ周辺に異常は見られませんでした。
しかし、ダマールスの方だけは最近動きがあわただしいようにも感じられます。」
「わかった。お勤めありがとう。では、討伐・危機管理の件は全てエンデルクに任せる。」
「はっ・・・では、私はここで部屋に戻ります。」
その言葉とともに、エンデルクは立ち去った・・・
現在騎士たちのまとめ役と言う立場にいる彼は、城下町だけではなくザー
ルブルグ周辺の安全を守るために常に国境周辺を動き回っており、月に2回
ぐらい国王に近況報告する事を義務付けられていた。従って武闘大会に向けての
練習をする時間は殆どなかったので、こうやって戻って来た後の時間を有効
に利用していた。つまり、普段はあまり城にはいないのである。
ただ、ザールブルグに来たばかりの頃は城の中で指揮をとっており、
絶対に外に出る事は許されなかった。
「さて・・・少し体をならすとするか。そろそろ武闘大会も近いしな。」
そんなことを考えて自分の部屋に戻ると壁にかけてある剣を手にとる。
そして、そこから出ようとした時・・・・
「隊長・・・・・エンデルク隊長!!」
ドアを叩く音と共に、外から大きな声が聞こえる。
「誰だ!?」
「ダグラス・・・ダグラス・マクレインです!!お話があって来ました。」
「入れ!!」
エンデルクがそういうと、ダグラスがゆっくりと中に入る。
「すみません・・・・。」
「どうした?何か急な事でもあったのか・・・?」
エンデルクが不思議そうに声をかける。ダグラスは言い出しに迷っていた。
隊長とこうやって話した事は、滅多になかったからだ。
「い・・・・いえ。」
「・・・なにか悩みがあるのか?」
「そ・・・そういうわけじゃないんです。」
「ならばいいが・・・。早く言ってくれないか?私は時間がないのでな。」
「・・・また後で来ます!!」
「・・・わかった。引っかかる事があるならいつでも来い。出来る限り相談に乗るつもりだ。」
そういって、エンデルクは扉を開けて外に出てゆく。
ダグラスも、その場を去ろうとする。・・・しかし、すぐに振り向いてエンデルクに叫んだ。
「隊長!!」
「どうした!?言いたいならさっさとしろ!!」
「・・・明日・・・ブレドルフ陛下の謁見許可を頂きたいのですが・・・。」
さすがのエンデルクも、これには驚いてしまった・・・・
「陛下に!?・・・・そんなに急な事なら私に先に言え!」
「申し訳ありません・・・しかし・・・・陛下の前でないといけないのです!」
翌日、二人は鎧を脱いだ状態で、国王のもとに向かう。国王の腰掛ける椅子の向こうのカーテンに、
もう一つ部屋へと続く廊下があり、ここはエンデルクを含み、王族と貴族の上層部しか通る事が
出来ない。建前上はエンデルクの急用という事で特別に入れてもらえたのだ。
「失礼します。陛下・・・・。」
エンデルクは、ダグラスを連れ、ブレドルフの部屋の前に立つ。
「何の用ですか?・・・エンデルク隊長。」
ブレドルフが扉の内側から尋ねる。
「・・・・ダグラスが、陛下にどうしてもお話しなければならない事があるようなので。」
「ダグラス君が?」
「はい・・・。急で申し訳ありませんが。」
ダグラスは改まって答えた。
「わかりました・・・・しばらくしたらそちらに向かいましょう。」
そういって、ダグラスとエンデルクは部屋を離れ、謁見の間へ向かった。
しばらくして、宮廷演技を終えたエリーが向こう側から歩いてくる。
「あっ・・・ダグラスー!!今日ね〜・・・空飛ぶホウキをみんなに
みせたんだけどね・・とても驚いたんだよ!みんな・・・。」
だが、聞こえなかったのか、ダグラスとエンデルクはかなり険しい
顔をしてエリーの前を過ぎ去っていった。
「ねぇ!・・・・ちょっと、無視しないでよー!!」
ダグラスは振り向こうとする気配すらなく、さらにしばらくすると、ブレドルフが
エリーの目の前を通り過ぎた。その後すぐに謁見の間の扉が閉じられる。
「・・・・・どうしたんだろう?・・・・いったい。」
不可思議な顔をしながら、エリーは扉を見つめていた。
謁見の間に着くと、ブレドルフはゆっくりと椅子に腰掛ける。さすがに
シグザール城の中心部分だけあって、今も尚見張りの兵士の数は多い。
エンデルクとダグラスが、横一列に並び、ブレドルフの前でお辞儀をした。
「では・・・お願いします。ダグラス君。」
すると、ダグラスは少しためらうようにエンデルクに声をかけた。
「隊長・・・・・。」
「何だ?」
「申し訳ありませんが・・・・陛下と、・・・・・二人だけにさせて頂けませんか?」
「何!?」
その言葉に、エンデルクは少し迷う。
「・・・この王国に関わる。重大な話なのです。」
「それならばなおさら、陛下をお一人にさせるわけにはいかない。私もここに残る義務がある。
例え、護衛がお前だとしてもな。」
「お願いです!!!」
ダグラスがそう叫ぶと、ブレドルフが口を開いた。
「私は大丈夫です。ダグラス君がいれば。」
「しかし・・・・陛下の身に何かあったら・・・。」
「エンデルク隊長・・・少し、時間を頂けませんか?人前では言いにくい
事もあるでしょう・・・あなただって。」
ブレドルフは落ち着いた口調でエンデルクに命令する。
「わかりました・・・陛下がそこまでおっしゃるならば・・・・。」
「申し訳ありません・・・。隊長。」
「・・・・話は後で聞く。終わったらすぐに私のところへ来い。稽古の続きを
やるぞ・・・。」
「はい・・・。ありがとうございます!!」
エンデルクはダグラスの右肩に手を置き、頭を下げると、見張りの兵士を引き連れ、謁見の間を後にした。
すぐにエリーがその前に立つ。
「・・・・何かあったんですか?」
「・・・私にもわからん。・・・ダグラスに締め出された・・・長くなるかもしれん。
・・・今日はもう帰れ。」
エンデルクは俯いてエリーに伝える。
「・・・・ダグラス。」
エンデルクのその言葉に、エリーは少し不安を感じながら工房にもどった・・・
謁見の間には、ダグラスとブレドルフのみが残る。
緊張した空気が張り詰め、お互い最初の言葉がなかなか出ない。
ダグラスは、少し下を向いていた。
「ところで・・・・話って何!?ダグラス君。」
ブレドルフは椅子に腰掛けて尋ねる。とても国王とは思えないほどの庶民的な口調だったので、
どうにかダグラスも話し始めることが出来た。
「非常に言いにくいのですが・・・・ここを去らなければならないかも
しれないのです。」
その後、ブレドルフの顔が急に険しくなる。
「え!!!?どういう事だい!それって・・・。」
「すみません、もう少し小さい声で話して頂けませんか?・・・・誰がいるかわかりませんから。」
ダグラスが指を抑えて注意する。
「すまない・・・・・。しかし、あまりにも唐突過ぎるからさ。
・・・・こっちも驚いたよ。・・・じゃあ、理由を話してもらおうか。」
ブレドルフの顔が真剣になり、ダグラスの目を睨んだ。
「母国から・・・・カリエルから、帰国命令が来たんです・・・・。」
「帰国命令だって!?」
ブレドルフは目を丸くする。
「先日この手紙を受け取った兵士の話に寄れば、相手は黒いローブを
着ていたと言っておりました。おそらく、使いに間違いありません・・・。」
ダグラスはその書状をブレドルフに差し出した。
「ちょっと待て!!君は移民だろ!!別に向こうで法を破るような事はしていないはずだ。
・・・・もし異変があればまっさきにこちらに知らせが来る。・・それに、君がいなくなる
のはシグザール王国に大きな損失を被る。行動を拘束する法まであるのか・・・君の王国は。」
すると、今度はダグラスの方が目つきが鋭くなる。・・・下をうつむき、歯をくいしばっていた。
「陛下・・・・私はいつか告げなければならない時が来ると確信してました。」
「・・・・訳があるようだね。」
ブレドルフは冷静に応えた。
「・・・・これから話す事は、絶対誰にも言わないで下さい。隊長には、私自身が伝えます・・・。」
その瞬間、ブレドルフの顔が少し曇ったが・・・あごを下に引いた。
「わかった・・・・やはり君も僕と同じか・・・・。」
「・・・・。」
一瞬、二人の間に沈黙が走る。ブレドルフはため息をついた。
「君も大変だね・・・・カリエル王国のダグラス王子・・・いや、カリエルの
『最後の望み』といったほうがいいかな?」
「・・・・・何故それを!?」
同時に、ダグラスが冷や汗をかき、苦笑いする。
「父上が昔、カリエル家とマクレイン家の関係、そして、王国周囲の事情を僕に
話していた時・・君の名前が挙がってね。・・・何故ここに来たのかはわからな
かったけど、初めて会った時はびっくりしたよ。多分、僕ぐらいしか気がついて
なかったんじゃないかな・・・落ち着いたんだね、カリエルとの対立が。もともと
順番に国政をしていたんだろ?」
「・・隠すつもりはなかったのですが・・・・私も初めてザールブルグに訪れた時は
肝が冷える思いでした。正体が知れる事より、カリエルの後継ぎがこんな所で何をし
ているのかという不安の方が大きかったです。王国から外へ出ればいつ命を狙われて
もおかしくないですから・・・・でも、ヴィント前国王と陛下が暖かく迎えて頂いた
おかげで、私も考え方が変わったつもりです。今までありがとうございました。」
「ありがとう・・・・。君も今までよく頑張ってくれた。・・・ダグラス王子」
「もったいないお言葉です・・・でも、ダグラスでいいですよ。陛下・・・。」
ブレドルフは、ダグラスと固く握手を交わす。
「だけど、君がいなくなったら寂しくなるのは間違いないだろうな・・・。」
その言葉に、ダグラスはゆっくりと返す。
「陛下・・・その事なのですが。実は私もまだ迷ってるんです。もともと
ここに移って来たのは、聖騎士をめざすためでしたから・・・。今さら
国王になれだなんて・・・・。自分勝手にも程があります!!」
ダグラスは再び悔しそうな顔をする。明らかに腹立だしい気分であった。
「『だけど・・・運命には逆らえない。』か、僕も君くらいのときはそう
思ってたよ・・・。」
「・・・それもありますし・・・向こうにエリーゼを残して来ましたので・・・。」
「エリーゼ!?」
「・・・・妹です。」
そういうと、ダグラスはポケットから銀のロケットを取り出し、ブレドルフに
差し出した・・・それを目の前に向けて眺める。
「君に妹がいたとはね。どれどれ・・・・ん!?・・この子・・・・エリーに
凄く似てるな・・・この子が・・・君の帰りを待ってるのか。」
「今思うと・・・性格は全く逆でしたけどね。」
ダグラスは苦笑する。それと同時に、急に寂しそうな表情になった。更に、
ブレドルフの表情が少し曇る。
「でした!?・・・どういうことだい?」
不可思議な顔をしてダグラスに尋ねる。
「・・・もう妹は、カリエルにはいないんです。」
「え!?だって今、妹を残してきたって・・・。」
「・・・2年前に・・・息を引き取りまして・・・国王になれなれうるさかっ
たので、聖騎士になってもっと強くなってから戻ってくると言って出て来たっ
きりで・・会わないと思ったら・・・この手紙に・・・・。」
ダグラスの握り締められた左手の紙は、なおもくしゃくしゃになったままである。
彼は下を向いたままであった・・・・
「そうか・・・それはお気の毒だったね・・・・。」
「陛下・・・話が長引いて申し訳ありません。私が言いたかったのは、それだけです。」
「いや・・・僕も十分参考になった・・・ありがとう。・・・行く日にちが決まったら、
いつでも僕に声をかけてくれ。出来る限り協力する。」
「わかりました・・・・では、失礼します。陛下・・・。」
しかし、そこでブレドルフは呼び止めるように叫ぶ。
「だけど・・・・・・エリーはどうするつもりだい?最近君に気がある感じもするから・・・
まさか一緒にカリエルに連れていくなんて事は出来ないだろ?」
その言葉に、ダグラスは息が止まる。
「・・・・時期が来たら伝えます。」
「そうか・・・・・わかった、ここから先は君が考えてくれ。」
ダグラスはそう言い、ブレドルフのもとを去っていった・・・・
廊下を歩くと、エンデルクがダグラスを待っていたかのように立ちはだかる。
気が付くと、日が沈みかけていた。
「終わったのか?・・・随分長かったみたいだが。」
「はい・・・ご迷惑をおかけしました。」
「・・・・どんな話をしていた?」
エンデルクは冷静に質問をする。
「・・・この場所では言えません。ただ、あえて一言述べるとすれば・・・
私のわがままを聞いてくれた隊長に心から感謝してます!!」
「そうか・・・・。まあいい、人には知ってもらいたくないこともある。
無理には聞かん・・・。お前が言いたくなった時に言えばいい・・・。」
「申し訳ありません・・・隊長!!」
ため息をつくエンデルクに、ダグラスは深々とお辞儀をする。
「・・・早く稽古の準備をして来い。・・・久しぶりに相手をしてやろう。」
「・・・はい!!」
エンデルクが笑みを見せると、ダグラスはすぐに剣を取りに部屋へ戻った。
(3日後・・・)
シグザール城を出ると、ダグラスは職人通りをゆっくりと歩き、三角屋根の
工房に向かう。だが、背負い始めた荷は果てしなく重いものであった。いや、
カリエルを出た時から既にあったものである。それが今、現実のものとなったのだ。
ザールブルグに来てからはや数年、聖騎士をめざし、さまざまな人に出会い、武
闘大会でも相当の成果をおさめた・・・しかし・・・それ以上に大事なもの
・・自らの避けられない運命が今同時に発生し、今まで大事だったものが失
われようとしているのも事実である。
何を信じればよいのか・・・・
何を伝えればいいのか・・・・
何が王国にとって、自分にとって一番大切なのか・・・
そんな複雑な思いにダグラスはかられ、重い瞳でザールブルグの空を眺めた。
しかし、それをいつまでも思っていたところで、何も進展はない。
工房に着くと、扉を軽くノックする。
コンコン・・・
がちゃっ
「はい!!・・・あ、いつものお兄さんだね。」
ピコが扉を開け、ひょこっと顔を出す。
「・・・・エリーはいるか?」
「お姉さん?・・・うーん、今はアカデミーにいっちゃってるんだよね。
何か頼む事でもあるの?」
「いや、そうじゃねえんだけどな・・・・そうか、わかった。また来る。」
そういうと、ダグラスは工房を去り、まっすぐ走っていった。ピコはその後ろ
姿を見送る。と同時に、エリーから頼まれていたものをダグラスに渡さなけ
ればならないことを抜かしてしまった。
「あ!ま、待ってお兄さん。もうすぐ帰ってくるから!!今日コンテストの
試験官をしなきゃいけない日なんだよー!!!」
ピコはそう叫ぶ。だが、ダグラスはすでに視界から消えていた。
「あぁ、また忘れちゃったよ・・・。」
そう思いながら、ピコは扉を閉める。再び中和剤の作成に手をつけ始めた。
と、その時
キィィン・・・
突然、きらきらと光るものが工房の床に落ちていた。
「あれ!?・・・・お兄さん、忘れ物までしていっちゃったよ!!」
ピコはすぐにそれを拾ったが、出て行ったダグラスを追おうと
したけれども、もう遥か向こうである・・・
「どうしよう・・・届けないと。」
考えをはりめぐらすが、シグザールの城の中を探し回るのにはピコ
にとってあまりにも手間がかかりすぎる。ましてや今は調合中だった・・・
仕方なくその場に残されたロケットをじっと眺めていた。見る限り、
エリーのものとほぼ同じくらいの大きさで、銀色に輝いていた。ピコ
の心に少しばかり好奇心が起こる。
「こんな綺麗なロケット・・・はじめてみたよ。お姉さんもこれ作るのに
随分苦労したんだろうなあ。誰の絵を入れてるかちょっと見てみよっと。」
そして、カバーをそっと開いた。
「あれ!?」
瞬間、ピコは首を傾げる。・・・予想していた人とは違う絵が入っていた
からだ。
「・・・・誰だろう。この女の人。」
見る限り、ザールブルグに住んでいる者ではない事はわかる。だが、カスターニェや
エルバドールに住んでいる人たちとも違う顔立ちをしていた。
「・・・・・それにしても、お姉さんによく似てるなあ。」
ピコがくすっと笑った途端、工房の扉が開く音がした・・・・
「ただいまーピコ!!」
「おかえり!!おつかれさまっ!!」
くたくたになって戻って来たエリーを、ピコは暖かく迎える。
「ピコ、ちゃんと作っといてくれた?中和剤3色。」
「うん!大丈夫、もう終わってるよ。」
「ありがと☆はい・・・ごほうびよ。」
エリーはそういって特製のチーズケーキを2つピコに渡す。
「わあ・・・ありがとう!!」
「いつも頑張ってるからね。今日はサービスするわ。」
一瞬、ピコはあまりの嬉しさに工房の中を走り回る。・・・だが、
一つ大事な事を見落としていた事に気がついた。それを言おうと
した途端、エリーが声をかける。
「あ!!そうそう・・・。」
「・・・何?」
ピコに少し緊張が走る。左手にしっかりと握られたロケットが光を放っていた。
「今日大変だったんだよぉ・・・ほら、コンテストって、最後に魔術試験があるじゃない。
その子も十分考えて燃える砂入れたみたいなんだけどね・・・。」
「入れたんだけど?」
ピコが不思議そうに尋ねる。
「・・・それで、タイミングよくたるが割れたのよ。」
「じゃあ、いいじゃない!!!何だ。・・・期待して損したよ。」
「・・・それだけで終わったら、こんな話はしないわよ!!」
エリーは少しふくれた。
「あ・・・その後になんかあったんだ。」
再びピコに笑顔が戻る。
「そう・・・その後にね・・・・燃え滓が残ってたのよ。燃える砂の。」
「それで・・・・どっかあああんと・・・。」
「・・・またやっちゃったのよぉ。もう!!信じられない!!・・・おかげで
わたしが責任負わされちゃって・・・・・・グリンピースがこんなにぃぃぃぃ!!
アイゼルには『あなたにそっくりね。この子』っていわれるしぃ・・。」
エリーは服の中から嫌そうな顔をしながらそのガラスのびん詰めを2つ取り出す。
内心傷ついていたが、あまりにも明るく話したのでピコは呆れ顔になる。・・・・
そして、口が止まると今度は他の試験の愚痴話をしたので、止める余地がなかった。
やっと落ち着いた頃、エリー目の前に立つ余裕が出来た。
「お姉さん・・・・。こんな物拾ったんだけど。」
「何?」
「あのね・・・。」
そう言いかけると、ピコは落ちていたロケットを渡す。
その途端、エリーの顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっとピコ!!何であなたがこんなもの持ってるのよ!!」
「え・・・!?何でって・・・うわっ!?」
急いでそれをピコから取り上げると同時に開いたままのロケットを
目の前にする。だが、それを見るとすぐに自分のものではないという事
がわかった。
何しろ急にとんでもないものを見せられたため、なくしてしまったのでは
ないかと錯覚してしまったのである。・・・・
「ああ、びっくりした。こっちにあったよ・・ちゃんと。」
エリーは、すそのポケットから自分のものを取り出す。だが、気が付くと、
ピコの姿がない。
「え・・・ピコ?」
工房の周りを一回り眺める。
「お・・・お姉さん。ひどいよ・・・。」
「あ・・・・ごめんね。」
気が付くと、山積になっている本の中に頭を突っ込んでしまっていた・・・
「全く・・・そんなにあわてなくったっていいじゃない。」
ピコはまだ少しふくれていた。
「だって・・・こんなの見られたら恥ずかしいじゃない。」
エリーはピコから取り上げたロケットのふたをそっと閉じる。
しかし、次の瞬間、不思議な事が頭に浮かんだ。
「あれ?私、二つも持ってたかな・・・これ。」
エリーはあれこれと想像したが、特に誰かに頼まれたという事は思
いつかなかった。ただひとり、ダグラスにこれをプレゼントした以外は・・・
「ねえ、ピコォ!?これ、私が帰ってくる前からあったの?」
不可思議な顔をして、エリーは尋ねる。
「ううん、青い鎧を着たお兄さんがちょっと前に来てね。落としてそ
のまま行っちゃたんだよ・・・何か焦っていたみたいだったから今度来た
時に渡そうと思ってたんだけどね。おかげでこっちも渡し損ねちゃった。」
「え!?・・・・ダグラスが!!!!?」
エリーはその言葉に一瞬時が止まってしまった。
「あれ!?お姉さんがそれを作ったんじゃないの?」
「わ・・・わたしがこんなもの人のために作るわけないでしょ!
薬じゃないんだから。」
「そうだよね・・・お姉さんはそういう趣味ないしね。」
何の気なしに、ピコは答える。
「ちょっと・・・随分失礼な事言うわね。・・・」
「え・・・だって本当の事じゃない。」
「・・・ピコ☆」
「な・・・何!?・・・うわあぁぁっ!?」
すると、ピコの背筋に寒気がする。エリーは右手にギガフラムを
持ってメラメラと燃えていた。一瞬でその姿に青ざめる。
「じょ、冗談だよ!!本気にしないで!!ねぇったら・・。」
「だったら、言葉を選んで話しなさい!!!」
こつん☆
ピコの言い訳と同じタイミングで、左手が飛ぶ。
「・・・でもお姉さん。それ、早く返したほうがいいと思うよ。」
「・・・・・わかってるわよ・・・・でも・・・まさかあの時の話って・・・!?
・・・結婚!?・・・うそだよね・・・そんな・・・・・・はは。」
エリーは魂が抜けたようにただ呆然と佇み、銀のロケットを強くにぎりしめ、声が少し震えていた。
私は・・・・私は何をやっていたんだろう。
ここに来た時からずっと、変わらない想いを持っていた。
何もわからなかった私に、色々教えてくれて、離す事の出来ない
思い出をたくさん作ってくれた・・・・
だから、このロケットを大事に包み込んでいた。蒼く染めた魔法の
紙に・・・私を守ってくれる代わりに、ずっと心を暖めてあげようと
思ったから・・・・
でも・・・・私より大切な人がいたなんて・・・・
それが本当なのかはわからない・・・・だけど、種類が
違うとはいえ、ロケットの中にその人の絵がある以上・・・
とりとめのないやるせなさと悔しさで、エリーは思
わず口をおさえて咽んだ・・・工房の床に両膝を尽き、
二つの滴が染み込んでいた・・・・・
飛翔亭の踊りを終え、ザールブルグの仮屋に戻ろうとするロマージュが
職人通りをあるいていた、5日ごとに行うとはいえ、残りの4日は練習の時
でもあるため、結構スケジュールは厳しいものがある。ちょうど外れに来
ると、ロマージュは晴れ渡るを見つめる。そのとき、視界にもう一つの何かを捕らえた。
「あら?・・・あれは確か・・・。」
エリーがぼーっとした顔をして妖精の木によりかかっていた。
不思議な顔をしてロマージュが見つめる。
「エリーちゃん!」
脅かすような格好で、エリーの肩を叩く。
「わあっ!?」
次の瞬間、エリーは上に跳ね上がった、と思うと急に全身が震える。
ロマージュの方が驚いてしまった。
「えっ!?・・・あ・・・ロマージュさん!?」
「な・・・・何やってるのよ!?」
「・・・。」
エリーは言葉が出せなかった。
「・・・あなた、今日は城に行くんじゃなかったの?」
「・・・・いいの。・・・だって、面白くないんだもん。」
「面白くないって・・・宮廷魔術師でしょ?・・・王様の命令に逆らうようなものよ!?」
「だって・・・・だって!!!・・・わたしこれからどうしたらいいかわからないの!!」
我に帰ったエリーは、泣きながらその旨をロマージュに全て伝えた。
「・・・・エリーちゃんの気持ちもよくわかるわ。・・・ダグラスもダグラスね・・・辛く
てもせめて何かいってあげればいいのに・・・・。」
「・・・あの日から、あまり口を聞かなくなっちゃったんです。昔は気軽に話し掛けてきたのに
・・・もうこの人に夢中になっちゃってるのかな・・・私よりかわいいし。
・・・それに、意外と忙しくて最近ダグラスと一緒に出かけるのも少ないしなあ・・・。」
悲愴な顔をしてエリーはそのロケットをみつめる。
「今度ちゃんと聞いてみなさいよ!!・・・とんでもない勘違いってこともあるし。
あなたが元気ないと、こっちまで調子狂っちゃうわ!」
「・・・ありがとう、ロマージュさん。」
その言葉に、エリーは少し元気付けられた感じがした。
3日後のへーベル湖・・水の日でちょうど2人が休みだった。
エリーの採取に、久しぶりにダグラスが付き添っている。
それと同時に、湖のほとりで二人だけで会う約束をしていた。
この時に、本当の事を聞こうと決めたのである。
「ごっめーん・・・・遅くなっちゃって・・・。」
「採取は全部終わったのか?」
「ええ!!もう大丈夫!!・・・ありがとう。ダグラス・・。」
「何だよ・・・急に改まってさ。」
「何でもないよーだ!!」
エリーはそういうと、ダグラスの額に人差し指を当てた。
空は雲ひとつなく、湖の光が斑模様に揺らいでいる・・・
そよ風が、草木を揺らし音を奏でていた。
「で・・・・話って何だよ?」
「ダグラス・・・。こんなこというのもおかしいけど・・。」
エリーはゆっくりと切り出す。
「ずいぶんしんみりしてるな。・・・・どうしたんだ?」
「最近・・・・城の中にいても・・・あまり私にしゃべってくれないし・・・
一人で考え込む事が多くなったね・・・エンデルク様も心配してたよ。何か悩み事でもあるの?」
「いや、特にないけどな・・・。」
ダグラスは、明るく返す。
「・・・・もう秋が近いね。そろそろ、落ち葉の季節が来るよ。」
「・・・・ああ。」
一瞬、その言葉にドキリとしたが、あくまで顔は普通にしていた。
「・・・・聞きたかったのはそれだけか?」
「・・・ううん、違う。・・・もっと大切な事。」
エリーは、小さな声で話す。湖のほとりにそうように、そよ風が
ひゅっと二人の間を通り抜ける。静寂が支配するようになった・・・
二人はその場に座り込む・・・
「ダグラス・・・・。」
「どうしたんだよ!?さっきからさ。」
ダグラスは剣を地面に突き刺し、湖の向こう側を眺める。
「あの時・・・・陛下と何を話していたの?」
「な!?・・・何だよ突然・・・。」
あまりにも唐突な出だしに、しばらく周りが静まり返る。
エリーは続けて話しはじめた。
「な・・なんとなくそう思っただけ!!ほら、ダグラスって
やっぱりかっこいいでしょ!!だから、結構もてるんじゃ
ないかと思って・・・はは・・・。」
エリーはわざとらしく笑った。
「何がいいたいんだ!?お前・・・・まぁ、昔はそういう事もあったけどな。」
なおも不思議そうな顔をするダグラスである。
言うのが怖い・・・答えによっては傷つくかもしれない
が怖い。・・・だが、エリーは勇気をもって話した。
「ねぇ・・どんな話だったの?・・・私が最近ドジばっか踏んじゃってしょうがないとか?
・・・・それとも・・・。将来の事とか?」
「・・・お前には関係ねぇよ。」
ダグラスは冷たく答える。
「・・・私には言えない事があるの?」
一瞬、ダグラスの心の中に衝撃が走った。
「そんなんじゃねえ・・・・。」
「じゃあ、何で教えてくれないのよ!!」
すると、ダグラスはエリーの両肩に手を置き、ため息をつきながら静かに言う。
「・・・エリー・・・どんな奴にもな・・思い出したくねえことだってあるんだ。
それ以上聞かないでくれ・・・・俺だってわからねえんだから。」
ダグラスは上を見ながら寂しそうに答える。空は少し曇り始めていた。
だが、その瞬間、何か小さな声が聞こえる。
ぐす・・ぐすっ・・・くすん・・・うっ・・・えっ・・・
何と、エリーが泣き出してしまったのだ。これにはさすがのダグラスも
驚いてしまった。
「お、おい・・・。」
「ダグラスが・・・ダグラスが・・・私に教えてくれないなんて・・・
やっぱり・・・・やっぱりそうだったのね・・・・。ダグラス
の・・・ダグラスのばかああっっ!!!!」
次の瞬間、エリーは手を払いのけると、後ろを振り向き、一目散に走って
いった。ダグラスは後ろによろめく・・・
「おい!!何の事だよ!?エリー!!!」
だが、エリーは顧みることもなく、ただまっすぐ前を向くだけであった。
「何だよ・・・・あいつ・・・・。」
その事態にあっけをとられながらも、しばらくして、少し申し訳ないという気持ちと、
言葉を冷たくした後悔の気持ちが、ダグラスを支配する。
「・・・エリーゼ・・・・俺は、俺はどうすればいいんだ・・・・。」
そう思いながら身に付けているロケットを取り出す・・・・が・・・。
「・・・!?・・・ない!!・・・どこにいったんだ!?」
ダグラスの顔が真っ青になった。そのまわりも見たが一向に見当たらない・・・
・・・そして、かがみこんでため息をついた。
その後、重苦しい顔をしながら、歩きはじめる。
突然の帰国命令、・・・そのせいでエリーを傷つけてしまった事・・・・
本当に自分がいやになる思いである。
ロケットのエリーゼもどこかにいってしまった。
聖騎士への夢も、まだ半ばだというのに・・・・
心のもやが、ただただ重くなるばかりであった。
エリーの向かった方へたどり、ダグラスは色々と考える。
いつどのようにして伝えるべきかと・・・
魂が抜けたような顔をしてダグラスは空を仰ぐ。
ちゃりっ・・・
「ん・・・!?」
急に、鎖のような音がする。ダグラスは下を見て、原因を調べた。
瞬間、顔が凍りついた。
「・・・!!いつの間に!!?・・何でこんな所にあるんだ!?」
それは、ダグラスがもっていた銀のロケットだった。
ダグラスは二つのロケットを持っていた。ひとつはエリーからプレゼン
トされたもの。もうひとつは・・・この前、ブレドルフに見せたエリーゼの銀
のロケットである。
すると、一つの考えが頭の中に浮かぶ。エリーが傷つくとすればこれしかないと。
「あいつ・・・・まさかこれを見て!!!!」
それに気がついた途端、ダグラスはすぐにエリーを追いかけた・・・
へーベル湖周辺をダグラスは走り回る。エリーがどこにいるの見渡した。
「あいつ・・・どこにいったんだ?・・ったくよ。いつ落としちまったんだろ?
こんなもの・・・。」
だが、いくら探してもエリーの姿は見当たらない・・・
ダグラスに諦めの色がみえ・・・・悔しさが更にのしかかってくる。
ぼやけ眼で遠くを眺める・・・すると、橙色の服が見えた。
「あ!!エリー!!!」
だが、まだ振り返らないままである。しかし、ダグラスに気がつくとエリーは
更に走り始めた。
「待てよ!!お前・・誤解してるよ、絶対!!」
すると、ようやくエリーはダグラスの方を向いた。
「来ないで!!!」
「だから違うんだよ!!俺には付き合ってる人なんか
いねえって!!」
「うそばっかり!!私とその人を重ねあわせて弄んでたくせに!!
信じられない!!」
「そんなわけないだろ!!」
「い〜だ!!ダグラスのスケベ!!」
エリーは悔しそうに舌を出す。
「おまえ・・・もう頭に来た!!意地でも捕まえてやる!!」
「悔しかったら、ここまで来なさいよ!!女ったらしのダグラスさん!!」
「違うって言ってんだろ!!」
エリーは頭の円環帽子を抑えながら、後ろ向きのままダグラスを見つめる。
エリーとダグラスは、そのままへーベル湖に沿って走り続けた。
エリーも最初は悲しい顔をしていたのだが、だんだんとダグラス
が追いかけてくる事を楽しんでしまい、ダグラスの方も何とかしてエリー
を捕まえようと止まらずに見つめはじめていた。
一体どのくらいの時が経ったのだろうか・・・気が付くと、陽の
光が地平線になっていた・・・・ようやくエリーも疲れ果てて
座り込んでしまい、ダグラスはエリーの左手をつかんだ。
「お前・・・・ずいぶん丈夫だなぁ・・。」
さすがのダグラスも息が荒くなった。
「はぁ・・・はぁ・・・・ダグラスゥ・・・しつこすぎるよ。」
「・・・・だってさ・・・俺、お前に、このまま誤解されて
終わりたくねえからよ・・・。」
ダグラスは前かがみになり、銀のロケットを出して、そっとエ
リーを見つめた。エリーは顔を横に向け、話し始める。
「誰なのよ・・・その女の人は。」
「・・・エリーゼ・・俺の・・・・妹なんだよ。」
「えっ!?・・・じゃあ・・・。」
今度はエリーの方が目を開いてしまった。・・・そして、ダグラスも
その場に座り込み、ロケットを見つめ始める。
「・・・・もうあれから何年たったんだろうな・・・・カリエルを出てから。」
ダグラスは独り言のようにつぶやく。
「・・・エリーゼさん、今もダグラスの帰りを待ってるんだ・・・。」
その言葉に、ダグラスは少し目を細めた。ブレドルフに言われた時は何とか
乗り越えられたが、エリーに言われると、余計寂しさが込み上げてきてしまう。
あまりにも、容姿がエリーゼに似ていたためである。更に二人に沈黙が走り、夕日
が段々と暗闇に変わろうとしていた。落ちている枝木に『燃える砂』をふりかけ、明
かりをつくる。勢いよくそれは燃え出した・・・沈黙を破るようにダグラスは切り出す。
「エリー・・・お前さっき、大切な話を俺にしたよな・・・。」
「え!!?ええ・・。」
「俺も・・・お前に大事な話がある。」
すると、ダグラスはエリーの左頬に右手をそえ、ゆっくりと深呼吸する。
そして、額をエリーのそれとそっと重ね合わせた。
「な・・何よ。」
エリーの顔が赤くなる。何しろダグラスの顔が目の前にせまっているため、心の準備をし
なければならないのではと思ったからだ。
「ダ・・・ダグラス・・・わたし・・・。」
「エリー・・・これから言う事は、聞いても驚かないでくれ。」
「う・・うん。」
ほてった顔で、エリーは返事をする。
ダグラスはゆっくりと小さな声で話す。目が少し潤んでいた。
「実はな・・・・カリエルに戻らなきゃいけなくなるかもしれねえんだ。」
「えっ・・・・・」
瞬間、エリーの周りの時が凍りつく。
「どういうこと!?ちゃんと言ってよ!!」
「・・・いったん国に帰れって手紙が来たんだよ・・・。
それに、エリーゼに会いに行かないとな。すぐ戻って来れるとはおもうけ
どよ・・・」
「何だ・・・脅かさないでよ!!もうダグラスに会えなくなっちゃうかと
思ったじゃない!!」
だが、ダグラスの顔はいつになく真剣である。いつもエリーに見せる表情とは
明らかに違っていた・・・・
「・・・だけど・・・もし、俺が二度とザールブルグに戻れなくなっても、
お前の事は絶対忘れない・・・・。」
その言葉に、エリーはただならない雰囲気を感じ取った。
「・・・ダグラス・・・どういうことなの・・・エリーゼさんに会いに
いくだけじゃないの?ねえ!!答えてよ!!ダグラスゥ・・・・」
エリーはダグラスの肩を持ち、寄りかかって叫ぶ。その右目には、滴が
以前よりも多く流れていた・・・。
「エリー・・・今まで黙ってて悪かった・・・実は俺・・・このシグザール
にきた本当の意味はな・・・。」
すると、二人の周りに、何やら気配がする。
ただならぬ殺気を、ダグラスは感じ取った。
「誰だ!!?」
すぐにエリーを後ろにし、ダグラスは護衛の時の体勢を取る。
すると、黒いローブをきた男2人が、エリーたちの目の前に現れた。
「おや・・・・あなたは、ダグラス王子ではないですか!!こんな
ところで何をされているのです!!それに、その少女は・・・。」
二人は、ダグラスの後ろにいるエリーを見つめる。
「やはりお前らか・・・カリエルの裏切り者が!!」
「王子、そんな錬金術師といたら、貴方様の心が穢れます。早く離れてください!」
すると、ダグラスの声が喧嘩の口調になる。
「エリーは関係ないだろ・・・レーべやメディアについたお前らの方がもっと汚ねぇじゃねえか!!
あの手紙をシグザールによこしやがったのもお前らだな!!余計な事しやがって!!俺はあくまでも
聖騎士が目標だ!!国王になる気などない!!」
すると、その使いは嘲笑するようにダグラスに言った。
「もう無理です。・・・すでにカリエル家とマクレイン家はあなたを次の
国王に決定しております。来月には即位式も行われます。それに、貴方様が
来られなければ魔女メディア様、そしてレーベ様のお怒りを受けるのは百も
ご存知のはず。王が不在となれば、ダマールスやケンプデンも黙ってはいないはず。こんな所で遊んでる
暇はないのですよ。ふふふ。」
気味の悪い笑いが夜の空を突き抜けた。その迫力はヘルミーナ以上である。
エリーはただ驚くだけで、状況が把握できなかった。
「てめえらの手の上で踊れってか!!やなこった!!俺はカリエルのやり方にはうんざりしてるんだ!!
自分らが弱いからって魔物に魂を売りやがってよ!!!その結果、王国は滅茶苦茶にされたじゃねえか!!
カリエルの武器技術と物資ををダマールスに大量に売るなんてとんでもねえことしやがってさ!!
ダマールスがどういう国かわかってるだろうが!!誰が何と言おうと、俺は一生シグザールに住んでやる。
・・・そして、この町の人たちを守り、やつらを追っ払うぐらいの力をつけてやる。」
「・・・わかっていないようですね。・・・そのために、エリーゼ様がお亡くなりになられたのも・・・・・逃げたの
はあなたですよ。」
「何だと!!?」
ダグラスは突然の言葉に凍りついた。
「彼女は責任を取らされたのですよ・・・エリーゼ様があなたを、ダグラス王子を逃がした張本人としてね・・・
ふふふふ・・・。」
突然、2人の姿がアポステルに変化する。
瞬間、ダグラスの怒りが頂点に達した。右手が強く握り締められ、震えている。
「貴っ様らああああああっ!!!!!」
タグラスは戦闘態勢に入る。
「シュベートストラーーーーーイク!!!」
ざしゅっ!!!!!!
荒れ狂うかまいたちのように、周りの草木が一瞬にして切り裂かれる。気が付くと、二人の姿はその場から消えていた。
「では、・・・・カリエルでお待ちしております・・・ふふふふふ。」
その声を最後に、全ての声が消える。
悲しい音を立てたつむじ風が、切り開かれた木々の間を通り抜けた。
二人にただ、静寂が支配する。
「・・・ちくしょう・・・・ちくしょう!!!あんな奴等に・・・・あんな
奴等に・・・エリーゼが・・」
そう叫ぶしかなかった。それをエリーは、ただ何も言えずに立ち尽くしている・・・・。すると、ダグラスは穏やかな口調
で話しはじめた。
「悪かったな・・・・騒がしいのが来ちゃってさ。」
「ダグラス・・・・あなた・・・・・王子様だったの?」
「・・・そういう柄じゃねえか?」
下を向きながら、小さくつぶやく。
エリーは落ち着きを取り戻して話したが、少し足が震えていた。
ダグラスは、そんな不安を取り除くように話す。
「エリー・・・。」
「何・・・。」
「俺さ・・・・お前を最初見た時よ、エリーゼが目の前にいるよう
な感じがしちゃってな・・・お前の言うとおり、重ねちゃってたの
かもな。でもさ・・俺が・・俺が弱かったせいで・・・あんなにかわい
かったやつが・・・一番俺の事を心配してくれたやつが・・・!!!」
言葉をいい切れずに、ダグラスは急に咽びはじめる。エリーに背を向けて、た
だ声なく泣き崩れる素のままの姿があった。右手の剣が地面に落ち、左手
はなお握り締められる。
「ダグラス・・・」
エリーはその右肩を包み込むようにダグラスを覗き込む。
「・・・ごめんね・・・・ごめんね・・・・。私、全くわからなかったから。」
すると、今度はエリーが目に滴をこぼす。
ダグラスはようやく落ち着き、エリーを包み込んだ。
「止めろよ・・・・お前に泣かれるのが一番嫌なんだからさ。」
「だって・・・・わたし・・・あんなひどい事いっちゃって。」
「いいよ・・・お前に伝える事が出来ればそれで十分だ。」
二人はその後、そっと座り、燃える火を目の前に、朝まで眠り続けていた・・・
へーベル湖の朝・・・鳥の声が耳に入ると、ダグラスは目を覚ます。となりでは
エリーがマントの下で眠りについていた・・・・
「こいつ・・・本当にエリーゼみたいだよ。」
すやすやと小さな音をさせているエリーに、ダグラスは微笑んだ・・・
帰り道、二人はザールブルグに戻る際、色々な事を話す。わだかまりもすっかり
消え、いつものエリーとダグラスに戻っていた・・・
「でもダグラス・・・マクレイン家ってすっごい家柄なんだね。
私・・・本当に驚いちゃったよ。」
エリーが感心してみつめる。
「大した事ねえよ・・・実際の政治はカリエルが握ってんだ。心配すんな!!
もうあの王国には戻らねえよ。あんな血も涙もねえやつが上にたってるんだからさ
・・・それでな、エリー・・・お前に頼みがあるんだ。」
「何?・・・・私、協力するわよ何でも!!!」
「この話は、シグザールではブレドルフ国王とお前しか知らない事だ。アカデミーとかで
絶対言うんじゃねえぞ・・・。下手するとダマールスがシグザールに攻め込んでくるか
もしれねえからな・・・。」
そう言って、エリーの円環帽子を取り上げ、頭をなでる。
「わかったよ・・・ダグラス。」
「後、もう一つはな・・・・。」
「まだあるの?」
「作ってほしいものがあるんだ。・・・結構危ないものかもしれねえけど。」
すると、ダグラスは次のような話をした・・・・・・・
(数ヵ月後・・・)
黒いローブをつけた二人の男が、再びシグザールを訪れた。一月経っても戻らなかったので、
早急に連れ戻そうと思ったのである。
「ダグラス・マクレイン殿はいらっしゃいますか?」
「ダグラス様ですか・・・・それが、二日前にお亡くなりになられまして。」
兵士は憂鬱に話す。
「何ですと!!今言った話は事実ですか?」
「はい・・・。」
「棺を見せて下さい!!」
「・・・わかりました。ではこちらへ。」
三人は、シグザール城をはなれ、フローベル教会へと向かった。
すると、何やら重苦しい雰囲気に包まれており、オルガンのハ短調
の音楽が流れていた・・・エーデルトーンの低い音が聞こえる。
ミルカッセが、3人の前に現れた。
「シスター・・・ダグラス・マクレイン様のことを尋ねに来られました
方がいらっしゃるのですが・・・。」
「・・・彼は、女神アルテナ様のもとに召されました。」
ミルカッセは、うつむいて静かに語る。
「そんな・・・・今どこにいらっしゃるんですか!?」
「わかりました・・・こちらへどうぞ。」
ミルカッセの言われるまま。2人はその部屋に案内される。・・・すると、
ダグラスの冷たくなった姿がそこにはあった・・・・
エリーとノルディス、そしてアイゼルは、棺に寄添い、泣いているふりを
していた・・・・
「ダグラス・・・・どうして・・・どうして先にいっちゃったのよ!!
まだ聖騎士になってなかったのに・・・もう少し・・・もう少し生きて
てほしかった・・・。」
エリーが小さな声で咽ぶまねをして声を出す。
「ダグラス殿・・・。何故・・・・。」
そのうちの一人がため息をつく。それと同時に、絶望を味わされている
ような顔をした。
「残念ですが・・・仕方ありませんね。」
もう一人が答える。
「わかりました。・・・別の後継者を考えましょう。」
二人はそういうと、そっとシグザールを後にした・・・・
そして、2人が去った後、一気に沈黙が解き放たれる。
「ぷはーっ・・・・何てせまいんだよ。これ。」
棺の中に眠っていたダグラスが突然目を覚まして起き上がった。
「しょうがないじゃない、これしかなかったんだから。」
すると、ミルカッセが二人に声をかける。
「それにしても・・・急に棺を用意してくれと言われた時は
本当にびっくりしましたわ。」
「そうだよな・・・そんな縁起の悪いもの。こいつしか考えねえよ。」
ダグラスが愚痴をこぼす。
「しょうがないでしょ。死んだ事にしてくれなんていうから。」
「でも、どうしてこんな事しようと考えたんだい?」
ノルディスが尋ねる。
「そうよ、よっぽどの事がなきゃ普通やらないわよねえ。」
アイゼルも首を傾げた。
「それは・・・ひ・み・つ☆・・・ねぇ〜!!」
「まあな・・・。」
エリーは笑って答える。
「ま、とりあえず無事に終わったからいいんじゃない?」
「そうね・・・じゃ、またね。お二人さん☆」
ノルディスとアイゼルが道具を片付けようとしている。
「うん・・・また明日ね。」
「ではみなさん、またお会いしましょう。」
ミルカッセが最後を締めくくった・・・
そして、ノルディス達と別れた後、二人は工房の中に入る。
「おかえりーお姉さん!!あ!お兄さんもいっしょだね!!はい!!
これ・・・。」
「お・・・これは確か、俺が頼んどいたやつだっけ・・・。」
「ピコったらね、渡し忘れちゃったのよ。本当におそくて・・・。」
「お姉さんだって遅いじゃない!!」
こつん☆
再びエリーの左手がピコの帽子に響く。
「ピコ!!一言多いの!!」
「何でいつも叩くのさ・・・」
ピコが愚痴をこぼすと、エリーたちは笑い出した。
「あ、そうそう・・・ピコ。ちょっとオニワライダケ採って来てくれない?」
「えーっ!?今から?」
「大して遠くないでしょ!!ね!!」
「ちぇっ・・・わかったよ。じゃ、ごゆっくり、お二人さん!!」
エリーの言葉を理解したピコは、かごをもって近くの森に向かっていった。
その場には、二人だけが残される。
「じゃあすぐに、チーズケーキつくるから待ってて!!特別においしい
のをするね!!ヨーグルリンクつきで。」
「あ・・・ああ。」
「・・・これでもうカリエルに戻らなくてすむんだね!!」
エリーの喜びとは対照的に、ダグラスは少し沈んだ表情を
していた。もう戻れないかもしれないという不安と共に。
「・・・それにしてもよ、滅茶苦茶な薬だよな。死にまね
のお香の成分に、お迎えの薬とエリキシル剤を混ぜたものを
飲ませるなんてよ・・・かなり怖かったぜ!?」
「だって、死んだ事にしてくれって言ったら。これが一番でしょ?
私の最後のオリジナル調合だね・・・多分。」
「・・最期にならなくてよかったよ。本当に・・・。」
ダグラスはため息をつく。
「でも、ちょっと残念だったなあ・・・。」
「何でだよ?」
「だって、ダグラスが王様になったら・・・私はお姫様になれたんでしょ?
何かそれって夢みたいな話じゃない!!!」
すると、ダグラスは額に滴をこぼす。
「おまえなあ、そんな簡単な事じゃなかったんだぞ!!今回は・・・。」
ダグラスはそう言った後、エリーはそっと何かを出す。
「わかってるよ・・・。ダグラス。」
エリーは少し顔が赤くなっていた。
「お、お前・・・。」
「・・・ダグラスには、・・・ずっとここにいて欲しかったから。」
思わずダグラスは顔を横に背けた。すると、同じように取り出し、そ
れを目の前に下げる。
銀のロケットに、エリーゼの姿はなかった。
「ほらよ・・・。」
「ダグラス・・・これ・・・」
「・・・今の俺には、お前の方が大切だから・・・いつか
俺が聖騎士になってカリエルに戻った時・・・エリーゼの墓前で報
告する。必ずカリエルを住みやすい国にするってのと・・・
エリーは、・・・エリーは女神アルテナ様が俺にくれた最高の宝だ
ってな・・・・・」
そう言い終わった後、ダグラスも少し赤くなった。
「ダグラス・・・ありがとう!!!」
それを聞いた瞬間、エリーは感動のあまり言葉を失ってしまった。
今、二つのロケットには、お互いの肖像画がしっかりとはめ込まれている。
ダグラスの銀のロケットで、エリーゼが微笑んでいた・・・
<あとがき>
この作品、1年前作ったものにちょっと手を加えております。
もしかしたら続くかもしれません・・・それではまた。